イロハの番と回復魔法

 ヒカルと紅茶飲んで茶菓子食って、シルフィとふらふらした次の日。

 夏休みなんだし、家でだらだらしようと思ったんですよ。

 でもその日は、行ってみたかった魔法科の講習がありましてね。


「はあ……疲れた」


 初級からちょっと中級に入る内容だった。

 別に肉体労働なわけじゃないが、頭を使い、魔力で更に精神力を持っていかれる。

 これが結構きついのさ。まあ内容自体は面白かったけどな。


「ヒーリン……グ……と」


 適当に空いているベンチで、自分に軽くヒーリング。

 噴水の近くに座っているのは、単にその方が涼しい気がするから。


「集中……集中……」


 初級のヒーリングは傷を癒やすことがメイン。

 そこから毒だの呪いだのはまた別だ。

 今は疲れを取る方向。傷じゃなくて筋肉疲労とかを和らげるもの。


「難しいな」


 前にシルフィにやってもらったマッサージっぽいものを習得したい。

 癒しの力は魔力の加減と性質によって変わる。

 新魔法に結びついたり、強弱を使い分けたり。用法は様々。


「んー……ほっ、はっ」


 ヒーリングを自分の手のひらに集中させた。

 これを足に当てて揉みほぐす。講習で聞いた基礎トレーニングの一種である。


「ここにいたのね」


 いつのまにやら隣にイロハさんがいらっしゃる。

 気づかないほど集中していたか、もしくは忍者凄い。


「ああ、講習終わり。今実践中」


「終わったのなら教えてくれたらいいじゃない。そうすればひとりで練習しなくていいのよ」


「俺は単独行動大好きなので問題なし」


 他人と歩幅を合わせ、会話しながら歩くのがくそかったるい。

 リリアたちは奇跡の産物であり、基本誰が相手でも団体行動は嫌いだ。


「そしてそれ以上にイロハが好き、と付け足してみましょう」


「なんだその珍妙な提案は。今集中しているから」


「疲れていない足の回復は、意味を成さないわ」


「そうだけど疲れるの嫌い」


 病気を治すために風邪をひくみたいな妙な感じだ。

 さらに疲れるほど動くのも嫌い。仕方ないね。


「そこで提案があるわ。私の胸……足をマッサージしてみましょう」


「完全に胸って言ったな」


「流石に外で胸はいやがると思ったのよ」


「家なら要求していたということか」


 イロハさんの欲望がよくわからん。家でもやらないからな。


「家だったら股間を指でなぞる、というプランがあるわよ」


「疲れを取ることになっていないだろそれ」


「そうね、きっと二人して疲れてしまうわね」


 このトークはいけない。ペースに飲まれれば、俺の明日がどうなるかわからん。


「じゃ、俺自分で回復魔法の練習するから」


「そうね、それじゃあ早く撫でなさい」


 足をこちらに向けてくる。暑いからか黒タイツ履いていないな。


「自分でやるって言ったろ」


「まず足を優しく撫でてみるのよ」


「俺にできると思っているのか?」


 俺がへたれないと思ったら大間違いだ。

 付き合いが長くなろうとも、それがスキンシップへの抵抗感を減らしているかは、ものすごく微妙である。


「頭と足を撫でます」


「増やしてきた!?」


「最近ないがしろにしているイロハさんの頭を優しく撫でるのよ」


「してないしてない」


「そして抱きしめつつ、優しく愛をささやきます」


「なんか今日ぐいぐい来ますね!?」


 この積極性はなんなのさ。屋外だよ。完全に屋外なんだよここは。

 暑いのは夏のせいだけではないだろう。かわし切る自信がない。


「今日おかしいぞ。なんかあったか?」


「触れ合いが足りないわ。もっと時間が空いたら撫でるべきよ。積極的に可愛がるべし。適度なスキンシップは大切よ」


「適度じゃないだろ。やりすぎだ」


「なら手を握ってみましょう。今まで意識しなければできていたでしょう。そろそろ意識してやって欲しいわ」


 これまた無理難題ふっかけられたな。さてどうするか。

 譲歩することは確定。ただし、屋外だから過剰なスキンシップは禁止。


「手で止められるか? 悪いけど、屋外でこういうのあんまり好きじゃないんだ」


「そうね、分別は大事よ。手を握るだけでいいわ」


 そう言って手を差し出すイロハ。やるしかないのか。

 うわあ難易度高いなこれ。部屋でもきついわ。


「……やるしかないか。魔法の訓練でもあるからな」


 この状況で手に回復魔法が集められる俺は褒められていいと思う。

 意外と反復練習の効果はあったようだ。


「わかっているわ。そういうところ几帳面よね」


「さあな。自覚はない」


 当たり障りのない会話で気を紛らわせてくれる。

 覚悟を決めて軽く握る。細いな。そしてすべすべ。

 なぜこれで俺以上の力が出せるのか、甚だ疑問である。


「ヒーリング……っと」


 魔法訓練も忘れない。戦闘機会は増えている。できて損はない。

 慎重に、ゆっくり手を撫でながら魔力を放出。

 怪我や疲れを取る。いたわるイメージ。癒やしとはそういうことだろう。


「撫で回すと変態みたいだな」


「別に嫌いにはならないわ」


「俺の精神的な問題だ」


 柔らかい。他人の手なんてほぼ握ったことがない。

 男同士で手なんか繋がないし、必然的にそんな経験は皆無となる。

 だから感想が出てこない。こういうものなんだなあ。


「それで、私の手を撫でてどんな気持ちかしら?」


「今日全体的にハードル高いな」


 露骨に意識させるような質問が多い。

 実際の距離も心の距離も縮める作戦できたか。

 平静を保てているか不安になってきたな。


「夏休みですもの」


「俺の心が休めていない系の不具合があるんですが」


「そう、それなりに意識してくれている、ということね?」


 なぜ耳元でささやきますかイロハさんや。

 顔が近い。相変わらず夏場だというのにいい匂いさせやがって。

 汗の匂いが多少混じるものの、不快感はない。


「緊張してくれている……ということかしら。こういう匂いのアジュも素敵ね」


「はい、魔力切れ。ここまで」


「またそうやって……」


 ここで魔力切れ。まず集中力が切れるわ。これはきっついぞ。

 頭がおかしくなるので終了です。


「いやマジで。結構魔力使うの知っているだろ?」


「……マジックポーションを買ってくるべきだったわ」


「俺もストックがない。よって終了」


 立ち上がり、ちょっとふらつく。緊張と魔力切れと暑さだろう。


「さ、行きましょう」


 さりげなく腕を組まれる。避ける暇もなく、まるで初めからこの体勢だったかのようにしっくりきている。忍者って凄い。


「腕を組む理由は何だよ」


「シルフィとはしたのでしょう?」


「なぜ知っている」


「ある程度情報の共有はしているわ」


 ギルメン内なら隠すことでもないか。他人には知られたくないけれどな。


「しょうがないな……歩くの大変だろこれ」


「忍者を甘く見ないことね」


 自然に歩けるように、絶妙な塩梅でくっついてやがる。

 これなら不便はないか。ならいい。なんとなく嫌じゃないし。


「今日は私の番よ」


「適当に遊ぶだけだぞ」


「それでいいわ。苦手意識を消しましょう」


 ゆっくりしっぽ振っているし、機嫌がいいのだろう。

 しばらくイロハと遊んでなかった気もするし、今日くらいいいさ。


「んじゃ暑いから涼める場所に行って」


「最後に晩ご飯の買い物でもすませましょう」


 晩飯のメニューを考える。ししゃもの磯辺フライでも作ろうかしら。

 共同生活の影響か、妙に料理のレパートリーが増えつつある。

 料理そのものは好きなので、これも苦痛じゃない。


「はい、メニューを考えるのは後回しよ」


「そうだな。せっかくだし行っていない場所でも行くか。ダンジョン以外でな」


「そうね、だったら……」


 そんなわけで、イロハと出かけることとなった。

 シルフィとも行ったことだし、なるべく不公平にならないようにしないとな。

 さてどこに行くか。行っていない施設が多すぎて絞りきれんな。

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