イロハと将棋と思い出語り

 イロハと何も考えずお散歩にでかけ、なんとなく商店街で買い物中。

 適当に遊び道具を見繕うため、前にリリアと来たおもちゃ屋にいた。

 相変わらずでかい店だ。


「ボードゲームとか種類多いのな」


「ここはそういうコーナーみたいよ」


 オセロからチェスっぽいもんまである。

 まあ文化ってゼロから始めるとそうなっていくよね。


「イロハはできるのか?」


「メジャーであればいくつかは。あとはショウギね」


「将棋あるんかい」


 そういやコタロウさんはホウジョウ幕府の人だったな。

 ってことは将棋があっても不思議じゃないのか。


「知っているの?」


「まあな。フウマ産だったりするのか?」


「ええ、知名度は低けれど。絵というか文字が独特で、一部で人気があるといったところね」


 完全に別世界の言語だからな。

 なんかよくわからん模様っぽいっていう認識か。


「私の部屋にあるわよ」


「今度やってみるか」


「いいけれど、強いわよ」


「俺もそこそこできるよ。一人でできる遊びは大抵やった」


 他人と遊ぶより、一人で自由に時間を使うのが好きでな。

 ついそういう方向へ進んでいくのだ。


「二人用よね?」


「NPC……まあ自動で対局できるシステムがあったんだよ」


 そうか本来二人いないとできないもんなのか。

 他人がいないとできないゲームって欠陥あるんじゃないかな。


「便利なのね」


「そういうとこだけな。1セット買っていくか。うちは四人いるんだし」


 安い将棋盤と気になった綺麗なサイコロとか駒を見ていく。

 ガラスのように透明だが、何か軽くて丈夫な素材らしい。

 触ると肌触りもよく、プラスチックとも違う。

 軽くハンマー叩き込んでも壊れないらしい。


「駒の材質を選べるとは思わんかった」


 面白いので将棋の駒もこれにする。

 青と白買っていこう。一応普通のも盤についてくるので安心だ。


「そういう宝石みたいなもの好きよね」


「なんだろうな。ちょっと綺麗なもん好きかもしれん。宝石はその存在とお値段が高いという事実が面白い」


 透明で色がついていると好きになる確率が高い。

 水晶とかも好き。なんだろうねこれ。


「そんなことよりどうする? これ家に置きに行くか?」


「召喚機のスロットに入れておきましょう。でなければ配達もできるわよ」


「ほー……大量に買うとサービスになるようだな」


 とりあえずここまで購入。別の場所も見てみることに。


「帰る前にやってみましょうか」


 何種類ものゲーム対戦用の席がある。そこに将棋もあった。

 あまり有名じゃないのだろう。他のやつに比べて人が少ない。


「そろそろ座りたかったしな」


 そんなわけで対局開始。

 打ち方に淀みがない。小さい頃に習っているらしい。


「む……やるな」


「こんなものじゃないわよ」


 それなりに楽しく進む。

 戦法がCPUとは違うな。こっちの世界独特のものだろうか。

 将棋や囲碁って時代で少しルールや定石が違うと聞いたことがある。


「妙な打ち回しをするわね」


「それはそっちも同じ……っていうか変なやつだなお前も」


「どういうこと?」


「普通男が買い物でおもちゃ屋行って将棋やろうとしたら、罵声飛ぶか帰るだろ」


 どうも俺の常識が崩れていって困る。

 ここ確実に罵倒ポイントだろ。


「それはそっちの常識でしょう?」


「いや、おそらくこっち側の女も似たようなもんだと思う。おもちゃ屋の時点で引かれる。確実に」


「そう、なら私が特殊で、アジュに合っているのでしょう」


「そんなもんかねえ……」


 ありがたいことこの上ないが、まあ違和感というものは拭えないのさ。


「あれだ。接待している感じがないんだ」


「かなり面倒な世界だったのね」


「こんなん確実に埋め合わせが必要だぞ。驚くほどの金が飛ぶ」


「そういうの嫌いでしょう?」


「最悪殺すと思う」


「なら気にしないことよ」


 会話で集中が乱れたな。盤面にそれが表れている。

 ここから逆転はちょい厳しいが……イロハもこちらの話に興味を持ちながらだ。

 お互いにある程度力を抜いての勝負。まだいける。


「なっかなか引っかからんね。もうちょい油断していいぞ」


「アジュの考え方は知っているもの。何かの定石や必勝法、無難な戦法で進んで、それそのものを囮にする。しなくても勝てるのなら定石で行く」


「正解。まあ戦闘だともうちょい小細工入るけどな」


 逆にイロハは合わせ打ち。敵に対していくらでもやり方を変えてくる。

 忍者だからかね。判断が早いし、相手に即応するのは見事。


「やるな。正直序盤で舐めすぎたわ」


「そうかしら? ずっと里でしかやったことがないから、外の人の強さがわからないわ」


「シルフィは?」


「教えたわ。けど他のゲームのほうが強いの」


「なるほど」


 シルフィも頭の回転が早いし学力もある。

 本気でやりゃ大抵がうまくいく。恵まれているタイプだ。


「多分リリアは詳しいのよね」


「間違いないな。そして強い」


「どっちなのかしら。フウマに詳しいから?」


「フウマと俺に詳しいから。あいつは全部知っている」


 会えない間、葛ノ葉の里から俺を見ていたと言われている。

 あいつが向こうの知識豊富なのは、それも関係しているはず。


「いいわね。私の知らないアジュを知っている。これからを案内できる」


「俺は今年生まれて数日でお前らに会ったよ。そんだけ。前なんて忘れた」


「あら、じゃあ誕生日は四月になるのかしら?」


「そういや決めていないな。リリアと別れた日か再会した日にするか」


 どっちがいいのだろう。

 別れの日は思い出深いが、こっちで再会したのは四月だし。


「そこでリリアが特別になるのね」


「お前らの誰かを贔屓するつもりはない。まあ誕生日なんてあってもなくても困らんよ。どうでもいい。いっそどこかでサカガミも改名でもするかね」


「いまさら変えると手続きが面倒よ」


「んじゃいいや」


「雑ね……」


「こだわりはない。イロハの集中乱すには十分さ」


 はい俺有利な試合運びの出来上がり。

 ファフニールの血って効果半端ないな。

 もう何十手でも先が考えられそうだ。


「忘れていないかしら。ファフニールは私も手に入れたわね。誰かのおかげで」


 おおう、どんどん追い詰められていく。

 やめろ思い出しちまっただろ。

 あの時の俺はおかしかった。


「あんなに血迷ったのは初めてかもな」


「あれを普段から出しましょう」


「色ボケすぎるだろ」


 どう考えても一回限りの奇跡だよあんなの。

 人生で一回だけ何かの間違いで起きたよくわからない現象だ。


「家でだけよ。今日からやってみましょう」


「あれは恋人であっても毎日するものじゃない。なんか心がしんどい。悪いな。たまにこうして遊びには連れて行くからさ」


「本当に辛そうね」


「ああ、これがお前らじゃなかったら、吐くかもしれんくらいにきつい」


 なんでみんなキスとかしたいのかしら。

 俺には理解できない。したくて当然という風潮はやめてくれ。


「それで集中が乱れたのね」


「うーわきっついなこれ……逆転できるのか?」


 いつの間にかかなり不利だ。

 将棋はできるがプロじゃない。

 いつでも逆転できる自信なんてないさ。


「勝ったら何かしてもらおうかしら」


「有利になってからかよ。わかっているとは思うけど」


「ええ、きついなら要求はしないわ」


「んじゃ聞いてやる」


「そう、ならまたお散歩に行きましょう」


 意外なほど無難で、俺にデメリットがない提案だ。

 ここに来てしおらしさ見せるとかどういうことさ。


「そんなんでいいのか」


「いいわ。こうしているのも好きよ」


「んじゃ俺が勝ってもそれでいい」


「アジュが……気を遣っている……?」


 なんか凄く驚いていらっしゃる。

 俺も気を遣っていますよ。かなりね。


「むしろ気を遣うのが面倒だから、気を遣って他人とかかわらないタイプだぞ俺は」


「特殊な考え方ね……」


「もともと賭け事もあんまり好きじゃないのさ」


「それは悪いことをしたわね」


「気にするな。こういう環境は嫌いじゃない」


 なんだか本当にのんびりとしたいい日だ。

 こういう日がずっと続くなら、悪くない。

 いずれそういう関係になっても、こうであるのなら。


「悪くない、か」


「どうしたの?」


「別に。そう状況は悪くないってな。まだ勝てるかもしれないぜ」


「そう。ならそういうことにしておくわ。あなたが素直になるまでは」


 どうせ俺の思考は読まれているのだろう。

 なら今は読むだけで我慢しておいてくれ。

 いつか直接言えるまではな。

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