二十八代目は愛こそすべて

 夕暮れにはちと早い微妙な時間。あてもなくフラフラしている俺とシルフィ。


「これが……デートというものさ!」


「違うと思う。割とマジで」


「そうなの?」


「デートってのはもっとこう……女が喜びそうな場所とか調べて、ルート決めておいて、エスコート……うっわクソめんどくさそう。絶対やりたくねえ、反吐が出る」


「よし、デートじゃなくてお散歩だ!」


 この柔軟さがシルフィの魅力のひとつかもしれない。

 お散歩を続行するぞ。


「そうだな。デートやめよう。二度と行きたくなくなりそうだ」


「そのへんを歩いていればいいんじゃないかな」


「安上がりなお姫様だな」


 俺に気を遣ってくれているのだろう。

 あるいはシルフィもそういうのが苦手なのかも。

 お姫様ってそういうの訓練とかさせられてそうだし。


「高くついたら二度と誘わないでしょ?」


「……ちょっと迷うな」


「迷うくらいには好感度が上がっているんだね?」


「鋭いな。迷うってことが、以前の俺ならあり得ない」


「攻略は順調だね」


 最近は攻略されていると理解できても、不信感とか薄れているなあ。

 いいことなのか悪いことなのか。正直判別つきかねる。


「だがたまには横道にそれような。具体的には別の道に行こう」


「え、どうし……て……うわあなにこのバラ」


 憩いの場的な白いテーブルと椅子が並ぶ、自由に誰でも休憩できる場所。

 そこにバラが敷き詰められている。


「はい厄介事です。行くぞ、別の道だ」


「よし、急速離脱!」


「そこにいるのは我が友アジュではないか」


 なんか男の声で呼ばれました。


「アジュ……今……」


「呼ばれていない。聞こえていない。何も聞いていないんだ」


「どうぞ、サカガミ様。フルムーン様もどうぞ」


 目の前に歩いてきた、黒い執事服の男。

 二メートル近いがっしりとした体躯。大きめのもみあげと、揃えられた短髪。

 執事のベルさんである。有能そうだが、いつ見てもちょっと怖いぞ。


「行くしか……ないか」


「だね」


 観念してバラの中心にあるテーブルへ。

 そこには前に一緒に戦った、愛の戦士ことファングがいた。


「久しぶりだな」


「うむ、随分と会っていなかったが、順調に愛を育んでいるようで安心したぞ」


「いや、そうでもないだろ」


「そこは否定しちゃダメだよ」


 恥ずかしいので誰かに宣言するのは無理です。だって俺だぜ。


「というかこのバラなんなんだ? こんなん目立つだろ。俺はあんまり目立ちたくないんだよ」


「フルムーンの王女と腕を組んでおいて何を言う」


「痛いところを……でも別に王族の顔を全員が知っているわけじゃないだろ」


「それでも有名人であることに変わりはないぞ」


 やはり知られているのか。

 王族貴族がめっちゃいるから、セーフな気がしていたんだけどな。


「どうぞ」


「あ、どうも。すみません」


「ありがとうございます。いただきますね」


 ベルさんがお茶淹れてくれた。ミルクティーか。

 チャイという飲み物に近い気がする。前に飲んだはず。

 記憶が曖昧だけれど、とりあえずめっちゃうまい。


「相変わらずお茶がうまい……」


「美味しいです」


「ありがとうございます」


 一礼するベルさんは、紳士っぽくて様になっている。

 執事ってイケメンホストっぽいイメージだったが、ベルさんは独特の頼りがいがありそう。

 俺は執事とかいないから、詳しくはわからんけど。


「うむ、良い茶だ。ベル」


「恐縮です」


「それで我が友アジュ。そしてアジュの愛の伴侶フルムーンよ。息災であるか? 愛を育むには、健康第一だ」


 お前は久しぶりに会った親戚か。

 親戚に会ったことがほぼないが、漫画とかでそんなイメージだ。


「あはは……はい。元気です」


「ああ、なんとか元気にやってるよ。ファングも元気そうだな」


「む? ああ、そういえば偽名のままであったな。任は解かれた。本名で呼んでも良い」


「いや、本名知らんし」


 偽名であることすら忘れていたわ。だってどうでもよかったし。


「友人相手にいつまでも偽名も礼を失するな。よかろう。我が名はゲンジ。第二十八代目ゲンジ・ヒカル! ヒカル家の長男にして、愛の伝道者だ!」


 こいつも有名人か……いやまあ執事がいる時点で貴族だろう。

 お姫様のいるパーティーに出席ってことは、相当な金持ちだな。


「ゲンジね……ゲンジ・ヒカル……んん? 光源氏?」


 ちょっと待て二十八代目って意味がわからんぞ。なんだどういうことだよ。

 考えがまとまらん。こいつの家系どうなってんだ。


「別に王族といえど、学友であることに変わりはない。気軽に接して良いぞ! ただし最低限の礼節をわきまえてな!」


「しかも王族だと!?」


 シルフィに解説を求める視線を送ってみる。

 目があったことで、お互いちょっと照れた後、そこから解説してくれた。


「かなり大きな国の王子様だよ。千年以上善政で続いている国で、マジックアイテムとか、魔法の研究が有名かな。独特な文化からくる名産品と、愛に重きを置いた珍しい政策の国だったはず」


「うむ、愛こそが……すべてなのさ!!」


「マジか……悪かったな。俺は国とか文化について疎いんだ」


「構わんと言った。友に王族だと意識されても困惑するのでな。ヴァンとアジュはとても良いぞ。ごく普通に接してくる。実に愉快だ! これぞ友と過ごす学園生活というものか!」


 なんかご満悦なんで気にしないことにしよう。

 本人がいいと言っているのだから、気にしたら負けだろう。多分な。


「ときに二人とも。カードゲームに興味はあるか?」


「微妙だな。ものによる」


「わたしもあんまり興味ないかな」


「そうか、依頼の一つも頼もうかと思ったが、仕方あるまい」


「あらかじめ言っておく。俺は強いとばれたくない。だから強いやつと戦いたくないぞ」


 ファングもといヒカルは鎧を見ている。

 そこそこ、おそらくCからBランクはあると思われているだろう。

 警戒しておくに越したことはない。


「学園で流行っているカードゲームがあるのだが、どうやらイカサマで勝ち続けているものがいるらしくてな。なんとか成敗して欲しかったが」


「んなもん見抜けないほうが間抜けなのさ」


「商品が豪華でな、それを狙って現れる。そして度を越しておる。ゆえに助言を、と思ったまで」


「助言ねえ……」


 直接参加すれば目立つ。だが助言と言っても……どうしたもんかな。


「報酬は弾むぞ」


「特に欲しいもんがない」


「生活はできてるもんね」


 あの家にギルメンがいればいい。それ以上は興味が湧かないんだよ。


「そこがアジュの難しいところであるな。高級な家や料理ではノリが悪い。かといって権力やコネを与えるには、もうフルムーンとフウマがいる。強硬策を練ろうにも、本人が天下無双を誇る」


「金もほどほどにあればいいからな」


「ちょっと特殊だからね。目立たなくて、興味がある物を持ってこないとだめだし」


「そうだな。我には、こうして紅茶と菓子を振る舞って、頭を下げるしかない。ふむ、これはこれで新鮮……いや、本来友への交渉とはこういうものだな。これぞ青春だ!」


 プラス思考だなこいつ。紅茶とクッキーやらカップケーキはめっちゃ美味い。


「この菓子の分だけ、今ヒントを出すってのはどうだ?」


「ヒント? イカサマ防止のか?」


 まあこのくらいならいいだろう。どうせ夕飯まで暇だ。遊んでやる。


「違うが……まあ勝ち方を教えてやる。運の量を上げろ。そしてイカサマがばれたら一発負けってルールにすればいい。それだけで勝ちだ」


「イカサマを破る必要が無いと?」


「口で説明すんのめんどい。実践してやるよ。新品のカード持ってるか?」


「ベル」


「こちらに」


 ベルさんは執事なんで、なんでもできる。カードも何故か持っている。

 執事はメイドの同類だ。つまり万能です。

 トランプっぽいので、ポーカーを選択。役の確認を済ませておく。


「ベルさん、イカサマ使っていいから、好きに俺とベルさんにカード配って。五枚ね」


「かしこまりました」


『ヒーロー!』


 配られる前に鎧を使い、俺の運を跳ね上げる。人がいないのは確認した。

 イカサマを使われた分の運を測定、その数十倍に上げておく。


「で、配り終えたわけだが。お互いにカードを持つ」


「こうですか?」


 ここでよーく相手の手札を見る。観察だ。必ずおかしな点がある。


「はい、ベルさんのイカサマ負け」


「なに?」


「お互いのカードを机に並べましょう。絵は伏せて、背の側でいいです」


 言われたように綺麗に並べているベルさん。性格でるよねこういうの。


「ベルさんのカード……どうして背の部分に赤い染みがあるのですかね?」


「……これは!?」


 カードの縁についた赤い点。小さい小さい点だが、確かに付いている。


「他のカードも調べてみよう。なぜかその五枚にしか印はないはず。そしてそのカード、一番強い役ですね?」


「ベルよ、いささかわかり易すぎるではないか」


「いえ、これは私の手では……」


 戸惑うベルさんをフォローしよう。責任ゼロだからな。


「ベルさんを責めんでやってくれ。その染みはベルさんがやったわけじゃない」


「どういうこと? アジュがずばばばーって動いてつけたの?」


「それも違う」


 全員の注目が集まる。よかった……イカサマ野郎と戦わなくて。

 めっちゃ目立つだろこれ。


「運を上げろと言ったろ?」


「言ったが……どう関係している?」


「ベルさんが新品のカードを配った。シャッフルして、自分にいい役が来るように。ここまではいいな?」


「うむ」


「簡単さ。印刷ミスだよ。ベルさんがイカサマした五枚だけ、印刷の段階で赤い塗料が付いた。完全なる製造過程のミス。だからベルさんは無罪。でもどう考えても、状況証拠からしてイカサマだよな? だから負け」


「バカな……本当に、完全にそれだけ……運だけで勝ったと?」


 全員驚愕である。ちょっと気持ちいいなこれ。

 今後調子に乗って、知らないやつにやらないよう、自重するように心がけたい。


「そういうこと。イカサマは運を底上げして、勝つための手段のひとつだ。だからその運を上回れば勝てるのさ。よーく敵を観察して、ルールをしっかり決めたらな」


 喋りすぎたので紅茶を一口。冷めても美味いな。流石は執事。


「おみそれしました。完敗です」


「おおぉぉぉ……アジュが凄い!!」


「ふ、ふははは! クハハハハハハ!! 愉快、実に愉快だ!! やはり退屈せんぞ、我が友アジュよ!」


 ヒカル大満足である。目立つので鎧は解除。


「俺以外が実践できるかは知らん。でもルールによっては、イカサマ師だということを逆手に取れる。あとは本人次第だ。まあ頑張れ」


「いや、光明が見えた。実にいいものを見たぞ」


「わかっていると思うが言いふらすなよ。俺は無名のEランクです」


「クククッ、当然だ。なんとも面白い男よ。なあベル」


「はい。こんなことは初めてです。秘密は墓まで持っていきます」


 こいつらは無闇に秘密を語るやつではない。

 まず信じてもらえないだろう。


「よし、俺とシルフィは適当にふらついて帰る」


「お菓子美味しかったです。ありがとうございました」


「恐縮です。お気をつけて」


「うむ、また会おう!!」


 そんな感じで解散。結構悪くない時間だったな。


「本当に理不尽っていうか、むちゃくちゃするよねアジュ」


「小手先の小賢しさも好きだけど、こんなアホみたいな力技でいくのも嫌いじゃない」


「うん、かっこよかったよ!」


 まだ時間はある。もう少し気分がいいまま、ふらふらするとしようかな。

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