主人公補正を使った水上歩行訓練
偶然リリアに遭遇。暇ならついて来いと言うので、のこのこと横を歩く。
ついた先は、前回来た涼しいダンジョンの入口付近。人のいない場所。
「今回は主人公補正を使って水の上を歩く修行じゃ」
「意味がわからん。こんなにわからんのも珍しいぞ」
全員困惑である。とりあえず説明を求める。
「例えば、敵が水上にいるとする。泳ぐか飛ぶか、水の上を頑張って走るしかないじゃろ? そんなんいちいちやっていたら面倒じゃ。じゃから初めからできるようにしておくのじゃよ。こんな風にのう」
数センチだけ水が張っている場所へ足を踏み入れ、その場で止まるリリア。
水面に立っているが、本当に魔法じゃないのかね。
「それは……魔法ではないのね?」
「全然別物じゃ。ぶっちゃけノリじゃな」
「アホか。ノリでそんなんできてたまるかよ」
できないからこそ技術ってのはあるのだろう。
いやこいつなら、できてもおかしくはないのか。
「いやもう本当にノリに近いんじゃよ。その場の勢いというか、後付け設定みたいなものじゃ」
「確か主人公補正が一番強くて、その下にご都合主義と後付け設定があるんだっけか?」
「うむ、よく覚えておったのう」
この三個は最強の能力だ。これより上の力は存在しない。
どんな能力も、結局のところ主人公を輝かせるための手段だからな。
「よくわかりません!」
「勇者システムってあるじゃろ? それの応用というか元祖というか……まあやってみるのじゃ」
「どうやって?」
「水の上を走ってくる敵がおるとして。あくまで普通のことのように、水面に立つ。え、このくらいできないんですか? 感を出すのじゃ」
「普通のこと……普通のこと……わたしは初めからできる……あう」
やってみたシルフィの靴が水に沈む。そら難しいわ。意味がわからんもの。
「これ無理だよ! 能力使っちゃだめ?」
「ダメじゃ。それは能力を使わなければダメということじゃろ」
「鎧ならできるだろ」
「できる。そうじゃな。おぬしはまず鎧を着て、その感覚でやるのじゃ」
『ヒーロー!』
ヒーローキー使って鎧を出す。周囲に人影はない。
「で、水の上に立つ」
普通に水の上を歩く。俺がそうしたいんだから、世界ができるように俺を接待しろ。そんな気持ちで、当然できるはずと思え。なぜなら鎧を着ているから。
「お、やっぱできるな」
立てた。なんの力も使っていない。鎧に不可能はないのだ。
「いいなーアジュ」
「これは難しいわね」
二人の靴が水につかっている。簡単にできることではないだろう。
「二人はなまじ神の力があるから、それを使ってしまうのじゃ。忍者として、水上歩行の訓練もしたじゃろ? それが体から抜けんのじゃ」
技術があると、体に染み付いた修行と知識が別の行動を取らせるのか。
試しにそのまま鎧を解除。当然落ちる。
「うおぅ!?」
浅くて助かった。くるぶしまでしか水がない。セーフ。いや落ちたけども。
「まだ開き直りが足りんのじゃ」
「初めて言われたわそんなん」
「これは水の上を歩けるだけなのかしら?」
「いんや、もっと多彩じゃ。魔力ではなく精霊力とか、気功とか、別世界の技術でも、魔力と似てるんだから使えるぞー、とかのう」
別世界との整合性を自動で処理してくれるってわけだ。
説明されればされるほど理解できんな。
「なんでもできそうだね」
「そうでなければ勇者なんぞやっとれんじゃろ」
過酷そうだもんな勇者って。それができるように、技術が磨かれるのも当然か。
「アジュに力を馴染ませることが目的じゃ。二人はできなくても、自前の能力でなんとかしてよいのじゃよ」
「どうせならおそろいがいいわ」
「そうだね。アジュと一緒がいい」
微妙に嬉しいじゃないの。でもあんまり無理して欲しくないのも事実である。
「俺ができるようにならないと、おそろいにはならないぞー」
まず俺が習得できない。その間は無駄なことをさせずに済む。
我ながら名案だと思う。無駄な知恵使ってしまった。
「うーむ……やってみるかのう」
「何を?」
「おんぶ」
「なんで!?」
今日の会話に脈絡はない。そう悟った。リリアの考えが読めん。
「ヒロインを背負って水の上を行く。そんなこんなで高まる主人公力と、なんやかんやで目覚めるパワー!」
「曖昧!?」
「せっかく涼しいんじゃ、ちょっとくらいのお触りは許して欲しいところじゃな」
「本音はそれか」
にしても……なぜおんぶだ。そこの疑問が解消されないと、もやっとくる。
「本でそういう特集があったのよ。彼氏とやってみたいこと、のようなものね」
意外と理由が軽かった。いや重くてもそれはそれで処理できないけどさ。
「厳正なるくじ引きの結果、シルフィからじゃ」
「シルフィちゃんタイムのお時間でーす!」
ぴょんぴょんはしゃぐシルフィ。くじ引きいつやったんだよ。
知らんうちに色々と事を運びやがって。
「からってなんだよ。まさか全員分やる気か」
「全員平等に。それが攻略の鍵だと思っているわ」
「ハーレムが増えれば増えるほど、おんぶも増えるわけじゃな」
「ぜってえ増やさねえわ」
物語の主人公って凄いんだな。
ラブコメとかギャルゲの主人公をちょっと尊敬した。
「まず俺の筋力でおんぶができる保証はないぜ」
「さ、乗ってみるのじゃ」
「聞けや!」
はっきり言おう。ちょっと重い。人間一人というのは、軽くはないのだ。
背負って立ち上がるのも、少し勢いをつけた。
「大丈夫?」
「痛みはない。多分いける」
腰が痛むこともない。地味に筋トレと柔軟とかの効果が出ているのかも。
「よし、このまま歩く……」
ゆっくりと、静かに水面に足を乗せる。そして沈む。
そりゃそうだよなあ。人間二人分だもの。
「気負いすぎじゃな」
「まずおんぶ経験がない。だからこれでいいのかわからん」
「そこからなのね……」
「普通の人間は女の子を背負う機会なんかないんだよ。やるとセクハラになる。許されるのはイケメンのみ」
女には触れてはいけない。無闇に関わらず、基本的に避けておく。
存在そのものが罰金付きの地雷みたいなもんだったからな。
「それは元の世界の話でしょう?」
「まあな」
「ん? なんじゃ話したのか」
「おう。で、二度と話さないし、忘れて暮らすって話した」
受け入れてくれて助かっているよ。
俺の故郷はこの世界だ。この世界で死ぬまで暮らす。そう決めた。
「リリアは知ってたんだね」
「悪いとは思っておった。しかし、本人が話さない以上、わしからは何も言えんのじゃよ」
「そういうところ似てるよね」
「そうね、やっぱりアジュへの理解度が一番高いのね」
「うむ、じゃから話し終えていい雰囲気になったし、おんぶやめてもいいだろうなーとか思っておることもお見通しじゃ」
はいバレました。そーっとシルフィを下ろそうとしゃがむ動作を見抜かれている。
「それは私にもわかるわ」
「そんなことでは離れません」
余計にくっついてきやがった。首に回された腕に、ちょっと強く力が入っている。
「はいはい。んじゃこう……なんかアドバイスとかないのか?」
こうなりゃ早くクリアするしかない。助言を聞いてさくっと終わらせてやるぜ。
「そうだね。どうしたらいいのかな? わたしにできることってある?」
「胸は押し付け続けると効果が薄れるわ。離れてはくっつくの繰り返しで意識させるのよ」
「そっちのアドバイスじゃねえよ! 俺になんかないのか!」
「その巨乳を触ったらどんな感触なのかをがっつり意識してみるのじゃ」
「修行のアドバイスをしろ!!」
もうやだこいつら。シルフィが露骨に体を放してはくっついてくる。
確かに柔らかい感触が背中にあるけれど……これ修行関係ないだろ。
「あんまりエロ方向に持っていくとしんどい。真面目にやれ」
ため息つきながら、とぼとぼ水面を歩く。
水の上に落とすわけにもいかないしな。重さにも慣れてきた。
「お、できておるではないか」
言われて意識したが最後、足首まで水に沈む。
そして変な勢いがついてしまったため、おんぶの体勢を維持できなくなる。
「お、おぉ……っと。あぶね!? シルフィ、むこうに飛べ、崩れる!」
「え、あぁちょ……こう!?」
シルフィをなんとか緊急離脱させた。
だがその勢いがプラスされ、水の中に落ちる。
ケツから落ちたせいでズボンが濡れちまったぜ。
「大丈夫!?」
「平気だ。濡れただけ」
「ごめんね、わたしのせいで」
強く打ったわけでもないので、すぐ立ち上がる。
これを見越して水の上を選んでくれたのかもしれない。
「問題ない。どこも怪我していないしな。服が濡れたから……」
「それじゃあ脱がすわね」
「早いな!?」
もうイロハがズボンを脱がしにかかっている。
こういう時、迅速に間違った方向へ行動するのやめれ。
「着替え完了よ。これは……失敗ね」
いつの間にやら早着替え完了している俺。見事な手際だ。
イロハの手には俺の服。俺の体は綺麗に拭かれていた。
しょうもない事に全力出しやがる。
「なにが失敗なのじゃ?」
「水に入ったから匂いが薄いわ」
匂いを嗅ぐことを隠しもしないイロハさん。
なぜ俺の着替えを持っていたのかもわからない。
「で、どうやって歩いたの?」
「どうって……こう、水っていうより普通の足場を……いや、意識せず、シルフィを落とさないようにだけ集中していたような……」
「意識するとできぬか。まあそれでも一歩前進じゃな」
「正直もう濡れたくないし、今日はここまででいいか?」
「着替えならまだあるわよ?」
「いやおかしいおかしい」
なんとか集中して無意識になればできるようになった。集中して無意識って意味わからんけど。
感覚は掴んだ。最終調整は風呂場ででも試してみよう。
風邪を引くといけないので、とりあえずみんなで家に帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます