久々にゆっくりできました

 試験が終わり、丸一日がっつり休んだ俺は、漁船に乗っていたりする。

 学園の体験学習というやつだ。


「慣れんな」


 潮風に吹かれ、わずかに揺れる船の上。

 釣るのも網を引くのも、獲物がかかるまで待つのも大変だね。

 あらかじめ網を設置しておくタイプとか、色々勉強になった。

 モリで魚をとる人は凄いんだなあ。


「前より動きがよくなっていやしたよ、旦那」


 なぜかまたフリストがいる。

 麦わら帽子に長靴で、オーバーオールみたいなやつ。

 無駄に似合うな。不思議なやつだ。


「だといいけどなあ」


「こっち方面に興味がお有りとは、少々意外ですな」


「四人だけになった時に、誰も農業も漁業もできないと困るだろ」


 何かのトラブルで人類皆殺しにしなきゃいけない場合、俺たち四人が何もできないままでは暮らしていけない。

 だから全員が農業とか漁業とかの本だけはちょっと読んでいる。

 まあ壮大にアホ極まりない発想なので、あんまり他人に話したことはないけれど。


「自給自足ですか。一つの完成形ですな」


「そんな大層なレベルには達しないさ。フリストはなんでここに?」


「ちょいと知人の漁師の援軍に」


「援軍の範囲広いなおい」


 便利屋に近くないかそれ。

 本人は夕飯が手に入ったとかで嬉しそうだし、つっこむべきではないのかもしれない。


「まあ俺も食材目当てじゃないといえば嘘になる」


 今回は釣った魚を五匹まで持って帰ることができるのだ。

 クーラーボックスっぽいマジックアイテムのようなものに入れてある。

 いやあ魔法さんは便利でございますな。


「旦那、魚はどうするおつもりですかい?」


「捌いて塩焼きにする。もう片方は蒲焼きを狙う」


「狙うのでございますか。旦那はお料理できやしたね」


「おう、練習している。市販の魚くらいは捌けるぜ」


「ご立派でございやす」


 会話が普通だ。ちょっと過剰に持ち上げられている気もするが。

 なんとも普通の時間が流れているなあ。


「さ、港につきますぜ」


 話しながら海を眺めていたら、すぐ港についた。

 俺たち以外の生徒がもう降り始めているな。


「遅れ過ぎても迷惑だ。行くぞ」


「へい」


 二時間近く船に乗っていたからか、地面ががっちりしている気がした。


「こっちの船ってほぼ揺れないのな」


「学園製の船でございやすから」


「なるほど」


 学園はなんでもあるねえ。その道の達人と候補がわんさかいるのだろう。


「これからどうされやすか?」


「決めていない。ギルメンはそれぞれ用事があるし、まず魚を家に持っていかないとな」


 シルフィは騎士科。イロハは忍者科。

 リリアは学園長と話があるらしい。


「では拙者がひとっ走り行ってくるでござるよ」


 音もなくコタロウさん登場。

 俺が驚かない絶妙な位置と声量だ。


「いえ、流石にそれは……」


 フウマの元トップを無駄に使うのは抵抗があります。


「どっちみち帰る予定なんでござるよ。それでは失礼。にんにん」


 礼を言う間もなく消えてしまった。

 あの人も謎だな。帰ったらお礼だけ言っておこう。


「ありがたいけれど……予定がないんだよなあ」


「あっしもなくなりやしたね」


 コタロウさんがフリストの分まで運んでいったからな。

 完全に暇を持て余すわけだ。


「そういやさ、ヤルダバオトに会ったぞ」


「聞いておりやす。あの方も案内人でございやすから、ヒメノ様ともお知り合いです」


「案内人ってのは、この世界に誰かを連れてくるやつなんだよな?」


「リリア様からお聞きには?」


「あんまりそういう話はしていない」


 そもそも案内人というのは、俺を連れてきたということで、いわゆる職業とは別な気がしていた。

 なんか複数いるらしいし、転移のシステム自体は存在しているようだったが。


「最近、リリアと二人でしっかり真面目な話をする時間が取れんのよ……」


「お忙しいようですな」


「機関滅べ。あと敵のヴァルキリー」


 こいつらに俺の貴重な時間が奪われている。

 もう大損害ですよ。最近のバトル多めの日常はしんどい。


「本当に厄介ですな。神界の部隊が調査に乗り出しています。アテナとの関係も明らかになるかと」


「なったらそっちで解決するように言っておいてくれ。はっきり言って迷惑だ」


「委細承知にございやす」


「……はい話題がない。疲れた」


 他人と喋るのは気を遣うから嫌い。

 話題を探すという行為がうざいのだ。


「お気遣いなく」


「んじゃどこか行きたい場所決めてくれ」


「あっしがですかい?」


「魔法科もやってないし、図書館も清掃中だし、もうなーんも思いつかん」


 必殺他人に丸投げの術。

 俺にコミュ力を期待するアホなどいないので、もう全部任せよう。

 何もなければ帰って寝るだけだ。


「他力本願はやめいと言うておるじゃろ」


 リリアが現れた。いつの間にか商店街まで来ていたようで、鉢合わせと相成りましたよ。


「そっちは終わったのか?」


「うむ、会議終了じゃ」


「よし、こっから任せるぞリリア」


「やめい。ちゃんと考えるのじゃ」


「考えた結果疲れた。休もう」


「でしたらご案内いたしやす」


 フリストおすすめの喫茶店へ。

 ここ前にイロハと来た場所だな。焼団子食った店だ。

 個室座敷でうだうだしよう。涼しいし。


「涼しい……いいぞフリスト」


「光栄です」


「あんまり甘やかしてはいかんのじゃ」


「むしろもっと甘やかすんだ」


 他人に甘えるという行為そのものがほぼ未経験だ。

 こっちに来てから何回か経験し、それほど悪くないと思った。

 ほどほどにしなければと思っちゃいるが、今回はまあいいだろう。


「膝枕でもしやすかい?」


「それはわしがやるのじゃ」


「はい?」


 リリアが自分の膝を叩いている。

 来いということか。いや行かないぞ。


「そうですな。甘やかさなければいけませんから。お願いしやす」


「うむ、どーんと任せるがよい」


 にやりとする二人。無駄なとこで結託しおって。


「はいはい、仕方ないな」


 個室なので他人には見られないだろう。

 注文はもうテーブルに全部来ている。


「珍しく素直じゃな」


「死期でも悟っておられるのですか?」


「違うわ。俺の評価どうなってんだよ」


「確実にもっと拗らせるじゃろ」


「それすらもしんどい」


 恋人お試し期間だからな。何もしないと面倒なことになりそうだし。

 単純に疲れている。


「寝やすい。なぜ寝やすいのだ」


「相性がよいからじゃ」


 程よく柔らかく寝やすい。そして室内が適度に涼しい。

 マジで油断すると寝るなこれは。


「今のうちに聞いておくか。案内人って何よ?」


「相変わらず脈絡ないのう」


「いいんじゃね」


 羊羹食いながらお茶飲んでいる状況だ。

 もうリラックス空間だし、だらだらいこう。


「簡単に言えば、オルインに転移者を連れてくる係じゃな」


「先生とヤルダバオトもそうなんだろ」


「うむ。百年周期っぽい雰囲気でふんわり呼んだり呼ばなかったりじゃな」


「そこちゃんとしようぜ」


「状況によるんじゃ。新しい血を入れるためとか、人類を達人として一段上のステージへ上げるためとか、単純に会いたいからとか」


「最後が俺っぽい」


「まさにおぬしじゃ」


 完全に私情100%で呼ばれたからな。自覚はあるぜ。


「転移者を一名入れたいので、案内人になる。そのためには転移者との相性や、本人の実力も考慮されるのじゃ」


「リリア様は葛ノ葉の家系ですし、御本人の実力も一級品。ヒメノ様はすべての事情を知っておられます。故に旦那を転移させることも認められやした」


「九尾の関係者で、わしが選んだ時点で、遅かれ早かれ葛ノ葉の里に呼ぶ予定じゃったからのう」


「そりゃ初耳だな」


「おぬしはどうあってもオルインか里に来る運命ということじゃよ」


 そりゃ楽でいいや。うだうだ考える手間が省けるってもんさ。


「転移者をしっかり理解して、補佐ができるものでなければ務まらぬわけじゃな」


 言いながら羊羹を一切れ食わせてくれる。

 ちょうどお茶が欲しいタイミングで飲ませてくれるなど、補佐っぷりを見てつけてきやがるじゃないか。


「これは楽だな。案内人って凄い」


「もうダメ人間まっしぐらじゃな」


「元からダメ人間なのでセーフ」


「アウトですぜ旦那」


 眠くなってきた。適度に疲労がたまり、適度に腹が満たされる。

 それはつまりもう動く気がなくなるということ。


「よしよし、よくがんばっておるのう」


 頭を撫でられた。

 そういや俺が撫でられるということはなかった気がする。

 これはこれで新鮮だな。なぜか落ち着く。


「お店で寝てはいかんぞ」


「わかってる。もう少ししたら出るぞ」


 これが極楽というやつが。

 異常なまでにリラックスできるなこれ。

 でも自分からは絶対頼みたくない。


「恋人というのはこういうこともするわけじゃ」


「案内人同士でバトルしたりとか、俺を呼んだことでペナルティとかないよな?」


「露骨に話を逸らしおって……ないから安心するのじゃ」


 おやつは全部食ったし、これ以上は本当に寝る。

 回復魔法かけてもらったので、家までは行けるはず。

 帰るなら今しかない。


「よし、帰るぞ。帰って晩飯まで寝る」


「お疲れ様でございやす」


「おう、フリストも気をつけてな」


「では急ぐのじゃ」


 そんなわけでバトル続きの生活をリセットできたと思う。

 これからも適度に休息入れつつ自堕落に生きていけたらいいなあと思いましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る