ラグナロク閉幕

 いつの間にやら月の外側へとワープしていた俺たち。

 祭壇の近くだな。ヒメノたちが驚いている。


「いつ帰って来たんだい?」


「いやどう説明したもんだか……」


 リリアと目が合う。流石に困惑しているようで、どうしたものかと黙っている。


「中には行ったんだろう?」


「行きました。ちょっと説明難しいっていうか……」


「わしも時間欲しいのう」


「リリアでもか……わかった。まず月をどうにかしよう」


 このまま放置ってわけにもいかない。


「敵に場所が割れている可能性がある。再封印するにしても、どこかに隠すにしても、どうにも大きすぎるね」


「うーむ……こっそりどこかに行ってもらう……わけにはいかんのかね?」


 ベルを鳴らそうと振ってみる。やっぱり音がしないな。


「いっそ月ごと破壊してしまうとか……」


「勇者の伝説は残すべき」


 イアが立っている。呼び鈴みたいに作用したのだろうか。


「イア、月が敵に見つかっている。隠れて欲しい」


「アジュ様、この子は?」


「月のAIだ。こいつが管理している」


「ほう、事情を聞きたいところだな」


「神に話していいのは、敵の情報のみ。世界の秘密は強き人間のみに資格がある」


 リリアにイアについての説明をしてもらい、微妙に納得いっていなさそうだが、ひとまず置いておく神々。

 困惑顔がレアな気がして面白い。


「ここは悪用されるとどこまでも厄介だ。どうにかしろ」


「わかった」


「できるんじゃな」


「まず小さくする」


 足場が消えた。大地も祭壇も月そのものが消えた。


「これだけ小さくすれば平気」


 イアの手には、ピンポン玉くらいの月。魔力で表面をコーティングしてある。


「次元と空間操作くらいできる」


 実際戦ったし、内部も見せてもらったので納得できた。

 このくらいはやってくるだろう。


「これくらい小さければ入れない。持ち運びにも便利」


「いいのかこれ……」


「なぜはじめからこうなってませんの?」


「中に入れるほど強い人間が来なければ、ずっと隠れているつもりだった。どうせ扉も開かない。だから変える必要がなかった」


 それでもオーパーツ気味だよ。

 悪用されないよう、権限はイアにあるらしいけどさ。


「呼び鈴はゲートも出せる。こちらが許可すれば」


「わかった。そのままどこかに隠れていてくれ」


「どうせなら、そちらの家のインテリアにでもなる」


「正直きっつい」


 そんなもんが家にあると判明すれば、我が家が戦場になる。

 はいクソめんどいー。絶対に嫌。断固拒否。


「わたくしのお屋敷はどうですの?」


「…………判断しかねる。あくまで人の世は人に権利がある。神が共存するオルインにおいても、過剰接触は避けるべき」


 どうもイアは神による支配とか、人間界の引っ掻き回しは否定的らしい。


「宇宙で雑談もあれだろう? 会場へ戻りながら聞こう」


「そうしましょう。行くぞイア」


「了解」


 全員でまとまって宇宙を飛ぶ。改めて凄い光景だな。


「それで、中で何を聞いたのだ?」


「詳しくは教えられない。その権利は人間のもの。それを考慮して、副会長」


「副会長はやらん。あれですよ、超強い勇者が学園作ったってのと、根源の世界について」


 情報が多くてまとめきれないが、この解釈でいいはず。


「全力のタブーをさらっと聞いたんだね」


「やっぱ広めちゃいけない系ですか」


 ちょっとざわざわしはじめる神様。他言無用でいこうかな。


「広めても信じないだろうし、知って何ができるわけじゃないよ。けれど別世界なんて意識しないで過ごして欲しいかな」


「悪用する人が出かねませんもの。ここのメンバーは知っていることですから、他に知られなければ情報共有はできますわ」


 根源の世界は心に秘めるか忘れることにした。

 勇者は……まあ学園の歴史書の範囲でなら会話に出すくらいはいいとか。

 めんどいからこれも俺の中では封印しておく。


「あとは敵の親玉がアダムっていう名前らしいです」


「わかったのか!?」


「イア、説明頼む」


 ちゃんと聞いていなかったし、ここではっきりさせておこう。


「オルインに来てアダムを名乗っている。性別男。人間」


「人間!? 主犯が人間なのか!?」


「容姿は不明。該当部分を隔離・保存されている可能性大。名前はプロトタイプ・アカシックレコードにより歴史ごと改名した」


「プロトタイプってのは?」


「全アカシックレコードのプロトタイプ。最初のひとり。通称プレコ。オルインのあれこは、十七番目の妹」


 多いな。あんなのが最低十七人いるのか。騒がしそう。


「なぜ名前だけわかる?」


「隠していないから。アカシックレコードがやるオーバーテク。誰にも知られないように、名前を変換し、そして世界に残す。世界に馴染んでこそ意味がある。自然に馴染みきることで本名になる」


「おぬしと似たような手順じゃよ。あっちは非合法に裏でやった。おぬしは正式な手続きで最先端かつ最高の手順を踏んだ」


「なるほどな」


 世界に歴史と名前を登録して、初めからあったものとして流す。

 それでこそアダムという名前の恩恵が受けられるらしい。


「どちらも二度と戻せない。アカシックレコードでも復元はできない」


「目的はわかるか?」


「不明。そこまでして何がしたいのか。勢力の規模も不明」


「厄介じゃのう」


 名前だけなら同姓同名がいそう。プレコってのを捕まえるのがよさそうだ。


「助かったよ。手がかりゼロじゃなくなった」


「うむ、随分マシじゃな」


 そして星が見えてきた。ゆっくりと下降し、会場の近くに降り立つ。


「じゃあヒメノの家できっちり管理するってことでいいな」


「お任せくださいまし!!」


 道中に話は済んだ。まず月を知っているやつが少数。

 その中でイアに会ったやつが、さらに数人だけ。

 ならば簡単。位置情報が絶対にわからないよう、月そのものにプロテクトを掛けてもらい、事情を知っているやつに管理させるのだ。


「アマテラスちゃ~ん!」


「帰ってきたか。全員無事だな?」


 ヘスティアと女媧だ。後ろに他の神々も見える。


「あらちょうどいいですわ。女媧、ヘスティア、これから一緒に住みますわよ! 引っ越しの準備なさい!!」


「どういうことだ!?」


「あら~楽しくなりそうね~」


 いくらなんでも直球過ぎませんかね。

 月警護の神を増やそうという計画だが、そこは了承取れって。


「アドリブで生きるんじゃない。いつも言っているだろう! 祝融にも話をつけねばならぬ!」


「いつお引越しなの~?」


「なるべく早くですわ!」


 親指立てて言い切るヒメノ。こりゃ大変そうだ。

 他の神がフォローに回っているが、ちゃんと収集つくのかね。


「先に戻るぞ」


「お待ちになって! わたくしも行きますわ!!」


「いいから説明をしろ! 我々をどうする気だ!」


 揉めているヒメノを背に、俺たちは会場のVIP席まで戻ってきた。


「帰ったぞー」


「おかえりー。怪我とかしてない?」


「お疲れ様。こっちに来て休みましょう」


 シルフィとイロハが出迎えてくれる。

 なんとなく帰ってきた気がして、少しだが癒やされた気もした。


「お前らも怪我とかないな?」


「ないよー。こっちは堕天使とかいたけど」


「こちらで倒せぬ相手ではござらんよ」


「ここは神々の中でも強く、たくましく、そしてこのハンサムもいる。負けはありえんのだ」


 ここ人類と神の頂点みたいなチームだからな。

 よしよし、無事ならいい。気がかりだったんだ。


「色々あったけど……どれを話していいかわからん。他のやつの結論待ってもらうことになりそうだ」


「いいよ。ゆっくりでも、アジュが戻ってきてくれればそれでいい」


「そうね。そこが一番大切よ」


「こちらは安全が確認されるまで全員待機。ちゃんと閉会式やってから帰るはずだよ」


「それまでゆっくりするか……今回はかなり疲れた……しばらく休みたい……」


 ソファーに座ってぐったりする。鎧も解除。寝るんじゃねえかなこれ。


「よしよし、アジュは頑張りました」


「マジで頑張ったぞ」


 ごく自然に、俺が寝る瞬間に膝枕に入りやがったなシルフィ。

 イロハが飲み物を取ってくれる。リリアは静観しているようだ。

 忘れていたが、離れた位置でみんなが見ている。でもだるい。


『おーしお前ら聞こえてんな! 堕天使の駆除と怪我人の回復が完了した!! トラブルはあったが、死人が出ねえのは流石の一言だぜ!!』


 アナウンスが聞こえてきた。やはり神は強かったのだ。

 死人ゼロは奇跡だと思う。


『これにてラグナロク全行程を終了する!! 帰ってゆっくり休めよ!』


『お疲れさまでした』


 そして拍手やら歓声やらが巻き起こり、俺にとって長い長いラグナロクは、終わりを告げたのだった。

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