反省会とマッサージ

 なんの因果か指揮官なんぞやらされてみれば、完全に接待されて、しかも相手がサクラさんときたもんだ。


「お久しぶりね、アジュくん」


「やっぱりサクラさんか……また妙なことになったな」


 修練を終えて、俺たち四人とサクラさんに、騎士団長二人とアカネさんだけが別室にいた。

 あとの人は、現場のお片付けである。


「姉さま、どうしてっていうか、いつフルムーンに?」


「昨日よ。お誕生日会に出たかったの」


 この人も行動が読めないからなあ……あまり一緒にいるべきではないんだが。


「でも成長したわねアジュくん」


「完全な接待プレイかましといて何を言っているんですか」


「ちゃんとギリッギリで負けようとしたし、弱すぎたら勝っちゃうつもりだったわよ」


「それはわかるのじゃ。しかし、発案者は誰なんじゃ?」


 サクラさんが昨日からということは、俺たちに会わないようにしていたか、俺を試して遊ぶために作ったのか。

 この人はヒメノばりに言動が予測できなくてめんどい。


「誰というか、アジュくんがいるって知って、いきなり乱入したのよ。この素人指揮で戦うっていうプログラム自体は、前からあるの」


「そういうことでしたか」


「あなたたちも無理言ってごめんなさいね」


 さっきからリュートさん、フィオナさん、アカネさんが、片膝付いたまま黙って頭を下げている。

 第一王女相手ならそうもなるか。


「いえ、こちらも勉強になりました」


「姫様の指揮で戦えたこと、一生の思い出にいたしますの」


 両団長は嬉しそうだ。なんだかんだサクラさんは信頼されているのだろう。


「堅苦しくしなくていいわ。ねえアカネ」


「はいはい、こいつらにはいい勉強になったよ。アタシも楽しかった」


「アカネに言ってもらえたら安心ね」


「そうやってアタシの仕事増やしやがって。あいも変わらず悪ガキだね」


 どうやらアカネさんとは特別親しいらしい。

 友人同士のような気さくさがある。


「さて、じゃあ反省会しましょうか」


 まさかの展開だよ。ささっと帰れるもんだとばかり思っていた。

 プロの意見も少し気になるし、とりあえず聞いてみるかね。


「まず最初。これは攻撃を選択しても、防御を選んでもいい。土の壁を曲げたのもいい」


「あれはいいアイデアなの。破壊するにも背後に何があるか見えないし、越えるには大きくジャンプするか迂回するから、結構悩むのー」


「横から行こうにも、槍兵がいれば馬を取られる。とても良い作戦だ」


「ありがとうございます」


 褒められる機会が少ないので、正直照れくさい。どう反応していいかわからん。


「そっちは騎兵に魔法兵が乗っていましたね」


「ええ、騎兵が多かったの。だから突進力を上げたのよ」


「地雷を壁ではなく地中に入れたのはどうしてだい?」


「壁だと先頭だけしか倒せません。魔法兵でバリアも想定していました。なので気付かれないよう地中に埋めて、中腹あたりの安心したやつを狩ろうかと」


 要するに分断しようと思ったのだ。先頭集団が倒せないなら、強いやつとそれ以外で分けてやろうと。


「発想がえぐいのじゃ」


「アジュは全部後ろ向きに考えるからねー」


「見事に引っかかったから、あんまり強くも言えないわねえ」


「うまくいっちまえば作戦だよ。坊やはよくやった」


「どうも。その後の歩兵落下は予想できませんでした。砲撃に備えて、本陣に結界は張らせていましたが、正直割られていたでしょう」


 あんなん常人ができることじゃない。思いついても、それを実行できる人材が複数いるとは思わん。


「騎士団のスペックを知っていたからできる案ね」


「槍兵と魔法兵を本陣に待機させていたみたいだけど、アジュくんまでの道が不自然に空いていたの。あれはどういうことなのー?」


「本陣になだれ込んできたら、リュートさんを固定砲台として使うつもりでした」


 お付きの十人が倒されたらいけないのだ。ならば遠距離から砲台やってくれりゃいい。


「調子に乗って進めば灼熱拳の餌食か。色々考えるもんだねえ」


「灼熱拳?」


「こいつの異名は灼熱拳のリュート。鉤爪付きのナックルで戦う近接ファイターさ」


「なるほ……ん? 剣使ってましたよね?」


「模擬戦であれを使うと危険だ。敵以外には封印しているのさ」


 納得。俺の鎧と剣みたいなもんか。影響がでかすぎて、ほいほい使えないのだ。


「ちなみにわたしは幻惑のフィオナなの!」


 なんか目がキラキラしている。褒めろということなのだろうか。


「おー……凄いですね」


「反応が薄いの!」


 俺にそういうことを求めないでくれ。褒めること自体は正解だったらしい。


「フィオナさんは凄いし強いですよ。フウマの技術が取り込まれているのがわかります」


 イロハにはわかるらしい。そもそも超人の動きなんて俺には見えないからね。


「ありがとうイロハちゃん! やっぱり分かる人にはわかるの!」


「話がそれてるよ。次は騎馬戦の部分だね」


「あそこは俺も判断ができませんでした。とにかくアカネさんと二百騎を通すことくらいしか」


「敵がどうばらけて、どの程度の練度か想像できんわけじゃな」


 千の騎兵をどう分けるか。分けたとして、敵に合わせて配分を変えるか。

 再編成するならどう支持を出すか。搦め手はできるが、そういう直球勝負は弱い。


「経験不足じゃな」


「そらそんな経験ないさ」


「今回の作戦は、二百を通すために、他の兵が倒れてしまう。敵の損害ゼロということはないが、失敗すると本陣に負担がかかってしまうな」


「そこなんですよね。見晴らしがいいので、森に兵を隠すとかもできませんし」


 これが今回の課題だ。俺の策は、あくまでアカネさんによる奇襲策。そして妥協案でもある。


「最初は正面から戦ってみて、無理そうなら後続を出すというのはどうじゃ?」


「それだと戦線が広がる。それはいいことなのか?」


「アタシだけ通せても意味がないからね。そういう場合はガチってもいいかもしれないよ」


「それではアカネさんが目立つ、つまり相手も軍師を投入してくるかもしれませんよ? 強いかどうか知りませんし」


「なるほど、千日手というやつだね」


 かなり有意義に会議は続く。こういうの貴重だし、俺が悩んでいると、それとなくリリアが聞いてくれるのでありがたい。

 それからしばらくの時間が経ち、言いたいことも言い切った。


「はい、それじゃあ終わり。おつかれさん」


 アカネさんの締めの言葉で反省会は終わる。

 長かったが、得るものはあった。


「お疲れさまでした。サクラ様・シルフィ様の護衛に戻ります」


「いいわよそんなの。しばらくゆっくりしてちょうだい」


「わたしたちは部屋に戻ります」


「失礼します」


 仮眠を取ろう。取れなくてもだらだらしよう。

 そんなわけで俺にあてがわれた部屋にいつもの三人。


「はあ……つっかれた。指揮するってのはしんどいな」


 しばらくベッドでごろごろする時間とします。

 アジュさんが限界ですよ。


「初体験なら悪くない成果じゃよ」


「そうね。意外とできるじゃない」


「ゲーム感覚だったからな。練度が低いか、指示に従わないやつがいればアウトだったよ」


 純粋にフルムーン騎士団が強い。統率がとれており、判断力も忠誠も高いんだろう。愛されてんなこの国は。


「レクリエーション気味だったのも幸いじゃったのう」


「ああ、もうやりたくない。あれしんどい」


「お疲れさまでした。肩をもんであげましょう」


 うつ伏せに寝た俺を、なんか知らんがマッサージしてくれる。


「変なことはしないように。アジュさんは心労がたたっています」


「はーい。このくらいの強さでいい?」


 絶妙の力加減である。肩のこりがほぐれるし、リラックスできるな。


「ちょうどいい」


「うむ、そういう感じで癒やすのじゃ」


「りょうかーい!」


 よしよし、いい感じの和み空間だな。

 最近なかった気がするぞ。


「そのまま背中にいって、腕と足じゃな」


「はいはーい」


「私も覚えようかしら」


「忍者ってそういうのできないのか?」


「一応習ってはいるけれど、個別に診断も必要よ?」


 忍者も万能ではないらしい。けど習ってんならできる気がする。イロハだし。


「よし、イロハもやってみるのじゃ」


「そしてアジュもやるのよ」


「…………えぇ……」


 ろくでもないことが起きる気がする。あんまり城で騒ぐのもまずいしなあ。


「マッサージは撫でるのとはまた違う、特別な動作が必要なのよ」


「うむ、覚えておくのじゃ」


「気が向いたらな」


「これはやらないやつだよ」


「やらないやつじゃな」


 俺の思考を読むんじゃない。覚えたら便利かもしれんが、それを城でやるとな、見られるんじゃないかと気が気じゃないのさ。


「はいはい、やってやるよ」


「素直じゃな」


「城に泊めてもらっているし、もうすぐ誕生日だろ。少し優しくしてやろうではないか」


 軽く洒落を込めて、なんとなくやってやる。

 イロハが俺を、俺がシルフィの肩を揉む。リリアが監督。


「まず肩を指五本で揉む。親指で押す感じと、マッサージとしてぐりぐりやるのを忘れずにじゃ」


「ハードルがたけえ」


 こんなこと誰かにやったことがない。完全に未知のエリアだな。


「シルフィは肩がこるじゃろ。日頃の感謝を込めてねぎらうのじゃ」


「はいはい、こうか?」


「もう少し強くてもいいよー」


「私がしていることを真似してみるのよ」


「なるほど」


 イロハのマッサージを受け、同じようにやる。

 思った以上に肩幅の違いとか、身体の柔らかさに気づく。

 これで俺より圧倒的に身体スペック高いんだから、わからんものだな。


「こうか?」


「いい感じいい感じ」


「肩以外はやらないぞ」


「わかってるって」


「次はイロハにやってあげるのじゃ」


 そんなわけで三人にやっていたら、そこそこ時間が経っていた。

 ここに来てから時間の経過が早いな。


「ねむい……仮眠とるか」


「晩御飯まで時間あるね」


「よし、マッサージは助かった。俺は寝る」


「一緒に寝よっか」


「誰か来たらまずいだろ。ここ城だし、シルフィもイロハもまずいぞ」


 ノックもせず声もかけず入ってくるとは思わないが、それでも警戒はしておくべきだ。無駄な騒動はうるさくて嫌いだからな。


「膝枕で妥協しましょう」


「そのへんが妥当か」


「毒されておるのう」


「……いかんな。もういいや眠い」


 そうか膝枕も大概あれか。それでもマッサージの礼ということで、今の俺たちには、ちょうどいい落としどころだろう。


「おやすみ」


「おやすみー」


 ふかふかのベッドと、寝心地のいい膝枕で目を閉じれば、俺はすぐに眠りに落ちていった。

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