オルインと学園の秘密

 白い部屋でAI神様の説明を聞こう。

 俺たちの障害が何か把握しておきたい。


「ここにあるのは世界の真実。真実が忘れられないよう、時代へと受け継ぐ場所」


「つまりどういうことじゃ?」


「世界の真理。オルインが作られた経緯。作った勇者の記録」


 またぶっ飛んだもんが出てきやがった。

 世界誕生の理由なんて理解できると思えん。


「私は誰にも知られないように、けれど勇者の意志はなくさないように、保存するために、ここでAIの神として作られた」


「知るとどうなる? 世界が破滅したり、俺たちで救わなきゃいけないのか?」


「別に。忘れてもいい。歴史を知るだけ。ただ誰にも知られず風化するのは認められない。人間らしく言えば悔しかった。だから作られた」


「知られてはならぬ。しかし勇者が忘れられるのは、気に入らん連中がおったと」


「正解」


 なんとも人間臭い連中とAIだな。

 こういうのロマンティックとでもいうのかね。


「誰かに、できれば強い人間が好ましい。それもあの勇者のように。そんな人間に伝えて満足する。それが存在意義」


 どうやらよほど人間ができた勇者だったようだな。

 ここまでベタ褒めされるやつってのは、一体どういう人生送ってやがるんだか。


「大きく分けて話は三個。歴史も含んだ勇者の話。オルインが作られた経緯。そして、偉大な勇者の記録。勇者について知ることを強く推奨する」


「…………AIってもっと無機質なもんじゃないかな?」


「これも製作者の実力じゃろ」


 明らかに世界誕生がおざなりだぞ。

 勇者について語らせろと、無言の圧力を感じる。


「仕方ない……勇者の話していいぞ」


「他人の話を聞く気になるとは、どういうことじゃ?」


「単純に休憩したい。こっちの椅子座るぞ」


「もっといいものを出す。リラックスして勇者を心に刻んで欲しい」


 豪華な椅子が二個出てくる。

 外で建物を形成した力と同じだ。


「便利なもんだ」


「語るのは勇者の歴史。旅の歴史。戦いの歴史。偉大なる勇者の記録」


 部屋全体がプラネタリウムのようになり、ぼんやりと様々な景色を映し出す。


「千を超える異世界を救い続けた、最強にして唯一の勇者がいた」


「千てお前……」


 さながら星を説明するナレーションのように、AIは勇者を語りだす。


「ファンタジー・ホラー・VRMMO・SF・スーパーロボット・現代・異能バトル・戦国・三国志・邪馬台国・悪役令嬢・乙女ゲームと見境なく異世界を救った」


「最後の二個おかしいよな?」


「意味わからんのじゃ」


 隣でリリアが呆れ気味だ。


「全次元の能力を極め、さらに純粋な身体能力のみで、全存在・全異能を超えた。全能で無敵な絶対者となる」


 天井に様々な惑星が映し出される。青い星。赤い星。星によって様々だ。

 そこに一人の男が立っている。シルエットで誰かはわからないが、特別強そうな雰囲気じゃない。


「よくわからんが、ちょっと面白いのう」


「創作のたとえでいきましょう。作者が自分の創作物で、主人公の負けを書く。けれど主人公は作者のいる世界へ乗り込み、滅ぼし、自分の都合のいい展開へと書き直す。そういう荒業が可能な存在」


「ずるいだろそれは」


 いやまあ俺もやろうと思えばできると思うけどさ。

 やらないだろ。流石にルール違反な気がする。


「全存在が無限進化を続けた最後の最後。ゴールが勇者と互角になれるかどうかだった。むしろ同格のあなたの存在が一番の謎」


 やたらと褒め続けるな。なんか気味が悪いぞ。表情変わらないから余計怖い。


「そんな勇者が作ったのがオルインのブレイブソウル学園」


「急にすげえ情報ぶっこむなや」


 ぼーっと勇者の自慢聞かされたと思ったら、とんでもないこと言い出したな。


「オルインについてどこまで知っておるのじゃ?」


「オルインは原初の世界をベースに生まれた、人と神が暮らせる最強の世界」


「そこ詳しく」


 大きなガラス玉が映し出され、その中に宇宙が広がっている。


「根源にして始まりの世界。宇宙も海も空も大地も星もある。けれど一切の生物がいない起点の世界。永遠に生物が生まれない。全異世界の派生元」


 なんとも綺麗な景色だ。だが不思議だな。何かが欠けていると、本能的に理解できた。


「その世界には一切の生物がいなかった。そして世界は二個増える。女神界と人間界」


 少しだけ小さめのガラス玉二個追加。どちらも綺麗な銀河だ。

 ズームしていくと、片方は女性ばかり。

 もう一つは原始人やら騎士団やらが目まぐるしく映し出される。


「根源の世界は見守る世界として、厳重に存在ごと隔離した。そして人間のいる世界だけが増え続けた。平行世界を大量に生み出す。それは人という種族の可能性が無限であることを指し示すと推測された」


 ガラス玉大増殖。そこには見たこともない光景が山ほど広がっていた。


「話が逸れた。簡潔に言えば、オルインは根源の世界のバックアップ的な存在。誰にも気づかれず、いつの間にかもうひとつ存在していた」


 一番大きいガラス玉から、まったく同じものが生えてくる。

 オルインに見立てているのだろう。


「しかも今まで誕生した世界の真理が記録された場所があった。勇者はこれを発見し、どうすべきか悩んだ。使うか、隠すか。そしてこの施設に別世界の記録すべてを格納し、オルインの歴史から抹消した。独自の世界に育って欲しいという想いもあった」


「まーったく知らん話じゃな」


「案内人が知っているのは、オルインにいる神々と、世界がどう変わり、学園が何故あるかまで。根源の世界までは知らされていない。必要がない」


 リリアが知らないんなら、ほとんどのやつは知らないだろう。

 少し誰が知っているのか気になった。


「今知っているやつは、どれくらいいる?」


「最強の勇者と当時の女神界トップとオルインの一部。オルインに限定すればアマテラス、クニノトコタチ、ヤルダバオト、アトゥム、ラー、オーディン、トール、カオス、ウラノス、伏羲、リーディア・ブレイブソウルのみ」


 ここでも出てくる学園長。どんだけ特別になりゃ気が済むのさ。

 神にも知らん名前がいる。最上位のごく一部ってことかね。


「十三人か。結構いるな」


「ここは真理を保管し、必要があれば抜き出して使うことができる。今座っている椅子も、アカシックレコードと似た行為」


「あれこがやってんのと一緒か」


 言われてみりゃそうか。あいつもこんなことやってやがった。


「この装置、どうやって作ったのじゃ? 最低でも収集された全次元の真理を理解し、整理して、現実に投影する過程が必要なはずじゃ」


「問題ない。勇者は全次元の能力と技術を使えた。そして既に真理を完全に読破していた」


「どんな化け物だよそいつ。つまりオルインは根源の世界と同じで……バックアップ? もうよくわからん」


「勇者いわく、キャラクリできるゲームで、チュートリアルを終わらせてセーブしたデータとかそんな感じ、らしい。面倒を全カットできるとか」


「雰囲気台無しだよこの野郎」


「なんで緊張感ゼロにするんじゃ」


 最後に選択肢が出て、キャラクリだけやり直したりできるタイプのゲームだな。

 わかりやすいけど、ファンタジーの雰囲気ぶっ壊してんぞ。


「この世界は独特。通常異世界は、平行世界や過去・未来のすべてを含むもの。そしてまったくの異世界にもかかわらず、同姓同名の神が別世界に産まれていく」


 ゲームだの漫画だのがいくつも流れていく。

 これ本当に勇者とオルインの話か? 別な何かの気がしてならない。


「ヒメノとか魔王連中のことかのう」


「なるほど。聞き覚えのある名前だったからな」


「けれどこの世界の神は、平和と平穏と楽しさを望む、様々な次元の意志が集って生み出された」


「まーたわけわからんことを……」


「アマテラスを例に出す。あれは別世界のアマテラスたちが、平和を望み、強く有りたいと望み、人を慈しむ心が集まって生まれている。だからオルインのアマテラスは全アマテラス中一番強い。あくまでこちらが観測した範囲だけれど」


 あいつがアホみたいに強いのはそういうことかよ。

 全体的に神がいすぎだし、能力が総じて高い。

 なるほど、強い部分寄せ集めみたいなもんなのね。


「神が信仰した神。自分自身を信仰……また話が逸れた。勇者が褒められていない」


「お前のせいじゃねえか」


「とにかく、勇者はオルインで自分のように主人公補正を持った、特別な存在を欲していた。世界誕生の起源を知って、オルインを悪用しようとするものや、次元を渡る強敵を撃破し、永遠に平和な世界になって欲しかったから」


「だから学園を作ったと」


「目的のひとつはそれ。自衛できるようになって欲しかった。世界を揺るがす強者だけが訪れる許可の出る、勇者の偉業ミュージアム」


 天井や壁が学園の景色を映していく。

 俺の知らない場所はまだまだあるようだ。


「神はそれに賛同し、この世界が平和であるように願い、達人超人をより効率よく育成できるように全力を尽くした。世界をとてつもなく頑丈にして」


「だからオルインの人間は強いのか。もともと強い連中の血筋なんだな」


「半分正解。オルインが別世界に比べて、異常なまでに人間のレベルが高いのは、リミッターがないから」


「頭がついていかん。情報が多すぎる」


 ここまで全部をちゃんと把握できるやつって、どんな理解力なんだろう。


「起点となる根源の世界以外は、生物が強くなりすぎて滅びないよう、別次元に干渉したりできないよう、安全装置のように限界がついた状態で誕生する」


「本来才能やレベルにも限界はあるということじゃな。普通の人間は、鍛えても銀河を破壊できたりせんじゃろ」


「それは世界が枝分かれしていくうちに弱まったり、法則を設定された弱い世界として生まれるから。オルインは下位世界の法則より早く生まれた存在のバックアップだから、インフレにリミッターがかけられていない。法則を作り出す側。だから異常な速度で際限なく成長し続ける」


 よくわからんが、オルインが特殊で凄いと覚えておけばいいだろう。


「そんな世界を作った勇者は凄い。だから勇者の活動を褒めるべき」


「結局自慢話じゃねえか」


「私はそのために存在している」


「なんじゃいその存在意義は」


 強者や特別なやつがフリーダムなのは、この世界の特徴なのかね。


「その勇者ってのは強いんだろ? そいつに世界平和とかやらせりゃいいんじゃないのか?」


「不可能。勇者はその力の大半をオルイン繁栄のために使い切った。最低限邪神を蹂躙できる力を残して。今は隠居しているとも、完全に世界から消えたとも、寿命で死ぬことを選んだとも言われている。足取りは追えない」


 そこまでして守るほど、この世界に何か期待していたのか、あるいは大切なものでもあったのか。よくわからんが思い切ったことをするやつだ。


「ご清聴ありがとうございました」


 自慢げな気がする。本当に勇者を称えるだけかこいつ。


「まだまだ勇者について語りたい。ここはそのためにもある。世界を揺るがす強い人間だけが訪れる許可の出る、勇者の偉業ミュージアムをねじ込んだ」


「いらん。余計なものねじ込んでんじゃない」


「おみやげをあげる」


 俺とリリアに、小さめのハンドベルっぽいものが渡される。

 振っても音がしない。なんだこれ。


「世界の……記録の、呼び鈴?」


「なぜお前が疑問形だ」


「ここに直通のゲートが開く。ただし入って来ていいかはこちらで決める」


「便利なもんを……」


 もう一度振ってみようとしたら消えた。


「そちらの魔力を登録した。次から念じれば出る」


 そんなん言われたら念じてみるさ。そして出た。


「なぜこんな物を渡す?」


「勇者はハッピーエンドがお好き」


 なぜか楽しそうに言った気がした。こいつ感情とかあるのだろうか。


「それをもって臨時ではあるけれど、勇者の真実を知る関係者として、勇者について語る会の副会長の座を二人に継承する」


「いるかそんなもん」


「おめでとう」


 そこらじゅうから拍手のSEが飛び交い、ファンファーレが鳴る。

 うざい。すごくうざい。雰囲気ぶち壊し。


「これからは好きに勇者に憧れ、ここで私が語る勇者の伝説を聞く権利が与えられた」


「クソみてえなもん渡されてるーう」


「もうなんじゃいこの状況」


「俺たち結局何しに来たんだっけ?」


 毒気を抜かれるとはこのことか。なんだか問い詰めても無駄な気がする。

 拍子抜けというか、緊張の糸が切れたな。


「アテナやアルテミスの親玉を聞くはずが……長い歴史の授業だったのう」


「アダム」


「……は?」


「すべての記録と本名をプロトタイプ・アカシックレコードに消させ、アダムを名乗っている。知っているのはそれだけ」


「ちょっと待てそれ詳しく話せ!」


 知ってんのかよ。ここで親玉の本名発覚。いや本名じゃないらしいけど。


「そこ詳しく。詳しくじゃ」


「勇者に関係ない」


「さっきまで長い話聞いてやっただろ」


「……対象の生まれた世界では、原初の人間の名前らしい。つまり最初の主人公補正を持つもの。補正をつけるために名を借りたと推理」


 おおう、よくわかんねえ。今回よくわかんねえことばっかりだぞ。


「さようなら。また勇者の話を聞きに来て。朝から晩まで聞くといい」


 一瞬で景色が遠ざかり、AIの姿も遠くなる。


「終わりかよ!?」


「また来るのじゃ……そういえば名前聞いておらんかったのう」


「AIに名前はない。必要ならアイでいい」


「ベタだな」


「なら百八十度ひねってイア」


 ひっくり返しただけかい。そんなツッコミの前に、俺たちはヒメノたちがいる月の表面に来ていた。


「アジュ様!?」


「リリアも、今どうやってここに?」


「………………ちょっと整理する時間ください」


 それだけ絞り出すのがやっとだった。

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