第166話 ダンスレッスンをしよう

 魔界に星が輝く時刻。豪華な料理を食べた俺達は、マコの屋敷内にあるダンスホールへやってきた。


「自宅になんちゅうもんがあるんだよ」


「ふわー……凄いね。広くて綺麗」


「いや、シルフィに言われるとどう反応していいのか困るんだが。人間界の姫だろう。オレ様より凄いんじゃないか?」


「ダンスホールなど慣れておるじゃろ」


「慣れないよー。わたしダンスとか嫌い……レッスンばーっかりだったし。社交界は見栄の張り合いで、美味しそうなお料理も少ししか食べられないしさ……」


 お姫様にはお姫様の苦労があるということか。

 上流階級になんてならなくていいのかもしれない。

 ほどほどに遊んで暮らせるように頑張ろう。


「で、私達を連れてきた理由はなにかしら?」


「もう飯食ったし風呂入って寝たいんだけど」


「サカガミは夕飯前にも仮眠とっていただろうが」


 あんなものは睡眠とは言わないのさ。外に出るとメイドさんや執事さんが俺を見るのでな。

 もうパーティーまで寝て過ごそうと思っていた。


「簡単にダンスレッスンをしようということだが……よく考えたらサカガミ以外はできるのか?」


「わしもできるのじゃ」


「私のダンスはちょっと種類が違うけれど……社交界用のものでいいのかしら?」


「ああ、こうしてこう……こうだ」


 マコがイロハの手を取ってくるくる回る。貴族様がやるやつだ。

 アニメとか映画でしか見た事がない。イロハもできるのか。


「オレ様よりうまいな……運動神経の差か」


「忍者ですもの。どこにでも溶け込めるように練習が必要なのよ」


 忍者ってのは大変らしい。さ、帰って寝るか。


「待ていサカガミ。ほら、練習するぞ」


「えぇ……俺は踊るのか? 四天王って横にいるか脇役じゃないのか?」


「念のためだ」


「ああもう……依頼だしな。やるって言っちまったし」


「と、いうわけだ。オレ様の手を取れ」


 手を取って、踊るために中央へ。一般人には縁のないものだからなあ。できるのかね。


「基本は足を交互に出す。ターンする。引き寄せるの繰り返し。はい腰に手を回す」


「こうか? で、交互に出す?」


 やってみると簡単なようで面倒だ。行動をリズムよく行うというのは思ったよりだるい。


「いいなーあれ。わたし達が相手でもいいんじゃないかな?」


「そうね、次でやってもらいましょうか」


「パートナーが代わっても動けるかチェックじゃな」


「やめろ。俺の体力は四人と踊れるほど高くはないぞ。明日の本番を欠席するかもしれないだろ」


 全員と踊るという危機を回避したい。恥ずかしいし、ダンスは体力を使うことを学習した。


「しかし練習は必要じゃろ」


「筋肉痛になったらどうする」


「わたしがマッサージするから大丈夫です!」


「疲れが取れるか心配だな」


「わしの回復魔法があるのじゃ!」


「疲れていると眠れない時ってあるよな」


「私が横で寝かしつけてあげるわ!」


「ちくしょう! こんな時ばっかり都合がいいな!」


 無駄に団結しやがって。これは踊るしかないっぽい。


「なんだかんだそれなりに動けているじゃあないか。ダンスの経験はないのか?」


「ないよ。一般庶民だよ俺は」


「そうか、だが踊れている。もう同じ動きならつっかえずにできるのだな」


「教え方がいいんだろ」


 マコは完全に俺を誘導するように、それでいて二人で一緒に踊っている雰囲気を出している。

 手馴れているというのが素人の俺でもわかるレベルだ。


「初めてのダンスの感想は?」


「……これ面白いか?」


「結局それか!?」


「やれやれ……台無しじゃな」


「わたしはアジュならそう言うと思っていたよー」


「そこは共通見解でしょう」


 同じ動きを曲にあわせてする。しかも相手を気遣っての運動だ。根本的に向いていない。


「こういうのはじゃな、社交界で優位に立ったり、教養をひけらかしたり」


「気になる女性にアピールするために……サカガミには全部興味がなさそうだな」


「ないな」


 なるほど、庶民には関係ないわけだ。驚くほど興味が湧かない。


「でもやったことがないことってのは体験してみるもんだな。そこはマコに感謝しているよ」


「そうか。無駄じゃなかったか」


「無駄なことなら練習しないだろ。明日のためだ。マコの教え方もいい。魔王よりダンサー向きかもな」


「そうか、魔王になれなかったら転職も考えるかな。ほら、ここでオレ様が後ろに倒れるから」


「俺が支えるんだろ」


 映画でよく見るシーンだ。マコが後ろに大きく反り返り、ポーズを決めたら終了。


「よし、決まったな。終了だ! お疲れ様サカガミ」


「お疲れ。マジで教えるのうまいな」


「次は身長差のある者とじゃ。ほれほれエスコートするのじゃよ」


「エスコートは諦めな。これでいいのか?」


 身長に差があると手を伸ばす距離とか、歩幅の差で難しい。

 なるほど、これ練習がいるわ。


「にゅおおっと」


 リリアが体制を崩して、俺の胸の中におさまる。相変わらず軽いなこいつは。


「いいなーいいなー」


「完全に油断したのじゃ」


「珍しいな。なんでもこなすイメージだったが」


「わしにも予測できん事態というものはあるのじゃよ」


「とりあえず踊るか離れるかしなさい。その体勢はずるいわ」


 さっと離れる。リリアがちょっと強く手を握ってくるのは、まだ抱きついていたかったからなのかね。


「これきつい。二人は次の機会でいいか? ちょっともう飽きた。別に日にやってやるからさ」


「しょうがないわね……ちゃんと覚えているのよ」


「絶対だよ!」


「はいよ。んじゃ終わりにしよう」


 最後にポーズ取るところまでやって終わり。貴族はこれをドレスでやってんのか。

 俺は庶民でいい気がするわ。


「おーい、いるかいマコちゃーん!」


 ホールの外から声がする。陰になっているが、確かに誰かいるようだ。

 男の声だな。アモンさんとは違う。もっと豪快な威勢のいい声がした。


「その声は……バエルおじさん?」


「あったりー! オッス少年少女よ! おれバエル! 地獄でお仕事しているときはベルゼブブと名乗っているから間違えねえでくれよな!」


 突然マコの横に現れるおっさん。頭に王冠つけて赤い眼。ボサボサの金髪。

 肌の色が濃い目の青に近い。執事服を着た高身長の優男っぽい見た目だ。


「着々と母親に似やがって。アモンに似てんのが性格だけでよかったなあ」


「お久しぶりです。バエル様。いらしていたとは知らず……」


「やめろやめろバエルおじさんでいいんだよ。そういうのかゆくなっちまう」


 知り合いっぽいな。アモンさんがおじさんとするのなら、バエルさんはおっさん。

 そんな喋り方だ。笑い方も豪快な人だし。おっさんオーラが凄い。


「そっちがマコちゃんの四天王かい?」


「はい。特別についてきてもらいました」


 そこで自己紹介を終える。こっちに来てから自己紹介多いな。


「バエルでいいぜ。アモンと同じ魔王をやってんだ。今度マコちゃんと遊びにきな」


「よろしくお願いします」


「みんな妙な魔力を持ってんなあ。やっぱマコちゃんくらい強いのか?」


「いえいえ、まだまだ全然ですよ」


 魔力を調べたのか。リリア達の中にある神の力を感じ取るとは。魔王と呼ばれるだけあるな。


「そっか、しょうがねえなあ……強かったら戦ってみたかったんだけど」


「まだ高等部一年生なんで、無茶言わないでください」


「ん、わかった。なあマコちゃん、おれ腹減っちまった! なんか食うものねえか?」


「ないです。そういえば夕飯のときにいませんでしたね」


「ああ、朝つまみ食いしてばれちまったんだよ。んで罰ゲームだって飯抜きで執事として働かされてんだ。パーティーまで待ってたら飢え死にしちまうよ」


 なにやってんだこのおっさん。えらい自由だな。


「バエルおじさんがパーティーに出るなんて珍しい。いつもは食事会にしか来ないのに」


「それなんだけどな、マコちゃん。どうもこの会合、嫌な予感がすんだ」


 おいおい魔王の嫌な予感とか超怖いな。やめてくれよ。


「おれだけじゃねえ。自分の領地から出ないマーラや、図書館にこもりっきりのアスタロトまで警戒して前乗りしてるって話だ。ただごとじゃねえ。何か感じ取ってんだよ」


「気をつけます」


「おう、やばくなったらアモンでもおれでもいいから頼るんだぞ」


 魔王が集るパーティー。しかも招待客はほとんどが魔族。


「四天王に気をつけろ。おれも顔を知らねえやつがいる。まさかとは思うが、堕天使の残党でもいるのかもしんねえ」


「堕天の乱で全員封印されたはずでは?」


「だてんのらん?」


「説明は苦手なんだ。マコちゃんにでも聞いといてくれや。そんじゃ、元気でな。マコちゃんをよろしく頼んだぞ!」


 言うだけ言ってどっか行っちまった。風来坊とはああいう人のことだろう。


「レッスンは終わりだ。部屋に戻ろう。堕天使についても話す」


 魔界も色々あるみたいだな。それでも俺のやることは変わらない。

 依頼主のマコを守って、こいつらと無事に家に帰るだけだ。

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