変なおっさんに出会ってしまう

 ダツの討伐から数日。魔法科の授業が終わって暇な午後。

 飯は食ったし、今日はもう授業が無い。


「どうしたもんかね」


 武器はまだできていない。ギルメンは別の科である。

 つまりめっちゃ暇。なので学園をふらふらしていた。


「いい感じだ」


 よさげな広場発見。上から下に流れる噴水のようなオブジェがある。

 冬近いのに風が吹かず、それでいて陽の光が当たるからか、ここだけ温かいスポットだ。

 しばらくここで本でも読むかな。ベンチで寝ているやつもいるし、静かにしてりゃ自由なのかも。


「平和だ……」


 ベンチでゆったり本を読む。

 今日は『初心者でもできうる可能性が高い! 長い武器の使い方』だ。

 戦士科のアクセル先生が宣伝文を書いているので、ちょっと気になって買った。


「ん?」


 しばらく読んでいると、何か物音がする。

 視線をそっちにやると、男が広場で絵を書いていた。

 知らん男。二十歳そこそこくらいの見た目だ。

 白に近い淡い金色の髪で、それなりに長い髪を後ろでまとめている。


「うーむ……いい線いって……いませんねえ、あっはっは」


 いっていないのか。ここからじゃ絵は見えないが、声は聞こえる。

 こっちにこなきゃいいや。俺は俺で読書しよう。


「おや、見つかりましたかね?」


 いそいそと道具を片付け、俺のいるベンチの裏の木々に隠れてしまう。


「ちょっと失礼。ここに渋めのおじさんがいることは、内密にお願いしますよ」


 よくわからんが面倒だ。

 ベンチに寝て、本をアイマスク代わりにして寝たふりをする。

 それから一分もしないで、何人かの男が広場にやってきた。


「いたか?」


「いや、だがこの近くにいたという情報が入った」


 追われているのか。このおっさん犯罪者じゃないだろうな。


「仕方がない……あの方が行きそうな場所を探そう」


「了解」


 男たちは去っていった。

 全員同じ軽装備だ。統率が取れているようだし、どういう連中だ。


「いやあ助かりました。おっさんピンチだったもので」


「俺は何もしていませんよ」


 寝たふりをする。視線は本で隠す。これなら庇ったことにもならないし、寝ている人間をわざわざ騒いで起こさないだろう。そんな作戦だ。


「いい作戦です。どちらの味方もしない。それでいて傍観者としても認識されない。顔も隠せる。私には劣りますが、天才の部類かもしれませんねえ」


 全部ばれてやがる。たいしたおっさんだ。

 ベンチに座り直すと、少し離れて隣に座ってきた。


「お互い名乗らずいきましょう。どうも、天才のおっさんです。よろしく、私のダチの人」


「はあ……ダチの人?」


「庇ってもらっちゃいましたからね。これはもう友人のカテゴリーでしょう」


 よくわからん人だなあ。あんまり知り合いになりたくないかも。

 俺は誰とも親しくなりたくないけど。


「しがない天才絵描きです。趣味は絵を書くこと。好きなものはお酒です」


「どうも……高等部一年です。趣味は読書。好きなものはハンバーグカレーとカニクリームコロッケです」


「あたり触りのない情報だけを選別して話していますね。ナイスな警戒心と言えるでしょう。交友を深めがいがありますよ」


 なぜ気に入られているのかわからん。怪しすぎるだろう。


「おっちゃんはですね、酒が欲しくて欲しくて、水の音に引き寄せられるようにここに来たんですよ」


 危険人物だな。学園は治安をしっかり守って。


「お礼に絵を書いてあげましょうか。おじさんの絵は凄いですよ。天才ですからね」


 おっさんかおじさんかおっちゃんか固定しろよ。


「いえ別に、そちらの手をわずらわせるわけには」


 まず正体不明の集団に追われていたやつと交流持ちたくない。


「彼らはおっさんのSPですよ。天才画家なんで、学園に来ると護衛がつくんです。窮屈で絵が書けないので、ちょっと抜け出したんです。そういうお茶目さが天才を引き立てます」


「学園の人じゃないんですね」


「ええ、特別に呼ばれた、極めて珍しい天才のおじさんですよ」


「そうですか」


 どうコメントすると正解なの? コミュ力強い人は教えろ。今すぐに。


「さて、いい絵も書けませんし、お酒もないので帰ります。縁があればまた会いましょう」


 なんとも胡散臭い笑顔だなあ。なぜ有効的なのかわからん。

 俺のことを知らないようだし、それが演技だとしても、怪しさが絶妙に不気味だ。

 警戒だけはしておこう。俺から疑り深さを消すことは不可能だ。


「次に会う時は、敬語はなしでお願いしますよ。ダチってそういうものみたいですから。では失礼」


 そして天才のおっさんは帰っていった。

 なんだったの……余計なトラブル持ち込まないように祈っておくか。


「アジュはっけーん」


 入れ替わりでシルフィ登場。俺を探していたのだろうか。


「どうした?」


「暇になったから、アジュと何かしようと思って」


 おっさんのことは一旦忘れよう。とりあえず休める時間を有意義に。


「どこか行くか?」


「珍しく乗り気だね。じゃあ食べに行くか、武器に慣れるかだね」


「戦闘はダツでやっただろ。何か食いに……夕飯が入る程度に食いに行くか」


「屋台に行くよ!」


 そんなこんなで屋台街へ。ここならつまみ食いできる量だ。

 さっそく二本買って二人で食う。


「この香ばしさといい、雑に小腹を満たす感じといい、やはりいい」


 青トカゲの炭火焼きはいつもうまい。

 皮がぱりっとしていて、中は味が凝縮されたつくねみたいな感じ。

 とてもうまい。塩焼きとかタレとかなんでもいける。


「たまに食べるとおいしいね」


 シルフィはほぼ好き嫌いはない。いい子だねえ。

 その手には団子の串が握られている。


「はい、アジュのぶん」


 人がそこそこいるので、あーんを要求してこない。

 助かる。人前でやるのはきつい。品がない。


「ほう、焼団子か」


 その場で焼いているタイプで、まだ熱い。

 甘みが熱と一緒に口の中へと広がっていく。


「いいな」


「おいしいでしょー。前にイロハに教えてもらったんだ」


 フウマ料理っぽいもんなこれ。とても深みのある味だ。


「意外と知っているんだな」


「たまにイロハと来るよ。アジュも一緒に来ればいいのに」


「予定次第だな。まだ魔法科でやることが多いし」


 こいつらなら不快な思いはしなくて済むだろう。

 予定さえ合えばいいが、今の俺は魔法の研鑽がお好きなのだ。


「魔法お気に入りだね」


「ああ、もうちょい自由度を上げたい」


「今もかなり自由だよ?」


「もっと精密に、もっと適量の魔力を……ってところか。これが難しくてな」


 もっと細かく操れないか。もっと純度を上げてみたい。

 完全におもちゃにはまったガキのそれである。


「いいと思うよ。真面目に何かしようっていうアジュはかっこいいからね」


「その評価は無理があるぞ」


「いいの。他の人は知らない。わたしたちはそう思うの」


「そんなもんかねえ」


 たとえそうでも自覚など無い。あってたまるか。


「そういえば、さっきの広場で何かあったの?」


「質問の意味がわからん」


「難しい顔だったよ。悩み事?」


 そこまで把握できるのか。こいつ観察眼どんだけ優れているのさ。

 別に隠す必要もないので話す。


「いや、変なおっさんに友人扱いされた」


「知らない人?」


「知らん。天才画家らしい。シルフィも知らない人に話しかけられたら警戒しろよ」


「だいじょーぶ。ちゃんとわかってます」


「ならいい」


 しらばく屋台を見て回り、ほどよく小腹が満たされる。


「おっとアジュさんとシルフィさんじゃないっすか」


 やた子登場。お前どこにでもいるな。


「やた子ちゃん?」


「お前も屋台巡りか?」


「お散歩中に失礼するっす。ヤサカちゃん見なかったっすか?」


「ヤサカ?」


 完全に知らん名前だ。

 俺が忘れたかと思えば、シルフィも首を傾げている。


「悪い。俺たちは知らん。誰なのかも知らん」


「ありゃ、面識なかったっすか? ヒメノ様の部下で、うちの同僚っす」


「本当に知らない人だね」


「まーたお仕事してるか、お酒飲んでるか。お酒飲みながらお仕事してるっすね」


「最後ダメだろ」


 また変人が増えるのか。俺の精神がもたないので、さっさと屋台巡りに戻ろう。


「まあ頑張って探せ。こっちは会わないように気をつけるから」


「そこは探してくれるか、最低でも会ったら教えるところっすよ」


「お前の同僚で、ヒメノの部下で、酒好きなんだろ?」


「おやあ? プラスの要素が見えないっすねえ」


 同僚に言われちゃおしまいだろう。とにかく関わらない方がいい。


「ごめんね、力になれなくて」


「いいっすよ、シルフィさんのお気持ちだけでもありがたいっす。見習うべきっすよ」


「なぜそこで俺を見る」


「なぜっすかね。不思議なこともあるものっす。では捜索に戻るっす。またお会いするっすよー」


「またね、やた子ちゃん」


「おう百年後くらいにな」


「もうちょっと会いたいっすね。ではでは」


 そしてやた子は去っていった。妙なことにならなきゃいいけどなあ。

 不安になりながらも、屋台巡りを終えて帰った。

 これからも平穏でありますように。

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