雪国での戦い

 初戦闘が終わって早朝。敵が動き出したと報告があり、眠い中で叩き起こされた。


「朝弱いっつってんだろ」


「言ってる場合じゃないわよ。どうするの?」


 砦から見下ろすと、たしかに敵軍がこちらに歩いてくる。今回は歩兵かな。


「迎え撃つしか無いだろ。朝組を出す。準備させろ」


 こういう時のために、全軍を朝組と夜組に分け、片方が眠るというルールにしておいた。戦力は半減するが、そこはまあ仕方がない。


「敵軍に告ぐ、こちらには隊長の捕虜がいる」


「そいつに人質の価値はない!!」


「ひでえ!? おい交渉くらいしてくれよ!!」


 最速で拒否られたぞこいつ。あっちの指揮官女だな。多分勇者科だ。


「あんたの作戦に乗って被害が出たのよ! やたら食べるし勝手に動くし、隊列を乱さないで!」


「お嬢達がわがままな作戦練るからだろ! 現場のこと考えやがれ!!」


「まあいいわ。時間稼ぎができたことは褒めてあげる。そのまま自爆でもして稼ぎなさい!」


 どんな言い分だ。こいつも苦労してんなあ。


「やべえぞサカガミ! 上級生が来る!」


「どういうことだ?」


「今までのは偵察部隊だ。これまでの戦いでお前らを潰せると判断したんだろ。次は上級生のガチ部隊だぞ!」


 これはまずいことになったな。こっちにも強いやつはいるだろうが、全軍じゃないうえに半分は休ませている。


「出陣はしない。全軍防衛用意! 砦に取り付くやつから叩き落とせ!!」


「敵来ます!」


「魔法と弓で落とせ! 一匹でも多くダウンさせろ!!」


 一斉掃射により敵の突撃を弱めるしかない。だが数が多いし、なかなか倒れない。正直どこから集めているのか不思議だ。


「うわーん! なんであんなに敵がいるのさー!」


「あれだけの数だ。装備も食料も足りなくならないのか?」


「お嬢どもの権力だろ。試験のはじめっから強いやつを金で雇ってるんだよ。家の権力ってやつだ」


 初日から家の力で人を集める方向に舵を切ったらしい。助っ人をどばどば投入できるらしく、そりゃもううざったい。


「お前自爆して強いやつ倒してこい」


「捕虜はちゃんと扱えよ!?」


 どうしたもんかな。鎧は使いたくない。そもそも学生レベルで強いやつ相手に無双すると、それだけで厄介事に巻き込まれそう。


「お前あれどれくらい倒せる?」


「タイマンなら武将やれると思うぜ」


「なら敵武将を倒せ。こっちに寝返る権利をやろう。これ仲間の印って感じの腕輪だから。俺が今決めた。外すなよ。危ないから」


「危ねえの!? どんな交渉だ……まあいいやってやんぜ!!」


 使ってみるか。最悪でもこいつが敵陣に帰るだけ。利用しちまえ。


「フラン、エルフ部隊で狙撃続行。イズミ、潜入準備。ルナ、俺の副官」


「りょーかい!」


「作戦開始」


「わかったわ。気をつけてね」


 敵が城壁に近づいている。このまま飛び越えられてもきついが、どうやら氷と土で坂を作りそう。やべえ、そういうのありだよなそりゃ。ジャンプでこっちに来るやつもいるし、迎撃しておくか。


「あまり手の内を見せたくないが、雪国の戦い方を見せてやろう。作戦W発動!!」


「了解!」


「みんな急いで!!」


 そして敵陣めがけて大量に、どばーっと、遠慮なしにぶっかける。


「うわっぷ!? なんだこれ!?」


「つめた!? 水!?」


「大正解。ちなみに午後の天気は大雪だ」


 既に雪の量が増え始めている。あとは魔法で敵軍にだけ水ぶっかけていけばよし。


「うわああぁぁぁ!?」


「さっ、寒い!? こんなの戦ってられるか!!」


 敵軍大混乱である。魔力で出した水以外に、普通の海水とかもぶっかけている。ほれほれ冷たいぞ。体が凍っても知らんからな。


「火! 誰か火をくれ!」


「おれは下がるぞ!!」


 寒さで凍えて止まるもの、敵陣へと帰っていくもの。様々である。これでかなり減るし、怖気づくだろう。


「あんたえぐいこと思いつくな」


「次から対策されそうだし、終盤で使いたかったんだけどなあ……」


 こんなに早く上級生と本隊出されるとは思わなかった。忍耐や辛抱というものがないのか。ないんだろうな。お嬢様らしいから。


「あっくん! 強い人がずばっと来るよ!」


 飛び出してきたのは五人。正直きついな。洪水を何らかの手段で回避して飛び込んでくるくらいはできるやつらだ。


「一人任せるぞ」


「うっしゃあやってやんぜ!!」


 捕虜VS敵将という意味のわからない対戦カードを作ってまず一人。


「ライトニングフラッシュ!」


 これで一人失速して下に落ちる。城から魔法兵に集中砲火をさせればよし。


「ハリケーンロード!」


 竜巻を巻きつけて空中を移動してやがる。こいつ飛べるのか。後回しにしたい。


「うきゃあ!?」


「ルナ!!」


 一人ルナの方に行った。鉤爪とナイフ装備で、腰に鞭をつけた女だ。


「女同士、あちしとやろうじゃないさ」


「ルナ、こっちに来い!」


「おっと、そういうわけには」


「いかないんだよねえ」


 槍使いと風使い二刀流の男二人組か。おそらくどっちも強い。

 空に向かって軽くサンダースマッシャーを撃つ。これが合図だ。


「第二魔法部隊、作戦開始!」


 俺達にだけ強化魔法がかかる。ここは味方の砦だぜ。内部から強化魔法だけをかけ続ける部隊を用意した。二十人くらいだが、強化だけに集中できるため、純度と持続時間が長いのだ。


「さて、やるだけやってみますので、手加減してくださいね先輩方」


 カトラスを構え、慎重に二人へ向き直る。この状況で、俺がどれだけやれるか試すとするか。どの道乱戦になってしまえば、魔法と弓は不向き。必然的に武将同士の戦いになる。兵は下がらせておこう。


「へーえ、おもしれえじゃん。おれこういうやつ好き」


「戦い慣れしている軍師がいるようですね。できれば発案者だけでも倒したいところです。速やかにご退場願いましょうか」


 丁寧な口調の槍使いだが、その豪胆で素早い取り回しは厄介で、カトラスでは少し分が悪い。リーチの差を埋めようと長巻に変えるのはまずい。


「ほらほらこっちも見なきゃダメじゃん」


 二本のククリ刀を回転させながら突っ込んでくるチャラい方。こいつ速い。剣速に長巻じゃ追いつかない。強化魔法でギリギリ打ち合えちゃいるが、いつか大怪我をする。せめて一人だけなら……。


「ライトニングビジョン!」


 雑な分身を二体出す。両方を刀使いへ、俺は長巻を構えて槍使いへ走る。


「おいこいつおもしれえぞ! 連れて帰ろうぜ!」


「丁重にお断りする」


 スロットを三個使い切り、雷光一閃の準備へ入る。目標までもう少し。ここで横薙ぎに振る動作を見せる。案の定防御態勢に入ったな。


「リベリオントリガー!!」


「何だと!?」


 最後の踏み込みの瞬間だけ発動させ、速度と力を激増させる。

 一人に一回しか通じないであろう奇襲だ。


「雷光一閃!!」


 咄嗟に槍でガードされるが、粉々に砕きながら槍使いを大きくふっ飛ばす。


「うわあぁぁ!?」


 これはかなり効いたはず。今のうちにもう一人をなんとかしなければ。


「やるじゃん。来てよかったわー」


 もう分身を斬り伏せたか。やはり強い。カトラスに持ち替え、紙一重で斬撃をかわしながら次の手を考えねば。


「あうっ! うぅー……やっぱ無理だってー!」


 ルナがピンチだ。だが急いで駆けつけようにも、この二人が強い。ちょいちょい刃が当たりそうで怖いんだよ。


「王様くん! まだ生きてる?」


 フランが戻ってきてくれたか。どうやら城壁は指揮しなくても守れるくらいには落ち着いたらしい。


「フラン、こいつらどっちか担当してくれ!」


「わかった……王様くんよね? なんか白いっていうか青いっていうか」


 この状態を見せていなかった気がする。そりゃ派手になったら混乱するわ。


「強化魔法だよ! いいから来い! できる限り俺の側を離れるな!」


「……任せなさい!」


 少し間があったのは何故だ。ちょっと光っているけど、本人だから信じろや。


「いやはや油断しました。反省せねば」


「もう復帰した!?」


 槍使いがこちらへ迫っている。クリーンヒットさせていないし、槍破壊でほぼ威力が殺されたせいだろう。急いで二刀流を倒さなければ。


「そっちのお嬢さんからぶった切るぜ!」


 よりによってフランに行くか。踏み込みが速い。さっきまでより本気だな。仕方がない。あまりやりたくない手段だが……今日ずっとやりたくない手段だな。


「危ないフラン!」


 フランが切られる寸前に飛び出し、敵の剣が俺の左腕を貫いた。


「王様くん!!」


 そのまま左肩までを深々と突き刺さる。こいつ上級生だし、違和感に達するまでが早そうだ。大急ぎで刃を握り、そのまま最大出力で電流を流す。


「うがああああぁぁぁぁ!!」


 よし、電撃は効くみたいだな。このまま流し続けてやる。


「フラン、怪我はないな?」


「わたしより王様くんが! 早く手当しなきゃ!!」


 当然だが無傷である。刺さる瞬間に左側だけ雷化しておいた。伝説の剣じゃないことは判明していたので、こういう不意打ちが可能なのだ。


「俺はいい。敵が来ているぞ」


 挟み撃ちは危険だ。フランを抱きかかえて距離を取る。今度はこっちから二対一の状況を作ってやる。


「王様くん、ちょっとおろして!」


 適当に距離を取れたしおろしてやろう。あんまり女に触るもんじゃないよな。緊急時くらいは大目に見てほしいもんだが。


「自分が傷つくのを恐れず味方を庇うとは、やりますね」


「実はそうでもないんですよ。プラズマイレイザー!!」


「おっと、当たれば危険でしょうが、正面からではね」


「どうかな?」


 元槍使いに当たればそれでよし。当たらないなら、その先にいる女戦士に当たればよし。


「んぎゃあぁぁ!?」


 無事ヒット。まあ俺はこういう戦い方ですとも。正々堂々は無理。死んじゃう。


「意外だな。ここまで苦戦するなんて」


「俺も意外ですよ…………お前捕虜のくせに強かったのか」


 二刀流の背後から、捕虜野郎の剛健が唸る。剣を両方とも砕き、敵を地面へと叩き伏せた。


「うっ……が……」


「だから言っただろ。タイマンならオレはつええんだよ」


 どうやら割り当てた武将は倒してきたらしい。そんな強いのに特攻かけさせたのかよ相手チーム。使い方おかしくね。


「さーて、そっちのやつぶっ飛ばしゃ終わりかい?」


「これは少々厳しいですね」


 ここで敵陣から撤退のドラが鳴る。ほれ帰れさっさと帰れ。こっちは疲れたんだよ。


「帰ってよし。こちらに戦闘の意思はない。続行するなら斉射をかける」


 魔法軍団を槍使いに向けさせる。正直ここで暴れられると困るんだよ。城壁をこれ以上壊されたくない。


「お言葉に甘えるよ。ただし」


 槍使いの手から突風が吹き出し、倒れている二刀流を場外へと流していく。


「あいつだけは回収しますね。それでは」


 こいつも風使いだったのか。颯爽と逃げられましたとも。やるな。

 これにて二日目の戦闘終了。雪も強くなってきたし、いいタイミングだ。


「よし、壁の補強と負傷兵の回復急げ!」


「そうだ王様くん! 怪我してるじゃない! 誰か回復を!」


「だから平気だって」


「あっくん刺されたの!? ちょっと見せて!」


「だから……」


 伝説の武器か、超人レベルの魔力で出す必殺技じゃなけりゃ復元は容易なんだよ。放電すりゃいいだけだし。


「ほらもう傷がないだろ」


「…………回復魔法? 本当に平気? 無理してない?」


「なんでそんな疑っているのかわからん」


 フランがめっちゃ聞いてくる。怪我させた負い目でもあるのか。解消しないと作戦に支障が出そうだ。けどそんなケアとかやり方がわからんよ。リリア戻ってきて。


「フランだけちょっと来い。イズミ、捕虜と一緒に第二フェイズ準備」


「了解」


 面倒だからフランにだけ教えておこう。適当な部屋に入り、鍵をかける。誰かに知られると対策を取られる。なるべく慎重に行動しないとな。


「さて、時間がないから簡単に話すぞ」


「時間が……やっぱり傷が深いのね! その、ごめんなさい。わたしが急に飛び出したから」


「違う。ほれ、傷がないだろ」


 上着を脱いで左腕を見せる。当然傷口はない。これで納得しろ。


「確かにないけれど……回復魔法?」


「誰にも言うなよ? こうして、こうだ」


 左腕を雷にして、倍の大きさに。そしてまた戻す。次に左腕を三本にする。最後に戻して終わり。


「人体をある程度まで魔力と雷に変換できる」


「嘘でしょ……」


「だから何も問題はないんだよ」


「それでも急に飛び出すなんて危ないじゃない!」


「いいんだよ。お前さえ無事ならそれでいい」


 こいつエルフの姫だからな。なんか崇拝に近い慕われ方をしているので、魔法部隊に多くいるエルフが何言い出すかわかったもんじゃない。丁寧に取り扱おう。


「えっ、その……そうかしら?」


「俺は傷ついても構わん。フランが怪我せずにいてくれたらいいんだ」


 雷化も回復魔法も丸薬もある。最悪こっそりリバイブキーで治せばいい。怪我をしない立ち回りも心得ている。だがフランの怪我を見られると、治す過程が発生して邪魔になる。俺の力も知られてしまいそうだ。


「大げさね。心配かけちゃったのかしら?」


「当たり前だろ。お前お姫様なんだから、そういうの慣れていないのか?」


 エルフ連中が少し動揺していたからな。あれはかなりの信頼度だぞ。雑な指揮で怪我させたら俺が文句言われそう。察してくれ。


「多少はね。けどそれとは少し違う気がするわ」


「とにかく、俺は平気だから気にするな」


 王族のくせに庇われた経験が少ないのだろうか。妙なリアクションをしやがる。大切にされすぎて危機的状況を経験していない説でも提唱しますかね。


「あの、ありがとう」


「気にするなと言っただろ。そう珍しいことじゃない」


 よし、誤解は解けたな。俺が無理しているわけじゃないと理解したはず。


「そうね。誰だって味方がピンチなら守ろうとするわよね」


「そうそう、大切な人が傷つくとしんどいのはみんな同じ。最近そう学習した俺を褒めろ」


「大切な人……」


 なんか会話に空白ができる。いかん、このノリは身内ノリか。仲良くもないやつに褒めろとか言われても意味わからんよなあ。


「よ、よくできました。えらいえらい」


 なぜか近寄ってきて、俺の頭を撫でてきた。正直完全に予想していなかったので、驚きでフランの顔を見たまま止まってしまう。


「さっ、先に戻ってるから!!」


 そのまま数秒撫でられていたが、フランは何かはっとした顔をして、ダッシュで逃げていった。


「あいつも奇行に走るタイプか」


 褒めるイコール撫でるという発想はなかったぜ。強制したみたいになるとアレだし、今後こういうネタフリはしないようにしようと、また一つ学習できたのであった。

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