第192話 勇者システムの発現

 イロハは順調にやた子のスピードに慣れている。あれなら心配ないな。

 今度はシルフィと先生の戦いを見てみよう。

 それは至って普通の近接戦。剣と剣のぶつかり合い。


「ここだあ!」


「お……っとと危ないわね」


 片方が消えたり出たりしている以外はな。


「ううん……おかしいなあ、攻撃の時間は飛ばしているのに」


 シルフィは時間停止禁止。

 なので自分を加速させるか、攻撃モーションをふっ飛ばす。

 だが先生にはかわされる。


「相手の動きを読むのよ。クセがつかめたら、そこから反撃くらいはできるわ」


「それを短時間で……?」


「できなければ圧倒的な力でねじ伏せればいいの。もしくは超特殊能力でなにもさせないか」


「どっちも難しそう……それも勇者の素質ですか?」


「そうよ。サカガミくんを除けば、四人の中で一番勇者の素質があるのは貴女よ」


 これはまあ納得。シルフィほど勇者というか純粋なやつはいない。

 むしろ俺が上であることが不思議。


「わたしに……勇者の力が」


「いくつか見せてあげる。私の勇者システムの使い方を」


 そう行って二十メートルほど距離を取る先生。

 勇者科の人間だけにある素質。それを見る機会は少ない。

 ちょっと楽しみだ。


「例えば、私が速度で貴女を上回る。でも貴女は空中にいる。そんなときにどうするか」


「追いかける?」


「違うわ。その場で攻撃するの」


「魔法でですか?」


「いいえ、攻撃することを選ぶ。攻撃というものを選択するのよ。そうすると、こう!」


 先生がその場で剣を振るう。直後、シルフィの持っている剣が弾き飛ばされた。


「なに? どうなったの?」


「何だ今の? 届くような攻撃はしていないぞ?」


「ここからはアジュ様のためにもなりますわ。鎧の知識を常にオンにしてくださいまし」


 言われて解除しかけた鎧を装着。もう一度よく見てみよう。


「もう一回いくわよ」


「お願いします!」


「はいっ!!」


 一呼吸置いてから攻撃。やはり離れたままで剣を振った。

 そしてシルフィの短剣は宙を舞う。


「あれが……勇者システムか。極限まで効率化したのか、それともそういう技術なのか」


 理解できた。これはRPGゲームと同じだ。

 鳥とか水中の敵に攻撃を選択すると、攻撃が当たる。

 それを人力でやっている。特殊能力の補助があってだけど。


「むっちゃくちゃしてんなあ」


「シャルロットさんは、勇者として熟練の腕と天性の資質を持っているみたいですわ」


 前に授業で見せてもらった技とは違う。

 あれは確か、周囲に被害を与えずに敵だけを葬る技。

 あれも使えるのなら、勇者というのは随分と優遇されているな。


「うぅ……どうすれば……見えない攻撃……」


「あれって避けられるのか?」


「そこを考えるのも試験のうちですわ」


 なるほど、つまりなんかしら対抗手段はあるな。

 考えている間にもシルフィに攻撃が当たる。

 距離を詰めて攻撃するしかないので動くが、単純な剣術勝負で押される。

 シルフィが不利なように見えるが、先生の挙動も不審だ。


「システムを使うか切り替えている?」


「正解ですわ。一見無敵なこのシステム。さてどうするべきか。アジュ様ならどうされます?」


「これはギルド試験だよな?」


「はい」


 なら俺も参加者だ。アドバイスくらいなら許されるはず。


「シルフィ! 鎧だ! 鎧を着ろ!」


「鎧? フルムーンさんに素早さの下がる鎧は愚策だと思うわよ?」


「そっかあの鎧!」


「時間操作は使わなくていい。鎧を使って、先生のスピードを上回れ。全力でだ!」


「…………へえ、気付くのか。面白いわね」


 先生の反応からしてあたりだな。


「いきます!!」


『クロノス!』


 赤い鎧に切り替わるシルフィ。鎧といってもごついものじゃない。

 あの状態なら基礎能力が跳ね上がる。


「クロノスの力……あそこまで継承していたのですわね」


「ああ、色々あったが……あれが今のシルフィだよ」


「これで動き回ればいいの?」


「違う。魔力と全能力を上げ続けろ! 動く必要はない!」


「わかった!!」


 シルフィの力が数百倍から千倍まで上がり続ける。

 これくらい上がれば、ひとまず問題ないだろう。


「ここからどうするの?」


「どうもしなくていい。それで先生の攻撃はほぼ当たらない」


「正解よ。この攻撃は必中じゃないの。あくまで攻撃しているだけなのよ。だからこうしても!!」


 先生が剣を振ったことで身構えるシルフィ。だがどこにも攻撃は当たらなかった。


「この通り、当たらないのよ」


「本当だ……凄いよアジュ! なんでわかったの!」


「それは私も知りたいわ。この力、目覚めたはいいけれど不明な点が多いのよね。なぜ当たらないかは不明なの」


「相手が強すぎると当たらない、というのは気付いているみたいですが」


「そこから先よ。この攻撃はなに? 私はそれが知りたいの」


 偶然うまくいったけれど……正直自信がないんだよなあ。

 そもそも現実に適用できる理屈じゃないし。


「あっているという保証はありませんよ? あくまで予想です」


「いいわ。理屈がわからないから。仮説でもなんでもいい」


「先生の攻撃は、命中率と回避率で判断されています」


「命中率?」


「はい。ざっくり言えば身体能力で、敵に当てるための素早さとか、まあそんな感じです。それが敵の素早さより下だと当たりにくくなります」


 これは完全にゲームの知識。しかも昔のシンプルなやつ。

 主人公補正が最強の能力として存在しているくらいだ。

 なんでも試してみるもんだな。


「つまり私の攻撃が当たらないんじゃなくて、結果として避けられている?」


「命中判定で外した、とか言って通じますか?」


「なんとなく。ありがとサカガミくん」


 通じたみたいでなにより。察しのいい人が多いな。


「アジュはどうしてそんなことを知っているの?」


「似たようなシステムのゲームがあった。ただそれだけ。あんまり昔のことは思い出したくない。反吐が出る」


「じゃあ詳しくは聞かない! 行きますよ先生!」


「切り替えの速い子ね。それじゃあちょっと本気だすわ! バーニングソウル!!」


 先生が赤い炎のようなオーラに包まれた。

 だが変わったのは色だけじゃない。

 先生の魔力が上がり続けている。あれが強化魔法か。


「あんまりこの状態は長く続かないのよ。一気に行くわよ!」


「いきます!!」


 二人の剣が音速を超えてぶつかる。

 衝撃に耐えきれず砕けるシルフィの剣。

 対して先生の剣は傷一つない。細身の剣であるにも関わらずだ。


「クロノス・トゥルーエンゲージ! もう剣が砕けるという未来は存在しない!!」


 ダイヤのように透明な刀身を持つ剣。あれなら砕けることはないだろう。


「はああぁぁぁ!!」


「まだまだ甘いわ!」


 既に常人には影すら見えない速度で斬り結んでいる。

 パワーもスピードもシルフィが上だ。

 それを経験と技巧により先生がわずかに超える。


「行け! シルフィ!!」


「ここで……こうだ!!」


 何もない場所で剣を振るシルフィ。その動作は。


「うぐぅ!?」


 離れた位置にいる先生へと攻撃を当てることに成功した。

 そのまま距離を取り、二人の攻撃が重なる。


「はあああぁぁぁ!!」


「セイヤアアアァァァ!!」


 光速に限りなく近づき、剣に凝縮された魔力がぶつかりあう。

 それは先生の剣にすらヒビを入れるが、そこまでだった。


「はいここまで」


「あ……あれ?」


 先生の姿がもとに戻る。

 つられたのか限界が来たのか、シルフィももとに戻った。


「ここまでよ。もともと試験だし、殺し合いが目的じゃないもの」


「はっ……ふう……はあ……あ、ありがとうございました」


 息切れしているな。ここまで全開で戦い続けたことがなかったんだろう。


「みんな終わったみたいですわね」


 リリアも普通に終わったし、イロハはやた子を捕まえることに成功した。

 そこで三人の試験は終了。舞台から降りてこっちに来る。


「お疲れ。ポーションあるぞ」


「ありがとー」


 三人共一気に飲み干す。やはり疲れているな。


「流石に堪えたわ」


「うむ、久々に暴れたのじゃ」


「もう動けないかも」


「みんな大変だったな。かっこよかったぞ」


「本当に超人が揃っているわねえ。三人とも合格よ」


「強くなったっすね。成長が早いっす」


 全員戻ってきた。疲労困憊ってやつだな。

 座って水飲んで休憩にしよう。


「がんばったよぉぉ……最後ちょっとだけ勇者の力が使えたよおぉ……」


 疲れながらも褒めて欲しそうなシルフィの頭を撫でてやる。


「おーあれは凄かったぞ」


「ふおおぉ……がんばったよ……」


 よしよし。ご褒美にもっと撫でてやろう。

 目を細めてじっとしている……というか疲れて動けないんだなこれ。


「みんな頑張ったのよ。平等に撫でるべき。私もちゃんと撫でるべき」


「うむ、みんな一緒じゃ」


 異論はないので撫でてやる。汗かいているからついでにタオルを渡す。

 拭いてくれとか言われたが、流石にスルー。


「次はわたくしが撫でられる番ですわね」


「ヒメノは撫でられるようなことをしていないじゃろ」


「むしろやた子を撫でてやろう」


 こいつに照れとか罪悪感はないので普通に撫でてやる。

 なんの感情も湧いてこないな。


「おー……別にそんな嬉しくないっすね」


「俺もそんなに楽しくない。失敗だなこれ」


「なんですの! なぜやた子は撫でてもらえますの!」


「頑張ったからだよ。頑張って結果出した人間には、ご褒美があるべきだろ」


「ではわたくしと試験ですわ!」


 そういや俺がまだだったな。さっそく舞台に上がろうとして止められる。


「アジュさん、パースっす!」


 投げ渡されたのは、いつか見た鍵。ちょっと改良されている気がする。


「やた子ちゃんキー、ヒメノ様増量バージョンっす」


「わたくしとアジュ様で無人の世界を作り、その宇宙でバトルいたします」


「そこまでやらなきゃいけないほど、本気を出すってことか」


「ええ、少々真面目にやりますわ」


 そうやって真面目な顔さえしていれば、対応も変えるんだけどな。

 などと考えつつ、ヒメノと一緒に鍵を回す。


『八咫の鏡』


 世界が歪む。俺達が暴れることのできる世界を、一緒に作り出す。

 結界ごときでは不可能な領域まで構築と強化が進む。


「行ってくる」


「いってらっしゃい!」


「信じているわ」


「ちゃっちゃと倒してくるのじゃぞ」


 そして俺は、ヒメノとふたりっきりの世界へと旅立った。

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