くまと遊んで服を見る

 眠い。ということは朝だな。

 布団がとても暖かい。これはまだ寝ていろとのお告げだろう。


「んう……なんだよ……」


 なんかほっぺたをつんつんされている。

 妙な感触だ。いたずらにしては害がない。


「きゅ、きゅ」


 なんか鳴き声が聞こえる。


「クー?」


「きゅ」


 クーが肉球で頬をむにむにしていた。

 起きろと言っているのだろう。


「眠いからやめい」


「きゅー」


 両手で頬をこねるように押してくる。


「うどん職人かお前は」


「きゅ?」


 そら伝わりませんわな。


「起きるまでもっとこねてやるのじゃ」


 逆側をリリアに指でつつかれる。

 邪魔くっさいわもう。いつからいたんだよ。


「起きりゃいいんだろ……うぅ……眠い」


 もう寒くなってきている。この季節に布団から出たくない。


「今日はついてくるのか?」


「うむ、昼までクーちゃんと一緒じゃ」


「きゅっ」


 クーはまだ親から完全に離れない方がいいと判断し、家に呼ぶ日をあまり多くしないことにした。

 今日は昼まで俺達と一緒。そこからは親元で過ごす。


「起きてもやること無いぞ」


「帰る準備とかあるじゃろ。まずご飯じゃ」


「きゅ」


 仕方がないので起きて飯を食った。

 食ったら眠くなる。これが自然の摂理だ。


「準備できたし、昼まで寝るか」


「きゅっきゅ」


 クーが柱をがりがりやって爪を研いでいる。

 後ろから両手で掴んで持ち上げた。


「クー、そこで爪研いじゃダメ」


「きゅ?」


「そうかお前、爪とか研ぐのか」


 柱はシルフィが時間戻したのでセーフ。

 ソファーに連れていき、適当に膝の上で撫でる。


「人間のお家は決まった場所以外で爪を研いではダメじゃ。汚れたり壊れたりしないようにせんといかんぞ」


「きゅ」


「帰ったら爪研ぎ買ってやるか」


「そうやってクーちゃんだけ色々買ってもらえてずるいと思います」


「クーは人間に慣れないといけないから仕方がないだろ」


 俺が他人にプレゼントとかするわけないやん。

 全員それなりに金持っているからね。何かをあげるという発想も出ないのさ。


「クーちゃんばかり撫でないの。久しぶりに私を撫でてみましょう」


 膝に顎を乗せてくるイロハさん。

 ちょっと不満気である。


「はいはい。これでいいのか?」


 適当に撫でてやろう。たまにはゆっくりすりゃいい。


「そうね。もっとゆっくり愛を込めるのよ」


「ねえよそんなもん」


「きゅーきゅ」


 俺の真似をして、イロハの頭を撫でている。

 ちょっぴり同情の気持ちが入っている気がするのは錯覚だろうか。

 この俺に罪悪感などあろうはずがございませんのに。


「よし、俺の分まで頑張れクー」


「きゅ」


「そういうことをさせないの。まずクーちゃんを撫でてみなさい」


「こうか?」


 イロハを撫でるクーを撫でる。なんだろうこの状態は。


「その優しさのまま自然に私を撫でるのよ」


 クーを撫でる感じでイロハへ移行。

 なるほどこういう感じね。学習したぜ。


「その慈しみの心を大切にするのじゃ」


「注文が難解なんだよ」


 とりあえず機嫌はいいらしい。しっぽがゆっくりぱたぱた揺れている。


「次じゃな。わしを膝に乗せる」


 リリアに交代。素早く乗ってくるので回避もできん。


「そしてクーちゃんをわしの膝に」


「きゅー」


「こうして動物を起点として、ふれあいの機会を増やすのじゃ」


「なるほど。これならあんまり嫌がらないね」


「女性への抵抗を動物で緩和しつつ、どちらにも慣れるという高等技術じゃ」


 そこまで大層なもんかね。

 そんなこんなで無駄にだらだらしていたら昼が近い。

 外から熊の鳴き声が聞こえた。


「きゅっ」


「お迎えがきたな」


「そろそろわしらも帰るのじゃ」


 帰宅準備をして庭に出ると、クーの家族が待っている。


「きゅー!」


 兄妹の元へ走っていくクー。

 何か楽しそうに話し始めている。

 人間の家で経験したことでも話しているのかな。


「じゃあ俺達は帰るから、そっちもしばらくしたら巣に帰ってくれ」


「グオォ」


「ばいばいクーちゃん!」


「きゅー!」


 親子揃ってこっちに手を振り返してくる。

 なんかほのぼのするわ。


「またな」


「きゅっ!!」


 そして領地から移動。今度はパイモンの領地側から出る。


「隊長発見ですよー」


「パイモン? アスモさんといい、何で本人が直接来るんだよ?」


 ごく普通に領地の境目にある関所にパイモンがいた。

 相変わらず黒ゴスロリである。


「ちょうどこっちにお仕事で来ていましたので」


「部下に任せりゃいいのに、わざわざすまんな」


「いえいえー」


 パイモンが仲間になった。

 ついでに自分の街へ案内してくれるらしい。

 精霊車もある。


「行くって言っていないぞ」


「行きましょうよー。ボクの街はおしゃれ最先端ですよー」


「ほー」


「毛ほども興味持ってないですねー」


 俺とおしゃれほど相性悪いもんはないぞ。

 ミルクティーにカレーぶっかけたほうがマシなレベルだ。


「どうせ暇じゃ。行ってもよいじゃろ」


「そうね。服にも興味があるわ」


「有名デザイナーさんだもんね」


 そういや本業魔王の副業デザイナーなんだっけこいつ。

 なんかそういうブランドの立ち並ぶ場所もあるとか。


「聞けば聞くほど行きたくない」


「たまにはかわいい服とか見ようよー。別に買ってくれなくていいからさ」


「ちゃんと自腹で買うくらいの余裕はあるのじゃ。ほれほれ出発じゃ」


 そして爆睡していたら街までついていた。

 だって朝早かったんだから仕方がないじゃないか。

 ずっとシルフィにもたれかかって寝ていたらしい。

 何もされていないので安心したが、少し逆に不安なのはどうしてかしら。


「はい到着ですよー」


「じゃ、とりあえず宿に行くか」


「完全に二度寝する気じゃな」


「体壊すからダメです。観光に行こう!」


 街の雰囲気が俺と壊滅的に合わない。

 なんでしょうねこの疎外感は。パリジェンヌ風おしゃれシティですよ。

 パリの風景とかいまいちよく知らんけどな。

 凱旋門とか観光スポット以外の町並みの記憶ねえなそういや。


「またしょうもないこと考えとるじゃろ」


「まあな。あんまり高価な店には行きたくないなーとか」


「ボクのお店の一つに行きますよー」


「服に金かけたくないんだぞパイモン隊員」


 まあしょうがないか。別に俺が買うわけじゃなし。好きにさせよう。


「わしらが買うからよいのじゃ」


「いろんな服を着るわたしたちを見せるのさ!」


「それが狙いか」


「そうして普段とは違う私たちにときめくのよ」


 色々と複雑怪奇な乙女心があるらしい。

 好きにすりゃいいさと思っていたのだが。


「はいここです!」


 もうさ、高級店丸出しの店構えですよ。

 ちらりとかそういうレベルじゃない。

 初手全裸くらいモロに丸出しの高級感である。


「おおー、こりゃ帰りたいな」


「おおーからそのテンションで帰りたがる人初めて見ましたよー」


「いらっしゃいませ」


 美形従業員さんがお出迎えですよ。

 声を張り上げたりしない。完全に仕事できる上流階級の相手に慣れていらっしゃるタイプですわ。


「お仕事を続けてください。何かあればボクが呼びますので」


「かしこまりました」


 静かにきびきびと去っていく。

 あの人にセールストークとかされたくなかったので助かった。

 即座に自宅へと帰っていた可能性がある。

 安心して二階へ。様々な種類の服を十代向けに置いてあるフロアらしい。


「本当はみなさんに新作のモデルとかして欲しいのですが、ちょっと許可が出そうにないですからねー」


「正式な依頼でも許可がいるんだったな」


 これは学園だけじゃなく、ほぼ全国共通のルールだったはず。


「王族貴族の方はモデルをやって貰うのに、特殊な許可証をおうちの方に書いて貰う必要がありますからねー」


「そら王族を勝手に広告塔なんぞにしたら」


「首が飛ぶだけでは済みませんからねー」


 お家取り潰しからの打首コンボとかかまされそう。


「リリアさんは王族ではないらしいですが、なんだか嫌な予感がしますよー」


「魔王の勘というやつか。っていうかリリアの一族にはかなりの神様が恩があってな」


「そっち方面から皆殺しルートに入るからやめておくのじゃ」


「おおう、実は一番デンジャラスですねー」


 葛ノ葉の子孫へ危害を加えると、かーなりキレる神が結構いそう。

 やめておこうね。普通に服でも見ていなさい。

 三人が好きな服を選びに行くので、試着室の前で別れる。


「ではみなさんお好きな服を着てみてくださいねー」


「ではパイモンはあっちでアジュと一緒にいるのじゃ」


「はーい。というか覗いたりしませんよ? 間違いなく殺されますし」


「違うわ。アジュを一人にすると、はじっこの椅子とかで寝始めるのよ」


 俺の行動パターンが完全に見抜かれていますよ。


「うーわー、そこはちゃんと起きていてあげましょうよ」


「努力する。んじゃ行くぞパイモン」


「はいなー」


 そんなわけでしばらく時間を潰すことにした。

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