第194話 ヒメノの豪邸に行こう

 ヒメノに招待されたので、宮殿区画へやって来た。

 来る途中に並ぶ豪邸はやばい。高級住宅街とかそんな規模じゃない。

 宮殿である。様々な建築様式で、下品にならないよう、潰し合わないように配慮されて建てられた豪邸の数々があった。


「金持ちってのは……やることが極端だねえ」


「広すぎて移動が面倒なんだよね、広いおうちって」


「この地区は学園に貢献している貴族の別荘や、学園内で多くのお店を出している人が、特別に住んでいたりするわ」


「つまり縁がないわけだ」


「アジュ様も一緒に住めばいいだけですわ!」


「パス。あの家が気に入っているもんでね」


 豪華過ぎて鬱陶しいだろう。自室から出る気がしなくなるわ。


「はい、ついたっすよー!」


 招待された家は完全に和風家屋だ。超豪邸だが、どこか懐かしさを感じる。

 というかよくこんなもん作ったなおい。


「さあさあお入りくださいまし!」


「お邪魔します」


 靴を脱いで入るタイプの家だった。

 徹底しているな。嫌いじゃないぜ。


「フウマの里に似ているねー」


「そういえばそうね。なぜかしら?」


「お気に入りですの。さあ、夕飯がきっとできていますわ! フリストちゃんの手によって!」


「人任せかい」


 そういやフリスト見てなかったな。あいつも料理できるイメージがある。


「うちもちょっと手伝っているっす。手料理は好感度アップの必須イベントっすよ」


「おもしろ芸人枠としては好感度マックスだぞ」


「その枠から抜け出すっすよ!」


「やた子ちゃんは……どうしようかなあ……嫌いじゃないし」


「意外と常識人じゃからのう。まあアジュに任せるのじゃ」


「ハーレムに入るにはまだ足りないわよ」


「入れねえっての」


 なんかヒメノが静かだなーと思ったらぷるぷるしていやがった。


「手料理……しくじりましたわ。ここにきてやらかし度マックスですわ……」


「なにやってんだあいつ?」


「アジュ様に手料理をごちそうするチャンスを……なぜ……好感度が上がり過ぎるほど上がるはずですのに……なぜ思いつきませんの……」


「いいからさっさと案内しろ」


「ちなみに一緒に住んでいると、食事当番で手料理のありがたみは薄れるのじゃ」


「そこからが本当の戦いよ」


 よくわからんので居間へと案内させた。

 この家、なんとなくだが場が清められている。

 妙な場所だな。神様が住んでいるとそうなるのかね。


「おかえりなさいませ。そしていらっしゃいませ。皆様のお食事、整っております」


 フリストが割烹着で出迎えてくれた。似合うなこいつ。

 そして漂うこの匂いは。


「今夜はすき焼きでございます」


 俺の好物がきましたよ。これはテンション上がるわ。


「はいじゃあいただきます」


 完全に畳の部屋にちゃぶ台である。でかい鍋をみんなで囲む。

 座布団の座り心地がとてもよい。


「我が家では生卵は使いませんわ」


「俺もあれ嫌いだからいい」


 なんで生卵につけるんだろう。いらないよなあ。

 味がぐっちゃぐちゃになるだろう。


「ん、いい肉だ。美味いな」


「甘くて不思議な味だね!」


「たまに食べると美味いのう」


「懐かしい味だわ」


 ギルメンにも好評である。

 既に煮込まれていた肉や野菜は、味が染みていて絶妙だった。


「流石はフリストちゃん。結構なお手前ですわ」


「もったいないお言葉でございやす」


「お肉~豆腐~お肉っす~」


「やた子、肉はいいが豆腐はまだ食うなよ。俺が確保してんだから」


「旦那は豆腐を育てるタイプですかい?」


「最後の方まで煮込む。それが豆腐を一番美味しく食べる方法だ」


 すき焼き豆腐はなぜあんなにも美味いのか。

 味噌汁より味の染み方が格段に深いのだろう。


「すき焼きのタレからこだわりやした。余計な砂糖も入れておりやせん」


「うむ。無駄な甘さがない。しつこさのないよいタレじゃ」


「まだまだおかわりはございやす」


「今のうちに高い肉を食っておくぜ」


 明らかに普段食っているものよりも質がいいからな。

 食べられるうちに食べておこう。


「アジュ様はもうEランク。月に一度くらい贅沢されては?」


「無駄遣いは敵だ」


 他人の金で食うからいいのさ。自腹は切りたくない。

 金持ちになったからといって散財して倹約できないやつはアホ。

 金のことくらい、自己管理はしましょう。


「これでも成長しておる。他人の金であろうと、誰かと食事をすることに肯定的じゃからのう」


「前のアジュなら高いものでも拒否して一人で食べるわね」


「なるほど……確かにそうかも!」


「一理あるな」


 他人と食べるより、自分で好きに安いものを食べる方を取っていただろう。

 こいつらが嫌いじゃないってことだな。


「またいつでもいらしてくださいまし」


「気が向いたらな」


 せっせと肉を食う。米に香り米を入れてあるようで、そっちもすすむ。


「野菜も食べないと、栄養が偏るのよ」


「うむ、ちょっとくらい白菜とか食わんか。ほれ」


 リリアに出されたもんを普通に食う。そして気付く。


「まーたリリアだけ食べさせてる……」


「これは全員やらないと終わらないわよ」


 前にもあったなこのパターン。


「次はわたくしですわ!」


「あぁ……どうすっかな……まあ一回だけなら……今鍋に入っていたやつは無理だろ。熱いから」


 ヒメノに夕飯食わせてもらったので、断るのもあれである。

 そのへんはみんな理解しているようで、ちょっと悔しそうだが止めに入らない。

 育ちの良さが出ているな。


「はい、あーん」


 全力笑顔のヒメノから、なんとか肉を食う。

 なんだ……この緊張感は。まったくときめかないぞ。


「やりました……やりましたわ! 凄く夫婦っぽいですわ!!」


「そっそれくらいわたしだってやってるし!」


「そうね、まだまだスタート地点よ」


「さ、次はシルフィとイロハじゃな」


「はいはい、わかりましたよ。やた子とフリストはしなくていいだろ?」


「うちは普通に食べてるっすよー」


「旦那に迷惑はかけませんぜ」


 二人はいい子だねえ。ヒメノよりもよっぽど慈愛に溢れているよ。


「よーし、アジュもあーんに慣れてきたね!」


「慣れたくないけどな」


「ほれ、なにか褒美があるべきじゃろ? 例を言うべきは別におる」


 リリアが肉を見て、フリストを見る。なにか伝えようとしているな。

 ご褒美。すき焼きの? すき焼きはフリストが作ったもんだし。


「そういうことか、フリストちょっとこっち来い」


「なんでございやしょう?」


 ちょっとフリストが残念そうにしていたので呼ぶ。

 リリア達になんとなく視線を送ると頷いてくれた。

 よしよし、多分伝わっている。


「ほれ、口開けろ」


 肉を食わせてやる。出来る限り気を遣ってな。


「ちょ、旦那!? うむぅ!?」


 口に軽くつっこんで終わり。

 抵抗しないし、顔がちょっと赤いのは、突然こんなことをされたからだろう。


「フリストちゃんはスキヤキを作ってくれたもんね」


「なにかご褒美があるべきよ」


「うむ、礼を言うのじゃ」


「おぉーアジュさんが自分から……人類は進化を続けているっすね」


「旦那……お戯れが過ぎやす」


 ぷいっとそっぽむいてしまう。

 まあ急にするもんじゃないな。反省しよう。


「悪かったよ。リリアがやれって言いました」


「言っとらんわい。ちょっと誘導しただけじゃ」


「ずるいですわフリストちゃん」


「一人でこんだけの人数分作らせたんだ、それなりになにかあるべきだろ?」


「そこはちゃんとお礼を言ってありますわよ。そこまで恥知らずではありませんわ」


 ヒメノは部下をこき使っているわけじゃない。

 ただアドリブで生きているため、部下にしわ寄せが来るのだ。

 どっちがマシなんだそれ。


「よかったっすねフリストちゃん」


「別にあっしは……まあ……その……」


「やた子はいらんだろ?」


「遠慮するっす」


「だろうな」


 別に嫌いじゃない。やた子は完全に女を意識しないお笑い枠だ。

 死にかけていたら助ける程度には気に入っている。

 そんな認識なんで、いちゃつくことはない。気楽でいいけどな。


「ごっそーさま。美味かったぜ」


「美味しかったよ。ありがとねフリストちゃん」


「お礼に今度なにか作るわ」


「いえいえ、あっしは皆様に喜んでいただければそれで」


「では全員でお風呂に入りましょう!」


 食後の団欒でヒメノがそんなことを言い出した。


「いやなんで風呂だ? もういい時間だし帰るぞ」


「お泊りでのはずですわ!」


「泊まるって言ってねえよ!」


「泊まりはだめよ」


「完全に寝込みを襲うじゃろ」


「……それは仕方ないんじゃありませんこと?」


 開き直ったなこいつ。なぜみんな黙る。悩むなよ。


「アホか。今から帰ればまだ暗くはない。もう帰るぞ」


「好感度が足りんのじゃな」


「どうすれば上がりますの?」


「上がらないし、他人の家に泊まるの嫌いなんだよ」


 自宅は俺の拠点であり、唯一のくつろぎスポットだ。

 あそこを長時間離れるのはしんどいのさ。


「そんなわけでまたな」


「またお待ちしておりやす」


「さらばっすー」


「お待ちください! 明日まで、明日までお待ち下さい!」


 そして俺達は自宅に帰ったのだった。

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