第181話 試験一日目の戦闘
色々と決めて、今は昼から夕方にかけての時間。
今日は全員夜まで起きている。敵襲の合図を知っておくためだ。
「……やることないね」
「じゃな。こうしてごろごろしているだけじゃ」
リビングで暇を持て余している。やることなーんもなし。
全員が集合しているリビングは、普通の場所より一段低くなっていて、テーブルを囲むように半円のソファーが三つある。
「夕食の準備……つっても食材が限られているんだよなあ」
「野菜を炒めて、パンとお肉を食べるくらい?」
「飽きそうね」
食料が毎日同じメニューだったら本当にしんどい。
自室で同じ状況なら、いくらでも寝ていればいいのに。
他人の家というのは落ち着かないし、寝ていると敵が来そうだ。
「みんな緊張感無いねー。あじゅにゃんがいるから?」
「いや、全員強いんだよ。むしろ俺が守ってもらう側じゃね?」
「ザコと神話生物はアジュが倒す。中間の敵をわしらが倒す」
「そうして俺は地味に成長していくし、みんなのレベルも上がるのさ」
「そこを見越して強めの敵が出るかもしれないわよ」
「先生は俺達の真の実力を知らん。あくまで勇者科一年全員がクリアできる可能性は残すはずだ」
試験なので、絶対にクリアーできない無理ゲーはこない。
それは試験ではなく、ただの嫌がらせだ。
「嫌がらせに時間を割くほど、教師はヒマではないのじゃよ。そろそろ敵も来るじゃろ」
「まだ昼間よ?」
「一発目が深夜というチュートリアルはしんどいじゃろ」
リリアの発言を肯定するかのように、甲高い音のサイレンが響き渡る。
「おお、来たよ来たよー! あじゅにゃんチーム出動だー!」
「生徒が門の前に集まり始めているわ」
窓から外を見ていたイロハが戻ってくる。
やはり二つの門が要なのかね。
「んー……なんかなあ……シルフィ・ももっち・リリアは門へ行け。イロハは俺と裏口に来い」
「裏口? 寝室ではなくて?」
「エロいことするわけじゃねえよ! みんな門に行ったけどさ、門から来るのか? 家壊れたらしんどいぞ」
「……そうね。裏の見張りを付けましょうか」
「イロハは奇襲に強いだろ。門側の指示は……」
「わしがやっておくのじゃ」
「そだねーリリアちゃんがいいんじゃない?」
意外なことにももっちが賛同。でしゃばるタイプじゃないのか?
「あくまであじゅにゃんチームだからね。忍者はサポートで輝くのさ」
「んじゃ輝いてきてくれ。出撃!」
「おー!」
そんなわけで裏口から出る。門は心配ない。
裏口にはベランダっぽい部分があり、テーブルとイスが二つ。
腰までくらいの軽い柵もあり、階段を降りると地面につく。
ちょうどいいから座って待とう。
「さて、何もなきゃそれでいいんだけども」
「どうかしらね。この実習の難易度によるわ」
「仮にも期末試験だしなあ……お、あっちの家にもいるぞ」
普通の家も同じ設備だ。こっちに手を振っている。
「知り合いか?」
「知らない子ね。一応振り返しておきましょう」
軽く手を振る。あっちは一人か。武器は槍と……小型のクロスボウかな。
「今までは紅茶とかあったのにな」
「普通のありがたみを知ることも、実習に含まれているのかもしれないわね」
「色々考えさせるわけだ」
そして聞こえる爆発音。どうやら両門で戦闘が始まったらしい。
「こりゃはずれかね」
「可能性を考慮して動くことは大切よ。少しでも危険は回避する。ここは慎重になっていい場面よ」
「そりゃどうも。ついでに予想でもするか。襲撃されるとして、初日から火は使わないだろう。下手すりゃ全部の家が燃える。集団生活を前提にしている以上は、後半になるはずだ」
これはあながち間違っちゃいないはず。問題はここから。
「面白いわね。だとすれば、物理的に家の窓や壁を攻撃する敵か、魔法で遠距離から狙撃するかね」
「狙撃か……囲いから出られないからなあ……魔法でも撃つか」
「そこまで考えて、影を潜行させられる私なのでしょう?」
「ん、ばれてんのか。あっちの指揮にリリアは外せない。シルフィは時間を止めさせることができない。だからイロハだ」
「そこでイロハが好きだからと言ってくれたらいいのに」
「お前らに順位はない。その理屈なら全員呼ぶことになる」
「嬉しいけれど……複雑ね」
乙女心というやつは複雑らしい。俺にはわからないので、椅子に深く座り直して、大きな木の壁を見つめると。
「どうやら正解っぽいな」
「ええ、待っていたかいがあったわ」
柵を飛び越えてやってきたのは水の塊。それも十個近い。
「なんだあれ?」
水が一箇所に集合すると、中央に赤くて丸い石が入った塊になる。
なんかクラゲみたいだ。
「水の精霊に似ているけれど……意志がない。どこかでコントロールしているみたいね」
隣の家にも同じヤツ。つまり敵だなこれは。
クラゲに冷気が集まると、一メートルくらいのでっかい氷の槍が完成する。
「あれ、どっちを狙っていると思う?」
「家でしょう」
俺達の真ん中に飛んできた。つまり狙っているのは家の壁か。
「サンダースマッシャー!」
「火遁!」
やはり雷と炎に弱い。あっさりと槍は砕けた。
「ついでに本体もいっとくか。追撃のサンダースマッシャー!」
がっつり半分ふっ飛ばしたが、核っぽいものには当たらなかった。
「外より内側から攻めるか」
そして柵の向こう側から補充される水。なるほど、これは長期戦は不利だな。
水を触手のように伸ばし、凍らせているクラゲさん。
何本も生成しているのがもううざい。
「質よか量作戦ね。イロハ、槍よろしく。サンダーシード!」
「風遁!」
クラゲの触手を風の刃で切ってもらい、素早くクナイを三本投げる。
軽い水音を立てて、一本がクラゲの中へ入った。
「これで終わりだ」
クナイに込めた雷球が核を焼き、粉々に粉砕する。
水は力を失って、べしゃりと地面に落ちていった。
「意外と楽だったな」
「そうね、初日だから注意喚起のつもりなんじゃないかしら」
隣の住人も、燃え盛る炎の付いた槍で水の量を減らし、同じく火を付けたクロスボウで核を射抜く。
爆発を起こしたことから、サンダーシードと同系統の魔法かな。
「おーおー強いね。流石勇者科」
「また他の子を見て……」
「そういう意味で見てないって。ん? なにやってんだ?」
隣人はもう一つの家から、クラゲが標的を変えて突っ込んできているのに気付いたんだろう。迎撃態勢に入った。
そういや大きな家からは誰も来ていないな。氷柱が刺さってやんの。
「面倒なことやってんなあ……でかい家ぶっ壊して帰れよクラゲも」
クラゲさんが大ジャンプ。俺達の家と相手の家の中間に来た。
「こっちも大きな家だったわね」
「言ってる場合か」
『ストリング』
なんとなく面倒事の匂いがしたので、援護してやる。
魔力で編んだ糸をクラゲにむかって投げる。投網だな。
これで身動きは取れまい。俺の手まで繋がっている糸を確認。
「上手く当てないと、家やあの子に被害が出るわよ」
「計算済みさ。サンダードライブ!」
糸を伝って、電撃がクラゲの全身を焼く。
サンダードライブは繋がってさえいれば、誘導・追尾可能な電撃を走らせる。
核が壊れて水の塊が落ちた。まあこれで全部だろう。
「やるわね。かっこよかったわ」
「それと急に抱きついてくることは両立しないぞ」
抱きついてくるし、首筋あたりの匂いを嗅いでくるのを、なんとか止める。
「運動で汗をかいたわね……いいわ。ちょっと体温が高くなって……シルフィが言うぬくもりというのも納得できる。素敵よ」
「今の状況は決して素敵ではないからやめろ」
抱きついたまま胸のあたりで顔を動かすな。
イロハは懐き方が独特だ。このへんは狼の習性なんだろう。
「ちょっとくらい受け入れて欲しいわ。こうして私から抱きつかなければ、抱きしめてもくれないでしょう」
「要求のハードルが高いんだよ」
「だから私が超えているのよ。このままキスしてみようかしら」
「外でそういうことするの嫌い」
そこでサイレンとは別の、軽い木琴を叩くような音がした。
「終了の合図かね?」
「だと思うわよ」
「お、あいつまた手を振ってきたぞ」
戦っていた生徒が、気持ち強めに振っている気がした。
こっちも振り返して、お互い家に戻る。
「あ、おかえり。そっちも敵が来た?」
シルフィ達が帰ってくるところだった。
「ああ、水のクラゲみたいなやつが出た。生き物じゃないっぽい」
「こっちは土のゴーレムがいっぱいだったのじゃ」
「ずばばばーっと倒してきたましたぜい! シルフィちゃんもリリアちゃんも、とっても強かったよ!」
「それじゃ、お互いの敵と状況を確認したら、昼組は寝てちょうだい」
そろそろ風呂入って寝るか。その前に。
「なんでイロハはくっついてるのさー!」
後ろから抱きつきっぱなしのイロハをひっぺがそう。
「いい匂いがするからよ」
「ううむ、いまいちわからん趣味じゃのう」
リリアが俺の匂いを嗅ぐも、ちょいと性癖が違うらしい。
「あ、でもアジュがちょっとあったかい」
どさくさでシルフィが抱きついてくる。収集つかないぞこれ。
「じゃあ私もやるー! やっほーい」
「ももっちはだめ! アジュは三人のものです」
「いいから離れろ! こんなことで体力使って試験が乗り切れるか!」
「む、それは厳しいのう。試験が終わるまでは我慢じゃな」
「そうね……試験中だもの……耐えましょう」
「我慢我慢……みんなで合格するんだ……」
お、これはいいぞ。試験中だもんな。ましてや敵の襲撃がある。
無駄に体力を使いたくない。分別はつく連中でよかった。
これなら試験もなんとかなりそうだぜ。
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