愛の王子VS災厄の王子

「さあ始めよう。どちらが王子として、戦士として優れているか教えてやる」


「負けるつもりはない!」


 リング中央で両手をがっつり組み合う王子ども。

 プロレスの力比べみたいだな。


「ぐぐぐ……ラブアーマーをもってしても不利か」


「鍛え方が、育ってきた環境が違うのだよ。はっ!」


 さらにエビ反りになりつつあるヒカルが、シリウスめがけて蹴りを放つ。


「甘いな!」


 手を離し、迫る両足を掴んだシリウスは、そのまま乱暴にヒカルを振り回す。


「ラブブレイク!」


 両足から発するピンクの波動により窮地を脱出。

 両手に迸る桃色オーラで斬りつける。


「ラブスラッシュクロス!」


「ぬるい。この程度でゲンジを名乗るか」


 迫る両手をしっかりと掴み、姿勢を崩したヒカルへ暴風の追撃が入る。


「ぬうう!」


 まともに入ったか。天高く打ち上げられるヒカル。

 だがピンクの翼……おそらく魔力で編んだものを使い、空中で回復している。


「坊っちゃん!」


「お前の相手は私だ!」


 アフロがベルさんを足止めしてしまう。

 分断されると不利かもしれない。

 一応アフロも神。シリウスは正体不明の能力持ちだからな。


「どうした。他人の愛がなければ戦えんか?」


 ヒカルの懐へと潜り込み、強烈な右アッパーでガードごとさらに上空へと吹っ飛ばす。


「これは……なんという豪腕!!」


「感心しているだけか? 抗ってみせろ。王子だろう?」


 背後へと回り、踵落としでヒカルを舞台へと叩き落とす。

 いかんな。あいつ隙が無い。

 特殊能力に加えて、素のスペックがおそらくヒカルより上だ。


「かはっ!?」


「おそらく、並の闘士よりは強いのだろう。だがオレを殺すには足りん」


「殺しなどしない」


「…………何だと?」


「あなたを倒し、すべての事情を語ってもらう。そのために、絶対に死なせるわけにはいかぬ!!」


「愚かな。殺すつもりでなければ死ぬぞ」


 兄弟だったという真実が足を引っ張っているのだろう。

 ヒカルは優しすぎるのだ。


「ならば殺す気になってもらうぞ」


 シリウスの両手から紫色の煙が発生し、地を這い回る。

 なんとも薄気味悪い。あれは触れていいものじゃないな。


「なあゲンジよ。国にとっての凶兆とはどういうものだと思う?」


「どう……? 何を言っている?」


「たとえば突然の暴風雨」


 ヒカルの足元から竜巻が発生し、天へと舞い上げる。


「そこにきて突然の雷雨」


「うああぁぁぁ!!」


 ヒカルにのみ雨と雷が落ちていく。

 魔力結界で耐えてはいるが、人間には厳しいものがある。


「突然正体不明の集団と城からの襲撃。そして」


 紫の煙がどんどん膨れ上がる。

 舞台から出ることはないようだが、それはシリウスが制御しているからだろう。


「突然の疫病」


「先程のアフロディーテはまさか…………」


「オレは凶兆。災厄の王子! あらゆる災害・災厄を生み出せる!!」


 それはずるくないですかね。

 どう防ぐのさそんなもん。


「オレを殺しに来い! でなければ民へと病魔を差し向ける!」


「それでも、それでもあなたは家族だ!! 必ず倒す!!」


「ならば叶わぬ野望とともに散れ!」


「ベル! アフロディーテを倒し、我と共に兄を救うぞ!」


「かしこまりました!」


 だが戦局は終始シリウスが押す。

 ヒカルも反撃に転じることはあるが、それすらもいなされる。


「無駄だ! 私は神! 貴様ごときが対等に戦える相手ではない!」


「我もここまで力量差があるとは思っていなかったさ」


「どうする? 執事はアフロディーテに勝てんぞ。貴様だけでは何もできんのか?」


「確かに我は修行中の身。ベルがいても半人前よ。故に頼らねばならぬ」


「それができぬと言っている」


「ご命令とあらば、勝つまで戦うだけですよ」


 むしろ互角に近い気さえする。

 身体能力に魔法と武術を駆使してアフロと渡り合う。

 ベルさん強いな。執事ってそういうものなのかな。


「だが体力とて無限ではあるまい。オレとアフロディーテに追い縋ることができるか?」


「そうだな。短期決戦こそが望ましいだろう」


 どうもヒカルに余裕がある。

 追い詰められているというのに、奥の手を残しているかのようだ。


「そろそろ厳しいかと。アフロディーテだけでも倒せればいいのですが」


「今のままでは無理そうか?」


「はい。残念ながら力不足でございます」


「人間一匹に、神の相手などできん! その傲慢、魂ごと打ち砕いてくれる!」


 動きが悪くなっていくヒカル陣営。

 流石に神には勝てないのだろうか。


「致し方あるまい。ベルよ、本来の姿になることを許す」


「アァ……なら余裕でブッ殺せるぜ!」


 突然暴力的な魔力が膨れ上がり、ベルさんの気配が変わる。


「ゥオラア!!」


 完全に別人かと思う荒々しい咆哮とともに、ベルさんの右拳がアフロの胴体を貫いた。


「な……神である私……を……」


「ガアアアアアァァァァ!!」


 執事服の上が吹き飛び、暗い紫の皮膚と、血が巡るように体を流れ続ける赤い光の紋様が現れる。

 いつの間にやら二本の角が生えているじゃないか。

 何あれ超怖いんですけど。


「オオオオオォォォォォ!! ラアッ!!」


 アフロをぼっこぼこに殴り飛ばす。

 パワーもスピードも段違いになり、もう完全に獣の戦い方だ。


「あの執事、人間ではないのか」


「ベルは人間界で執事をやる時の名前。本名は魔王ベルフェゴール。怠惰を司る魔王さ」


 ヤマトはどうなってんのさ。

 魔王が執事やる経緯が気になるが、とりあえずアフロは瀕死だ。


「っていうか魔王に執事やらせるって平気なのか?」


「魔王に召喚獣させておる男がいるらしいのじゃ」


「納得」


 他人の事情に深入りしない。俺も大概変な環境だしな。

 もう細かいことを気にする俺がおかしいんじゃないかという気がしてきた。


「シャアアアァァァ!!」


「魔王だろうと、オレの道を阻むのならば消すだけだ!」


 シリウスはいったいどこまでスペックが高いのか。

 あの状態のベルさんと互角に殴り合っていた。

 避けるのではない。攻撃を喰らいながらも、カウンターで殴り返している。


「読めたぞシリウスよ! 確かにパワーもスピードも上。だがそれ以上にカウンター、後の先の極みに近いのだ! 故にこちらの攻撃は当たっているようで当たっていない!」


「わかったからどうした。これは経験と技術だ。理屈がわかれば止められるものではない」


 事実ヒカルの正確無比で流麗な攻撃も。

 ベルさんの暴力的で野性味溢れる攻撃も。

 そのどちらも同時に捌いて反撃に転じている。


「だが我らの攻撃全てを避けることはできないはずだ」


「なら動かなくなるまで殴りゃアイィんだろうがアァア!!」


 シリウスの口から血が垂れ始める。

 体に相当負担がかかっているのだろう。

 二対一で魔王と五角以上の時点で化物だしな。


「野蛮な。そもそも魔王が執事というのも理解できん」


「俺も癪だけどよォ、そういう約束だからなァ……いっぺん決めたらやり通す! テメエが災厄だろうが王子だろうが、俺が仕えてんのはこの坊っちゃんよオォ!!」


 あの忠誠心はたいしたもんだ。

 ベルさんの変貌に驚いている観衆もいる。

 だがそれを気にせず、ただヒカルの命令だけを忠実に遂行する。

 それはちょっと感心してしまう。


「見せてやんぜェ! 怠惰炎爆地獄!!」


 口から大量の炎を撒き散らす。

 もう完全に魔王だな。


「小癪な真似を……」


 魔力結界に暴風のクッションを重ね、圧倒的熱量を防ぐが、結界が溶け出した。

 壊れるでもひび割れるでもなく、溶けている。


「そんなもんで防げると思ったのかァ? ぼーっと突っ立ってどうにかできると? お前さんも相当な怠けもんだなァ」


「その口を閉じていろ」


 ベルさんへ集中して雷雨が襲う。

 だが心なしかその威力と頻度が落ちている気がした。


「くっ……体力を消耗しすぎたか。だがゲンジだけでも!」


「災厄の力を使え、シリウス」


「……どういうつもりだ?」


 ヒカルから力を使えと言い出した。

 真剣な顔だし、何か策でもあるのだろうか。


「遺恨を残したくない。この喧嘩は今日をもって終わらせる。だから我は全力でその攻撃を受ける。受けた上でこちらの奥義をお見せしよう」


「無駄死にを選ぶか」


「死なぬ。我はヤマトの王となる者。全力の攻撃を受け、なお立っていることを誓う」


「オイ坊っちゃん」


「手出し無用だベル。我が兄シリウスの命を散らせたくはない! それが我の家族愛だ!!」


 志は立派だが、損傷が激しい。

 これで一撃もろにくらったら死ぬだろう。

 だが続けていけばどちらかが死ぬ。

 えらい不器用な解決法だ。


「ならば望み通り、病に蝕まれて消えるがいい!!」


 シリウスの右手が紫の煙で隠れる。

 今までの何倍も圧縮された瘴気。

 それは人間には耐えられない威力だろう。


「落ちろ。オレが受けた苦しみ以上の地獄へ!!」


 避けられることを考慮しない、大振りの一撃は、正確にヒカルの胸へと突き刺さる。


「厄災凶覇拳!!」


 体を貫き、前後から吹き出しではヒカルの体を包む死の煙。


「うっ……ゲホアッ!!」


 皮膚が変色を始め、大量の血を吐き出す。


「終わりだ。そのまま倒れて楽になれ」


 ゆっくりとヒカルの体が前に倒れ、刺さったままのシリウスの腕を掴む。


「バカなっ!? 激痛の中で動けるなど……最早体の感覚すら消え始めているはず! なぜだ! なぜ動ける!!」


「そうしなければ……兄を救えんからだっ!!」


 ヒカルの体から、より一層の煙が吹き出し、真紅の光が迸る。

 これは……光が病魔を追い払っているのか。


「ヒカル家には、受けた愛を忘れず、噛み締め、魂に刻むことで……徐々に蓄積する奥義がある」


「オレの知らん奥義だと!?」


「文字通り血を流し、涙を流し、それでも愛の為に生きるものの魂に宿る結晶」


 暖かい光は会場を照らし、街を照らす。

 ひょっとしたら国そのものに広がっているのではないか。

 そんなことを考えてしまうほど幻想的な光だった。


「いまこそあなたを救う! 血晶想心波ああああぁぁぁぁぁ!!」


「消える……ゲンジに宿った病魔が……オレの戦意までも……まさか」


「相手から戦意を消し、因果も運命の鎖も消す! わかり合うための愛の奥義だ! 我が兄シリウスの運命にかけられた呪縛よ! 消えてなくなれええええええぇぇぇぇぇ!!」


 天へと昇る紅い光の柱は、心に温かい何かを与え、魂に語りかけるような鮮烈で優しい輝きだった。

 その輝きは黒い城と兵士を消していく。

 あれも実体のない災害だったのだろう。


「兄さん……」


 光が収まると、舞台には仰向けに倒れている二人。

 どちらも息があるようだ。


「まだ立てるはず。戦えるはず。だというのに……なぜ貴様を殺せんのだ」


「それが奥義だ……届いてよかった。後はゆっくり語り合おう」


「愚かな。真実はお前の愛とやらで覆せんほど醜いやも知れぬぞ」


「わかっている。どちらが間違っているかはわからん。だが、それを話し合う気には……なってくれたと信じている。我々は生きているのだ」


「ならば話す時間もある、か…………オレの負けだな」


 どうやら決着はついたようだ。

 終わってみればこちらに死人もなし。

 一応は和解エンドかな。


「やれやれ、まさか国一つ滅ぼせないとは。凶兆が聞いて呆れますね」


 何か聞き覚えのある不愉快な声が響く。

 そっくりな女の双子が舞台に降りて来た。


「お前は……」


「わらわはがっかりですよ、シリウス。ヤマト制圧を任せたというのに、まさか半人前の王子に負けるとは」


 一人が生死不明のアフロへ何かを注射しようとしている。

 もう片方はシリウスへと歩み寄る。


「何をするつもりだ……スクルド」


 そうだ。あいつスクルドだ。

 結構トップクラスのクズだったはず。


『スルト』


 聞き覚えのある機械音声。

 アフロディーテの肉体がみるみるどす黒く変形していく。


「あなたも礎となりなさい、シリウス」


 注射装置はもう一本。あれはシリウス用か。


「ヒカル! 目くらまし! そいつはやばい!!」


「ベル! ラブフラッシュ!」


「アイヨォ!!」


 ベルさんとヒカルのピンクの光が舞台外へと届く。

 眩しくはないが、隣の人間すらよく見えない。

 目が潰れないようにとの配慮だろうか。


「こんな目潰しが何の役に立つというのですか?」


『ヒーロー!』


『ミラージュ』


「行ってくる。なるべく動くな」


 ミラージュでヤマトの兵士に化ける。

 念の為、客席には俺の幻影を配置した。

 光速の三百倍でスクルドの背後に回る。

 まずはシリウスを狙っているやつからだ。

 振り向く暇さえ与えず、全身を細切れにして魔力波で消した。


「念の為だ」


 そこでスクルドの魔力の繋がりを検索。

 こいつらは三体まで同じ次元に存在できる。

 ならばもう一匹潜んでいる可能性を探したが、どうやら臆病で慎重なようだ。

 完全に二人で来やがったな。


「何者です?」


 そこで光が晴れる。

 数秒でここまでやっときゃ上等だろ。


「汚物と話す趣味はない」


 さっきの数倍の速度で一刀両断。

 これにてスクルド殲滅完了。あとは。


「こいつをどうにかしないとな」


 アフロを取り込んだ黒い瘴気の塊。

 これのお掃除をして、お仕事完了だ。


「ヌオォ!?」


 シリウスが瘴気に飲み込まれ、アフロだったものと融合。

 黒い体の内側に、うっすらとシリウスがいるのを発見した。

 やがて黒く丸い炎を纏った物体へと変わる。


「兄さん!!」


「そう来るか……」


 こりゃ面倒だ。まとめて斬るわけにもいかんな。


「名も知らぬ兵よ!」


「ん?」


 ここで俺の名前を言わないあたり好感度高いわ。

 聡明な王子様だな。


「兄を、兄を助けてくれ! 報酬は必ず払う! どうか助けてくれ!! お願いだ!!」


「しょうがないか……」


 炎と瘴気の塊が飛んでくるので殴って消す。

 長期戦は面倒だな。

 球体へ急接近。とりあえず死なない程度に掴んで宇宙へぶん投げる。


「飛んでいけ」


 あとはヒカルを回復させまして、軽く結界も張ってあげましょう。


「ヒカル」


「どうした?」


「ちょっと来い。ベルさん、あとよろしく」


「何? どういう……」


 ヒカルを連れて宇宙へ一直線。

 星の外でシリウスもどきを発見した。


「そんじゃゲストも交えて恒例行事いってみようか。ヒカル、お前宇宙で行動できるか?」


「ああ、問題ない。結界を張れる」


「ならいい。お前が語りかけろ」


「語る?」


「俺は家族というものがよくわからん。こういう時、なんて語りかけるのか。家族愛ってのがいまいちわからん家庭だったもんでな。任せる」


 ここまで愛だの語るだの言ってきたんだ。

 最後までそれで通してやろうじゃないの。

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