第204話 縁側でリリアと茶を飲む

 鍋を食い終わり、食休みがてら縁側でぼーっとしている。

 月が二つ綺麗に並んだ夜空は、なんだかとても落ち着く風情がある。


「天界には二つあんのか」


「時期と場所によって変わるのじゃ。そもそも片方は月ではない」


 リリアが横に来て解説してくれる。

 よくわからんが五個くらい見える場所があるようで、ちょっとだけ行ってみたい。


「解析は?」


「アルヴィトのおかげで順調じゃ。妙に機械に強いのじゃよ」


「そら助かる。案外敵だったりしてな」


「可能性は低いのじゃ。完全に裏切ったヴァルキリーと敵対しておる」


 アルヴィトは便利だ。面倒なタイプでもないみたいだし、いてくれると助かる。


「一家に一台……いや、機械がないと無駄に食費がかさむな」


「家電か修理屋と勘違いしとるじゃろ」


「だと嬉しいなーと」


「ああいうタイプは好みではないじゃろうに」


「お前にしては読みが甘いな。ハーレム要因じゃない。完全に電化製品として勘定に入れている」


「む……ううむ、わしとしたことが……」


 ちょっと意外だったが、まあ考えていることが全部わかるわけじゃないだろう。

 俺をよく知っているからこそ、先読みできるだけ。外れることもあるさ。


「ままならんものじゃな」


「なにがだよ?」


「なんというかのう……無駄な焦りが出たわけじゃ」


「そんなに強い敵なんて出てこないだろ。何に焦ってんだよ」


「どう伝えたものか微妙なんじゃよ。こう……肩によりかかるじゃろ」


 言いながら肩に頭を乗せてくる。別に嫌じゃない。もう慣れた。

 つまり受け入れている。ここ数ヶ月で劇的に変わったな。

 本来の俺なら絶対にありえん。


「これでも満足だったわけじゃ。こうしてまた会えて、毎日一緒じゃ」


「もう九尾はいない。焦る必要もないし、離れなきゃならん理由もない」


「そうではない。おぬしは忘れておっても、わしはずっと覚えておった。記憶を奪った負い目。それでもまた会いたいと願う気持ち。おぬしが前の世界で暮らしているのを見るたびに、すぐにでも迎えに行きたかった」


 再会の約束までしちまったからな。

 こいつの中に負い目があっても不思議じゃない。


「見てたってのは?」


「葛ノ葉の里から、おぬしを見ておった。里から出ることはできぬ。しかし、記憶をもらった、この世界に呼ぶ予定の人間を観察することはできる」


「そいつは知らんかったな」


「じゃからゲームや漫画の知識があるわけじゃ。おぬしの好物も、風呂でどこから洗うのかもばっちりじゃ」


 そっと手を重ねてくる。以前なら反射的に避けていた。

 リリアだと許せるのだと、たった今実感したわけだ。


「真面目な雰囲気ぶっ壊しやがって……で、今日の変化とどう関係あるんだ?」


「実際に再開して、おぬしの望み……とりあえず学園で楽しくまったり強くなって、やりたいことをやってみる。それを続けていくうちにシルフィとイロハが現れる」


「ああ、妙な因縁もあったもんだ」


「そこは運命とか出会いとか言い方があるじゃろ」


 今思い出しても奇妙な縁だ。俺が不快にならない女が存在するとはね。

 どんな奇跡で成り立っているんだろうな。


「そこまではよい。しかし、他の女が出てきて、キスして、そこからもうなんか……よくわからんのじゃよ。好感度マックスのつもりじゃった。わしが一番アジュを好きで、この気持ちはもう極限まで高まっておると」


「違ったのか?」


「全然じゃな。毎日の生活でどんどん好きになる。一度してしまうと止まらなくなる。もっと別のこともしたくなるし、もう一度したくもなる。試練で舌入れたのも予定外の行動なんじゃよ」


「なんでも自由に完璧にやるイメージだったけどな」


「わしもそのつもりじゃったよ。まさかここまで気持ちが抑えられんとは。初恋が実って浮かれておったのう」


 こいつは何故こうもストレートに。珍しいこともあるもんだ。

 普段は茶化すタイプなのに、やけに心中を語る。


「愛情表現ってのは人それぞれだ」


「じゃな。三人とも違うのじゃ」


「つまり俺も違う。俺はそういうことがよくわからん。愛だの恋だのが理解できんし、こうしていればそれで満足だ。そもそも……なんだ……そういう行為がだ、こうしていることより上だと思えない」


「単純な価値観の違いじゃな」


 縁側で、綺麗な桜を見ながら、並んで座る。

 肩に寄りかかるリリア。これが一番落ち着く。

 キスとかがこれより上だと思えない。


「一番したいことができておるわけじゃな」


「そういうこと。そんなに……したいか? 今この状態を崩してまで」


「別に今でなくともよい。なんとなくしたくなったら言ってみるのじゃ」


「適当だな」


「もうそれくらいでよいほど、段階は踏んでおる。清い身体が不思議なくらいじゃよ」


「ん、面倒かけるが……俺はもうしばらくこれがいい」


「うむ、ならばよい。好きなだけこうしているのじゃ」


 そして無言で茶を飲む。静かな場所が好きだ。

 そこにいる相手は、無駄におしゃべりじゃなく、静かで無言な時間を過ごせる人がいい。


「茶がなくなったな」


「いれてくるとしようかの」


「ちょっといいかしら?」


 アルヴィトだ。ちょっと疲れているのが、顔と雰囲気からわかる。


「解析終わったわ」


「早いな」


「イロハさんのおかげよ。あの術なんなの? 全プロテクトが消えていたわ」


「そういう術じゃよ。詮索は無意味じゃ」


「そう、上級神にかかわることっぽいし、これ以上追求しないわ」


 ものわかりがよくて有能。素晴らしいな。やはり一家に一台か。


「もうみんなには教えてあるけれど、アーマードールをどこから呼び出しているか、探れたわ」


「大手柄じゃな。して、どこじゃ」


「人間界よ。天界同士を繋げるとバレるから、人間界経由で送っているわ。しかも、機関の世界じゃない」


「小賢しい連中だ。そいつはつまり」


「オルインからよ。場所は……ファムド帝国」


 あまり聞き覚えがないな。大国五カ国は覚えているんだけれど。


「どこだ?」


「なんで知らな……ああ別世界の人なのよね。悪かったわ」


「いやいい。大国なのか?」


「中堅……くらいかのう。雪国じゃな。魔導機と鉱山で発展した国じゃ。寒い地方独特の食べ物もあるが、人はあまり寄り付かぬ」


「寒いからか?」


「軍事国家なのよ。皇帝の一声で、数万の大軍が特攻掛けてくるわ。訓練された兵と、独自の兵器……多分機関の発明品を流していたのね」


 どうも評判がよろしくないらしい。古い貴族が軍備拡大のため、税金高くしてえばりくさっているとか、単純に住みにくいとかなんとか。


「魔導機ねえ……フルムーンとは違うのか?」


「フルムーンは自然と調和しながら、まったく別の道を歩んでいるわ」


「簡単に言えば帝国が銃器。フルムーンが魔法を用いた兵器じゃ。無論、どちらにも銃に近い装備はある。フルムーンは大国で、ちょいとノアの知識も混ざっておるから、他国より独自色が強いのじゃよ」


「十年以上も戦争なんて起こさなかったのに、さらに軍備拡張しているみたいよ」


「おいおいフルムーンやフウマは攻められないだろうな?」


 ないとは思うが、そんなことになったら帝国ごと消すぞ。

 地図からもこの世からも完全に消滅させる。


「無理に決まっとるじゃろ。地理的にも遠すぎるし、完全に格が違うのじゃ」


「帝国が一人殺すまでに、フルムーンが一万人殺すわ。一万の兵が集められる前に、百万の兵で帝国を攻め落とせる。将軍の強さも桁が違うわ」


 そういやジェクトさんも学園教師レベルに強いんだったな。

 そしてポセイドンとノア。そして心技体が揃った精鋭部隊に貴族。

 フウマはほぼ全員が忍者だし、地形からして大群では攻められない。

 コタロウさんが百万人くらい秒殺できる。


「超人集団だな」


「今更じゃろ。感覚麻痺しとるぞおぬし」


「ラー様とヒメノ様が会議しているわ。攻めるかどうか」


「アーマードールと神が関わっているから、スパイを送り込むのは無理。生半可な神じゃあ殺されるのが落ちよ。だから上級神が変装して潜り込む方向で進んでいるわ」


「ま、とりあえず風呂にでも入って寝るのじゃ」


「そうだな。俺達にはあんまし関係ないしな」


 結界は更に強化されたし、ちょっとした侵入者用のトラップも張ってある。

 まずは疲れを癒そう。そして明日になったらまあ……専門家の見解とか出るんじゃないかな。

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