お約束の再開

 入学式を終えてやって来たのは、勇者科一年。俺が一年を過ごす予定の教室だ。


「では、わしはここからしばらくアドバイス無しじゃ」


「………………は?」


「ずっとわしが傍におっては、女の子が寄りづらい。よってここから別行動じゃ」


 俺は間違いなく捨てられた子犬のような目をしているだろう。


「どんだけショックなんじゃ……」


「いやもう……困るわ」


 なんとか説得しよう。理由は簡単で一人になりたくない。

 なぜ一人になりたくないかと聞かれれば、勇者科に入って行くのが女子ばっかりだから。

 このままいくと男女比が偏るのは火を見るより明らかではないですか。


「まあなんとかなるじゃろ。席は自由じゃ」


 ちゃっちゃと教室に入ってしまうリリア。お前も勇者科なんかい。

 仕方がないので教室に入ることにする。


「なんとかならないと思うけどな」


 ぼやきながら、渋々一人で教室に入ることにする。

 勇者科の教室は思ったより広い。少なくとも俺の三年間通った教室より確実に広い。

 高級そうな木製の長い机と椅子。床も木造で壁が石造りだ。

 マンガやドラマで見る大学ってこういう教室だったはず。綺麗で豪華だな。


「席は自由ね。定番の窓際行っとくか」


 後ろから三番目の窓際の席に座る。その周囲に座っている者が少ないからだ。

 間違って女子のすぐ隣に座るとか、最悪号泣されるので気をつけよう。


「お、窓際空いてる。やったね」


 俺の前に座った女が嬉しそうにしているが、そんな場合じゃないんだよ。

 真っ赤な髪と、青い瞳をした少女。後ろで纏めた長いポニーテールが揺れている。

 ついでにスタイルも完璧だ。出る所がキッチリ出て、引っ込む所が引っ込んでいる。

 元の世界では、まず永遠に接点のないタイプだ。


「ん? ああゴメンね。うるさくし……ちゃっ……て」


 俺の視線に気付いたのか謝ってくる女。女に視線を悟られるとか童貞失格だろ。

 それにこいつ、さっき見たような気がする。

 目を丸くしている女。そうだ今朝屋上から落ちそうになってたやつだ。


「ああああぁぁぁ!! 今朝の鎧の人!?」


 やっぱりか。元の世界じゃ芸能人でもいるかどうかわからないレベルの美少女だったんで覚えている。


「あの、覚え、てる? あってるよね?」


 どう答えたもんか悩んでいると、不安げに尋ねられる。


「ああっと、あれだよな。屋上から落ちそうになって」


「それそれ、それだよ! うわあ一緒の科だったんだ! ありがとう助けてくれて!! 死ぬかと思ったよー!」


「ああうん、声大きいからさ。うん」


 周りがざわざわし始めているのでちょっと止める。

 気がついたのか声のトーンを下げてくれた。ちょっと顔赤い。


「わたし、シルフィ。シルフィ・フルムーン。よろしくね」


「あーよろしく。俺はアジュ。アジュ……サカガミだ」


 苗字がぱっと思いつかなかったので本名で通す。

 別に逆神の名前に忌まわしきエピソードとか無いしいいんじゃないかな。


「よろしく! アジュって見ない顔だけど編入生? 中等部じゃいなかったよね?」


 リリアさん至急戻ってきて下さい。俺に女の子の相手は無理です。

 ここ中高一貫教育なの? とりあえず正直に言いつつ誤魔化そう。

 異世界から来た童貞ですとか言うわけにもいかん。


「今日からなんだよ。わからないことが多くてさ」


「そっか、何かわからないことがあったら言ってね」


「ああ、助かるよ」


「いえいえ、助けてもらったお礼もちゃんとしたいしさ。よろしくね!」


 真っ直ぐないい子だ。ピュアすぎる。

 こういうタイプは自然と疎遠になる。深入りせずちゃっちゃと自分の席でぼーっとしよう。

 窓の外でも見ようと思い始めた時、シルフィの前に一人の女が寄ってくる。


「何騒いでいるのよシルフィ。そこの男子と話してたけど知り合い?」


 うわこっちに興味持つなよ。

 俺の周囲に男がいないため、そっと休み時間まで存在を消しておこうと思ったのに。

 教室に男は全部で三人くらいだ。少ないなおい。

 しかも席が離れてやがる。友人ゼロも夢じゃないな。


「ううん、違うよ。この人だよわたしを助けてくれた鎧の人!」


「鎧の人って、貴女を抱えて屋上まで登ったっていうあの?」


 俺からやや距離をとって話している、薄紫のたれ目の女。

 シルフィに負けず劣らずスタイルがいい。しかし胸は普通の一言に尽きる。

 肩まで伸びている綺麗でサラサラなライトブルーの髪とパーカーが特徴だ。

 シルフィとは別のタイプのクール系美少女だな。


「そうだよ! あの人だよ!」


「あの人と言われても、私はそんな人見ていないわ」


 あの時はよくわからないけど世界が超スローだった。

 その中で俺を認識できていたことが多分異常なのだろう。


「でも見たもん! わたしのこと覚えててくれたし! イロハが見た鎧の人もきっとこの人だよ!!」


 思い出した。パーカー女だ。龍から助けたボロボロになってた連中の一人。


「声は似ているわ。匂いもあの時のもの……」


 におい? ちょっと引っかかるがまあいい。こいつも覚えているんだろう。


「何のことか知らないが、きっと黒ずくめの大男とでも間違えているんじゃないか? あんまり人に言わないほうがいいぜ」


 これで察してくれればいいんだけど。見た感じ賢そうだしいけるだろ。


「そう…………そうね。勘違いということもあるわよね。でもねシルフィ。フルムーンと知って近付く人もいるから、警戒しなければダメよ?」


「もう、失礼だよ? ゴメンね」


 代わりに謝ってくるシルフィ。

 どうやら青髪はは俺を警戒している?

 まあ元の世界でもあったことだしどうでもいいか。

 黙っていると誤解されそうだし、聞くしか無い。


「あー……有名なのか? フルムーンって」


 シルフィはどことなく気品のようなものがある。

 いいとこのお嬢さんでも不思議じゃない。

 いいとこのお嬢さんが俺に話しかけてくることが不思議でならない。


「知らないの? とぼけているんじゃなくて?」


 いやマジで知りませんけど。周りから『うっわアイツマジかよ』みたいな視線が凄い。

 やっぱリア充になるとか無理だわ。こんな目で見てくる奴らと仲良く出来るわけがない。


「本当に知らないんだよ。有名なのか?」


「あはは……まあちょっとはね」


 照れているのか少し顔が赤いシルフィ。頬をポリポリかく仕草が可愛い。


「フルムーンの名前を知らない貴族なんて、このあたりでは存在しないわ」


 補足してくれる青髪クールのA子さん。

 恵まれとるなあシルフィ。容姿端麗で名家の生まれで、多分強いんだろう。

 完璧超人にも程がある。


「俺は物凄く遠くから来たから知らないんだ。正直学園のこともほぼ知らない」


「知らずにどうして入学できたの?」


 まったくもってごもっとも。

 まあ友達が知らない男と話していれば警戒もするか。

 入学理由とか、そのへん考えてなかったな。リリアと打ち合わせしとくべきだった。


「全然文化とか違う、超遠くに住んでたんだ。そこで素質があるとかで連れて来られた」


「おおー面白そう! 後で色々聞かせてね」


「面白い話ができる自信は無いけどな」


「いいっていいって。代わりにこの辺のこと教えてあげるよ」


 えらい親切だなこの子、何か裏でもあるのか?

 罰ゲームで話しかけてるんじゃないかと勘ぐってしまう。


「シルフィ、恩があるのはわかるけれど親切すぎるわよ」


「そうかな?」


「悪いけど俺もそう思う」


「アジュもそっち側!?」


 青髪タレ目さんの言う通りだよ。人がよすぎて利用されるだろ。


「気分を悪くしたのなら謝るわ。シルフィに言い寄ってくる人は、少し事情があって面倒なのよ」


「大丈夫。イロハもいるし。わたしそういう悪意とかがなんとなくわかるからさ」


 なるほど、流石異世界。そういう方向の能力もあるんだろう。


「気にするな。俺が怪しいのは事実だ」


「ほら、先生来たよ」


「続きは今度だな」


 先生が入ってきて、全員の簡単な自己紹介の後で、学園の説明が始まった。

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