くれこ殲滅戦

 ただ広くて真っ白な空間に、くれこと俺だけが立っている。

 どうやら完全に別次元らしいな。


「その方が都合がいいか」


 跡形もなく消せばいい。手加減の必要がなくて助かるよ。

 しかし妙な世界だ。まるで全方位から見られている気がする。


『ここは永遠に続く無限の世界。永久に世界を見守る世界。人間が来ていい場所じゃない』


「知るか。この世界ごと消えてもらう」


『不可能だと知るといい。この世界はワタシそのもの。あの世界、オルインよりも広い』


 そういやそんな名前の世界でしたね。


「なるほど、変な視線はそれでか」


 オルインは他の世界より圧倒的に広く強固だ。

 宇宙だけでも比較できないほど。世界のスケールが違う。

 ここはそれよりも圧倒的に広い空間だ。


『ワタシは世界。並の世界の数千倍の広さを誇り、今もなお広がり続ける無限の次元。それがワタシ。アカシックレコードのくれこ』


 よくわからん生き物だな。いや概念っぽい何かなんだろう。

 世界の記録係で、特殊な存在と。なら完全に消す必要があるな。


『排除開始』


 よくわからん重火器やら攻撃魔法が無数に飛んでくる。

 数は億や兆ではきかないようだが、この空間は二人だけ。


「ぬるいな」


 軽く力を入れて右ストレートで全部消す。

 ついでに指先から風圧を飛ばして頬をかすめ、傷をつけてやる。


『ワタシに傷を……』


「傷くらいなんだ。これから死ぬんだぞ」


 手応えを鎧に反映させて検査。

 なるほど本当に世界そのものか。宇宙よりでかいな。


「ストレス発散にはちょうどいいな」


『過去の担当世界を全検索。検索完了。最強の邪神と判断したギャガズグルをコピー。七千倍に強化』


 なんか黒くてでっかい悪魔みたいなやつが出た。

 紫色の肌と、金色の王冠にマント。黒い鎧。


「ほー……これが邪神ねえ……テンプレっちゃあテンプレだな」


『最も強く、優秀な邪神のコピー。人間には討伐不可能』


 巨大な黒い魔力の球を飛ばしてくるので、適当に魔力波を撃ち出して消す。

 ついでに邪神も消す。


「弱くないか?」


 ぶっちゃけヒメノの方が格段に強い。

 九尾だってもっと強かったぞ。


『オルインの人間レベルを考慮していなかった。数と質を両立。邪神・魔王を複数コピー』


 わらわらと悪そうで不気味なやつが出てくる。そこそこ強いな。

 ヴァルキリー以上、中級神未満といったところか。

 邪神も神だろうに。パワーバランスがいまいちわからんね。


「邪魔だっつうの」


 とりあえず邪魔。光速の五百倍くらいで移動して、風圧に魔力を込めたらひき逃げアタックの出来上がり。

 邪神だろうが等しく正しく塵芥よ。


『次元壁を構成』


 光速を超えた俺が見えるか。しかも何かしやがったな。

 移動しているのに距離が縮まらない。

 鎧に頼ってみると、どうやら薄くて無味無臭な別次元を何百枚も重ねているっぽい。


「別世界とか作れたのか」


『当然。人類の進化記録をより完全な状態で保存するため。必要だと知るといい』


 まっさらな世界に広大な宇宙を作り出し、それを数センチに圧縮しつつ、踏み入れたものには圧縮前の距離を走らせる。

 そうやって世界何百個分も走らせるのだ。


「よくまあ妙な小細工思いつくな」


『なんとでも言うといい。こちらは距離など関係ない。そろそろ死ぬといい』


「悪いな。俺にも関係ないんだよ」


 さらに鎧のリミッターを外す。このへんから動くだけで宇宙が危ないレベルだ。

 挟まれている世界は全て無人であると確認済み。ただ壊せばいい。


『測定不能の力が……さらに上がった?』


「オラア!!」


 魔力と鎧の力を込めた飛び蹴り。やったことはただそれだけ。

 それだけで次元の壁なんぞぶち壊し、くれこの身体をくの字に曲げて、地面をガリガリ削りながら滑っていく。サーフボード代わりだな。


「終わりだ」


 右手に魔力を集中。

 踏みつけているくれこに解き放てば、綺麗さっぱり消えました。

 ついでにこの次元も五分の一くらい消えた気がする。


『油断があった。それは認める』


 別の場所からくれこ登場。しかも無傷っぽい。

 無表情を貫いてくれるので、何を考えているのかわからないじゃないのさ。


『この世界はワタシ』


「そういやそうでしたな」


 世界ごと消さなきゃ復活する。いや、今倒したのが分身の術みたいなもんか。

 こいつうめき声すらあげないし、血が出るタイプでもないからな。

 ダメージを与えているのか、焦っているかすらわからん。


『人間が適応できない環境へ変更』


 周囲が一瞬にして海底へと変わる。

 空気もなけりゃ水圧もあるんだろうが、そんなもん無効化できるので問題なし。


『効果がない? ならば重力を千倍に』


「それがどうした」


『ホゥリィスラアアァァッシュ!!』


 久しぶりに必殺技キー使用。

 重力を無視して、無限に広がる世界を半分ほど斬り裂いた。

 無限を半分ってのも意味わからんけど、できているという確信がある。


『次元損傷率78%』


 結構消したな。さっさと終わらせて帰ろう。


『あなたは何故邪魔をするの?』


「お前がテストだか検査だかで邪魔してきたからだろうが」


 わけわからんこと言い出したな。

 誰のせいでこんな別次元まで来ていると思ってんだ。


『アカシックレコードは担当世界の人類を、世界の行く末を見守るもの』


「なら見てりゃいいだろ。なぜ手を出した?」


『勇者システムは全次元を調べてもかなり特殊な部類。より深く理解し、世界の発展を願う。でも危険であればワタシが排除する。その方がいいと思った』


「それこそ勇者にやらせろよ」


 違う世界の事情に首突っ込みすぎだろこいつ。

 本来見守るだけっぽいな。


『それでは人間が人間に罰を与えることになる。人より優れた上位存在であるワタシこそ、人を裁くに相応しい』


「人がやらかしたなら人が始末をつける。自分のケツを拭く。人以外が罰を与えるってのは筋違いだ。関係ないのに入ってくるお前がおかしいんだよ」


『所詮人類には理解できない領域。もう消えるといい。世界の記録より、伝説の武器、全必殺技を発動。対象が死ぬまで連射を開始』


 四方八方から豪華な剣だのエネルギーの塊だのが襲ってくる。

 鎧を着ている俺には傷一つつかないが、ちょっと興味が出た。


「これどうやって出した? 増やして売ったりできるか?」


『理解不能。この状況でする質問じゃない』


 呆れられた。殴ると消えることから、どうやらコピーってのは長時間維持できる仕組みじゃないらしいな。


「んじゃいいや。みんな待っている。ここで消えろ」


 片っ端から斬り刻んで世界を消していく。

 この次元に蓄えられた記録も、俺達の情報もすべて確認して消した。

 あとは最後の一人となったくれこを消せばいい。


『世界の破壊を防ぐより、アジュ・サカガミの抹殺を優先。パワーアップ方を検索。ワタシに全て適用。戦闘力を五百京からさらに三千倍に上げた。そろそろ死ぬといい』


 光速の数千倍で動き出すくれこ。パンチも一発で宇宙を数百個消せる威力だ。

 こいつ接近戦もできるんだな。

 試しに拳を合わせてみると、それなりに強い力であるとわかる。


「どうした? 拳にひびが入っているな。アカシックレコードの身体ってそういうもんか?」


『どうして届かない? 兆を超え、京を超え、該の位を超えて、何故戦闘力が拮抗する気配すらない? 無量大数まで上げたなら、少なくとも同等の力に達するはず』


 初めて戸惑いの色を見せたな。

 ずっと無表情のままで終わると思っていたぜ。

 心なしか光速戦闘にも雑さが混ざり、焦りが見えてきた気がする。


「最近わかってきたんだよ。無限とか、全知全能とか、無量大数とか、そういうのは入り口なんだって」


『入り口?』


「ああ、それこそ計測できない無限の力にも序列はある。全てを超えた先に、新しい場所への入り口があるのさ」


 これは鎧を使い続け、主人公補正とともに馴染んだ結果見えてきたものだ。

 力にはまだまだ先がある。


「といっても、そんな物騒な世界に行く気はないけれどな」


 俺はあくまで気ままにスローライフを送りたいだけだ。

 俺がいて、リリアがいて、シルフィがいて、イロハがいる。

 そこに超パワーがあると、トラブルが早く解決できて便利だ。

 それだけ。最強の称号に興味はない。


『理解不能。そんな力など、見たことも聞いたこともない』


「記録できないんだろ。そこまで到達できるやつも少ないだろうし、測定できませんで終わる」


『記録できない力などあるはずが……ワタシは最も優秀な個体のはず……ワタシが記録できなければ、他のアカシックレコードでも不可能』


「お前ら複数いるのかよ」


『今回オルイン担当になったのはワタシだけ。そして、最も合理的かつ不穏分子を排除してきたのがワタシ。そのはずだった』


「にもかかわらず俺の力量がわからない。死に物狂いで戦ってもだ」


 くれこが出せる限界ぎりぎりを出しているのだろう。

 だがその力も、技も、あらゆる記録のコピーが通じない。

 徹底的に打ち砕き、真正面から殴り抜ける。


『修復不可……ワタシは、消えるわけには……』


『シャイニングブラスター!!』


 必殺技大盤振る舞いである。

 右手から遠慮なしの魔力を撃ち込み、光が世界の終わりを告げていく。


『世界が、記録が、消える……』


「あの世界は、人も神も魔族もいる。けれど、そのどれもが不思議なバランスで、なんでか仲良くやっていたりもする。俺はそんなあの世界が好きなのさ。だから、オルインにお前は必要ない。あの世界の歴史も、記録も、そこにいる人間が紡ぐ」


『見守るだけでは、何年かかっても終わらない。結末を、最良の形で……』


「結末なんて他人が気にすることじゃない。終わればまた始まる。誰かが手を加えなくたってな。もう余計な真似はせずに眠れ……はあっ!!」


 世界の消滅を見守り、オルインの座標を確認。

 鎧には異世界を渡る機能もあるようだ。どこまでも便利だな。


「おっと、俺も帰らないと」


 世界の消滅寸前に、次元の壁を斬り裂いて移動開始。

 裂け目から完全なる崩壊を確認して、元の世界へと歩く。


「闘技場に帰るのはまずいよな……」


 鎧のままで裂け目から出てきたら、それこそ目立つ。

 だが今解除はできない。適当に近場で、人のいない場所を見つけるか。

 でなきゃもう俺達の家に直接行くかだな。


「俺達の家ね……」


 記録なんてしなくても、あの家で起きたことは、俺の記憶に残っている。

 四人でいる生活は、四人だけのもの。誰かに見せて楽しむものじゃない。

 誰かと共有する記憶か。少し前まで知らなかったが、悪くないな。

 そんなことを思いながら、あいつらとの記録を積み上げるために戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る