第167話 堕天の乱について

「サカガミー朝だぞー。起きてるかー?」


 マコの声がする。ダンスレッスンの後、風呂入ったら眠くなった。

 なので部屋に帰って寝てしまったんだ。


「まだ七時じゃないか……」


 早朝もいいところだ。もうちょい寝よう。


「入るぞー。やっぱり寝ていたな。ほら朝食の時間だぞーおおおぉ!?」


 布団をはいだマコが驚いている。なんだなにがあった。


「人の家でそういう行為はどうかと思うぞサカガミ」


「ん……ああ、イロハか。また人の布団に……起きろ」


 俺の横で丸まって眠るイロハ。寝巻きは着ているな。単純にもぐりこんだだけか。


「起きているわよ。ちなみに、なにもしていないわ」


「それが普通なんだよ。めんどいから着替えの術使ってくれ」


「もうやったわ。これから毎朝着替えさせるから、一緒に寝るというのは……」


「だめだ。今回は特例。待たせたなマコ。行こうか」


 着替えてマコと三人で部屋を出る。


「なんというか……苦労しているんだな」


「まあな。最近慣れ始めて危機感を覚えたよ」


「そのまま日常にしてしまえばいいのに」


 絶対にやめよう。なにか取り返しのつかないことになりそうだし。


「カーッカッカッカ! おはよう諸君!」


 アモンさんは朝っぱらからこのテンションか。しんどいわあ。


「おはようございます」


「今日は準備をしてパーティーに行く。マコを頼むよ! フハハハハハ!!」


 とりあえず朝食は美味い。魔界の食材って普通に食えるんだよなあ。

 あっさりしているのに、しっかり味があるという両立の難しそうな料理だ。


「魔界料理は口に合うかい?」


「結構好きなんですよ」


「美味しいです!」


 学園の屋台で売っている、青トカゲの炭火焼は俺の好きなメニューだったりする。


「昨日、バエルさんに会いました」


「ああ、あいつか。なにか言っていたかい?」


「四天王に気をつけろ。自分達を頼れ。だてんのらんっていうのはマコに説明してもらえ。くらいですね」


 そういやまだ聞いていなかったな。ここで聞いてしまおうか。


「あいつも何かを感じ取ったか。堕天の乱というのは、堕天使が魔界を我が物にしようとして起こした戦争だよ」


「天使って、あの白い前後左右のないきもいやつですよね?」


「下級天使と戦ったことがあるのかい?」


 驚きと興味が半々といった顔で聞いてくるアモンさん。


「ええまあ、何度か」


 天使も妖怪も神様も戦闘経験あり。まあそれは黙っておこう。


「それは頼もしい。上級天使はちゃーんと人の形なんだよ。そしてそれなりに強い」


「そんな上級天使が堕天使を束ねて魔界に全面戦争を挑んだ。オレ様が生まれるよりも前の話だな」


「そして、数々の魔王と魔族は団結。激戦の末、新たに地獄を創造した。二百以上の堕天使を叩き落とすために。そして地獄で蘇生も転生もできないように、堕天使の魂と存在を削り続け、完全なる無へと帰す作業が行われている」


「新たな地獄は、当時魔界の覇王と呼ばれていたサタン様と、片腕のメフィストフェレス様が管理していらっしゃる」


 また壮大なことやってんな。神話にでも残りそうだ。


「つまり戦争の恨みをもった天使がいて、四天王に紛れていると?」


「わからん。当時の堕天使は間違いなく全員封印した。敵は魔族かもしれんぞ。自分が魔界の王になろうとしているのやも」


「そんな状況でパーティーを?」


「そうすることで屈しない姿勢と余裕というものを見せ付けるのさ。堕天使なんぞにビクついて予定を変えたら調子に乗る」


 なるほど、クズに成功経験を与えると図に乗る。

 相手をせず、妨害されたらしっかり血祭りにあげるのが妥当か。


「わかりました。では準備ができ次第、マコと一緒に出かけます」


「頼んだよ。私は先に行く。他の魔王と親睦を深めているよ」




 そして食事を終えて、準備も完了。タキシードみたいな服に着替えておいた。


「この服嫌い。じゃまくっさい。動きにくい」


「そのくらい我慢せい」


 会場までは送迎の馬車が出る。車内は広いし震動もないのでゆっくりしよう。


「魔王ってのも大変だな」


「ああ、だが必要なことだ。弱いままでは魔界を統べる事はできない。それでは平和は訪れないのだ」


「魔界の平和ってなんか変な感じだな」


「地獄のイメージが強いのじゃろ」


「実は魔界も人間界とそんなに変わらないよね」


 俺達がいる場所が安全エリアなんだろうけれど、かなり普通の生活を送っている。

 これが魔界の日常ならば、平和といっていいだろう。


「これも魔王のおかげか。そういや魔王って一番強いやつじゃないのか?}


「魔王とは魔族で一番強いものではない。魔界を統べるものだ。無論強いことが理想だが」


「マコがなりたいのは魔界の王なのね」


「ああ、魔族だけではない。魔界で暮らすものが笑顔でいられるための王だ」


 随分と遠い道のりだな。きっとこれから山ほど障害が出る。

 ま、今回だけは障害を取り除いてやろう。


「そろそろ着くぞ」


 見えてきたのは、マコの家よりも遥かに大きい城。

 屋敷ではない。城だ。ゲームや漫画の魔王城をイメージすれば完璧。

 石造りの城壁と大量の警備兵。城内からもれる明かりと音楽。


「こってこてだなおい」


「わたしのお城より大きいかも」


「大きいだけじゃないわ。ちゃんと攻めることが難しくなるように設計されているわね」


「ぼーっとしている場合か。さっさと行くぞ」


「うむ、ちゃっちゃと行くのじゃ」


 城内はこれまた豪華の一言に尽きる。

 絨毯も調度品もシャンデリアも、そこに存在する人間も豪華に着飾っている。


「贅沢してんなあ」


「こちらへどうぞ」


 スーツを着た大人の女性が案内してくれた。

 声からは四十代に近い気がするのに、見た目は二十代だ。

 まず控え室に招かれ、会場までの道を聞く。


「ありがとうございます。我らはここで一休みしてから会場に向かいますので」


「はい、それでは失礼します…………ごゆっくり」


 やりとりはマコに任せた。社交界の会話なんぞ知らん。めんどい。


「まーたアジュが女の人を見ていますよ」


「なんじゃ、あんな小さな子がよいのか。わしの一人勝ちじゃな」


「小さな子?」


 リリアの言っている意味がわからない。誰かいるのかと見回しても俺達五人だけ。


「小さい子って? わたしは案内してくれたお姉さんのことを……」


「お姉さん? 失礼だけれど、どう見てもおばあさんだったわよ? 人間なら七十歳はいっているはず」


「人間の感覚はわからん。オレ様には三十代の女性に見えたが」


「俺は二十代くらいのおばさん声の人だと……」


「声は若々しかったわよ?」


 全員の意見が食い違う。なんじゃこりゃ。


「あれも魔族の特性なのか?」


「魔族には様々な種族がいるからな。オレ様は知らんが、あり得んことではない」


「んじゃ気にしても無駄だな。マコ、有事の際に殺しちゃいけないやつを教えてくれ」


「基本的に殺しはやめてくれ。なぜ恐怖とかないんだお前は。オレ様を守ってくれたらそれでいい。父上も、バエルおじさんも自分の身は守れる人だ」


「今のわしらは四天王じゃ。マコに迷惑がかからないように振舞うのじゃよ」


「はいはい、大人しくしてますよ」


 そして全員で入った会場はもう意味がわからないレベルで豪華だった。

 大量にごちそうが並ぶ豪華絢爛なホール。ザ・上流階級丸出し。

 魔族も色々あったけど頑張っていこう的ななっがいスピーチを聞いて、乾杯。


「今日ほどみんなを尊敬した日はない。よくあの長い話を聞いていられるな」


「慣れだな。上に立つものとして参考にする」


「一生人の上には立ちたくないな」


「既に王家公認で里のお館様じゃろ」


 俺の将来がどんどん確定されていきますよ。


「まあまあ、オレ様が魔王になった暁には、四天王のポストも空けておくぞ? 魔王に手を貸して欲しい望みくらいあるだろう?」


「とりあえず肉中心で料理持ってきて魔王様」


「魔王にさせることか!?」


「わしは魚中心で頼むのじゃ魔王様」


「お前ら……しかもはじっこで食事だけするつもりだろう?」


 ばれている。マコが俺の扱いを覚えてきやがった。


「しょうがない自分で行くか。お前ら三人はマコといろ」


「マコの警備じゃな」


「そういうこと。一人でどこかに行くなよ? 怪しいやつに誘われてもついていかないように」


「おお、アジュに独占欲が出てきたのう」


「ようやく自覚が出てきたのね」


「長かったね……ここまで本当に長かったよ……」


 別にそんなんじゃない……と思う。いかんな。俺はこういう男じゃなかったはずなのに。


「うるさい。お前らは常に四人で行動しろ」


 さーて肉だ。三人と別行動して肉を確保しつつ……怪しいやつの捜査といきますか。

 控え室でいつものように、ヒーローキーからのミラージュで鎧をタキシードに変えた。

 極限まで魔力を抑えた、人間の男一人なら魔族も警戒しないだろう。

 常にあいつらの魔力を感知しながら、離れすぎないように動くとするか。


「行ってらっしゃーい」


「マーコさん。お久しぶりですー」


 今まさに行こうという時に黒ゴスロリ着ている美少女が来た。

 身長はリリアと同じくらい。金髪ふわふわロングヘアーだ。


「パイモンさん。お久しぶりです」


 軽く魔力を探る。うーわこいつなんだよ。

 質が違うが、アモンさんやバエルさんのちょっと下くらい。

 これが魔族の上位陣か。尋常じゃない魔力を内に秘めている。


「魔王科三年、パイモンです。これでも魔王なんですよ」


 ぺこりとお辞儀される。なんか違和感があるな。

 魔力じゃない。こいつ自身に違和感がある。


「こっちが私の四天王です。サカガミ」


「アジュ・サカガミです」


 自己紹介をするも、なーんかひっかかる。

 力じゃない。容姿? ゴスロリは多分関係している。

 こいつマジでなんか変だ。俺の感覚をもってしても、処女か非処女かすら微妙。

 なんだこいつ。謎にも程があるぞ。


「魔王なのに魔王科?」


「はいっ! ためになりますよー。まだまだ新米なのでお勉強です」


「そうですか」


 俺をじろじろ見てくるパイモン。よくわからんやつだ。


「おにーさん。ご飯取りに行くんでしょう? 一緒に行きませんか? 高いところにあるものを取ってください」


 断るのも変だし、ぱぱっと取ってくるか。

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