試験はサクサク終わりそうです
施設内をのんびり歩く。足元が土の場所も石に近い素材でできた場所も、砂が敷き詰められた場所まであるじゃないか。
建物も木造からレンガ造りまで色々あって飽きない作りになっている。
そして室内なので暖かい。陽の光も差し込んでいるため、風邪を引くことはなさそうだ。
「運良く青に三十個くらい石があればいいのにな」
「都合良すぎるじゃろ」
「逆に赤から行ってみるとかどうかな?」
「そんなことして俺が怖気づかないとでも思っているのか?」
「もう戦闘にも慣れてきたでしょう?」
「俺は出来る限り、リスクを少なく楽をしてほどほどに生きていたい」
だって戦闘でめっちゃ頑張らないといけないってことはだ、頑張らなきゃ大怪我するってことだよ。しんどいじゃないか。
「こうして歩いているだけでは結果は出ないわよ」
「そもそも誰かと歩くの嫌いなんだよなあ……なぜお前らと歩くのは平気なのか自分でもわからん」
「歩くのが? なんで嫌いなの?」
「相手に歩幅を合わせて、話を聞いて、相槌打って、がだるい。歩き方や飯の食い方に文句つけられたらクソうざいから一人で行動することが多い」
「わからんでもないのじゃ」
「しかもなんでこっちの道に行かない? とか、もっとシャキッと歩けとか……日常生活でそこまで考えて動きたくないし、干渉して欲しくない。俺はダラダラ何も考えずに行動したいからな」
「わたし達は平気なんでしょ?」
「みたいだな……どういうことなんだか……俺に気を遣って動いてくれてるのはわかっている」
俺は歩く速度が速いから、隣に誰か居る時は意識して落とさないといけない。
それでも辛くない程度の歩幅だし、俺の嫌がる話はしないし、静かな休日を楽しみたい時は横でおとなしくしてくれている。俺にとってほぼ理想の相手なんだろう。
「それがわかるならよし。そこから女の子の気持ちに敏感になるともっとよしじゃ」
「敏感に察知して関わらないように避けて生きてきたぜ」
「ふっふっふ、そんなアジュの生活もここまでさ!」
「いつまでも童貞でいられると思っていたアジュが、わしらなしでは生きられないようになるのじゃな」
「しみじみ言ってるとこ悪いが、童貞でいられるってなんだよ。別に好きでそうだったわけじゃねえぞ」
「それは…………いいことを聞いたわ」
「やめろ。何をするか知らんけどやめろ。好きでなったわけじゃないけど無理矢理されるのもいやだ」
イロハが獲物を狩る目だ。こういう時、リリアはニヤニヤしながら静観しているだけだし、シルフィは顔が赤くなって話に参加できていない。言葉の意味はわかるけど、会話に参加できるほど羞恥心を捨てていないし、知識もないんだろう。願わくばそのままでいて欲しい。
「あ、青色のポイントがあるよ」
「ウォータースライダーか。乗ったことないな」
「じゃあ乗ってみようよ! 今日は試験だけどちょっとくらい遊んでもいいはず!」
「青色ポイントにあるということは石もあるのでしょう」
「ふむ、アジュに女の子と遊ぶ経験を積ませるにはよいかもしれんのう」
「よーし並んでみよう!」
前に五人くらい並んでいる。横の看板にはここの説明が書かれていた。
「二人一組です。最後にアンケートにご協力ください。お一人様一回までご自由にどうぞ、だってさ」
「なーんじゃそら。完全に施設のテストだな」
「問題はそこではないのじゃ。あれを見るがよい!」
リリアの指示す先には、でっかい浮き輪に乗って飛び出してきた二人組。両方女だ。
「あんな感じで浮き輪に二人で乗る。つまりじゃ……」
「アジュと一緒に乗れるのは……一人だけ!」
「さて、どう決めましょうか……」
三人から尋常じゃないオーラが出ている。
前に並んでいる連中が完全に引いているじゃないか。
「潔くじゃんけんでいくよ! じゃーんけー……」
「待ちなさいシルフィ。じゃんけんは私達が不利よ」
「そうじゃな。焦りすぎて魔力が溢れとるぞシルフィ」
「くうぅしまった!!」
「時間を操作できる相手とじゃんけんはきついのじゃ」
「手を出す瞬間に時間を止めて、後出しで勝てるものね」
なにやってんだこいつら。しばらく様子を見よう。俺には止め方がわからん。
「じゃんけんはダメ……ならどうやって決着をつけましょうか」
「ここは譲れないよ。絶対に!」
「なぜにそんなマジなんだよ」
「この看板をよーく見るのじゃ。ここに滑る時の図が書いてあるじゃろ?」
浮き輪に乗っている絵だ。後ろの人が前の人を乗せて、背もたれみたいになりながら抱きしめている。
「安全のためしっかり捕まってくださいと書いてあるじゃろ?」
「あるな。これがどうした?」
「つまり、アジュに水着のまま抱きしめてもらえる権利があるのは一人だけなんだよ!」
「いつもより露出の多い体が触れ合う絶好の機会を逃しはしないわ」
「もうちょい穏便に済ませられないのか?」
「どうせ一人選ぶなんてできなくてヘタレるでしょう?」
「だからわしらできっちり決めるのじゃ!」
ああそうですとも。どうせヘタレますとも。
っていうかお前らに順位なんて付けらんねえよ。全員いないと困る。
「今思っていることを素直に口に出せばよいというのに……どうせ全員大事だとか考えとるじゃろ?」
「そりゃまあそうさ。そこは譲らないぞ」
「なら出来る限り穏便に決着をつけるしかなさそうね」
並んでいる列から離れて、なにやらろくでもないことを始めようとしているな。
「第一回アジュの好きなとこ! そっけない感じだけど実は優しい!」
「急に何言い出した?」
「他の女の匂いがしない特殊な体臭」
「落ち込んでいる時に、何も言わんが横にいてくれたりする不器用でかわゆいところじゃな」
「ちょっと待てこれなんだよ!?」
急に意味不明なこと始めんなよ。俺はどうしてりゃいいのさ。
「一緒に寝てる時に頭を撫でて欲しいと言っても拒否されるけど、こっちが寝てると思ったらちょっとだけ頭撫でてくれたりするところ!」
「起きてたんかい!?」
「寝るとき編ね。寄り添うと腕の中に入りやすいスペースを開けてくれるけど、照れて寝たフリしてるところかしら」
「寝ている時に無意識にこちらにくっついて名前を呼んでくる時じゃな」
「やってねえよ!? いややってないよな? マジでやってないよな?」
「真面目にしていれば意外とかっこいいよ!」
つまり普段はカッコ悪いんだな。自覚はあるぞ。
今度から寝る時は細心の注意を払うことにしよう。
「実はヘタレているところも嫌いじゃないわ」
「わしらを守る時のみ頑張るところがポイント高いのじゃ」
「一緒にいるとあったかい気持ちになるところ!」
「女性に慣れていない反応が可愛くて興奮するわ」
「料理がうまいのもよいところじゃ」
「嫌いなものとか少なめに作ってくれてるよね」
好き嫌いは生活していればある程度把握できたさ。
前に食ったもので嫌いなものはなんとなく覚えていれば少なめにする。
別に好かれようとやってるわけじゃない。
「そういう細かい気配りをたまーにするから気づくと得した気持ちになるのじゃ」
「そして惚れ直すわけね」
「だねーあと最近は……」
「おいもうやめろ! 俺はどうしてればいいんだよ! これどうやったら決着つくんだよ!」
「そら好きなところが一番多く言えたら勝ちじゃろ」
「どんな気持ちで見てりゃいいんだよ! なんか凄い恥ずかしいわ!!」
「でも決着がつかないと乗れないわよ?」
「乗るのが目的じゃないだろ。試験をどうにかすればいいんだよ。そうすりゃ夕方までは遊べるだろ」
大切なのは試験だ。試験を突破することが俺達の目的だったはず。
他人に褒められた経験が極端に少ないので、どうしていいかわからない。
「そう……そうね……試験ね……試験が邪魔ね」
「そうだね……ここにいたら試験でアジュとらぶらぶできないもんね」
「まったくもって盲点じゃった。邪魔じゃな、試験」
魔法が使えるようになったからだろうか。三人から溢れ出す魔力が渦巻いて色濃くなるのがちょっとだけわかる。わかってしまう。
「それじゃあ、まずみんなで試験を終わらせちゃおうか」
「じゃな。みんなで仲良く全力で終わらせるのじゃ」
「せっかくアジュが遊んでくれると言っているのだから、無駄には出来ないわ」
「……言ったか?」
「言ったわ。期待しているわよ」
ちょいと迂闊だったかもしれない。でも試験が突破できるなら遊ぶくらいは問題無いだろう。
そう単純に考えて了承してしまった。
「さて、これで腕輪の色は赤。もうすぐ虹色じゃな」
こいつらが本気を出すということが、どういうことか忘れていた。
正確には把握できていなかったんだろう。ウォータースライダーのような簡単で遊べる施設は後回しにし、戦闘のある場所へ出向いては瞬殺して次に行くという、最早戦闘というよりは処理という言葉が相応しい有様だった。
「順調ね。この調子でいきましょう」
大抵の戦闘はイロハの影の群れとシルフィの時間操作で倒せてしまう。
数が多ければリリアがふっ飛ばせばいい。水の中だと身動きがとれない場合もあるが、イロハの影に実体もクソもない。水の抵抗なんてないのだから、水中にある石を取ることも容易い。
まず全員身体能力が高いからな。
「ほれ、あやつでラストじゃ。魔法の練習に使うがよい」
俺達は傀儡という木製の人形を相手にしている。中に作った人間の魔力を込めた水が入っていて、動き回るから人形劇みたいだ。人型から大蛇やカエルなんかを模したやつまであって中々に興味深い。強さも俺にとっちゃほどほどで修行になる。
「サンダー……スマッシャー!!」
大きめの人型傀儡に向けて電撃魔法を放つ。傀儡の上半身が吹っ飛んで終わりだ。ある程度なら威力の調整もできるし、狙いも付けられるようになった。手癖というか、体が覚えるまでやったら自然とできるようになっている。
「よしよし、やはり素質があるようじゃな」
「だと嬉しいけどな」
使っていけば上達がわかる、というのはやる気が出るもんだな。
「これで虹色。終わったわ」
「わしも終わりじゃ」
「わたしも終わり!」
「俺はまだ赤のままだな」
三人の腕輪が虹色になり、腕輪の中でゆっくりと水が流れるように色が動いている。結構綺麗だなこれ。何も知らん奴にプレゼントしたら喜ばれそう。俺なら嬉しい。
「そっかーじゃあちゃんとウォータースライダーに乗らないとダメだねー」
「じゃな、ちゃっちゃと行くのじゃ」
「その後は流れるプールを一周するわよ」
「とりあえず浮き輪を借りてくるのじゃ」
「さては俺を逃さないためにわざと赤で止まるように集めていったな?」
「なんのことかわからないわね」
石の数を把握していなかったからなあ。
まあ今までの経験からして、あと三つあれば十分だろ。
「その前に昼飯食おうぜ。腹減ってきた」
「あら、もうお昼なのね」
「張り切りすぎたかのう」
「それじゃあお昼ご飯だー!」
全員で売店や屋台の並ぶ場所へと向かうことになった。
ちょっとしたレストランもあって、全体的に品揃えが豊富だ。
お高いものから庶民の食い物まで幅広い。客層が学生といえども広いからなあ。大人数で来てもいいように大量のテーブルと椅子が並んでいる。中にはパラソルつきのやつまである。この辺はどんな世界でも同じ発想なんだろう。
「さーて何から食うかなと」
「はーい! あーんができるやつを希望します!」
「よいアイディアじゃ、シルフィ」
「あーんと口移しができるもの……なにがあるかしら」
「口移しは禁止だ」
普通に飯くらい食わせてくれ。
とりあえず適当に買って食えそうなものを求めて、探索を開始するのだった。
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