くまさんと遊んでみよう

 ふらっと訪れた領地の視察。

 何の気なしに湖に立ち寄ったが、離れた位置に白い大きな何かが見える。

 水面に少しだけ体が入っているようだ。


「なにやってんだろ?」


 動物だ。それは間違いない。

 水面から顔を上げ、大きく吠える。空気が震えるようだ。


「おいおい何だよあれ」


「水で喉を潤し、魔を払う吠え方の訓練でもしているのでしょう」


「犬みたいだな」


 犬が吠えると魔を打ち払うと聞いたことがある。

 こっちの世界でも通用する知識かは知らないが。


「クマですな」


「危ないな」


 こっちにむかって吠えてきた。

 見つかったか。どうするかね。


「安心しろ。あれは精霊の一種だ。自分たちがいるぞと知らせているのだろう」


「それが危ないだろう。攻撃してこないのか?」


「クマは本来臆病でございます。住処を荒らされるのを嫌いますので」


「刺激しなければいい。ここは任せてもらおう」


 キアスが馬っぽく高らかに鳴く。ユニコーンっぽいぞ。

 返礼なのかクマの吠える声がする。


「荒らさなければ来てもいいとのことだ」


「便利ねえ。私も動物とお話したいわあ」


「色欲にまみれたものには無理だな」


「あらあら残念ねえ」


 ゆっくりと近づいていく。

 走ると刺激してしまうのだ。

 野生動物をいたずらに殺したくない。


「子連れじゃな」


 白いもこもこした生き物がいる。

 親熊が三メートルくらいあって隠れていたが、ちっこいやつが三匹いた。


「うわああぁぁ……かわいい!!」


「おぉ……ふわふわしてやがるな」


 親熊に隠れてこちらを見ている。

 毛並み綺麗だな。汚れが目立たないのは精霊だからか?


「グウウゥゥゥ……」


 親熊がなんか唸ってますよ。近くで見るとでかくて怖いな。


「この領地を治めている男だ。この場を荒らすつもりはないから、顔だけでも覚えておくのだ」


 熊がしゃがみ、俺と顔の高さを合わせてくる。


「よろしく。自然を壊すつもりはないから、安心して住んでくれ」


 とりあえず挨拶してみる。


「グオ」


 なんか了承された気がした。


「きゅ」


 子熊が四本脚でてけてけ近づいてくる。

 かわいい。存在がかわいい。

 30センチあるかどうかの小さい子だ。


「よろしくな。撫でてもいいか?」


「きゅー?」


 そーっと少しだけ手を近づけてみる。


「きゅっ」


 少し警戒される。野生の本能だろうか。

 まあ危機管理は大事よね。

 三匹で固まって身を寄せ合いながらこっちを見ていますよ。


「よしよし、ほら怖くないぞー」


「人間相手には決して出さない声じゃな」


「あの優しさをもっと私達にも向けるべきね」


 外野うるさい。

 しゃがんでゆっくりゆっくり触れてみる。

 ふわふわした毛の感触があり、撫でると手触りも良くて温かい。


「きゅー」


 目を細めている。逃げようとはしないし、受け入れてくれたっぽいな。


「わたしもやる。ほーらこっちにおいでー」


 他の熊がシルフィに撫でられている。

 俺より懐くの早くないか。

 やがてリリアやイロハにも撫でられていた。


「かわいいわね。あら、アジュに懐いているみたいよ」


「きゅっ、きゅ」


「んん? 何だどうした?」


 一匹俺の胸あたりで鼻をくんくんさせている。

 両手でなんか探っているな。


「木の実の匂いでしょう」


「ああ、そういや持ってきていたな」


 ポケットから木の実を出してやる。


「きゅー!」


 それだ! みたいな顔である。


「別にいらないしやるよ」


「きゅ!!」


 ぺこりとお辞儀して木の実をかじっている。

 かわいいなおい。


「好物なのかこれ。まだ二個あるぞほれ」


「クマは木の実などを好んで食べます。精霊といえどクマの本能でもあるのでしょう」


「きゅー」


「きゅ」


 分け合って食べている様は微笑ましいもんがある。


「愛らしいですなあ」


「癒やされますね」


 木の実を食い終わった熊たちは、水を飲んで少し光る。


「そういや光る精霊なんだったか」


 親熊が赤くほんのり光る。

 子熊は赤・オレンジ・深い水色だ。


「個体で色が違う?」


「両親の性質が混ざっているのでしょう」


「グオオオオォォォ!!」


 親が吠え、暖かい光が周囲に広がっていく。

 真似するように子熊が吠えた。


「クー!」


 さっき俺に寄ってきた水色クマが吠える。

 口から電撃のビームみたいなのが空へと昇っていった。


「お、雷属性とは珍しいのう」


「くまさんすごーい!」


「俺と一緒か。かっこいいぞ」


「きゅっ!」


 魔力を放出したからなのか、また白熊に戻っている。

 そして得意げだ。どうだ凄いだろうと言わんばかりである。

 軽く拍手してあげよう。


「おう、さっきのクーっていうやつ凄かったぞ」


「くー?」


「そう、クーってやつ」


「クー!」


 なんか喜んでいる気がする。褒められたのが嬉しいのかな。

 吠え声を聞きつけたのか、またでかい熊が来た。

 そいつは青い光だ。こっちの遺伝子を多く受け継いだのだろう。


「でも森でこんなの危なくないか?」


「魔力放出は本来害のないものと、攻撃用があります。まだ子供ですから、コントロールが難しいのかもしれませんな」


「グウオオ。グオ」


「何て言っている?」


 キアスに親熊の通訳を頼む。


「コントロールが得意な子で、攻撃手段を覚えさせたらしい」


「ほー……優秀なんだな」


「魔力放出じゃから、最終的には炎のようで敵だけ焼くような、自然と調和した攻撃になっていくのじゃ」


「器用なもんだな」


「完全な野生動物とは違うのですな」


 この領地は魔界にしてはえらく澄んでいるらしく、そういう力が育みやすいんだとさ。

 自然も綺麗だし、いい場所だよ。


「きゅー」


 座っている俺の足あたりを、くまさんが手でぽんぽんしてくる。

 なんか胸のあたりを手で指し示している気もした。

 胸ポケの木の実かな。


「悪い。もう木の実ないぞ」


「きゅう……」


 露骨にがっかりされてらっしゃる。


「精霊は魔力を餌にできるのじゃ。同属性なら喜ぶじゃろ」


「どうやって?」


「こんな感じじゃ」


 リリアの手のひらに紅い魔力が集まる。

 炎属性のようであり、炎ではない。

 ただ魔力を丸めただけだな。


「ほーれ分けて食べるのじゃ」


「きゅっ!」


「きゅー!」


「グオオォォ」


 熊が両手でリリアの魔力を掴み、かじりついている。


「他人の魔力を掴めるのか?」


「器用ね。魔力とともにある精霊だからかしら」


「精霊便利過ぎるだろう」


 もう何やっても精霊だからで押し通せるくらい多彩多芸だな。


「まあやってみるか。魔力コントロールは得意だ」


 飴玉くらいの大きさに魔力を丸めてみる。


「食えるか?」


 くんくん鼻を鳴らしているな。

 やがて小さい手でしっかり掴み、舐め始めた。


「きゅー!!」


 勢いよく食い始めている。

 一生懸命かじっている姿はかわいいな。


「気に入ったんじゃな」


「みたいだな。こっちのやつにもあげてみるか」


 他の熊は味が珍しいのか少し食べ、不思議そうに首を傾げてはかじっている。

 やがて飽きたのか青い方の親熊にあげていた。

 親の方は気に入ったのかすぐ全部食べてしまった。


「味に好みがあるようだな」


「親が珍しい属性だと苦労するんだね」


「きゅー、きゅ!」


「懐かれたぞ」


 腕にしがみつかれた。

 撫でてやるとこちらの手を舐めてくる。


「懐いてももうご飯は無いんだぞ」


「きゅっ、きゅ」


 それでも俺の肩に登っている。

 かわいいけど地味に重いんだぞ。


「じゃれるなって」


 ふよふよ浮いて頭に乗っかってくる。


「浮いたぞおい」


「精霊ですから」


「便利だな精霊」


「異世界と同じくらい便利ワードじゃな」


 まだ異世界さんの方が便利な気がする。

 異世界さんは何でもできるなあ。


「懐いておるのう」


「召喚獣にでもしてみてはどうだ?」


「いやいやまだ小さいだろこいつ」


「それでも精霊だ。並の野生動物よりずっと強くて頑丈ですよ」


 あんまり連れ出したくないというか、世話できんぞ。


「魔界の生物は強い種族も多いのです。魔族には召喚獣を自分の領地内で確保しているものもおりますわ」


「アスモさんもですか?」


「ええ、大きなクラゲが召喚獣ですわ」


 何やらキアスと親熊が話している。

 熊語はわかりません。


「自分で狩りができるように仕込んでいるらしい。親も一緒に登録しておけば、同時に出せるぞ」


「お前戦えるか?」


「きゅー? きゅうぅぅ」


 また水色になって、そこから赤くなった。


「色変わるんかい」


「クー!」


 今度は火を吹いた。結構な量だ。

 両親の特性をちゃんと受け継いだのだろう。


「おー……いや大丈夫かねこれ」


「別に戦闘に連れて行かなくてもよいじゃろ」


「外の世界を見せてあげて欲しいとのことだ」


「うーむ……人間の世界は危険がいっぱいだぞ?」


「きゅー?」


 ここちゃんと言っておこう。

 この領地は平和だが、学園は大変だからな。


「基本的に親かこの中の誰かと離れないこと。ちゃんと言う事聞いて、何でも食べたり舐めたりしないこと。それで死んだら兄妹が悲しむぞ。守れるか?」


「きゅ……きゅっ!!」


 右手を上げて元気よくお返事。

 ちょっと考える素振りがあったし、人間の言葉もわかるみたいだし、まあ召喚術で呼び出すのを控えて親と生活させればいいのかな。


「なら親と一緒に登録しておくか」


「ふふー、よろしくねくまちゃん!!」


「きゅっ!」


 青くてでかい方の親熊を登録。

 そこから水色の小さいやつだけを登録して完了。

 他のやつは未登録。そんなに世話できんからな。


「よし、これでアジュの情操教育が進むのじゃ」


「そうね。これで命の大切さや、触れ合いで温もりを覚えてもらいましょう」


「それってもっと小さい子がやるやつじゃ……」


「今の卑屈ど外道を緩和するためには必要なんじゃよ」


 全部聞こえているからなお前ら。自覚はあるから怒りはしないが。


「ふむ、では名前を付けてあげてはいかがですかな?」


「名前? 俺が?」


 急な無茶振りが飛ぶ。

 考えている間、嬉しいのか小躍りしている子熊。

 かわいいけど集中できんぞ。


「えー……青かったし、あれだ。シアンとか」


「きゅっ」


 首を横に振られた。

 お気に召さなかったらしいです。


「結構真面目に考えたのに……ダメか?」


「きゅっ、クー!」


「はいはい新しいの考えればいいんだろ」


「きゅきゅ」


 また横に振っている。よくわからん。


「クー、クー」


「クーちゃんがいいんじゃない?」


「きゅっ!!」


 シルフィの発言に大きく頷いている。


「えぇ……もうちょっとこう、ちゃんと考えてやるぞ?」


「クー!」


「褒められたのが嬉しかったんじゃろ」


「きゅっ!」


 また頷く。そういうことか。

 いいのかねそんな安直で。


「しょうがない。嫌になったらまた考えてやるか。よろしくなクー」


「クー!!」


 こうして召喚獣が増えた。

 まあいいか。これはこれで楽しい。

 貴重な心の癒やし成分が補給できそうだ。


「よし、視察終わり。別荘に行ってみるぞ」


 景色は堪能したので別荘へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る