美術展の天使

 敵の襲撃があった翌日の朝。よく晴れていい天気である。


「眠い……」


 モッケイのいる部屋で、寝そうになっている俺。

 朝が早いよ。なんだよ朝六時って。寝る時間だろ。


「アジュ大丈夫?」


「しんどい。こんな時間から起きてんだなモッケイ」


「年寄りは朝が早いんですよ。まあ今回は展示会のために早起きしましたが」


「そんな調子で護衛できるかのう」


「最悪腕輪の色々を発動する」


 頭と体をクリアにするくらいは可能だ。けどあんまり頼るのもどうかと。

 頼り切らないようにと、リリアからも言われている。


「残党から、学園内で発覚したアジトを潰し終えたと報告がありました。ですが本命の部隊がいるようです」


 SPさんが淡々と、よく通る声で報告をする。

 はーやいなおい。まあ学園内でやればそうなるか。

 しかし敵も最低限アホではないらしく、アネルコと本命部隊の場所は誰も知らないらしい。


「学園にいないのでは?」


「その線も考えています。当日入場し、騒動を起こすのかもしれません」


 単純に学園の捜査網から逃げられる気がしないのだ。

 ならばずーっとどこかに隠れて出ないか、学園にいなきゃいい。


「開催は何時だ?」


「九時からですね。美術系の科も大量に来ますよ」


 二時間くらい寝ていてもよかったんじゃ……いやでも護衛だしなあ。


「朝に慣れるのじゃ」


「はいはい。三時間暇だな」


「そうですね。寝直します?」


「流石の俺でも怒るぞ」


 お前が起きてくるから、起こされたんだよ。

 そして二度寝したら昼まで起きない自信もある。


「七時には朝ごはんが来るそうですよ」


「軽めで頼む」


「では昨日の続きです」


「続き?」


「全身魔力化の応用と、念じる場所の優劣など」


「そいつは興味があるな」


 そして朝飯を食い、モッケイの講義も受け、眠気も消えた。

 八時には会場入りし、避難経路の確認。

 会場を歩き回り、構造を体に覚え込ませる。


「広いなおい……」


 前の世界で言う、国立美術館なみの広さである。

 こんなもん護衛しきれるのかね。


「敵の侵入経路を予測しつつ、私たちはモッケイさんを守るわよ」


 ギルメン四人とモッケイが一緒だ。

 SPさんは半分が会場の目立つ所に。もう半分が影に潜んでいる。


「なるべく離れないようにはするさ」


 一応いつもの鎧プラスミラージュキーで、制服に見せかけてある。

 これでどんなやつが来ても殺せるが、会場ごとふっ飛ばされると面倒だぞ。


「今年も粒ぞろいですねえ。この銅像なんかいいですね。迫力がある」


 槍を持った二人の男だろうか。仁王像の西洋風というか、風神雷神とかを洋風に作ったらこんな感じだろう。

 確かに風格がある。いかつい顔で、敵を睨み殺せそうだ。


「いいな。かっこいいじゃないか」


「ここから西の国に伝わる伝説ですね。自由に作れています」


 ちょっとだけ教師目線だな。楽しそうな中に、少し厳しく審査する雰囲気がある。

 そんな感じで作品を見ていこう。

 一般人が入れない時間で助かった。ゆっくり見ていける。


「この絵は小さめですが、森の中に佇む一匹の狼が、光に照らされ、その目は優しい。その孤高でありながら堂々とした威厳のある姿が、強烈に印象に残るのです」


「立ち止まっちゃうタイプの絵だね」


「こちらは一転して、華やかな舞踏会を描いています。恐ろしいほど緻密に、リアルに描くことで、その時代背景をまざまざと見せつけます」


「見るからに高級品じゃな」


 モッケイ先生のガイドは続く。紹介する作品のセンスがいい。

 俺たちが楽しめて、かつ腕のいいやつを選別しているっぽい。


「さすがは特別教師だな。喋りもうまいじゃないか」


「いえいえ、楽しんでいただけると、こちらも嬉しいです。絵だの彫刻だのなんて、見たかったらふらっと見て、ほー……悪くない。とか言っておけばいいのですよ」


「雑だなおい」


「それで楽しければいいのです。本人の前で罵倒するのは問題ですが」


「するわけないだろうが」


 美術館なんて行ったことがなかったが、ガイドのおかげか楽しかった。

 変にかしこまらなくても、静かにゆっくり回るだけで楽しいもんだ。


「モッケイ様、そろそろ一般客の入場時間です」


「おや、しょうがないですね。別室に引っ込みますか」


「そうしてくれ。人混みの中じゃ守りきれん」


 そして館長の挨拶が始まり、芸術家たちの話へ。

 モッケイも壇上で何か話すらしい。

 一緒に上がるわけには行かないので、客側に混ざって待機。


「どうも、天才のモッケイです」


 スピーチでも天才言うんかい。

 会場は湧き上がった。いいんだ。もしかして恒例なのか?


「今回は新作二作。既存作を十作ほど展示しています。特設コーナーもあるようで……」


 ぼーっと聞いているわけにはいかない。こっちは護衛だ。

 柱の陰に隠れ、近くの鏡越しに会場中央を見張る。

 モッケイの背後には大きな絵が吊るされており、近寄るものはいない。


「どこから攻めてくるかね?」


 会場内に爆発物はなし。結界も張っている。

 この状況でモッケイと作品を潰す方法がわからん。

 事故を装うにも、モッケイは水人間になれる。半端な事故じゃ無理だ。


「こちらが今回出品作の……」


 モッケイの新作が運ばれてくる。俺たちが保管していたやつだ。

 絵の説明が終わっても、犯人は取りに来ない。

 深夜にでも忍び込むつもりだろうか。


「やっぱ来るなら夜じゃないか?」


「それはないとモッケイも言っておったじゃろ」


 召喚機の通信機能でリリアと話す。

 観客のいる場所でモッケイを潰す。こそこそしても満足しない。

 アネルコとはそういう男らしいよ。


「どこから来ると思う?」


「天井か地下か……観客に混ざるかじゃな」


 天井は高く、ホールは広い。人を大勢集められる作りだ。

 床は大理石っぽい床に絨毯か。出てくれば目立ちそうだが。


「本人が来ているはずだよな?」


「うむ、公衆の面前でモッケイを殺すことしか頭にないらしいのじゃ」


 スピーチが拍手で終わり、司会者が話し始める。


「ここでお祝いのメッセージを読み上げます。まずは……」


 モッケイ含めて有名な芸術家が揃っている。

 狙うならここだ。重要人物が多いほど警備は増える。

 だが逆に言えば、それほど警護が難しいということ。


「続いて、今回多くの作品を寄贈していただいた……」


 おかしいな……これが終われば、控室に戻るぞ。

 何の動きもない。どういうことだ。


「……願わくば、この世界に天よりの祝福あれ」


 突如会場に魔力が渦巻く。

 神聖な魔力が、そこら中で混ざり合っている。


「どうした!?」


 背後の巨大な絵から、スケールそのままの天使が飛び出してきた。

 六枚羽に六本の手をした天使だ。むしろ化け物に近い風貌だな。


「オアアアアァァァ!!」


 会場に響き渡る咆哮を合図に、周囲の絵を突き破って現れる天使たち。


「こいつら絵の中から!?」


 以前見た、白い前後のないマネキン天使も混ざっていた。


「うわあああああ!!」


「なによこれ!?」


 観客が騒ぎ出した。

 とりあえず避難誘導は警備とSPに任せ、俺はモッケイのもとへ。


「邪魔だ!!」


 六枚羽の天使を蹴り飛ばして着地。

 敵は勢いよく吹っ飛び、絵の中へ吸い込まれるように消えていった。


「無事か?」


「助かりました。あの醜悪な天使は?」


「まだ死んではおらぬ。絵の中へ消えただけじゃ」


「ならさっさと消しちまえば……」


 会場の外からも遠くからも戦闘の音がする。

 警備の人々が話しかけてきた。


「他のエリアでも絵から敵が出てきている。応援要請が来た!」


「オオオオオオオオオアアアア!!」


 絵の中から黒い羽が大量に吹き出し、弾丸のような速度でモッケイを襲う。


「狙いはモッケイだな」


 鎧を着ている俺なら余裕だ。全弾拳圧で消しておく。


「何をきっかけに出てきたのかしら?」


「お祝いメッセージの後だったよね?」


「特定のキーワードか詠唱で飛び出す仕掛けじゃな」


 つまりお祝いメッセージが合図で、絵の中に入っているのは天使。

 だから邪気が感じられないし、寄贈された絵の中に隠しておけたのか。


「私以外をこの場から避難させてください」


「何言い出してんだよ」


「あの天使の狙いは私。ならば避難誘導と、客の安全を最優先でお願いします。他はSPの皆様からすればザコのはず」


 絵から湧き続ける天使を薙ぎ倒し、この場から客を逃し続ける。

 敵の半分は俺とモッケイを囲み、もう半分がSPと警備に潰されていく。


「悪い案じゃなさそうだ。それで? モッケイ様はどうなさるおつもりで?」


「アジュとあれを倒します。それが望みでしょう、アネルコ?」


 なんと巨大天使に話しかける。

 上半身を絵から出し、こちらを睨みつけていた。


「モッ……ケイ……オオオオォォォ!!」


「おいおいあれかよ。人間じゃないぞあんなもん」


「気兼ねなく倒せるじゃろ」


「そうね、化け物相手の方がましね」


 ギルメンとモッケイでやるしかないか。

 まあ勝てない敵じゃないしな。これも仕事だ。


「君たちにだけ任せるわけには……」


「行ってください。SPも全員。ここは俺たちとモッケイでなんとかできます」


 近寄る天使を切り倒し、大丈夫だとアピール。

 俺たち四人なら、敵をモッケイに近づけずに始末できる。


「人命と、美術品を頼みます」


「お願いします!」


 判断は一瞬。客がいなくなったのを確認したら、SPは全員外へと駆け出していく。


「すぐ戻る! 死ぬんじゃないぞ!!」


「了解。そちらも気をつけて」


「モッケイイイイイイイイ!!」


 さて、あのうるさい化け物を片付けようか。

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