第191話 ギルドランク昇格試験
昼飯を済ませて、やって来ました第八闘技場。
広く清潔で、えらくシンプルな場所だった。
最近見た気がする石造りの舞台がある。
「遅れずに来たようじゃな」
「イロハのおかげでな」
「よーし、頑張っていこうね!」
「ええ、Eランクならそう難しい試験ではないでしょう」
「いらっしゃーい。よく来たわね」
シャルロット先生だ。なぜここに。
「今日は私達で実力を図らせてもらうわ」
「先生が? Eランクで先生に勝てるわけ無いでしょう。俺達と別のギルド間違えていません?」
「学園……謎の女ダークネスファントムの指示よ。事情も聞いています」
まーた学園長か。関係者全員に言わせてんのかよダークネスって。
「私達ということは……」
「ええ、協力者が……」
「わたくしの出番ですわああぁぁ!!」
上に設置された来賓用観客席から聞こえる、アホ丸出しの声。
「とうっ!!」
豪快に飛び降り、着地した二つの影。それはやっぱり。
「お久しぶりですわアジュ様!」
「またお会いしたっすね!」
ヒメノとやた子だ。非常に面倒事の気配がする。
「ぶっちゃけ皆様合格ですわ。なので試験にかこつけて、本当の力が育っているかどうかチェック致します。あ、アジュ様は最後にわたくしと、鎧で戦ってくださいまし。模擬戦ですわ」
「そんなわけでシルフィさーん。イロハさーん。うちと先生がお相手するっすー!」
「ご指名ね」
「行ってくるね!」
「おう、頑張ってこい」
二人はやる気だ。応援くらいしないとな。
「わしはよいのかの?」
「微妙っすねー。九尾がどうなったのかも知りたいっすけど、実力が高すぎて判定できるかどうか……」
「まあやれるだけやってみてもよいじゃろ」
「ちょっと、あの子達そんなに強いの?」
「強いっすよ。だから現役でも、上から数えたほうが早い勇者の先生に来てもらったっす」
「フッフッフ、聞こえるぞ……我を求めるものの嘆きがな」
ヒメノがいた上の階に立つ、真っ黒いマントと鮮やかな蝶みたいな仮面の変な人。
茶色い髪の、多分大人の女性だ。
「また変な人がきたー」
「我は闇の幻影……ダークネスファントム!!」
あ、学園長だ。学園長なにやってんですかね。
「とうっ!!」
やはり大ジャンプして着地。なんでそれやりたがるんだろう。
「久しぶりに戯れようか、リリア」
「謎の女がなんで久しぶりとか言うんじゃ」
「うぐぅ!?」
「相変わらず作り込みが甘いのう」
「まったくですわね」
リリアとヒメノにつっこまれている。ヒメノにつっこみとかできたのか。
「う、うるさい! 我が覇道に些細なことなど無用なり!」
「ディア、試験はわたくしに任せてもよろしくってよ?」
「ディアって呼ばないでよ! ダークネスファントム!」
「名前が長いんじゃよ」
「その分かっこいいじゃない!」
なんだよこのやりとり。リリアとヒメノとリーディア学園長は親友らしい。
「ではネスでよいでしょう?」
「えーなんか男の子っぽいわ」
「うっさいトム。さっさと試験を進めるのじゃ」
「トムはもっと嫌よ!」
俺達は完全にほったらかしだ。適当な喫茶店でやれやもう。
「私達はどうしていればいいのかしら?」
「ほっとこうぜ。今のうちに準備しとけ」
「だね。あれ長くなりそうだし」
三人で名前を考え始めている。アホか。めんどくさい人が集まったな。
「じゃあ仮にダーネスさんでいいんじゃないっすか?」
「うおぅ……やた子がまとめに入っている……」
「奇跡を目の当たりにしているわね」
「あの、学園……ダークネスファントムさん。ギルド試験が押していますので、生徒が待っていますし」
シャルロット先生がなんとか進行しようと奮闘する。いたたまれない。
「なんか先生に申し訳ないんだけど」
「なんだろうね。わたしも先生を応援しているよ」
「生徒を思いやる気持ちが一番伝わってくるわ」
頑張ってください先生。心の中で応援しかできませんけど、頑張ってください。
「ダーネスで妥協するか」
「あら、意外と早くひっこみましたわね。もう少し議論の余地が……」
「ヒメノ。あんまりふざけ倒すと二度とお前とは会わん」
「さあ戦いますわよ! 生徒が待っていますわ!」
「もう気力が萎えたわ」
舞台に上がるギルメン三人。俺とヒメノは客席で鑑賞だ。
敵は先生とダーネスとやた子。未知数だな。
「ではアジュ様、強力な結界を張るので鎧に着替えてくださいまし」
『ヒーロー!』
「これでいいか?」
「はい。いつ見ても凛々しいお姿ですわ。では、こうして手を重ねて」
寄り添って手を重ねてくるヒメノ。ときめきの欠片すらない。邪魔。
やはりリリア達だけが特別なんだろうな。
「ちょっとー! なんでアジュといちゃいちゃしているのさー!」
「油断するとすぐこれじゃ……」
「今回はちゃんと理由がありますわ! わたくしとアジュ様の魔力を使わなければ、皆様の力が学園に出てしまいます」
どうやらマジっぽい。手を重ね、二人の魔力で結界を張った。
途中でもっと出力を上げてくれと、鎧を着ていて初めて言われたので張り切った。
「これもう本人以外は傷をつけることもできないのでは……」
「ま、この程度の結界なら暴れてもあまり壊れんじゃろ」
「これで壊れるの!? ちょっと今の生徒はどうなってんのよ」
先生が驚いている。まあ俺は例外です。どうかご安心を。
「さ、それでは二人で鑑賞いたしましょう」
「それ以上近づくな」
「辛辣ですわ!?」
さて、三対三だがどうなるか。
「我が魔力に飲まれるがいい! 暗黒炎氷牙!!」
暗黒の炎と氷がリリアを襲う。尋常じゃない魔力だな。
学園長は学園でも有数の実力者であり、人類最高峰の一角だと聞いたことがある。
あの一撃だけで一国を消せるだろう。
「ふむ、ちょーっと本気でやるかのう」
リリアから魔力のしっぽが現れる。
三本の金色のしっぽは、会場を満たす魔力の渦を作り出す。
ただそこに存在するだけで、溢れ出た魔力の余波が全てをかき消した。
「馴染んだか」
「ええ、九尾の力を確実に取り込んでいる。九本全部も夢ではありませんわね」
「魔道とは葛ノ葉の作り出した歴史。その全てを見せてやるのじゃ」
「ふはははは! よかろう! 相手になるぞ!」
壮絶な魔力のぶつかり合いだ。結界を張っている観客席まで魔力が叩きつけられる。暴風も爆風も結界でカットしなきゃ邪魔くさくなっていたな。
「リリアの魔力はどこまで上がるんだか」
「どこまでも上がりますわよ。あの子は天才。ない才能はない。百億年に一人レベルの天才ですもの」
「またアホっぽい数字出しやがって」
そこまで桁がでかいとアホっぽさがうなぎのぼりさ。
「あの子は、普通の天才が必死で努力しなければ到達できない場所に、最初からいるのですわ。百年に一度の逸材が、なんとなく気まぐれでやってみたリリアに負ける。どんなジャンルでも、ちょっとの努力で歴代ベスト三十くらいには入れてしまう」
「歴代ってなんだよ?」
「そのジャンルの伝説と呼ばれる人間を全員入れて、三十位までですわ」
「あいつどんだけだよ!?」
得意分野に本気で取り組めば十位以内も夢じゃないらしい。
限界なく才能を伸ばす。しかも存在するほぼ全ての才能が与えられている。
そうなるように、葛ノ葉の家系というのは存在するらしい。
「葛ノ葉の隠れ家がありますわね?」
「ああ、あるな」
「あれは住んでいるだけで才能を活性化させ、食べて寝るだけで成長する。まあ葛ノ葉と永住を決めたもの限定ですが」
「それで限界をぶち上げてんのか」
「そうやって超人化した想い人と、天才の子供を作る。そんなことも可能ですわ」
初代葛ノ葉である、卑弥呼の力を一番強く受け継いだのも要因だとか。
「それで体力やパワーも男よりあるのか」
「ええ、全才能の凝縮された存在。太陽神の血が入っているとはいえ、あの子は凄まじいものがありますわ」
今も全系統の魔法を各種一万発同時に撃ち込んでいる。
学園長の魔法なんて一発で消えてしまうレベルだ。
「そしてあの子は努力を欠かさない。もう一度会いたい人がいて、その人に最高の自分を見せるために。その人と楽しく毎日を過ごすために。あの子は限界を超えて成長し続けるのですわ」
「会いたい人か……」
「そこまで想われるというのは、幸せなことですわ」
「そうだな……あいつには本当に感謝しているよ」
リリアのおかげでつまらない世界から脱出できた。
この世界は最高だ。もとの世界なんて、ここと比べたら掃き溜め以下のカス。
感謝してもしきれないほど恩がある。
「がんばれリリア。見ててやるぞー」
「にゅっふっふ。ならもっと本気でいくのじゃ!」
しっぽが四本になる。まだまだ魔力には上があるんだな。
よく学園長は耐えられるな。あの人もエルフっぽいし、なんか丈夫なんだろう。
結界のおかげで会場も壊れないし。試験は順調だが。
「これシルフィ達が巻き込まれるぞ」
「そこはやた子ちゃんがずらしていますわ」
鎧の知識を総動員して舞台を見る。
やた子の鏡の世界を作る力を応用し、同じ世界にいるのに隔離されているような状態だ。
「まずは個別に実力を図りますわ」
「なるほどね。今回ばかりは本気か」
イロハとやた子の勝負が始まろうとしていた。
「それでは、イロハさんはうちがお相手するっす」
「そう、フェンリルも使うのよね?」
「フェンリルもテュールもっすよ。うちも本気っす」
やた子が一枚の羽根を残して消えた。
「速い!」
影の壁が何枚も生えてくるも、黒い線によって切り取られて消えていく。
全力のやた子は速いな。光速には届いていないが、限りなく近い。
「ちまちま影を使っているだけでは、うちは捕まえられないっすよー!」
「そうね、甘く見ていたわ……はああぁぁぁ!!」
影の全てがイロハを包み、イロハ自身の影までも同化していく。
全身が影で黒く覆われ、目だけが蒼く光る。いわゆるカゲハ状態だ。
「本気で……いくわ」
イロハとやた子が動き、激しくぶつかる音が聞こえる。
鎧ならば目で追えるが、速度はやた子がちょっと上だ。
しかしイロハの加速が止まらない。
「羽ビーム!」
アスモさんと組んでいた時に見せた、羽の一枚一枚を黒いホーミングレーザーにしてばら撒く技だ。
「無駄よ。今の私は影がある限り強くなる」
体から幾重にも影を伸ばし、迎撃しながら距離を詰めに行く。
多少攻撃を食らっても、影と同化しているため即修復できる。
臓器も影で新しく作れるし、そもそも完全に影になってしまえば無くてもいい。
「むうぅ……超級やた子連斬!!」
黒剣二刀流で舞台を高速飛行しながら斬り続けるやた子。
それでもついて行くイロハの目には、獲物を狩る狼のような迫力があった。
「鏡よ……やた子ちゃんダブル!!」
やた子が増えた。あいつ自分も増やせるのか。
「ふははははー! どうっすか?」
「そう、なら手段は選ばないわ」
影の一本が天に伸び、巨大な屋根となって日光を防ぐ。
「あ、ちょーっとまずいっすね」
影の屋根から現れる、無数の剣を持った影。
地面からは、やた子を狙う影のトゲが現れる。
「あなたが増えるというのなら、その速度を上回るほどに、手数を増やし続けるだけよ」
「やた子ちゃんと速度勝負とは片腹痛いっす!」
いつのまにか物量戦になっていた。
戦っているのは本来二人なのに、数人のやた子と影の軍勢で大人数になっている。
「あれは面倒なんだよな……」
影は徐々にやた子を囲む範囲を狭めていく。
フェンリルの試練を受けた時の俺のように、鳥かごの中がゆっくりと狭くなる。
しかもトゲやらなんやらが出ている。普通のやつは行動が制限されるわけだ。
「フェンリルの力は独特ですわね。あとはテュールの腕も見たいですわ」
「確か……特別な腕だから、特別な存在にも通用する。だったわね」
リクエストが通ったのか、大きな半透明の右腕が現れた。
「あの腕ってフェンリルのじゃないよな? 人の腕っぽいし」
「ええ、あれは別の神の腕ですわ。フェンリルを封じるために、右腕を犠牲にした神の腕」
「それがフェンリルと一緒に受け継がれているってわけか。ま、害がないなら使えばいいさ。頑張れよイロハ」
「負けないわ。アジュが見ている。いいところを見せるためにも!」
まだまだ続く戦いを見ながら、俺は応援を続けるのであった。
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