読書して絵を書くという優雅な生活
平日の午後。勇者科で座学やって、いつもの店で昼飯食ったら自由時間。
図書館の個室にて、リリアと魔法の本を読む。
「やっぱり無いな……」
ライジングギアの派生を思案中。だが相当にレアな魔法らしく、ほぼ文献がない。
最悪昔フルムーンで貰った蔵書閲覧権みたいなのを使うか。
でも手続きめんどいし、そういうことができる存在だと残るのもなあ。
「普通の本に乗せても、ほぼできる人間がおらんからのう」
ほぼ諦めながら、ソファーに寝転び次の本を読む。
リリアは暇なのか、俺の横に寝ながら適当に本を読んでいるようだ。
「でも強化魔法できるやつは多いだろ」
ヴァンも先生もミリーもできる。
リリアもできるし、使用者は多いはず。
「あれも魔力を貼り付けたり、頭をクリアにしたり、それぞれで違うのじゃ。おぬしのは完全に別物じゃな」
「難しいもんだな」
「それはそうじゃよ。もう魔法科の先生にでも聞くか、でなければ同系統の魔法ができる人間を探すしか無いのじゃ」
ザトーさんしか知らん。あの人は国のトップだよな。
ならもうリリアしか知らん。
「リリアじゃいけないのか?」
「わしは最終手段じゃ。そうじゃ、クエストで募集してみたらどうじゃ?」
俺の横でだらだらしていたくせに、面白そうなことを見つけたときの顔に変わった。
妙なこと考えていやがるな。
「そんな手頃なクエあんのか?」
「違う違う。自分で募集するのじゃ」
「あー……いやいやかなり限定的だぞ」
ただでさえレア属性でレアな魔法だ。正直どのくらいいるのか検討もつかない。
そしてそれよりも切実な問題を抱えている。
「もっと重大な問題がある」
「なんじゃい」
「初対面の人と何かするのきつい」
「そこじゃな……」
そこでございますよ。むしろそこさえ突破できりゃどうにかできそう。
「こうして読書も悪くない」
「問題が解決しとらんじゃろ」
言いながら本の内容を覗き込んでくる。
動かれても読書の邪魔にならない範囲だ。見極めてやがるな。
「先延ばしにすればいいじゃない」
「いいわけないじゃない。ならば何か対案を出すのじゃ」
「回復魔法系統をやりたい」
これは前から考えていた。
攻撃と強化魔法が行き詰まった場合、俺にできるのは回復魔法じゃないかと。
「ほほう」
「ヒーリングは魔力量と質で上下する。リキュアは簡単な解毒だ。これを突き詰める。壁頼む」
「ほいほい」
簡単な指示で魔力の壁を作ってくれる。
指先に回復魔法の光を灯し、軽く弾丸のように飛ばす。
壁にあたって弾け、暖かな光を放って消えた。
「こういうこともできる」
「地味に練習しておるのう」
感心しながら壁を消している。俺もそれなりに成長しているのだよ。
「ある程度は飛ばせるさ。だがゲームみたいに全回復とか、状態異常全回復はできん」
「それは修練不足なだけじゃ。リバイブキーならできるじゃろ?」
「あれはもう蘇生ってつけりゃ何でもできるじゃないか」
あれはどんな屁理屈でも蘇生ってことなら可能だ。
回復とかそれ以前の、もっとやばい力だろう。
「病気って魔法で治せるか?」
「できるが高等技術じゃな。ウイルスを死滅させつつ体力を回復するとか、そういうレベルじゃ。かなり緻密な作業になる」
「専門知識が必要か……となるとやはり回復魔法を地味なやつからだな」
「やるとしても、広域拡散とか、一発の威力を上げる方向じゃろ。それは魔力が上がれば可能じゃ」
結局トレーニングか実戦経験に行き着くわけね。
なんとも俺に厳しい……いや、できる可能性が示唆されているだけ優しいのか?
「依頼を出す側ねえ……」
「ただ出すだけではないぞ。受けてくれる人が現れたら、ちゃんと説明し、的確に指示を出す。失敗すると時間と単位が釣り合わないわけじゃよ」
「切実だな」
「将来雑で横柄な依頼人にならぬよう、今のうちから教育しておるんじゃな」
効率的というか、実践派というか、学園はそういうとこしっかりしていやがる。
「まず同じ魔法が使えることが大前提だろ?」
「うむ、そして助手を二名までつけることを許可。ただし報酬は本人一人分じゃな」
「なるほど。無駄な出費とずるを回避するのか」
「その分だけ本人をお高めにじゃな。人数だけ増やして金を取る連中を避けるのじゃ」
合理的だ。人だけ多くても、使い手と説明できる人間がいなきゃ意味がない。
「こっから報酬と拘束時間とか決めるんだろ?」
「決まったら学園に申請して、審査に通って報酬を窓口に預けたら、晴れてクエストになるのじゃ」
「かなりきっちり決まってんだよな」
「そのくらいしてよいのじゃよ。学園の質向上に繋がっておる」
学園は雑に処理しないから、一定の信頼がある。
はじめに報酬を入れるから、後で足りないということもない。
かなり計画的に作られている。
「考えておくよ。最悪依頼するけれど……該当者いるのか?」
「ダメもとクエストという掲示板もちゃんとあるのじゃ。上級生なら使い手もおるじゃろ」
「知り合いでできるやついないかね……魔法使えて……アルラフトかソニアくらいだな」
「アルラフトは無理じゃな。ソニアは……神じゃのう。神は肉体はあっても不死じゃ。精神体や概念に近いから、人間とは魔力の循環も違う」
忘れがちだが、あいつらは神様なのである。
人間とは勝手が違う。どうにも八方塞がりだな。
「一回空気を入れ替えよう」
二階なので、テラスへ出る。
涼しい風が入り、諦め気味だった気持ちが流されていく。
「こうして外の空気を入れて、頭を活性化させるのさ」
「ほほう、賢いやり方ですね。この天才と同じ発想ができますか」
この前におっさんが、なぜか隣のテラスにいた。
画板と筆があるし、外で絵を書いていたのか。
「……またお会いしましたね」
とりあえず無視するのもあれなんで、軽く会釈。
「次会う時は敬語はなしでと言ったじゃありませんか。天才の頭脳にはそう記憶されていますよ」
「あれマジなんかい」
「ダチとはそういうものらしいですよ」
「悪いな。俺は友情が理解できん」
「また知り合いが増えたのじゃな。よい傾向じゃ」
いいのかこれ? いい傾向にカウントして大丈夫か?
「おやお嬢さん、私と同じ天才の波動を感じますね」
「どんな波動だ」
「うむ、確かに」
あんのかい。ギャグなのかマジなのか判別つかん。どっちなんだよ。
「どうも、彼とダチになりました。天才のおっさんです」
「恋人候補の美少女ですじゃ」
「なんだそのアホ丸出しの自己紹介は」
「いえね、私って天才でしょう? 本名とか名乗っちゃうと人が寄り付くので、ダチには名乗らずフラットにいきたいなと」
これっぽっちも理解できない心境だな。
まあ俺たちに危害を加えなければ、どんな生き方していようが知ったこっちゃないが。
「まあいいさ。ここには絵の練習で?」
「そうですよ。ここは見晴らしが良くて、とてもお気に入りなんです」
俺の想像とは違う絵だ。これ水墨画だな。
墨ででかい紙に書いているんだ。
「ほー……うまいもんだな」
「いい感じじゃな」
天才と名乗るだけあり、かなりうまい。
墨の黒一色だけで完全にどこの風景かわかる。
それでいて崩しているのか、オリジナリティもある。
「まだまだですよ。正直いまいち筆が乗りませんでね。これは失敗作に近いです」
「俺には縁のない世界だな」
「やってみれば面白いですよ」
「教養をつけるのじゃ」
うーむ……美術品の真贋見極めとかはともかく、自分で書くのはなあ。
ちょっと避けたいかも。
「うまいやつの絵の隣で書けってか?」
「いいんですよ自由に書けば。教養も無くて結構。楽しく書くものです」
「そうじゃな。ものは試しじゃ」
「どうせお前も書けばうまいんだろ?」
「それなりにのう」
周囲に天才しかいないと、こういう時に困る。
「道具がないから無理だな」
「ほいほい」
リリアが魔法で全部出しやがった。ちくしょう逃げ道がないぜ。
「ではやってみましょう。時間はまだありますね?」
「一時間くらいなら」
テラスで三人でお絵かき。なんだろうねこの状況。
「目の前に庭と木々があり、そのずっと先に校舎が見えますね。あれはどの科でしたか……」
ここは二階なので、視界の先には庭。そして木々。さらに奥に校舎だ。
あれは頑丈な作りだし、戦闘系の科が使うやつだな。訓練できるやつ。
「庭と木でも書いておけばいいでしょう」
「ざっくりでいくのじゃ」
普通に書き始めている二人。マジかお前ら。
「墨が垂れるぞ」
水分が多すぎると滲んでしまうし、まず墨の扱いが難しい。
「少々難易度お高めかもしれませんねえ。こちらに絵の具がございます」
「じゃあそっちで」
黒しかない。いやいやどういうセンスだ。天才ってこういうことなのか?
「黒はいいですよ。終わりの色。極めし色。あなたの髪のようにね」
「どういう意味だ?」
「こっちでは黒髪は珍しいのじゃよ」
そういや俺以外だと、ヒメノくらいしか見たことがないような。
「多種多様な目の色、髪の色が存在し、混ざり合う。その終着点こそ、全要素を混ぜた黒い色。何者にも塗り潰せない、人類の叡智と進化の詰め合わせ」
「まあただの迷信というか、ふんわりと残る都市伝説みたいなものじゃ。珍しすぎるがゆえに起きたことじゃのう」
俺は無駄に希少種らしいな。当然だが実感はない。
だがそういや黒髪の知り合いどころか、見かけることすらないぞ。
なんとも妙な世界だ。
「気にするほどじゃあありませんよ。絵に集中しましょう。まあ話を振ったのは私なんですが」
「気にしても無駄そうだな」
「うむ、侮蔑の意味はないからのう」
そしてしれっと俺の膝に座るリリア。
自分の画材道具は全部魔法で浮かせているようだ。
「仕方がないから合作にするのじゃ。わしがおおまかに書くから、おぬしが塗っていくのじゃ」
「いいですねえ。青春ですよ」
「そうか?」
「ええ、実感はありませんか?」
「青春に縁がないもんでな」
俺にそういうイベントはないはず。
おそらくリリアがいるからだ。
俺のほとんどのイベントフラグは、リリアといることが条件なのだろう。
「じゃから馴染ませておる。苦労しとるんじゃよ」
「それはそれは、頑張ってください。ダチに恋人ができるのは喜ばしいことですから」
「うむ、やってやるのじゃ!」
「やめろ空回りしてえらいことになりそうだ」
喋りながら、ちまちま絵を書く。
枠組みと細部をリリアが、それ以外を俺が色塗りしていく。
「これはあれだな……漫画のアシスタント作業?」
完全にイメージで喋っちゃいるが、なんとなくそんな感じ。
ベタ塗りとかホワイトっていうんだっけ?
今はデジタルなんだろうけどな。
「似ておるかもしれんのう」
「なんですかそれは?」
「絵に会話文つけてこう……めくっていく絵がメインの本? っていうか学園にあったよな?」
「ありはする。全国規模で浸透しておるものではないのう」
「そこはおじさんですからね。流行についていけないだけかと」
俺もおっさんになったらこうなるのだろうか。
いや別にいいけどさ。無駄な思考は中断。絵を書いていく。
そこで室内からベルが鳴る。個室の使用期限が来た合図だ。
「時間来ちまったな」
「仕方がないですね。私もそろそろですし、お開きにしましょうか」
「うむ、ほぼ完成じゃな」
それなりに見られる出来栄えだ。といっても、美術品としての価値はない。
あくまでド素人が書いた程々の絵さ。
「それではお二人とも、またお会いしましょう」
「またな」
「うむ、さらばじゃ」
なんとなくリラックスした時間ではあっただろう。
たまにはこういうのもありだ。
そう思いながら、俺たちは帰る準備を始めた。
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