シルフィとスイーツ店にて
俺とシルフィとやた子にフランでスイーツの楽園へとやってきた。だがそこにはヴァン一味が先客として存在していたのであった。
「アジュもようやくこの店に目をつけたか」
「意味がわからん。俺はこいつらの付き添いだ」
既にパフェの器とケーキの皿が何個も空になっている。こいつ食べる量もすごいな。胸焼けしないのだろうか。
とりあえず空いていた四人用の席へ座る。ヴァン達の隣だが気にしない。
「バイキング形式だがおすすめは王道のショートケーキ、そっからは個人の好みだ。アジュもなんかあんだろ?」
「フルーツ乗っているタルトとか、上にゼリーみたいなのがかかっているチーズケーキとか」
「ほほう、いいじゃねえか。両方あるぜ」
あるらしいので取りに行こう。ソニアとシルフィは一緒にチョコケーキを選んでいる。あいつら友達なんだっけ。
「試験でヴァンがなんか迷惑かけてなかった? あったら言ってね。しばくから」
「わたしはあんまり戦わなかったかな。イロハが言うには活躍してたってさ」
「そう、ならよかったわ。変な神とか出て大変だったみたいだし、心配してたのよ」
仲よさそうだし放置してもいいだろう。チーズケーキとショートケーキゲット。
「タルトあったわよ。梨とイチゴでいい?」
フランがいくつか持ってきてくれる。
「よく好みがわかるな」
「元副官ですもの」
副官ってすげえ。王族って傲慢なやつ以外は気遣いができるよね。政略とかで必要なスキルなのだろうか。やっぱめんどくさそうだな。
「おや、アジュさんもいい趣味っすね」
やた子はシュークリームやらマカロンなど手で食えるものが好きらしい。イチゴショートで王道も外していない。
「ほ~らヴァン、こっちもおいしいのよ~、食べてみて~」
「ん、こいつはうめえ!」
席に戻るとヴァンとクラリスがいちゃついていた。ごく自然にあーんとかしている。別に三人は正式に恋人同士なんだし、俺が口出しすることじゃない。
「お前……そういうの人前でできるんだな」
「安心しな、ここはカップルも多いんだぜ」
周囲には確かに男女で来ているやつもいる。いるけども、そのメンタルはすげえな。シルフィがこっち見てるので目を合わせないようにしようね。
「それでもメンタルがすげえよ」
「へっ、これでも一族まるごと潰れて放浪の身だったからな。大抵のことは耐えられるぜ」
「ツッコミにくいこと言うんじゃねえ」
こいつの自虐ネタは重いんだよ。さては事情を知っている俺だから言っているな。いくら俺でも世話になったやつはあまり悪く言えんぞ。
「はいはい食べるわよ。辛気臭いこと言わないの」
「へいへい悪かったよ」
ソニアがうまいこと食事再開の空気を作る。なるほど、あっちの役割が見えてきたな。俺も自分のケーキを食ってみた。
「うめえ……生クリームがまったくしつこくない。甘さはあるのにあの油っぽいもやっとした口当たりがないぞ」
「だろ? ここのは質がいいんだぜ」
上品な甘さだ。クリームって高いやつだとこんな味なんだな。そこまでしてケーキ食う習慣がなかったから、今まで気づかんかった。
「欠点は男だけで入るのがしんどいとこだ。だからソニアとクラリスがいる」
「なるほど」
「つまりアジュはわたしたちと来るべき」
「そうね、ちゃんと誘ってあげなさい」
まあそこに行き着くよな。ケーキの味に文句がないため、前向きに考えられる。チーズケーキも濃厚だが食い続けられる。タルトはフルーツの新鮮さが味に直結していて好き。
「は~い、こっちのマスカットケーキもおいしいのよ~」
クラリスはどんどんヴァンに食わせている。ヴァンの食事が止まらないよう、完璧に無駄なく連携が取れているようだ。この動き自体が無駄と言われればまあうん。
「アジュ、あれやりたい。あれやりたいです!」
ほらシルフィが興味持っちゃったよ。
「店の中はきついって」
「なーにそういう店だと思っちまいな」
「できねえよ。時と場所を考えろ」
「どうせ弁えてもやらないっすよね」
「それはそう」
羞恥心というものが俺にもあるのだよ。目を輝かせているシルフィには悪いが、人前でやるのは抵抗がある。男とは本来そういうものである。女は知らん。
「お待たせいたしました。カップル限定パフェでございます」
店員さんがなんか運んできた。カラフルでスプーンとストローが二個ずつ付いている。いかにもカップル用だ。ハートとか多用されている。
「よっしゃ食おうぜ」
「は~い」
「んーおいし、いいわねこれ」
ヴァンチームが食い始めている。躊躇とか戸惑いとか微塵も感じさせない。
「アジュくんにはハードル高いわね」
「普通に食べさせるくらいでいいんじゃないっすか?」
「普通ならやると思ったら大間違いだぞ」
「やってみよう!」
やる流れである。なんとか逃げたいが、別に周囲の人間もこちらを見ていない。なんだったらパフェ食っているカップルが複数いる。マジでそういう店なの?
「うおぉぉ……」
「葛藤が凄いっすね」
「アジュの中で光と闇が戦ってるんだね」
「それどっちが光なの?」
止める方が光だな。いやそういうことじゃなくてだな。俺はこの恥ずかしい状況をどう切り抜ければいいのだろう。シルフィがチョコケーキをこちらに向けてくるので思考が中断される。
「ほらほらシルフィちゃん待ってるわよ」
「待ってるよー」
「卑劣な……ああもう」
仕方ない本当に仕方ないので食ってやる。ケーキそのものはめっちゃうまい。シルフィも喜んでいる。やた子はニヤついているのであとでしばく。
「やったね!」
「いいわよ~、次はアジュくんが食べさせてあげるの~」
「マジすか」
俺のメンタルが削れていく。ここで止まるとしんどくなるので、一気にいこう。少しケーキを切り分けて、シルフィに食わせてやる。
「ほれ食え」
「ふへへー」
「この俺がかような辱めを受けるとは、やりおる」
「どんなコメントっすか」
もうシルフィが嬉しそうなことだけが救いだ。この環境は厳しいものがあるが、連続で要求してこないあたり気を遣われているな。
「付き合い長そうなのに照れるんだな」
「こういう経験はどうしても慣れないんだ」
「いつまでも逃げてちゃだめっすよ。おうちでもいいから料理とかでチャレンジっす!」
女性陣が微笑ましいものを見る目だ。そんなテンションあがるものなのかね。
「お前らはなんで楽しそうなんだよ」
「女の子は恋愛とか好きなのよ」
「せっかくだしみんなやってもらうっす!」
「煮えた鉛でよければ流し込むぞ」
「うちへの殺意が高い」
やた子はすぐ調子こくからね。明確にストップかけておこう。
「シルフィ、合わせるわよ」
「わかった!」
ソニアがヴァンに、シルフィが俺にそれぞれケーキを食わせようとする。なんだその無駄な同時攻撃は。
「オレは普通にもらうけどな」
ヴァンは抵抗なし。ギャグにしているのは、シルフィへのアシストのつもりか。渋々だが受け入れてやるぜ。もう二回も食ったし話題変えちまえ。
「そうだ、俺達はしばらく旅行に行く予定なんだけど」
「露骨に話題変えたっすね」
「みんなでネフェニリタルにいくんだー」
「なるほど、冬にはいいじゃない」
「平和な国だから~ゆっくり遊べるわよ~」
神からも評判がいいらしい。ヴァンも行ったことがあるらしく、フルーツと肉料理について話してくれた。
「また変な神とか出てこないだろうな」
「わかんない。あそこの神と私達は別種だから」
「それほど交流がないのよね~」
神めっちゃいるからな。全員把握するのは無理だろう。だとしても平和な国であるのはありがたい。
「土産は甘いもんでいいぜ」
「考えておいてやる」
「試験で離れ離れだったんだから、ちゃんと甘えてらっしゃいな」
「うん、ソニアにもお土産買ってくるね!」
よしよし、なんかいい感じに終わりそうだ。
「はいあーん」
終わりそうだったじゃん。三回目は想定しとらんよ。
「今日だけだぞ」
「うんうん」
「旅行で浮かれてもやらないからな」
「わかった! だいじょぶ!」
そこから何回かやることで満足したのか、シルフィは終始ごきげんだった。
こうしてなんとも恥ずかしい体験は終わりを告げる。
家に帰って疲弊した心を回復させよう。
「疲れておるのう」
ソファーでうだうだしていたら、リリアが面白がって寄って来る。
「おう、旅行では節度を守ろうな」
「他国ではしゃぎすぎは危険じゃな」
「とりあえず現地については調べておいたわ」
「助かる。俺は食い物と綺麗な景色が見られればいい」
できる限りこいつらの希望を叶えてやることにした。ぶっちゃけ旅行のノウハウがない。なので旅の準備もほぼ任せている。この世界の旅事情について詳しくないからね。本当にギルメンがいてくれて助かるわ。
「何かあれば拙者かミナ殿を呼べば駆けつけるでござるよ」
コタロウさんは完全にフリーな存在なので、護衛に呼んでもいいな。いざとなれば頼ろう。この人も武将として、忍者として、世界各地を旅した人である。そういう知識は非常に興味がある。
「危険な国ではないんですよね?」
「でござる。近隣諸国との関係はごく普通。険悪でも特別友好的でもなしでござる」
「やたら警戒しておるのう」
「俺達が海外旅行して無事だったことがないからな」
嫌なお約束ができつつある気がする。ここらでこの法則をぶち壊したい。じゃなきゃ旅行の度に邪神殺して回るはめになる。
「楽しい旅にしようね!」
「期待している。かなりマジで」
「うむ、ここらでしっかり思い出を作るのじゃ!」
頼むぞ。空気読めよ神。本当に頼むからな。
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