客船でまったりしよう

 俺達はネフェニリタル行きの客船に乗り、客室から海を眺めてくつろいでいた。


「いい部屋だ。ベッドに寝転びながら海が見える」


 部屋は三階。大きめのはめ込み窓からは、空と海がよく見えた。

 今日は晴れているためか、両者の美しさが実感できる。


「奮発して高い船にしてよかったわね」


「景色とか見たいんじゃろ?」


「ああ、いいセンスだぞ」


 四人で行く旅行なのだから、それなりにお高い客船にしたが、大当たりだな。部屋の雰囲気も綺麗でセンスがいい。広いので四人で使えてちょうどいいぞ。


「がんばって調査したのよ。アジュの好みに合うように」


 イロハが俺の目の前に来る。褒めて欲しいのだろう。気分がいいので撫でてやる。


「偉いぞー」


「いいなー、イロハいいなー」


 イロハが俺に背を預け、頭を俺の胸の下くらいにして寄りかかってくる。

 要求がよくわからんので頭を撫でてみよう。手を避けて顔を近づけてきた。どうやら違うらしい。手にすり寄ってくるので、両手でほっぺたをむにむにしてみよう。


「むにむに」


「わふぅ」


 満足らしい。顎の下あたりを撫でると、うとうとし始めたので俺も寝てしまおう。まだ船旅は二日くらいあるのだ。こういうまったりした時間もいいさ。


「晩飯まで寝るか」


「うむ、のんびり推奨じゃな」


「船の上だもんね」


 別にあくせく動いたって船のスピードが上がるわけじゃない。今はゆったりする時間なのだ。みんなそれを理解している。イロハはもう寝そうだ。


「んむぅ……」


「よしよし、最近犬要素が多いぞ」


「狼よ」


 寄りかかりながら匂いを嗅いでいるのも、少しなら許そう。

 遊んでみたくなったので、白くてふさふさしている犬耳をふにふにする。


「ん、耳で遊ばないの」


 耳をぺたっとされた。防御しやがって。仕方ないから寝よう。日差しが暖かくて昼寝には最適だ。

 そんなこんなで昼寝して晩飯食って暇な時間。少し甲板にでも出てみよう。


「夜風に当たってくる。お前らは危ないからここにいろ」


「はーい」


「ちゃんと帰ってくるのよ」


 なんとなく探検とかしたいじゃん。男の子だからね。しょうがないね。

 客船ってのは広いし内装も凝っていて面白い。こういうの見て回るだけでもテンション上がるな。


「ふう……涼しいな」


 甲板に出てみると、冬だが気候の関係なのか適度に涼しい。

 完全に暗くなった空と海を、船の照明と月が照らす。ロマンがあるぜ。

 手すりにもたれかかって海を見る。離れた位置で同じことをしている人もいる。こういうのは自分の世界だ。じろじろ見たりせず、己自信のロマンと向き合うべし。


「エンジョイしてんなあ俺……」


 昔の俺からは考えられんね。旅自体は嫌いじゃないし、こういう雰囲気好き。だが積極的に出るかというと、金銭的にも厳しかっただろう。

 いやいや、こういう事を考えないようにしよう。ネフェニリタルにでも思いを馳せるぜ。そういやネフェニリタルってどういう意味だ?

 俺の言語翻訳に引っかからないってことは、完全な造語なのだろうか。


「ネフェニリタル、ねふぇにりたる……意味のある言葉じゃないのか?」


「目標のようなものですよ」


 後ろに女が立っていた。白い服で、どこか儚げな金髪のエルフだ。落ち着いた雰囲気から、見た目とは剥離した年齢なのだろうと、漠然と思った。


「失礼、声が聞こえてしまったもので」


 いかんな、声が出ていたか。誰もいないと思って油断した。それよりも、国の名前が目標ってどういうことだ。


「目標?」


「救国の英雄が言ったのだとか。もう知る人も少ない伝承ですが」


「英雄の言葉が国の名前に?」


「ええ、ですが正しく把握されていたかは不明です。きっと気の遠くなるほど昔でしょうから」


 なぜそんなことを知っているのだろう。とても儚いものを語るように、その口調は優しく、どこか悲しさを含んでいた。


「その英雄の名前から調べられるのでは?」


「名前は残っていませんよ」


「は?」


 国名の由来にまでなった救国の英雄の名前が不明? 嘘だろ。あり得るのか?


「歴史に名を残すことはできなかったのでしょう。だからこそ、せめてその意志だけでも残したかったのかもしれませんね…………すみません、他国の方にこんなお話を。観光ですか?」


「えっ、ええはい」


「楽しんでください。ネフェニリタルはいい国です。では」


 それだけ言って曲がり角へと消えていった。最後までよくわからん人だったな。


「なんだったんだ……?」


 敵意はなかった。偶然ここにいた俺に話しかけただけ?


「なんじゃ船酔いでもしたか?」


 リリアが来ていた。帰りが遅い俺を心配したらしい。なんとなく答えが知りたくなって聞いてみた。


「なあ、ネフェニリタルの由来って知っているか?」


「由来? そういえば調べておらんのう。急になんじゃ?」


「今聞いたんだよ。英雄の目標だとか」


「聞いた?」


「金髪エルフの女が話してくれた」


「…………油断したのじゃ、この短時間で女と仲良くなるとは」


 なんか誤解があるようだ。別に口説いたわけでもないし、相手側にだって好意もないだろう。


「やましいことはなかったぞ」


「ううむ、不思議じゃな。女に普通に話しかけられるとは」


「そういやそうだな。まあいい。そろそろ寒くなってきたし、戻るか?」


「だめじゃ。二人で海とか見るのじゃ」


 妙な対抗心を出しやがって。俺の横に来てくっつきながら海を見る。静かな海だ。荒れることもなく、穏やかで風が髪を撫でる。


「こうしておると、まるでカップルのように……見えんじゃろうなあ、はあ……」


「自分で言って自爆するんじゃない」


「わし結構ヒロイン適正高いはずなんじゃよ」


「意味がわからん」


 平均的なヒロインの点数がわからん。リリアがめっちゃ高いことは理解できる。俺の横にいられるくらいだし、色々と万能だし。


「わしかわいいじゃろ」


「否定はしない」


「私で童貞捨てたくせにってセリフが似合うヒロインナンバーワンじゃろ」


「なにそのクソみてえなランキング」


「よく考えたら、わしら全員似合いそうじゃな」


「知らねーよ、そんなの」


 知りたくもないわ。うわーすげえ言われそう。そういう行為は慎重になって正解だな。でなきゃ何言われるかわかったもんじゃない。


「にゅおぉ、失敗じゃ。そこで拗らすでないわもう」


「アジュさんは繊細です」


「知っとるわ。帰ったらメンタル鍛えんとのう」


「今は旅行が優先か」


「じゃな。歴史資料館っぽい場所に行くのもありじゃ」


「そこまで気にしているわけじゃない」


 プランはある程度自由に変更できるよう、予定を開けている。急に雨降ってきたり、お祭りの中止とか客の混む場所など、旅行は予定外のトラブルが多いからな。だから一箇所くらいは平気なのだ。


「わしも資料ばかりで遊びに行ったことはないのじゃ」


「ほう、以外だな」


「初めての経験はできる限りアジュと一緒にしたいのじゃ」


「急にやめろお前は」


 にやにや笑いおって。照れているのくらいわかるんだぞ。なんとなく照れくさいので撫でてやる。


「照れ隠しでも撫でられるのは進歩じゃな」


「俺も成長しているのだ」


「うむ、精神も戦闘力も上がっておる。タキオンメルトダウンは正直驚いたのじゃよ。見事なものじゃ」


「あれはなあ……なんでうまくいったんだ?」


 完全に俺にできることじゃないだろう。今でもほぼ信じられんよ。


「積み重ねじゃよ。鎧を着て戦い、鍵で創意工夫も身に着け、自分の魔法に応用する。それが自然とできる土台はばっちりなんじゃよ」


「知育玩具のめっちゃクオリティ高いやつみたいな?」


「なんでそうしょぼい表現にするんじゃい」


「俺っぽくないからだ。ほれほれ戻るぞ。旅行で風邪引いたらアホだろ」


「しょうがないのう。明日も構うのじゃよ」


 こうして部屋へ戻り、船はネフェニリタルへと進み続ける。

 俺達の楽しい旅行はうまくいきそうだ。いい思い出にしよう。

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