これが平和な日常というやつだ

 お昼。もしくはお昼前の自宅。

 九月ももう後半に差し掛かっている。

 それはつまり、ほどほどに寝やすいということで。


「まだ寝ていていいはずだ」


 俺がベッドにいる。それは寝ていいという啓示なのではないか。


「起きましょう」


 横にイロハがいた。

 今日はイロハか。いや今日はっておかしいよな。


「ベッドには入らないように」


「いつまでも起きてこないから、起こしに来たのよ」


「昨日凄い疲れた」


 素の状態で戦闘って疲れるのよ。当然だけどさ。

 食事も睡眠もいらず、疲れもしない鎧やばい。


「今日は魔法科がない。つまりごろごろしていい日だ」


「そうね。なら私が一緒にごろごろしてあげるわ」


「いらんいらん」


「淫乱?」


「言ってねえよ! いやお前そうかもしれないけどさ!」


「ちゃんと清い体よ」


「だから言ってないって。あーもう眠気消えるだろ」


 じゃんじゃん眠気が飛んでいく。

 これはいけない。すでに布団を暑く感じている。

 イロハがすり寄ってくるから余計に暑い。


「もうお昼ご飯よ」


「できたら呼んでくれ」


「だから来たの」


「覚悟を決めねばならんか」


 渋々着替えて下の階へ。

 だるさは抜けているが、どうも運動した次の日は寝ていたくなるな。


「そういや一緒に寝ていたのに撫でろとか言わなかったな」


「たまには寄り添うだけでもいいものよ」


「そうやって一緒に寝ることは許可してもらおうとしてやがるな」


「鋭くなったわね」


 やはりか。油断ならんな。

 ベッドというのは、一人でのんびりできる素晴らしい憩いの空間なのだ。

 そこは譲らんぞ。


「はいあーん」


「ん……美味い」


 二人で適当に昼飯食っている。

 まだちょっと眠いので少食。そこを見抜かれて量が少ない。

 流石だ……俺に慣れている。


「後は何が必要かしら?」


「えー……リリアどこにいる?」


「わしを呼んだかの?」


 食い終わったところにリリア登場。

 魔法のことを聞いておこうか。


「おう、魔法がよくわかんねえ」


「ざっくりじゃな……しゃきっとせんか」


 炭酸のジュースを渡される。

 しゅわしゅわしてある程度意識が覚醒したので、昨日のことを話そう。


「というわけでよくわからん魔法が出た」


「うむ、順調じゃな。では庭で試すのじゃ」


 なんか今日は展開が早いな。

 俺はついていけないスピードですよ。


「インフィニティヴォイド!!」


 何回か庭で試行錯誤し、ようやく発動。

 これ安定しないし、めっちゃ魔力使うわ。


「それ専用カトラスでやるの禁止じゃ」


「やっぱりか」


 アトラクションで嫌な予感がした。

 だから絶対に耐えてくれるソードキーの剣にしたのさ。

 結果的に大正解だったようだな。


「確実に溶ける。刃が耐えきれずに消えるだけじゃのう」


「溶けるのか?」


「溶けるか蒸発するか焼け焦げて灰になるかまあ……どのみち消えるじゃろ」


「カトラスでもダメか」


「ダメじゃ。それは物質や魔力なんかを虚無へと変えるほどに焼く。分子とか原子まで徹底的に瞬時にじゃ。もう電撃などというレベルではないのじゃよ」


 ほほう、それを使っているのが俺ということが信じられんな。

 そういう高レベルのことができる俺っておかしくないかね。


「強過ぎて刀身まで焼く。すべてをとにかくゼロにする。そんな感じじゃな」


「俺が使えていい魔法じゃないだろこれ」


「使えてよい。鎧など関係なく、それはおぬしの力じゃ。たとえ鎧なしでもいつかは使えるもの。それがちょっと早まったかもしれぬというだけじゃ」


「それが一番信用できん」


「じゃから新魔法ができんのじゃ。思い切ってがーっとやってみるのじゃよ」


 んなこと言われても、強い俺って何か違う生き物ですよね。

 もっとこう後ろ向きかつ怠惰で卑屈じゃないと。


「魔法のコントロールはできるじゃろ?」


「そのくらいはな」


 手のひらに雷球を出し、ふわふわ浮かせて上下左右に動かす。

 これは初歩トレーニングらしく、学園来てからしばらくやらされた。

 コツさえ掴めば結構楽だ。


「もう九月も終わる。四月から基礎やっとれば応用くらいできるのじゃよ」


「そういうもんかね」


 疲れたので縁側に腰掛けてひとやすみ。

 最近家にいる時間が少ない気がする。

 こういうのんびりした時間を作っていこう。


「そういうものよ。自信を持ちましょう」


 無駄にイロハがじゃれついてくる。

 背後から俺の頭に顎を乗せ、そのまま体重かけてのしかかってくる。

 構って欲しい犬かお前は。


「邪魔だっつうの」


「シルフィとおでかけして……たまには私と遊びなさい」


「寂しいわけじゃな。今日はイロハと遊びに行くがよい」


「もう昼過ぎだぞ」


「おぬしが昼まで寝とるからじゃろ」


 そらごもっともでございます。

 だって疲れるし。なんでみんな週休二日とかで生きていけんの?


「そういやシルフィは?」


「騎士科があるわ」


 ぎりぎり重すぎないくらいに抱きついてきやがる。

 この妙な学習能力は何だよ。


「どうせまた戦闘になるし……連続戦闘は無理だからな」


「普通におでかけすればいいのよ」


「…………普通のおでかけって何するんだ?」


 そういう普通が俺にあると思ったら大間違いだ。

 まず他人と出かけるの嫌い。

 家にいたいし、外出は一人でしたいのである。


「と、いうわけで行きましょう。お散歩に行きましょう」


 無駄に抱きついてくるし、なんかじたばたしてきてめんどい。

 散歩行きたい犬かお前は。一応狼の家系でしたよね。


「ああもう……戦闘とか運動のアトラクション選んだら帰るからなマジで」


「それでいいから行きましょう」


 語彙力が失われるくらい行きたいらしい。

 一体何がそうさせているのだろう。


「行ってきたらよいじゃろ。こういうこともお試し期間じゃ」


「はいはい、行きますよ。行くからじゃれるな」


「そう、ならすぐ行きましょう。座っていると眠くなって部屋に戻るでしょう」


「俺の行動パターンが読まれている……」


「そらそうじゃろ。夕飯までには帰ってくるのじゃよ」


 そんなわけで昼過ぎから外出だよ。

 アグレッシブにも程ってものがあるぜ。

 俺がそんなに行動的だと思うなよ。


「はぐれないように手をつなぎましょう。恋人は手をつなぐものよ」


「それは外でやりたくない」


「恋人なのに?」


「なのに。あまり周囲に見られるのは嫌い。健全な男女の関係でいこう」


 目立つ行動は避けましょう。


「手をつなぐのは健全の範囲よ?」


「そうなのか?」


 男女の厳密な接し方基準なんぞ知らぬ。俺だぞ。

 他人に触れるというのは、なんか無性に抵抗があるのだ。


「家で私が抱きついても抵抗しないわね」


「半分諦めている。家ではある程度自堕落になるものだ」


「いいわ。まず近くを歩く。そこから徹底して慣らしていきましょう」


「執念が凄い……」


 それだけ大切なことなのだろうか。

 いや俺もお試し期間するって言ったし、少し積極的に動くつもりなのだろう。

 ちょっとくらい乗るか。でも抵抗というか、照れは絶対に残るだろうなあ。


「今日中に腕を組むわよ」


「きっついな!?」


「きつくないわ。慣れていくのよ。欲望に忠実に、貪欲になりなさい」


「俺がそれやると家で二度寝することになる」


「……まだ異性への欲求というものが希薄なのね」


「だと思う」


 年頃の男が全員女に興味持ってへりくだると思うなよ。

 俺は絶対に接待とかしないぞ。


「まあいいさ。どこに行く?」


「戦闘と運動のアトラクションは禁止で……食事はさっきとったわね」


「昼飯食ってまだ一時間ちょっとだな」


「マジックアイテムや忍具のお店は行ったから」


「まあなんかあるだろ」


 目的もなく歩いていたら商店街に来た。

 自由気ままに歩くというのは、誰かがいると難しいものだ。

 しかしイロハはそれを感じさせず、絶妙の間合いを駆使して横を歩く。

 忍者って凄い。


「家で遊べるもんでも買っていくか」


「そうね。帰りに夕飯の買い物にも行きましょう」


「じゃあ今日は色々と買い物中心で」


「面白そうなものがあったら遊んでいく方向ね」


 珍しく好奇心に動かされているイロハさん。

 どうも機嫌がいいらしい。

 しっぽがゆらゆら揺れている。


「過激なことはせず、ゆっくりやるぞ」


「そうね。ここでいいイメージを植え付けるわ」


 よしよし、これで滅多なことじゃ性的な方向には行かないだろう。

 イロハといるのは嫌いじゃないし、それっぽく買い物でもしてやろうじゃないか。

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