魅了の鎖とゴスロリマン

 涼しいダンジョンから順調に帰宅途中。

 空中にエリアルキーの魔法陣を召喚。間髪入れずに寝そべってやる。


「はいアジュさんの体力に限界が来ましたー」


 道中で雑魚相手に戦闘をしてみたり、一度だけリベリオントリガーを使ったりして限界が来た。


「もう動けません。うわあ空が夕焼けで綺麗でおじゃる」


 仰向けに寝転がると、夕日がもう沈みかけている。


「まこと雅でおじゃるな」


「なぜ口調が変わるのじゃ」


「疲れるとこうなるのさ」


 思いついたことを、そのまま口に出している。だから適当なのさ。


「完全に初耳じゃな」


「そりゃ嘘ですもの。あーもう何も考えたくない。帰って寝たい」


「夕飯の準備どうするんじゃい」


「そこは頑張る。当番だし」


「妙なところで律儀ですねー」


 ギルメンは嫌いじゃない。俺の飯もなくなるし。作るだけ作ろう。


「と、いうわけで謎の仮面コンビよ。俺に変わり悪を討ってください」


「どの道それが仕事なのでな。構わんぞ」


「ちょっと楽しそうですし。引き受けちゃいます」


「では、早速あれを任せるのじゃ」


 俺の横に寝ているリリアさん。そんなリリアさんが指差した先には、巨大エビ。

 両手がハサミだし、尻尾もあるけれど。顔もエビだけれどもさ。


「エビって……いやエビって……敵っぽくないやつが出たな……」


 言っている間に三匹出た。一匹一メートルくらい。青いのは保護色のつもりか。


「おっ、飛んだぞ」


 大ジャンプしてくるエビ。ジャンプ力高いなあ。

 大回転して車輪のように地面を走ってくるエビもいます。


「がんばれー謎のゴスロリー」


「一切気持ちがこもってませんよー」


「当然だ。なぜなら寝そうだからな」


 リリアが横にいると、なんとかなるという安心感が凄い。

 一メートルほど浮いている魔法陣は、揺れることもなく、しっかりと俺たちを支えてくれる。

 多少だらけても、寄り添ってきても問題ない。そりゃだれるさ。


「終焉の鎖よ、せめて俺を引き立たせるほどに輝くがいい」


 マーラさんの手から、魔力で編み込んだ鎖が無数に伸びていく。

 炎や風、水から電撃など様々なものを鎖型に変えて、敵を貫いたり縛り上げる。


「魔力ってそんな複雑に編めるものですか。どうやっているんです?」


「世界が俺のフェロモンにあてられ、力を貸す」


「パイモン、通訳してくれ」


「えーあれですよ、マーラさんは魅惑のフェロモン体質です。そのため世界も、魔力も、法則までも魅入られて、都合よく対象を操作したり、縛り付けたりできるのです。魔性で魅了な罪作りです」


「魔王ってなんでもありなんだな」


 とりあえず魔王凄い。それで納得しよう。敵はあっけなく全滅しました。


「夕方になるとちょっと寒いなここ」


「じゃな、もっと寄り添うべきじゃ」


 言いながらもうくっついているリリア。

 こういうときの行動は素早い。おそらく俺が逃げる時間を与えないためだろう。


「こう優しく腕枕的なものをじゃな」


「あれ腕しんどい。無理。あれ嫌い」


「試したんかい」


「ん? 全員にやったことないか? まあきっついから二度とやりたくないぞ」


 あれの何がいいのか理解できん。

 自分がしんどい思いをするのなら、俺は絶対にやらんぞ。


「なんかエビが増えていないか?」


 そして増える敵。もうちゃっちゃと帰って、ちゃんとしたベッドで寝よう。


「エビの繁殖力と回転力を甘く見てはだめですよー」


 なんだよ回転力って。こっちじゃそういう生き物なのかね。


「なあ、これ入口に行くほど増えてね?」


 俺たちは奥から入口に向かっている。つまり敵は減るはずなんだ。


「どうやら入り口まで逃げていった人間を追いかけているらしいな」


「よし、突撃だゴスロリマン」


「ゴスロリマン!? なんですかそのネーミングは」


「正体がばれないように、わざわざ仮面つけてるわけだろ。なら本名は伏せるんだ」


 白い仮面の魔王二人に任せよう。

 俺はもう新鮮な高級魚介類を持ち帰ることだけ考えます。


「ああ、いたいた。あれ倒せば終わりだな」


 入口付近で生徒がエビと戯れている。

 追加でさらに増え始めた。これは邪魔くさい。


「いやなふれあいコーナーもあったもんだな」


「しかも入り口。テンションだだ下がりじゃ」


 魔法陣は目立つので消す。ここからは自分の足で歩かねばならない。

 それが面倒なので、動かなくていい鍵を使おう。


『ベクトル』


 久々に使っていない鍵シリーズ。

 方向や勢いを魔力でいじる鍵である。エビが回転して前進しようとすればするほど、ゆっくりと後ろに移動するようにした。


「こんなもんかな。やっぱ封印だなこの鍵」


 かなり魔力を使うので、今後は使用を控えよう。

 しかし、今の俺はそれ以上に動きたくない。疲れた。


「よろしく、ゴスロリマンと……思いつかない。名前鎖マンでいいですか?」


「どこまでも適当ですねー」


「構わん。俺のフェロモンは名など無関係に溢れ出す。魁……縛鎖心!」


 転がってきた敵全員が、マーラさんの紫やピンクのオーラにあてられ、おとなしくなった。

 そのままオーラが鎖と化し、一切の身動きを禁じていく。


「これが俺の魅力。神魔でさえもなびく。あまりの魔王臭に平伏するのだ」


「じゃ、ボクが処理しますねー」


 ちゃちゃっと雑魚の群れを引き裂いていくゴスロリマン。

 結構残虐ファイトしますね。こういうとこ魔王っぽい。

 フリルのスカートがふわふわ舞っていることとのミスマッチよ。


「よーし、これなら早めに帰れそうだ」


「ラブスマッシュ!」


 ピンクの蝶をモチーフとしたマスクの男が戦っている。

 顔の上半分を隠すマスクと真っ赤なマント。

 あれ知り合いに似ているっぽい。デジャブっていうんだっけこれ。


「今日も愛なきものを成敗完了!」


 なんか近寄りたくない。歓声が巻き起こっているのもわからん。

 めんどくさそうなので、仮面をつける俺たち。


「君たちは奥から来たようだな。無事であったか?」


 なんか話しかけてきたよ。めんどいな。

 しかもどっかで見たぞこいつ。


「ああ、怪我人もいない」


「ふむ、それはよかった。我が名はマスクドラブ。愛の使者だ」


 はい知り合いでした。不審者ですよね。でも知り合いです。

 思い出すのに時間かかったわ。久しぶりに見たな。


「ラブさんはここでなにを? 格好からして売り出し中ですかー?」


「売出し?」


 変人度をですか。芸人さんってことかね。


「ヒーローっぽく登場したり、魔物を倒したりして、自分を売り込んで、卒業までに有名になるのじゃよ」


「プロからお声がかかったりするわけですよー」


「そういう道もあるのか。学園は多彩だねえ」


 高校球児が優勝すると、プロスカウトが来るみたいなことか。

 なるほど、達人育成校で有名なら確保したいわな。


「我は愛の伝道師。売り込みではない。求道者だ」


「違いがわからん」


「その白い仮面。我と同類と見るが?」


 えらい勘違いされたもんだな。早めに否定して帰ろう。


「俺とこいつは一般人です。そろそろ帰宅時間なんで、一緒に帰ってました」


「うむ、わしらは無関係ですじゃ」


「あ、ずるいです!」


 面倒事を緊急回避。このへんの気配りのなさが不人気の秘訣。


「そちら流に名乗るならば、ゴスロリマンと鎖マンだ。全てを魅了し、幻惑の世界へと誘う縛師」


「ゴスロリマンに鎖マンか。鎖シリーズフォロワーとは珍しい」


「なんだよ鎖シリーズって」


「知っててつけたのではないのですか?」


「本当に知らん」


「鎖マンのあまりの悪逆非道ぶりに、冥府の神ハーデスすらどん引きと困惑を隠せない中で、鎖マンの中に僅かながら残っていた良心が、シャイニングスペリオル鎖マンとなって、ハーデスとともに悪の鎖マン率いる鎖団と燃える戦いを……」


「もう全然わからん」


 この世界よくわからん文化育ち過ぎじゃないかね。

 文庫本になっているらしい。今度読もう。


「シャイニングスペリオル鎖マンは凄くかっこいいですよ」


「有名なの?」


「まあよい。ここは危ないから、急いで帰るんだ。それでは……さらばだ!」


 大ジャンプして去っていった。今日はよく跳ねるやつと会う日だったなあ。





「とまあそんなことがあった」


 自宅に戻り、俺特製会心の海鮮焼きそばを五人で食う。

 今日はミナさんが家にいる。もしかしたら、いつもいるのかも。

 今度探してみようかな。


「あーいるねそういう人。騎士科にもいるよー。有名になろうって頑張ってる」


「戦闘系の科なんかに多いわね。報道科と組んでいたりするわよ」


「ほー……大変だな」


「完全なる他人事じゃな」


「目立ちたくないし。でも金は稼いでおかないと、将来働かないといけなくなるか」


 もうちょいクエストやってみるか。もしくは特別依頼でもこなすとか。

 学園卒業したら、だーらだらして暮らしたいし。


「隠居するつもりなんかい……難儀なやつじゃな」


「とりあえず魔界に領地できたろ。あとは資金だ。別に魔界に永住する気はないけどさ。今のとこ、引きこもれる場所が魔界だけだ」


「フウマの里に来ればいいのよ。私と子作りしながら適当に遊んで暮せばいいわ」


「じゃあわたしの国に来たらいいんじゃないかな!」


 いかん。そっち方向に持っていかれるか。これはいかんよ。


「フウマに迷惑かけるのは違うと思うぜ。フルムーンは俺が引きこもっていい場所じゃない。王位はサクラさんが継ぐし、上流階級の生活は多分合わない」


「身の丈というものが大事じゃな」


「そういうこと。まあ葛ノ葉の里も候補なんだけどさ」


「あの場所いいじゃろ」


「いいんだけど神聖過ぎるというか……俺にとって聖域というか……まあ四人で暮らす世界としては最高だろうけれど。汚してはいけない思い出というか……いまいち気持ちの整理ができん」


 あの場所は俺の原点だ。

 葛ノ葉の里があって、あとはリリアたちがいてくれたらそれでいい。


「もうちょい色々と試してみるよ。最後の最後に、マジで隠居する時……まあ卒業して、世界で遊んで、満足したら四人で行く場所だな」


「約束だよ!」


「そうね、必ず四人で行きましょう」


「うむ、最後まで四人一緒じゃ」


「そうだな。それがいいか」


 学園での生活も好きだ。けれど、いつかは出ていかなきゃいけない。

 その時に隠居先は欲しい。絶対に。生活基盤の作り方でも考えるかな。

 そんなことを考えつつ一日は終わった。

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