決戦9ブロック

 また早朝だよ。朝弱いつってんじゃねえかよ。眠い。眠いのに行軍に参加させられている。そんな俺を褒めろ……褒めるギルメンがいない。


「ギルメンがいない……めんどい……」


「大変だね、こっちに期待しないでよ?」


 ホノリが呆れた目でこちらを見ている。本格的に9ブロックを攻めるので援軍に来ているのだ。あと俺の事情を知っているので、いざという時に俺を一人にするやつが必要でございます。


「わかっている。代役が務まるものじゃない」


「だろうねえ……試験が終わったら、ちゃんと遊びに連れて行ってあげたりするんだよ?」


「そうだな、今は落ち着いて過ごすのも難しいからなあ」


「そういや恋人お試し期間はどうなったんだい? そろそろ覚悟決めなって」


 ふっふっふ、聞いてしまったか。イベントが多くて棚上げしていたのに。せっかく考えないでいたのに。よくも思い出させたな。


「俺は……」


「うんうん」


「俺は、責任とか発生することを……なるべく決めたくない……!」


「リリアに報告するぞ」


「やめろマジで!」


 やはり引き伸ばし過ぎなんだろうか。でもさあ、お姫様の人生狂うじゃん。申し訳無さとかすっげえあるのよ。


「いや期間を置けば考えが変わるんじゃないかと思ったんだが、あいつらマジで変わらんよね。驚くわ」


「置く意味がわからないんだけど」


「半年くらいは様子見てあげようって思ってな。思いやりだよ。マジで俺の親切とかレアだからな」


「はいはい、具体的にどういうことだい?」


「出会ってから半年とか一年経てば、俺よりずっとイケメンで金持ちで強いやつがいっぱい出るだろ。そいつらを見て、ちゃんと自分の人生これでいいか結論出して欲しかったんだよ。視野狭窄ってやつはNGだ」


 選択肢が複数あることを知って欲しかった。王族と釣り合うレベルのスペックした男が現れれば、そっちに行くだろうと予想していたし、幸せになる確率はそっちの方がずっと高いのだ。


「あのねえ、本当に去っていったらどうするつもりだったのさ」


「洗脳とか外交問題とか、無理矢理その男とくっつけられるようなら潰すが、徹底的に調べて問題がなきゃ、あとは本人の問題だろ。本人が本気で好きになったのなら、俺が引き止めたら不幸になるぜ」


「本気じゃないかもよ?」


「なら俺が気づく」


「その自信があってなぜ拒む」


「本気で幸せになって欲しいから」


 なんせ相手が俺だからな。間違いなく表舞台で大活躍などしない。のんびりと日陰で生きていくことが望みなのだから、大抵の人間の理想とは道が違う。


「いくら疑ってもボロが出なかった。本当に俺に惚れているのなら、そろそろちゃんと答えを出す。流石に逃げすぎた」


「なんでそんな自信ないんだ……」


「これは男女の差だな。恋愛って女がガン有利で胸糞悪いだろ?」


「同意を求めないで」


「ホノリみたいに家柄よくてスペック高くて美形には絶対に理解できん。これで男ならまだ同意するかもしれんが、100%無理だ」


 まあ首を傾げるよね。ホノリには絶対に理解できない側の人種だよ。


「おーいそろそろ攻めるぜ」


 ボスが呼びに来た。俺は8ブロックからの援軍と義勇軍の混成軍に所属。所属っていうか大将だな。うむ、自覚が出ない。


「なんだあ難しそうな顔しやがって」


「アジュは恋人候補が別ブロックにいるのさ」


「恋の悩みか? 青春してやがるなあ」


 実に爽やかに言いやがる。茶化すでも深入りするでもない。なんか大人の対応な気がする。大人なボスに聞いてみるか。


「ボス、姫から自分だけが好意を寄せられて、やたら言い寄られたらどう思う?」


「……ドッキリ?」


「ほら見ろ。大ファンのボスでもこういう反応だ。これが男の普通なんだよ」


「うーん、そうなの? 私にはまだ恋愛はわからないな」


 マジで男女差のある部分だと思う。男は保険が必要なのだ。


「いいから行くぞ。三日月さんは?」


「御用ですかな?」


 どこからともなく音もなく隣にいる。それが普通なので驚かない。


「部隊どうなりました?」


「士気がかつてないほど上がっております。決戦を前に血の気が多すぎるかと」


「そりゃ剣神三日月の下で動けるんだ、その筋からすりゃ一生物の記念だよ」


 憧れの芸能人と共演できる権利みたいなことか。だが士気が上がりすぎるのも考えものだぞ。命令無視とか出ると面倒だ。


「言い聞かせられます?」


「女王とオレでなんとかしましょう」


「言っておきますが俺そういうの無理です」


「でしょうな。サカガミ殿は知名度がない。実力をひけらかすわけにもいかない」


 そういうところで不便だから団体行動嫌い。ささっと演説してもらった。


「聞け! 決戦の地に集いし騎士よ! 我ら所属は違えども、国を憂い民を案ずる心は同じ! 世を乱すものを捨て置くは騎士の恥! これより我らは……」


 三日月さん真面目モードになるとめっちゃかっこいいな。風格というかカリスマというか、やはり第一騎士団長なんだなあ……聞いている軍のみんなも尊敬の眼差しである。


「決して気負いすぎるな。浮足立って戦場は生き抜けんぞ。騎士とは本来守るもの。殺すのではなく護り、生き抜け。私からは以上だ」


 歓声が上がる。しっかりと生き抜く方向で思考を誘導できているようだ。浮ついた気持ちから、味方を守ろうという空気への変換がある。


「精鋭たる6ブロックの兵よ、長く我々を苦しめてきた9ブロックとの戦いに終止符を打つ時が来た! 耐え忍ぶ苦痛も、勝利の喜びも、すべては……」


 今度はイノか。やはり身振り手振りも抑揚も演説慣れしていることが伺える。


「そして特別に、姫のご降臨である!!」


「みーんなー! 姫だよー☆」


「うおおおおぉぉぉ!!」


「姫だ! 姫がいるぞおおおおお!!」


 ここでまさかの姫だよ。高い位置にある演説台へと登り、アイドルみたいな服で笑顔を振りまいている。


「姫! 姫だ! 姫がいるぜええぇぇぇ!! おらっしゃあい! よしゃああああ!!」


 ボス大歓喜である。周囲の連中も騒ぎ始めた。


「6ブロックのみんなも、8ブロックのみんなも、義勇軍のみんなもありがとー! みんなのおかげでここまでこれたよー!」


「こちらこそー!」


「姫ありがとー!」


「みんなちゃーんと生きて帰ってきてね。姫みんなにまた会いたいよー!」


「はーい!!」


「ちゃんと約束できるー?」


「できるー!!」


 今、全軍が一つになった。こんなしょうもないことで。


「全軍配置に付け!!」


「おおおぉぉぉ!!」


 こうして鼓舞が終わり、イノとユミナとガンマが会議テントにやってきた。


「おつかれさんッス」


「うぅ……もうできないよお……姫もう無理……絶対失敗した」


「何を言うのです、あなたは立派に姫でしたよ」


「ほらこれから会議スから。もうちょい姫でいましょうって」


「会議でできること無いよお……」


 ちなみにここにいるのは俺とホノリとイズミに三日月さん。

 そして6ブロックのイノとユミナとガンマである。

 両国の主要人物だけに限定された会議である。ご丁寧に結界まで張っていた。


「とりあえず話せるとこだけオレがおさらいするッス。まず正門と裏門があります。二部隊に分けて突破。裏門は中から開けてもらうことになっていますが、これが罠である可能性もあります」


「これは6ブロックと9ブロックの戦い。なので正門は私達が担当し、裏門を少数精鋭で固めます」


「義勇軍は裏口だな」


「そうスね。正規軍に混ぜたら機動力も落ちるでしょうし。8ブロックはそちらをお願いしています」


「異論はない」


 8ブロック主体ではダメなのだ。あくまで6ブロックが倒すことで王と認められないといけない。活躍を期待しよう。俺達は裏側で動く。


「ではご武運を祈ります」


 テントを出て自軍に戻る途中、6ブロック軍が高く分厚い正門と壁へと近づいていくのが見えた。敵軍は門の上か中だろう。わざわざ出てくる必要もない。


「魔導部隊斉射用意! てーっ!!」


 やはり初手は攻撃魔法でぶつかるようだ。ど派手な爆発が起きている。


「あれはおかしい。門の耐久力が以上」


「なに?」


「超人が結界でも張っているようだね」


 確かにほぼ崩れていないな。そして敵軍から弓と魔法の反撃が飛ぶ。心なしか数が少ない。


「防御開始!」


 敵の攻撃を弾きつつ前進していく。あとは正門が空いた瞬間に全軍で突っ込んでいくだけだ。


「急いで裏門へ行くぞ」


 自軍に到着した時点で、既に軍の配置は完了していた。

 敵の攻撃魔法の射程から離れた位置であり、義勇軍と俺が前線である。


「ボス、作戦は伝わっているな?」


「おう、任せろ。いつでもいけるぜ!」


 段取りは確認した。あとは俺と三日月さんがその姿を表せば門が開くはずだ。いよいよ本陣へと進む。なるべく怪我人を出さないように終わらせたい。


「サカガミ殿、鎧は?」


「着ています。幻影をかぶせて隠しているだけです」


「結構。開きます」


 ゆっくりと門が開いていく。正門と比べて一回り小さいが、二十人以上が並んで入れそうな門だ。中には数人が立っており、こちらへ手招きしている。


「突入だ。略奪はするなよ! こっそりいくぞ!」


 こちらで大騒ぎして敵兵が増えてもいけないからね。さくさく進んで制圧していこう。そう考えて門を通る前にボスの声が響く。


「今日はバッチリいくぜ! 剣を取れ!」


「おおー!!」


 義勇軍とともに進軍する。完全に王都の中へと入ると同時に、門が閉まり始めた。


「死になあ!!」


 中で待っていたはずの協力者が一斉に切りかかってきた。


「甘いねえ」


 全員余裕を持って迎撃。予めためておいた攻撃魔法をぶち込んでいく。


「うげえ!?」


「ちっ、作戦がばれてやがった!!」


 ボスの嗅覚で判断しただけだよ。お前らのカモフラが杜撰なんだアホめ。

 さっきのボスの発言は『罠っぽいので全員警戒しろ』という合図であった。


「我々は門さえ開けばいい。つまり壊してもよいのだ」


 開いて通った時点で、三日月さんが門に切れ込みを入れてある。

 あとは全員が門を離れたら、裏門の片側はばらばらになって崩れ落ちた。


「義勇軍全員オレについてこい!」


「8ブロックは退路を確保だ! 予定通り超人を必ず配置しろ!!」


「了解」


 ここからは退路の確保と、安全圏をじわじわ広げていく作業である。

 少し危険な場所は三日月さんとボスが潰してくれるので、俺は補佐。


「三日月さん、こいつらほぼ……」


「成人男性だ。生徒がいない。城ですかな?」


「ならマシですねえ」


 二人して大人をしばき倒しながらゆっくり進む。孤立しても死にはしないが、軍が制圧できなきゃ取り返し直す無駄な手間がかかる。


「見つけたぜ! 剣神三日月!」


 なんか超人っぽい二人組みだ。やはり9ブロックにも超人は残っているか。


「貴様を倒して名を上げる! 先手はいただく!!」


「すまない。もう終わっているんだ」


 三日月さんの太刀筋がまったく見えていないのだろう。ごく普通に倒れる二人組。やっぱ格が違うな。


「バカが! ガキから目を離したな!!」


「オレが守る必要もないものでな」


 変な超人もどきが飛び出してくる。気づいていたので、もう拳をびっちり叩き込んであるわけだが。


「あっ、べば!? べぶぶぶうう!? げびゃあ!!」


 ぶっ飛ぶ超人もどき。ガキだと思って油断すると学園では死ぬぞ。


「超人もどきが混ざるか。素の俺でも気づくぞ今の」


「街に人間が少ない……見切りをつけて逃げたのか、それとも」


「難民が多かった説明はつきますね。とりあえず城と正門どっち行きます?」


「正門に動きがないのが不安ですので、できればそちらに……」


「見つけたぜえ、こっから先は進入禁止だ! 死んじまいなあ!!」


 まーた超人もどきだ。複数いるが、光速すら突破できていないやつが混ざっている。本当に敵のストックがないのだろうか。


「会話に割り込むなアホ」


 俺と三日月さんを相手できる超人などいない。ましてや超人もどきだ。楽勝で全滅させて少し正門の気配を探る。


「派手な攻撃の音もしない……行ってみますか。ボス、このへん任せます。俺と三日月さんで正門へ」


「あいよ、こっちも城の中までは攻めねえ。早いとこ戻ってこいよ」


「了解した」


 二人なら一瞬で正門近くまで行ける。ザコには見えない速度で動き、多少めんどくさそうなやつを気絶させつつ数秒で到着した。


「敵兵がいない?」


「気配すらありませんな。しかし……」


 三日月さんを襲う刃が、持っている普通のロングソードで止められた。


「気配がないからといって、オレを殺せるわけではないぞ」


「あらいやだ」


 知らん女だ。こいつ気配そのものがない。完全になんの生気も感じないぞ。つい最近感じた嫌な予感がする。


「ここにいた兵士はどうした?」


「初めからいませんよ。私の食べる分が減るじゃあありませんか。味方は食べるなと言い聞かされておりますので」


 全部こいつ単騎でやっていたのか。今もなお軽く攻撃魔法を受けている門は、外側からの攻撃では開きそうにない。


「剣神三日月、きっと美味しいのでしょうね。血をすすり、肉を喰らい尽くしたい。私から産まれてみませんか?」


「お断りいたす。オレは騎士として、貴様のようなものを見逃すわけにはいかん」


「あらそう、ならそっちの子供を庇いながら戦えますか?」


 こっちに矛先を変えてきた。光速の三千倍くらいで魔力の槍を突き出してくるので、掴んで握り砕いてから腹に蹴りを入れる。


「うぐっ!?」


「学園のガキは強いんだぜ」


「その通り」


 蹴りを入れて吹き飛ばすはずが、10メートルくらい後退させただけ。やはり無駄に強いか。早く決着付けて城まで行かなきゃいけないのに。


「いいでしょう。強い子が生まれることは望むところ。これが私の生きる意味」


 こうして目の前にいるはずなのに、一切気配を感じない。一般人なら凝視していても見失うだろう。


「名を聞こう」


「ありませんよそんなもの。生まれたばかりですので」


「墓標に名も刻めんな」


「お優しいこと。騎士様とはそういうものですか? ますます欲しくなります」


 魔力が下級神レベルまでブチ上がった。こいつ合宿を襲ってきたやつと同タイプだな。どうにか黒幕の手がかりが欲しいところだが、果たして余裕があるかどうか。


「さあ、私が食べるに値するか……その力を見せてくださいまし」

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