あーんは回数制限をつけよう
昼食をとるため複数の店がある場所へやってきた。
この施設がオープンしたら、沢山の人でごった返すんだろう。
「今回は開いている店は五個だけだってさ」
「教師や監督、救護班なんかのスタッフと勇者科だけじゃからのう」
「多すぎても無駄になるってことか」
高級レストランとか行ってる連中もいるけど金がもったいない。
Fランクギルドにそんな金あるかいな。
なるべくお手頃価格で好物食いたいところだ。
「海の家といえば微妙な味のラーメンかカレーじゃな」
「普通にうまいラーメン食いたいけどなあ。ってかラーメンってあっていいのか?」
「よいではないか。アメリカンドッグもあるのじゃ」
「あっちゃだめだろそれは」
「よいよい。世界単位で長い永い年月をかけてすり合わせが行われておる。どの世界から来てもある程度生活出来て馴染みやすいように、じゃな。全部ではない。ごく一部じゃが、食材さえ似ておれば料理名と調理手順くらいは伝えられておったりするものじゃ」
この世界は所々にそういった効率厨っぽいぶっ飛んだ要素が見受けられるな。
達人育成と子孫繁栄のための効率化といえばそうなのかもしれないけど、まあ難しいことは考えても仕方ないか。なら俺の好物もたくさんあればいいな。
「まーたアジュとリリアがよくわからないこと言ってる」
「気にすんな。説明するには時間も心の準備も足りなすぎる」
「いつか説明して欲しいわね」
「まだまだ好感度が足りんのじゃ」
「むう~でもリリアは知ってるんでしょ? なんかずるい……」
三人が何か話しているけれど、そんなことはどうでもよくなった。
さっきから俺の鼻は嗅ぎ慣れた匂いを感じている。
「この匂いは……まさか……カレー?」
完全にカレーの匂いだ。プールリゾートにあるオープンなカフェからする。
正直二度と食えないと思っていた。
まだカレーか決まっていないが……それでも匂いはカレーだ。
「完全にカレーじゃな。行きたければそこでよいぞ」
「かれーがなにかわかんないけど、アジュが行きたいならいいよ」
「これは……珍しい香りね。アジュの住んでいた場所の食べ物かしら?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。いいなら行きたい」
てなわけでカレー屋へ。木製のバーカウンターと丸いテーブルに椅子というシンプルだが景観を壊さない、個人的に好きなつくり。香辛料の匂いが不快にならない程度に漂うのがまた腹が減るのを加速させる。
「いらっしゃいませー!」
「四人で」
俺が座ると俺の膝の上にリリアが座る。
それを見て素早くシルフィとイロハが横に来る。
「普通に座れ普通に。俺が反対に行くからお前らもちゃんと座れ」
渋々リリア達が三人で別々の椅子に座る。しまった、これだと俺がずっと不満気な視線で見つめられるじゃないか。とりあえずメニューがあるので見てみる。
「ポーク・マトン・シーフードまあ色々ありやがって嬉しいじゃねえか。チキンにでもするかな」
「わしはシーフードじゃな」
「んーよくわかんない……どれがいいの?」
「そもそもどんな食べ物かわからないわ」
「辛い料理だよ。中々病み付きになるんだ。肉が平気ならポークかビーフとかいいぜ」
「じゃあわたしビーフにする」
「私はポークにするわ」
「お決まりですかー?」
店員の女の子が話しかけてくる。笑顔が営業スマイルと心からの笑いで七対三くらいの割合の子だ。全員注文をして待つことにする。
「ライスかナンが選べますが」
「ナンだってぇ!?」
ナン食えるのか……最高だな。選ばない理由がない。行きつけのカレー屋は本場の人間がやってる本格的な店だった。そこでしかナンは食べられなかったけど死ぬほどお気に入りだった。この世界のナンの味……確かめてやろう。
「追加料金が発生しますがチーズナンにもできます」
「チーズナンだってぇ!?」
選ばないという選択肢は、俺にはなかった。
「他にもガーリックナンというのも……」
「ガーリ……」
「もうええっちゅーんじゃ。何回やるんじゃそのくだり」
流石に怒られた。しかしチーズナンか……最高だ。どうも試験期間のみの店っぽいんだよなあ……美味ければ通いたかったのに。
「チーズナンでお願いします。シルフィ達はまずノーマルの味を知って欲しい」
「じゃあわたし達は普通ので」
「お飲み物は紅茶かラッシーからお選び頂けます」
「お、マジで本格的にカレー屋だな。俺ラッシーでお願いします」
「ならわたしもそれにする!」
全員ラッシーで注文しておく。いいじゃないか、凄え楽しみだぜ。
「ほほう、カレーのみならずラッシーまでご存知とは……通ですねお客様」
「それほどでもないですよ。でも期待してます」
「ふっふっふ、お応えしましょう存分に。ご注文は以上で?」
「……ふむ、わしはチーズナンでお願いするのじゃ。二対二にしておくとあーんの時に便利じゃ」
「やるわねリリア。貴女はいつも抜け目なく、私達をサポートしてくれて……」
「よいよい、みんなで食べるのじゃ」
「俺があーんすることは決定してるのか……」
「しているのです! 今日は頑張ったからご褒美を希望します!」
こうなったらシルフィは頑固だ。意外と譲らない。
譲ると俺がヘタレると理解しているからだ。つまり俺が悪い。
「まあ、カレーを好きになってもらうためにも……少しならいいぞ」
「いやっふー! やったね!」
「それでは少々お待ちください」
一礼して奥に引っ込んでいく店員さん。エプロンに水着だ。なるほど、リゾートっぽさが出るな。そこそこの綺麗どころだし、暑さ対策のためにも水着でいるのがベストだろう。
「むうぅ……まーたアジュが知らない女の子を見てるよ」
「こうして私達はないがしろにされていくのね」
「なんて可哀想なわしら……」
早くカレー来い。俺がピンチだぞ。お前ら以外の人間なんぞ何億人集めようが何の価値もねえって。
「他の女の水着は見るのね」
「やっぱり学園指定の水着がだめなんじゃない?」
「いや、これはこれで問題ないのじゃ。ではなぜアジュは店員さん達の水着を見ているのか、それを答えられたらアジュマスターに一歩近づくのじゃ」
近づくことに何の意味がある。別にいやらしい目で見てねえよ。
「ああいうビキニとかレオタードタイプの水着が好き?」
「不正解じゃ」
「本人に確認もなく不正解て……いやまあ不正解だけどな」
「まず店員さんが来たら見るわよね。そこは自然なことよ」
「注文できないもんね。エッチな目線じゃないってことかな? アジュってその辺わかんないよね」
「そもそも性欲があるのかないのかはっきりしないわね」
「飯屋でする話題かこれ?」
テーブルがそこそこ離れているから、でかい声出さなきゃ会話を聞かれる心配もあまりない。
けどな、場所をわきまえるというのは大事だ。
「おまたせいたしましたー!!」
はい、いい匂いがする。この段階で確実に美味いだろうと予想できる。確信があった。
「おおーこれがかれー?」
二つの取っ手がついた丸い器にカレーが入っている。それぞれ最高に腹が減ってくる匂いだ。横にはバスケットに入ったナン。チーズナンは皿に盛られている。
「これがナン? 大きいわね」
ナンは初見だとかなりでかいから食いきれないイメージがあるのはわかる。俺もそうだった。
「実は膨らんでるだけだから、完食できないもんじゃないぜ。冷めないうちにいただきますっと」
「どう食べるの?」
「まず手を綺麗に拭くのじゃ。店員さんが小さめのタオル持ってきてくれたじゃろ」
「食事の前には手を洗う。基本ね」
「で、ナンを手でちぎる。あっちち、熱いから注意な。端っこからちぎってこのカレーにつけて食うのさ」
チーズナンはピザのようにあらかじめちょっと切れ込みが入れてある。一切れ取ってみると横からチーズがどろりとこぼれ出す。チーズ多めか。こいつはいい。チーズ好きだからな。
「おおーチーズ乗せて焼くんじゃなくて中に入ってるんだねー」
「これが美味いんだよ……ふはあ……大当たりだこの店」
カレーにつけて食ってみる。ちょっと甘目のチーズがカレーを引き立てている。分厚そうに見えたナンも、チーズの量で厚みが増しているんだと気付く。分析しながらも手が止まらない。
「これは……辛いけど美味しいわ。ナンが辛さを中和しているのね」
「あちゅ、熱いけどおいしい! かれー好きかも!」
「にゅふふ、絶品じゃな」
「いいね。下品な辛さじゃない。辛いことがちゃんと味に繋がってる。いいカレーだ」
元の世界のカレーってのは、本場の店じゃないと下品というか雑というか、レトルトな味であることが多い。しかもただ唐辛子ぶっこんで真っ赤にして、激辛にだけすれば通ぶれて、激辛を食べられる奴が凄いみたいなアホ丸出しの風潮がある。大量のトッピングでトンカツ乗っけたりとかな。
「食ってしばらくして、味と一緒にじんわり辛さが来て、ああこりゃ美味いぜ」
「ううーんおいしい! 来てよかったよ!」
俺のチキンカレーには固形で入っているのはチキンだけだ。人参もじゃがいもも入っていない。シンプルだが深みがあって飽きない味。これぞ本場のカレーだ。
「普通のナンも気になるじゃろ? ほれ、あーん」
「ん、悪いな……ほほう、これはこれで……しかもそっちのカレーつけて食わせてくれたな」
リリアに普通のナンとシーフードカレー食わせてもらう。エビをナンでくるんで食わせてくれた。変なとこで気配りできるな。
「あー! リリアだけあーんしてる! しかもわたしのナンだ!」
「すまんかったのう。シルフィにはチーズナンを一切れプレゼントじゃ」
「むぐむぐ、わたしはそんなことでごまかされたりしないもん。あ、チーズおいし」
「私はするよりして欲しいわ。リリアだけじゃ不公平よ」
「そうそう、わしもやったんじゃ。全員やらねば不公平じゃぞ」
なるほど。リリアはこの状況を作りたかったわけか。自分もあーんしてもらえるし、全員やるから抜け駆けしたわけでもない。考えて動いてんなあ。
「マジでやんなきゃ……」
「はい、そこで悩む前に勢いでやっちゃおう! イロハ、ゴー!」
「と、いうわけでお願いするわ」
俺に近づいて口を開けるイロハ。俺の右手にはほどよいサイズにちぎられたナン。やるしか……ないのか。自分から女に何かするというのは本当に慣れない。そーっと、出来る限りイロハに触れないようにそーっと口に近付ける。
「あー……ん」
指まで咥えられている。咀嚼しながら明らかに指しゃぶってきてるだろこれ。
一瞬固まってしまったが、なんとか意識を取り戻し引き抜く。
「やったわ。やってやったわ。ありがとう。これはいいものね。捗るわ」
「はいはい、大袈裟なんだよ」
とりあえず指は拭く。マジで躊躇しようってちょっとくらい。こんながっつり指咥えられるもんかね。
「そこでどうして指を拭くのよ」
「言ってる意味がわからん」
「そのままカレーを食べて間接キス的なものを狙っていくべきでしょう」
念入りに拭いておこう。食事するだけで疲れそうだ。ラッシー来たし、ちょっと飲んで落ち着こう。ラシーはヨーグルトドリンクだ。飲みやすく、どろっとしていない。しつこい後味もないからちびちび飲むのが好き。
「はい次わたし! お願いします!」
「ここまできたら最後までやってやるさ」
「最後というのがベッドインという可能性は……?」
「ねえよ! イロハは余計なこと言わんでいい!」
「わたしさっきのチーズのやつがいい」
「はいはいやったらあ」
俺のチーズナンを一切れそのまま口に入れてやる。もう食っても平気な温度であることは確認済みだ。
「んっ、ふう。んむ……むむ」
「すまん一切れは多かったな」
がんばって食っているけど多いな。あーんで食わせる量じゃなかった。なぜか俺を見ながら懸命にナンを食い続けるシルフィ。口の端からチーズ垂れてるぞ。
しかし、これは心理戦だ。ここで量が多いからといって引き抜いてもいいものか。引き抜いたのはもう一回シルフィに食わせるのか? まさか俺が食うのか?
「………………がんばれ」
「何に対しての応援なんじゃそれ」
「必死に考えて絞り出したのね」
「やかましいわ。仕方ないだろ。こういう状況に慣れてないんだよ」
「んむうぅ……よし、完食!」
口周りのチーズをペロっと舌で舐めとって満足気なシルフィ。よし、とりあえず終わったな。俺のカレーはほぼなくなってるし、さっさと食っちまおう。
「さ、二周目いくのじゃ」
「…………二周目?」
「今度はわしがあーんされる番じゃ」
「いやあ俺のカレーもうちょっとしか残ってないし」
「私達はちゃんと計算して残してあるわ」
逃げられない。結局全員にするまで俺の昼飯は終わらなかった。
「これはきついわ。毎食やったりしないからな」
「毎回はせんでよい。しかし無闇にハーレムを増やすと今の倍も三倍もせねばならぬぞ」
「うーわー絶対いや。マジでか。昼飯食うだけで何時間かかるんだよそれ。あとハーレム違う。認めないぞ」
「認めるまで一緒にいるだけよ。今と何も変わらないわ」
「他の女の子に手を出すなら、わたし達にちゃんと手を出すべき!」
「さーて飯食ったし帰るかー。カレー美味かったなーっと」
ごまかして帰ろう。カレー屋はどうやら支店らしく、本店があるとのこと。
ガーリックナン無料券も貰ったしまた行こう。
「さ、明日はどうするかなー」
「まだ試験終わっとらんじゃろ」
「……あ。俺まだ試験終わってねえ!」
「それじゃあゆっくり探しましょうか」
「まだお昼だからねー」
詰みだな。俺にできることは、曖昧な返事を返しながら黄色か青のポイントを探すことくらいだ。
「そういえば、結局アジュは店員さんの水着を見て何を考えていたの?」
「リゾートっぽさが出て綺麗どころじゃから、水着なら集客効果も見込めるな、といったところじゃろ」
「……誰目線なのよそれ」
それは俺にもわからない。知らない女の水着なんぞで欲情する気がしないからいいや。
「よし、急ぐぞ。さっさとクリアしてまおう」
遊んでるうちにクリアできればいいな。楽観思考でいこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます