団子屋とフリストさん

 近場に団子屋があったので休憩中。

 傘が日陰を作り、長いイスで団子を食う。甘さ控えめでグッドだ。

 冷たいお茶がまた合うんだなこれが。


「図書館も闘技場も気分じゃないし、講習もなきゃ公園は暑い。とくればまあ……軽く飯食う流れになるよな」


「そうね、ここはおすすめよ。安くて美味しいもの」


「こういうだらーっとした静かな時間を楽しめるかどうかが、俺と一緒にいる最低条件だ。ずっと喋ってるやつはめんどい」


 沈黙を苦とする連中とは合わない。だるい。俺に気を遣わせるやつは嫌いだ。


「私もうるさい人は嫌いよ」


「助かる。それなんだ?」


 俺が食っているのは串つき団子。イロハのは白くて焼き目のついたやつ。

 いい匂いだが、甘いものの香りじゃない。


「これは塩焼き団子よ」


「塩? いやそれは……美味いのか?」


「悪くないわ。塩分摂取は大事」


 ちょっとわからん世界だ。団子といえば三色かみたらしじゃないかな。

 なんとなく甘いものというイメージが強いからだろうか。


「食べる?」


「いらない」


「そこはチャレンジ精神よ。あーん」


「最近妙に甘えてこないかお前ら」


 渋々ひとくち食ってみると、それなりに美味い。

 焼いた餅と団子の中間みたいだ。もちもちしていて悪くない。


「……悪くないけど」


「けど?」


「つくね食いたくなる。つくねでよくないか?」


 無性に焼き鳥食いたくなる。なんだろうこの気持ちは。

 甘いものよりしょっぱさが欲しい。


「焼き鳥食いたくなってきた。二本くらい。小腹が満たせればいい」


「微妙なところね。屋台にでも行きましょうか」


「行くと暑いぞ。しばらくぼーっとして、太陽が過ぎ去るのを待つんだ」


 暑さ寒さってコントロールできないのか。実はできる。

 でも達人育成のため、天候は操作せずそのままらしい。

 自然に任せて強い人間を作っているそうな。


「あれ? アジュとイロハ?」


 普通にシルフィさんが歩いてきた。

 あれ今何時だ。ここにシルフィがいるってことは昼時なのか。


「ええ、絶賛デート中よ」


 ここで否定してはいけない気がする。

 肯定するのは恥ずかしいので、とりあえず沈黙を貫く。


「おぉーいいなー」


「シルフィはこの前したでしょう?」


「何回もしたいです」


「そこは同意するわ」


 そして二人して俺を見る。いったいどうしろというのかね。


「んなこと言われてもな……訓練は面倒だし、遊びに行くにも場所を知らん」


「プールとかどう?」


「人が多そうでうざい。少ない場所ってあるのか?」


「避暑地ね。涼しさを求めるアジュにぴったりの里があるわ」


「フウマもう行っただろ」


「一回行ったら駄目というルールはないわ」


 久々に行ってもいいかもしれないなあ。

 こいつらも里帰りとか必要だろうし。


「あれだな。別に夏休みくらい、お前らの親に顔見せに行ってもいいんだぞ」


「そうだね。一回くらい帰って来いって言われてるし」


「そういえば……アジュの故郷はどこにあるのかしら?」


「あー、話したくない。思い出すと胸糞悪いんだよ」


 まあこの流れなら俺にも話が来るか。どうするかな。

 個人的にはもう話してもいい時期な気もするし。


「ずーっと話そうとしないからさ。いつか話してくれるまで待とうって思ってたけど」


「どうせリリアは知っているのでしょう?」


「そうだな。あいつだけ知ってるのも不公平か。ただ約束して欲しい。話し終わったら、必要が無い限り二度と故郷のことは聞くな。俺の故郷はここだ」


 結構マジトーンである。元の世界なんぞ思い出すだけで不快だ。


「わかった。アジュが嫌なら聞かない」


「約束するわ」


 神妙な顔で頷く二人。シルフィの分のお茶と団子を頼み、適当に話し始める。

 無論、声が聞こえる位置に人の気配がないことを確認済み。


「俺はこことは別の世界から来た。完全に文明が違う。どちらかといえば機関の連中が使う、科学の世界だ」


「おや、機関の世界じゃなかったんだ」


「機関の世界ではなかったのね」


 なんか普通に流された気がする。もっと驚くかと思っていたんだけれどな。


「なんというか、普通に受け入れたよな。異世界の話」


「天界や管理機関の世界があるのだから、それほどの驚きはないわ」


「アジュの雰囲気というか、文化や歴史とか全然知らないよね。なのにすっごく強くて、見たこともない力を使って」


「それでいて一切名前が知られていない。フウマの情報収集力でも、白銀の鎧なんて目立つ男の噂すら聞いたことがなかった。だから異世界から来たというのに納得したわ」


 なるほど、表にも裏にも知られていない男。しかも一見普通で国やらの知識なし。

 怪しまれる要素てんこ盛りだわな。


「だから機関が出てきた時、リリアが知っていたし、実はそっちの生まれでしたーとか」


「機関のいる世界よりカスだけどな。文明も機関の方が上だろうし」


「そんなにひどいの?」


「世界として最底辺だよ。監視された吹き溜まりみたいな場所に、クズが大量に育つ。まともな人間も少なけりゃ、希望もないよ。お前らみたいに目立つ優秀なやつは潰される。ネットとゲーム以外に価値のない世界だ。滅びてくれていると嬉しいな」


 異世界に比べ、あの世界のなんと窮屈で退屈なことか。

 今まであの世界で生きていたことは、恥以外なにものでもない。


「絶対に帰らないし、帰りたくもない。帰らなきゃいけないなら、あっちの人間は面白おかしく皆殺しにすることをここに誓う。この綺麗な世界に、あの汚物以下の世界の住人の話は相応しく無い」


「本当に嫌いなんだね」


「もちろんさ。超厳重に扉が閉まったらしいから、絶対に行き来できないらしいが」


 案内人が選ぶ世界は、誰を連れてきても影響がないように、百年以内に寿命で滅ぶ予定がある世界から連れてくるらしいが、リリアは俺に特別な思い入れがあるからな。

 まあやって来るようなら殺せばいいんだが。


「リリアにはどうして話したの?」


「あいつは俺をこっちに連れてきた張本人だよ。ガキの頃約束したって話はしたな?」


「思い出の女の子なんでしょ? いいなーそういうの」


「正直憧れるわね」


「で、連れてきてもらったのさ。おかげで最高の人生がスタートした」


 これは本当に感謝だ。この世界に生きていられることに比べたら、元の世界に一生戻れない。誰とも会えないなんて耳くそ以下の問題でしかないさ。

 そもそも会いたいやつもいない。ぼっちをエンジョイしていたし。


「そっか……なら聞かないよ。これから一緒に思い出を作っていけばいいんだしね」


「元の世界での記憶を、こちらでの楽しい日々で塗り潰しましょう」


「そういうこと。ちなみにヒメノ一派も多分知っている」


 喋りすぎたのでお茶で喉を潤す。思い返せばヒメノ関連は謎ばかりだ。


「やはり一番の敵はヒメノね」


「あいつは俺も本当にわからん。なぜ好かれているのか理解できない。マジで不気味なんだよ。嬉しいよりむしろ怖い」


「聞いてみたら?」


「何故俺に好意を寄せているのですか、ってか? すげえキモい台詞だな」


 どんな人生送ったら許される台詞なんだろう。

 自意識過剰か、超絶イケメンじゃないと無理だぞ。


「アジュっぽくないね」


「それとなく聞くには……やた子かフリストだな」


「あっしをお呼びでございやすか?」


 店内から聞き慣れた声がした。

 振り返ると、いつもの短い和服におかっぱかんざし。

 フリストだ。服が涼し気な白と青主体のものになっている。


「フリストちゃんだー。元気だった?」


「へい。シルフィ様もイロハ様も、お元気そうで何よりでございやすな」


「久しぶりね。今日はお休みかしら?」


「へい、あっしも夏休みでございやす。甘味など嗜んでおりやした」


 ナイスタイミングだ。主役は遅れてやって来る。

 口調に目をつぶれば、一番の常識人のフリストさんが来てくれたぞ。


「ちょっとヒメノのことでな。あいつ今何やってんだ?」


「自分はもっと輝けるはず、と言いながらアイドル科に入るか悩んでおりやしたが」


「また奇行に走ったのか」


「旦那はアイドルにご興味は?」


「一切ない」


 昔から実写アイドルに興味が持てない。

 なんというか……女そのものに興味がないことが拍車をかけている。


「ちなみにアイドルは恋愛禁止らしいですぜ」


「そう、なら永久にアイドルにはなれないわね」


「だね、わたしたちはもうアジュのものだし」


「へいへい。でさ、ヒメノはなんで好意的なんだ?」


 フリストなら知っているかも。そんな無駄な期待をしてみる。


「あっしにもさっぱりで……ああいえ、決して旦那に魅力がないわけでは……あっしは不思議な魅力があって良いお方だと思っておりやす」


「そりゃどうも。やっぱ本人に聞かなきゃ駄目だな。聞きたくないけど」


 迷宮入りさせておこうかな。急激に面倒になってきた。


「こっちに危害を加えてくることはないからなあ」


「それでも怪しいけど……」


「警戒だけはしておこうかしら」


「敵意はないはずです。そもそも旦那に勝てる神など存在しませんぜ」


「なんだろう……戦えば勝てるんだろうけれど、奇行がとにかく怖いんだよ。絶対に疲れるし、胃が痛くなりそうでさ」


 まだその場で殺せばいい敵の方がマシ。

 攻撃できるってありがたいんだな。


「そんな旦那に朗報です。ここ、ヒメノ様との待ち合わせ場所でございやす」


「急速離脱! またなフリスト」


 軽く手を振り、急いでその場を離れた。

 せっかくシルフィとイロハがいるんだし、なにか二人とやってみようかな。

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