冬の雪山と川は死ぬぞ

 運悪く冬の雪山で崖下に落下。しかも下は川。ジョナサンさんとフランがくっついたままである。やばい。これ死ぬぞ。全身を刺すような痛みと寒さが襲う。前後左右がわからん。急いで雷化……できねえ! 体が震えて思考をまとめるのが難しい。俺だけなら雑に雷になれるが。


「国王様! ごほっ、がぼ……今お助けしま……ぶほっ!」


 どうやっているのか知らんが、水中で多少喋れているジョナサンさんと、意識を失いかけて動かないフラン。少しでも雑に放電すれば、水を伝ってこいつらにダメージが入る。ライジングバルーンで右腕を上に伸ばし、体を風船にする作戦は無理だな。


 やばい死ぬ。マジできつい。この状況じゃ背負った荷物を落とすこともできない。川の流れは比較的緩やかだが、少々深い。荷物を捨てる時間がない。エリアルかガードで動く時間を作れれば……計画を練っていると、ジョナサンさんが追いついてきた。


「もがかないで、流れに身を任せていてください! 今お助けします!」


 いい人なんだよ。さっき出会ったばかりのガキを助けるために、冬の川に飛び込むくらいだからね。間違いなくいい人なんだけど、その善意が裏返ってしまっています。なんか申し訳ないわ。


「よおし捕まえた! 浮上しますぞおおぉぉ!!」


 捕まった。服と荷物が重くて自力だと無茶な脱出法しかない。これ思った以上に深刻だぞ。なんとか顔だけは水面に出せた。顔面が急速に冷やされる。


「岸まで飛びます。ぬおおおぉぉ!!」


 俺達を抱えて水面から飛び出した。なんとか地面に辿り着き、全身が冬の空気に晒された。


「寒い寒い寒い!?」


 寒いというか痛い。体が動かないし意識がぼんやりしてくる。


「国王様、岸から離れていてください」


「俺はいい! 残りの仲間の回収に向かえ!!」


 少しだけ川から離れて、大きな木を背にしてフランを確認。まだ息はしている。だがこれは眠ると死ぬパターンだな。


「そのお嬢さんはまだ意識が残っているようです。急いで温まらないと」


「火の魔法は!」


「生憎と使えません。私の道具は水浸しでして」


「枯れ木とか燃えるものを集めて! 急いで!」


「ありましたぞ!」


「でかした!」


 雷魔法を雑に強弱合わせて連打。焦げて終わることもあるが、今回はなんとか火がつく。練習しておいてよかったマジで。


「木と葉っぱで壁と作ります。服も脱いで干すしかないでしょう」


「おや、寝ているお嬢さんの呼吸がどんどん弱まっておりますな」


「おいマジか!? 起きろ! お前死ぬぞ!!」


 やばい火を起こしているのに、濡れた服のせいか冷たくなり始めている。俺もまだ寒い。


「心臓マッサージと、もっと火が必要ですな。私が火を強くしましょう。そちらはなんとか息を吹き返すようにお願いします」


「ええいもう少し離れて! 起きろフラン! もうどうなっても知らんぞ!!」


 右手に回復魔法。左手に軽い電撃。両手で合わせて、フランの胸に叩きつける。


「がっは!?」


 体が大きく跳ね、フランは咳き込みながらもうっすらと目を開ける。


「よし、目を開けろ! このままだと死ぬぞ!」


「的確な処置ですな。多少乱暴でも、まずは呼吸を戻すことです」


「どうも。ここからどうしましょう?」


「服が濡れて体温を奪います。我々も多少脱いで、風よけにかけておきましょうか。お嬢さんは任せます。私に脱がされるのもアレでしょうし」


 そこまで気配りできるのね。ジョナサンさんは実にてきぱき動いて火を確保した。火から程よい場所に枝や葉っぱで風よけを作り、敷物を乾かしている。やはり優秀だ。隊長らしいからね。


「どうされました? 恥ずかしがっていては危険ですぞ」


 緊急事態なのは理解している。ジョナサンさんは背を向けている。周囲への警戒の意味もあるだろう。別に女の下着や裸なんてどうでもいい。もっと深刻な問題が浮上した。


「……脱がし方がわからん」


 女の服ってどうしてこう複雑なんだよ。これもしかして高級品か。破っていいもんなの? まったくわからん。構造がめんどい。ギルメンって俺が脱がしやすそうな服を選んでいるのかもしれない。いかん思考が逃げている。


「まず上着を完全に脱がせてください。こちらの木の棒に干しておきましょう」


「水で張り付いていやがる……ああもうマジでさあ……こういうのあいつらで練習するべきか? いや怖いな」


 怖い思考をストップさせた。ギルメンに餌を与えてはいけません。あいつらは絶対に利用してくる。間違いなく脱がすだけで終わらない。やばい。


「これでよし。悪いなフラン、服かけておく。なるべく見ないようにしてやるから」


 流石に全部脱ぐわけにもいかず、フランは下着。俺は下着とシャツである。いや死ぬって。まだ全然寒いままだからね。なんなら脱いだせいで寒さ増したからね。

 急いで持ち物をあさり、俺の荷物の中から水没していなかった毛布をかける。


「国王様もお入りください。体温は暖房です」


「いいんですかねこれ……」


「命に関わります。緊急事態ですから、私も一緒に説明して差し上げますよ」


「助かります」


 フランと肩を並べ、同じ毛布にくるまる。なるほど、確かに妙に温かい。気がついて揉めるのはしんどいなあ。まあフランも女だし、恥ずかしがるのと気まずくなるのはしょうがないか。


「寝てしまわないように、何か話でもしているといいですよ。警戒は私がしておきますから」


「すみません。ほら寝るなフラン。ちょっと揺するぞ。そうだ、ジョナサンさんだけでも、このまま味方を捜索に行けたりは……」


「流石の私も危険ですなあ。彼らには火の魔法が使えるものが複数おります。訓練も受けておりますので、心配はしなくてもよいかと」


「なら問題はイズミだな」


「暗殺者のお嬢さんなら問題ありませんよ。落ちる前に、崖を蹴って別の場所へと避難していました」


 あいつマジで凄いな。隠密作戦に向いていそうだし、こちらを見つけてくれるかもしれない。心配だが動けない以上、回復に務めるべきか。


「ん……」


 フランの目がしっかり開く。それでも意識がぼんやりしているようで、俺の顔をじっと見ている。


「起きたか。身体は動きそうか? 無理するなよ」


「アジュくん? わたし……ここは?」


 寝ぼけているのか。まだ状況を飲み込めていないみたいだ。体ごと俺にもたれかかってぼーっとしている。


「敵の攻撃で川に落ちたんだ。ジョナサンさんが助け出してくれた」


「国王様もよく動いてらっしゃいましたよ。火をつけて看病したのは国王様です」


「そう……ごめんなさい。あと、ありがと……くしゅっ!」


「風邪引くから動くな。毛布に隙間ができると寒いぞ」


「ん、ごめん……ん? えっ?」


 そこで初めて違和感に気づいたのだろう。自分の姿を見て、俺を見て、フランの顔が赤くなっていく。


「一応言っておく。脱がさなきゃ死んでいた可能性が高い」


「まあここは気持ちの整理のためにも、叫ばせてあげるのがよいでしょうなあ」


「ちょっ、あの、服……うええええぇぇぇぇ!?」


 寒いのによく声出るなこいつ。至近距離で聞く女の悲鳴って兵器に近いと思った。


「俺説明苦手なんでお任せします」


「任されましょう」


 顔真っ赤で俯くフランに対して、俺は寄りかかられたまま動くこともできず、黙ってジョナサンさんの説明を一緒に聞いていた。


「色々迷惑かけたわね……ごめん」


「気にするな。悪いのは敵だ」


「処置は的確でした。火起こしも簡易の寝床づくりも迅速でしたな。サバイバル技術があるとは、予想外でしたぞ」


 そら練習しているからね。試験とかで必要になるだろうし、俺とギルメンだけの世界で生きるなら、こういう機会は増えるだろう。未来への投資というやつだ。凍死して未来が無くなりそうだったから、試しておいてよかった。


「できて損はありませんからね」


「では心配ありませんな。少し近くを調べてきます。何かあれば戦闘の魔力で気づきます」


 そう言って、半乾きの服だけ着て素早く移動していく。気を遣ってくれているのだろうか。フランを視界に入れないようにしてくれていたし、気配りのできる優秀な隊長だ。


「ここで問題が発生する」


「なによ?」


「俺はトークとか苦手。話題がない」


 俺に女が喜ぶ話題など存在しない。仕方ないね。しかもお互いにまだ下着姿だ。だって乾かないし。


「正直ねえ。だからって丸投げはダメよ。その草はなんなの?」


 ここで適当に話題振ってくれるコミュ力マジ凄いっすねフランさん。さっき摘んできた野草を見つけてトークに使うとかすげえよ。


「これは消毒とか殺菌に使う。鍋に入れてもいいし、食い物を包んだり、傷口に巻く」


「本当に詳しいのね」


「偶然知っていただけさ。こんな時でもなければ使い道のない知識だ」


「こういう時専用の知識じゃないかしら?」


「確かに」


「わたしは全然そういうの知らないから、サバイバルできないわね」


 つまり適材適所なのか。そこで少し気になった。エルフのお姫様なのに、そういう知識が少ないのか。サバイバルに長けているイメージよ。


「フランだってエルフの国出身なんだろ? なら詳しくないのか?」


「生態系が違いすぎるわよ。雪国とは違うわ」


 違うのか。それを聞いて熱帯雨林的な場所をイメージした。


「じゃあそっちの国で取れて、飲み食いできるものとかあるか?」


「んー、ココナッツジュースとか」


「ハイカラなもん飲みやがって。いや待て待て、お前エルフの姫なんだろ? その国ヤシの木生えてんの?」


 火がパチパチと音を立て、弱く風が吹く。この状況と違いすぎて少し面白い。


「そうよ? 前にネフェニリタル出身だって言ったじゃない」


「ネフェニリタルがわからん。俺は国とかに詳しくない。ついでに話してくれ」


 エルフってそういうの飲むの? ついでにファンタジーっぽいエルフの国に興味が湧いた。どうせ暇だし聞きたいじゃないか。


「ネフェニリタルは何万年も前から受け継がれる、エルフが治める土地よ。この世界の歴史の中でもかなり長いわね」


「ほう……自然とか豊富なイメージだな」


「そうね。綺麗なビーチとあったかい森が広がっているわ」


「……ビーチ?」


 あんまエルフってビーチ関係なくない? いや海産物とか食っていてもいいんだけど、森の奥地にいる存在のイメージが……。


「白い砂浜と、透き通った綺麗な海は、観光客にも大人気なのよ」


「エルフの国に観光客いんの?」


「いるわよ。秘境や立ち入り禁止区域まで入れたりはしないけど」


 つまり国の端っこを観光地にしているのか? いや待てなんかおかしい。もっと情報を集めよう。


「雪国じゃないんだよな?」


「ええ、ほぼ一年通して温かいわ。たくさんのお花が咲いていて、それで花冠を作ったりするのよ」


 年中暖かくて、ビーチがあって、観光客がいて、ココナッツジュース飲めるわけか。それはつまり……。


「お前南国リゾート出身なの!?」


「だからそうだって言ってるじゃない。由緒正しいエルフの国なのよ?」


「エルフの国なんだぞ!? ビーチでぱっと思いつく名産品とかある?」


「トロピカルジュースとロブスター」


「南国だな!? エルフってそんな陽気なあれじゃないだろ!?」


 森と共生している、人間が入れない神秘の国のイメージが崩れていく。金持ちの別荘とか、でっかいリゾートホテルとかあるらしいよ。


「ちょっともう動かないでよ!? 寒いし見えちゃうでしょ!」


「悪い。いやおかしいって、エルフってこう……世界樹? みたいなでっかい木とかある森に住んでいてさ」


「あるわよ世界樹」


「あんの?」


「あるわ。その力で新鮮な果物が育つし、海も川も透明度が高くて綺麗なのよ」


 そこだけ自然の美しさを出してくるんじゃないよ。この世界のエルフが全員そうってわけじゃないだろう。けどこれから、花飾りつけて踊りながらロブスター食ってるイメージでエルフが固定されそう。


「アジュくんも来たかったら言いなさい。招待してあげるわ」


「考えておく。そういう観光は悪くない」


 最近ずっと雪国にいるからな。四人でフランの家にでもお世話になるか。あったかい場所に観光に行く。よし、人生に楽しげな目標ができたぞ。

 そこから名物料理とか、観光スポットについて聞く。フランがなかなかに話し上手であることを知った。


「解説ありがとう。少しは気が紛れた」


「そう、よかったわ」


「服が乾いたかもしれない。調べてくる」


 立ち上がろうとする俺を、フランが引っ張って座らせる。


「乾いてないわ」


「それを調べるんだよ」


「乾いてないの。だからもう少しこのままでいなさい。動くと寒いわ」


 寒いは寒いけど、服着ないとずっと寒いのでは。身を寄せてくるということは、やはり寒いのだろう。意識を失いかけていたし、もうちょっと様子を見るべきなのかも。適切な処置がわからんなあ。


「アジュくんはあったかいのね。体温が高いのかしら?」


「眠くなるとあったかいとは言われる」


「そう、眠いなら寝ちゃってもいいわよ」


「寝たら死なないか?」


「じゃあ死ぬ前に起きてね」


「無茶を言いおる」


 実際まだ寒いし、着ているシャツですら半乾きだ。動かない方がいいのかも。別にこの時間は苦痛ではないし、言われた通りに会話しながら暖を取ることにした。

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