ミナさんを探せ

「ミナさんっていつもどこにいるんだろうな?」


 今日も今日とて夏休み。自宅には俺とシルフィだけ。

 暇だしパジャマなんで寝ようと思ったが、ふとした疑問を投げかけた。


「お呼びですか?」


 音もなくリビング中央に現れたミナさん。

 ここで素直に聞けばいいものを、俺はちょっと好奇心に負けた。


「あーいえ、俺とシルフィは部屋にいます。ミナさんは自由にしてください。今日の飯当番はイロハとリリアですし」


「当番にせずとも、私が作りますのに」


「そいつは無粋と言うもんですぜ」


「ふふっ、これは失礼を。それでは、シルフィ様、がんばってくださいね」


「ありがとミナ。ちょっとは進展してみせるさ!」


 そして消えるミナさん。よし、ちょっとシルフィに協力してもらうか。


「シルフィ、部屋に行くぞ」


「えっ」


 なんだか落ちつかない様子のシルフィを連れて自室へ。


「さて、重要な話がある。ちょっとこっち来い」


 ベッドの上へ呼ぶ。普段なら急遽カカッと駆けつけそうだが、なんだか照れているような。


「どうしたのアジュ。なんかいつものアジュじゃないよ」


「どういうことだよ。とりあえずあまり聞かれたくないんだ」


 そーっと俺に近づくシルフィ。なんで緊張してんだこいつ。


「で、肝心の話だが、ミナさんって普段どこにいるんだ?」


「……………………はい?」


「いつもすっと消えるだろ。どこから来てどこにいるのかなって」


 なんか見たこともない顔しているな。なんだかあっけにとられている。

 呆然としているというか、急に顔が赤くなったし。

 なんだどうなってんだシルフィ。


「おいどうした? 体調悪いのか?」


「どうして……どうしてわたしは期待してしまったの……アジュなのに……」


 真っ赤になった後、ベッドに突っ伏してなんか言い始めた。


「なんか怖いぞ……」


「そうだよね……まだお昼だし。そういうお誘いじゃないよねえ……ふふふ……」


 うつ伏せのまま、シルフィが笑い始める。どうしたらいいのかわからない。


「シルフィー? どうしたー?」


「うぅ……これはアジュが悪いです! 女の子をそういう感じで部屋に誘ったらほら、その、なんで自覚ないのさ!」


 がばっと起き上がり、両手でベッドをばんばん叩いている。

 テンパってんなあ。最近見なかった光景だ。地味に可愛い。


「そういう? 意味がわからん」


「……アジュは女の子を部屋に誘って、ベッドに呼んでいます」


「そうだな」


「普通は引かれます。部屋に誘うだけでも、ましてやそんな風に誘うとか! それはもういやらしいお誘いなのです!」


「………………ああ、そういやそう見えるか」


 一生の不覚。俺はどんだけ警戒心ないんだ。

 むしろそこまでこいつらを受け入れていたことに驚くわ。


「これは……どう解釈すればいいの? わたしにはなにもわからないよ……」


 頭を抱えてらっしゃる。そこまで悩むことじゃないだろう。


「別に深く考えるなよ。俺もちょっと不用心だった」


「絶対これ男女逆だよね」


「いいんじゃね? そんなもん人それぞれさ。はっはっは」


 笑ってごまかせ大作戦発動。忘れてもらうのが一番だろう。


「笑ってごまかそうとしたアジュには、罰として密着します」


 ぐいぐいじりじり迫るシルフィ。これはちょっと怒っているな。


「やめい。暑いのにじゃれるな」


「この部屋は涼しいから大丈夫だよ。そういう装置があるのは便利だね」


 まあ全室快適な温度だよ。ちくしょう言い訳できんぞ。


「ふふー、くっついてやるぞー。今日はたっぷり時間があるからね」


「暑いから出かけたくなかったしなあ」


 出かける気が起きなくて、お互いに完全にパジャマである。

 前をボタンで止めるタイプの軽いやつ。

 なぜかシルフィも色違いでおそろい。


「アジュは放っておくと、ずーっとだらだらするよね」


「いやまあヒマなのは事実だけどさ」


 ベッドに寝転がると、そのままシルフィがくっついてくる。

 暑苦しくはないな。汗臭くもない。常にいい匂いと柔らかさを誇る、その秘訣は何なのか。

 まあ別にいいか。なにやってたんだっけ。


「いやいや、だからミナさんはどこにいるのか知りたいだろ」


「えー、そこは忘れてお昼寝でいいじゃない」


「ダメ。気になった。神出鬼没過ぎるだろあの人」


「お城にいた時からそうだよ?」


「探ってみるか。あの人エルフだよな?」


「そうだよー。ずっと前から王家に仕えている人だよ。多分お城でも最年長に近いよ」


 そこまで長生きだと、きっと相当の修練を積んでいるに違いない。


「洗濯は終わっているから、外には出ない。つまり、家の中にいるはずだ」


「部屋にいるんじゃない?」


「いや、それなら一瞬で来る意味がわからない。気付かれないように調べるんだ」


「どうやって?」


「まず二階の部屋を奥から階段まで開けていく。ギルメンの部屋をシルフィが。使ってない部屋を俺が、交互に開けていく」


 我ながら暇つぶしの方法がおかしいな。

 シルフィが乗ってくれたので、部屋を調べていこう。

 空き部屋とトイレとギルメンの部屋だ。


「空き部屋には何もなし」


 まず三個ある空き部屋を調べる。軽くノックとかしてみる。

 反応なし。開けてみるとなにもない。ホコリもない。

 つまり掃除されている。ミナさんだろう。


「みんなの部屋にもいないね」


 ギルメン三人の部屋も違う。階段はひとつ。つまり一階にいるはずだ。


「行くぞ」


「なんだか楽しくなってきたね。なんだろうこのわくわくは」


「どっちかというとホラーに近くないか?」


 階段を降りると玄関が見える。横はリビング。奥がトイレ。

 更に奥に大浴場や魔法の研究室。トレーニングルームとか色々ある。


「広いよなあうち」


「五人で住むには広いね。充実してるし」


 おそらくこれには学園長とリリア、あとはヒメノも一枚噛んでいるはず。

 俺にハーレムしやすい環境を与えることが目的だな。

 おかげで暮らしやすいので感謝している。


「リビング異常なし」


「これさ。庭にいないってことは……一番奥まで行っていなかったら……」


「き、きっとお買い物だよ」


「……調べるぞ。俺たちにはそれしかできん」


 トレーニングルームへ。誰もいないことは確定。照明がついていない。


「ん……? なんだ?」


「どうしたの?」


「明かりがつかない」


 スイッチ入れてんのに、なぜか照明がつきませんよ。

 何度か繰り返すも効果なし。


「故障?」


「わからん。次行くぞ」


 はい廊下の明かりも消えました。いや昼なんでそこそこ明るいんだけどな。


「うわ……なんか出そうだね」


「いや無理だろ。完全に自殺行為だと思うぞ。もう死んでるだろうけど」


 そもそもこういった家には、業者が神聖な力を張る。

 最長で半年ごとに専門業者による浄化と結界が張られるため、悪霊とかが不法侵入することができない。


「アジュは幽霊とか怖くないの?」


「ない。いたら驚くかもしれんけど。ぶっちゃけ人間様の搾りカスだろ。邪神殺した今となっちゃ微妙だろ」


 だってミイラとかアヌビスとか九尾とかさ。もう頭おかしい連中倒してきたし。


「ていうか霊体っぽい敵がダンジョンとかにいるよな?」


「いるよー。でも苦手な人もいるんだって。わたしも怖い話はちょっと苦手だけど。敵なら倒せるよ」


 この世界ほど悪霊にとって過酷な環境はないだろう。

 普通に魔力で応戦できるし、神は山ほど存在している。

 神聖な力を行使できる存在が、あまりにも多すぎるのだ。


「まあそんなもんだよな。さて、いよいよ風呂場についたわけだが。外壁でも登らない限り、ここが終点だ」


「行ってみよう」


 そーっと脱衣所へ。人の気配もなければ、明かりもついていない。


「風呂はからっぽか」


「水がないと暗くて広くて変な感じだねー」


 ぴちょん、と水の落ちる音がする。

 無意識に振り返るも、なにもなし。単に水滴が落ちただけか。


「なあ……」


「うん……」


 背後に人の気配。咄嗟に示し合わせて、同時に背後を振り向く。

 ミナさんだった場合に備えて、攻撃はしない。


「あれ?」


「誰もいない?」


「ふふっ、こっちですよ」


 うしろから俺たちの肩に触れ、間に入ってくる誰か。


「うおっ!?」


「ひゃわ!?」


 不意をつかれたため変な声が出てしまう。

 まったく気配がしなかったぞ。


「お二人でなにをされていたのです?」


 ミナさんだ。なんでいるのか知らないけれど。

 いつもと変わらぬ笑顔で、間違いなくそこにいた。


「ちょっと暇つぶしを。ミナさんはなんでここに?」


「メイドですから」


 メイドってなんだろうね。俺にはわからんよ。

 そこで明かりがつく。なんのことはない。普通の風呂場だ。


「あ、ついたね」


「ちょっと照明の点検をしておりました」


 明るくなったことで、抱きついていたシルフィが離れる。

 点検か。そういや装置の置いてある場所ってどこだろう。


「それでつかなかったの?」


「はい」


 本当かどうか怪しいけどな。それはシルフィも感じているだろう。


「お暇でしたら、夕飯まで学園内を散歩でもしてみてはいかがです? そろそろ暑さも一段落つく頃でしょうし」


「……行ってくるか。飯ができそうなら召喚機で通信でもしてください」


「はい。お気をつけて」


「行ってくるね」


 なんかあのまま風呂場に留まってはいけない気がしたので離脱。

 さっさと家を出ると、暑さが引いていた。今は三時前。ふらついて帰るくらいの時間はあるな。


「んじゃ適当に行くか」


「よし、腕とか組んでみよう」


「それはダメ」


 どさくさで腕にくっつこうとしやがって。

 最近こいつらの中で、自然に誘えばいける説が主流となる動きが見られる。

 危険なので警戒しよう。


「なんでさー」


「他人と歩幅合わせるのとか面倒だろ」


「そこは練習だよ。ちょっとやってみようよ。ふれあいが少ないです!」


「…………あまり人前ではやるなよ?」


「やった! 大丈夫、頑張るから!」


 嬉しそうにくっついてきて、腕が絡む。

 これのどこに魅力を感じるのか、いまいち理解できない。


「頑張るの意味がわからん」


「頑張っていちゃいちゃすることの喜びを教えてあげるよ!」


「そっちかい!」


 観念して一緒に歩く。まあいいさ。極稀に、本当にちょっとだけならいい。

 そう思えるくらいには、俺も受け入れているのだろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る