ヒメノから説明があるみたいです

 家の前でヒメノが待ち構えていた。

 近くにアンパンと牛乳がある。どんだけ待ってたんだ。張り込むなよ人の家に。

 仕方ないので家に入れた。そして今ヒメノはというと。


「ああぁぁ……癒やされますわあぁぁ……」


 マッサージチェアのようなものに座ってだらけている。


「なんだあれ」


「わしが買ったやつじゃな。回復魔法放射とコリをほぐす動き、まあマッサージチェアじゃ」


「やっぱりわたくし、この家に住みますわ!」


「叩き出していいかな?」


「説明したいこととはなんなのかしら?」


「まさか何も無いとかじゃないだろうな」


 こいつの行動は読めない。本当に来たくて来てるだけかもしれない。

 それがこいつの怖いところだ。


「黒いもやもやのことですわね」


「知ってるのなら教えてくれ。教える気がないなら帰ってくれ」


「これをどうぞ」


 なにかの紙を渡してくる。思わず受け取って中身を見てしまう。


「なんて書いてあるの?」


「えーっと『もやもやした気持ちがわかったよヒメノ。これは恋だ。君への恋心なんだ。ヒメノの腰に手を回し情熱的なくちづけとともにその唇から紡がれた言葉は、まぎれもなくアジュの本心であった。そして二人きりの部屋に』なんだこれ?」


「ああ、間違えましたわ。それはわたくしが個人的に書いているものですわ」


「とりあえず破っておくわね」


「ああ、なにをなさいますの!?」


 俺から奪った手紙をビリビリに引き裂くイロハ。かなり怒っているのだろう。

 俺にジト目で何かを訴えてくる。俺にどうしろっていうのさ。


「ああ……アジュ様との初夜編が……せっかく昨日思いついてちゃちゃっと書きましたのに」


「そんなに思い入れねえじゃねえか」


「仕方ありませんわね。実践すればいいことですわ」


「ヒメノさん。アジュはわたし達のアジュだからね。実践はダメだよ? わたし達だってキスもまだなんだから」


 シルフィが怒っている時は変なオーラが出てる時だ。

 あとボディタッチが多くなる。つまり今だな。


「というか初夜編ということは他にもあるのじゃな」


「それはもうたんまりございますわよ」


「い・い・か・ら・もやもやの説明をしろ」


「いつもアジュ様のことを考えると、もやもやして切なくなりますわ」


「それはみんなそうだから説明しなくていいわ。私達が聞きたいことじゃないの」


 これ話進まないな。ヒメノをマッサージチェアから引っ張ってみんなでソファーに座る。


「仕方がありませんわね。こうなればしっかり説明して差し上げますわ!」


「普通に説明をしろ。追い込まれないとしないのはダメ人間だ」


「つまりアジュ様と一緒ですわね」


「確かにその通りじゃな」


 うるさいよ。大正解だよちくしょう。だってゴロゴロしてるほうが楽じゃん。


「はいはい、簡単に言ってしまえば付喪神ですわ」


「ツクモガミってなに?」


「物につく神様ですわ。大事にされていたものに意思が宿るとお考えくださいまし」


「そんな簡単につくのか? みんな持ってるアクセっぽかったぞ」


「ええ、今回の場合アクセにあらかじめ仕込んだのでしょう。特定の力を流し込むと祟り神となり、所有者の意識を乗っ取って支配できるようにする。後は簡単な命令を出す。こんなところですわね」


「にしても数が多いだろ。そんなにどうやって神様作ったんだよ?」


「おそらく神の一柱、もしくは力のあるものが自分の力を小さく小さくちぎって分けたのでしょう。そうすれば一度全体に命令するだけで手間が省けますもの」


 かなりややこしい話になってきたな。


「わたしもうわかんない」


「私もついていけているか怪しいわね」


「無理も無いじゃろ。今までの状況とはまた違う場所からの敵じゃ」


「ようするにヤバイもん仕掛けた奴がいるってことだよ。それだけでいい。目的はわかるか?」


「サッパリですわ」


 アイドルを狙っていたのか、付喪神とやらの起動実験だったのか。

 それ以外の目的があるのかさっぱりだ。


「ま、俺達には直接関係ないんだから、大人しくしてればいいんだよ」


「その通りですわ。後はわたくしどもが何とか致します」


「わたし達は戦わなくていいの?」


「理由がねえだろ。単位にも金にもならないんだぞ。知り合いがヤバイわけでもない」


 ヴァンに頼まれたし流れで戦ったけど、よく考えれば俺達に一切関係ない。

 無駄に危険に首突っ込んでるだけだ。俺らしくない。


「それはそうだけどさ……」


「無駄に傷ついてもなんにもならないさ。それにお前らが傷つかなくていい。危ないことに首突っ込まないでくれ」


「こやつはこやつなりにシルフィ達を心配しておるのじゃ」


「そうですわ。そちらに危害が及んだ時に、鎧で倒せばよいのです。そのための鎧ですわ。レベルも上げようとすれば下がらず上がるのですから、余裕ですわ」


 随分と思わせぶりなこと言ってくれるじゃないか。

 こいつが何を知っているのか知らないが。

 鎧とレベルについての知識があるみたいだな。


「鎧について知っているのか?」


「ほんの少しだけですわ」


 今度は胸の谷間からから紙を取り出し俺に渡してくるヒメノ。

 なんちゅうお約束なことやってんだこいつ。興奮より呆れるわ。


「これは?」


「ご安心を。今度はちゃんと戦う時の対策ですわ。基本はアクセのような触媒を破壊すること。後はその時に応じて対策なさってくださいまし」


「ん、ありがとな。これは助かるよ」


「そうだね。ありがと」


「助かるのじゃ。しかしよいのか? わしらはこのまま静観しておっても」


「それは付喪神をですの? それともリリ……ア様はなにか別に心配事でもお有りですの?」


「わしはアジュを危険なところに案内するわけにはいかんのじゃ」


 なにかアイコンタクトのようなものが行われている。俺には何のことやらよくわからない。


「それではそろそろお暇いたしますわ。またお会いしましょうアジュ様。皆様」


 立ち上がり玄関へ向かうヒメノ。リビングの扉で立ち止まり、こちらへ向き直る。


「アジュ様。その鎧は人と神の手により創り出されたもの。傍若無人な神仏に、試練や運命という耳障りの良い勝手な大義名分を押し付けて悦に浸る神魔に、罰を与えることのできる鎧です」


「神仏に罰を与えるか、壮大な話だな」


「神罰を神から人にではなく、人から神に与えるものにする。希望を自らの手で掴み取る鎧ですわ。その力で、どうかアジュ様の大切な方々をお守りくださいまし。わたくしどもはアジュ様の味方ですわ」


「そっちの素性もわからないのに味方と信じろってのか?」


「信じなくても結構ですわ。ただ守ると決めましたの。だから守る。これもまた勝手なエゴですわ。それではごきげんよう」


 去って行くヒメノ。なんだか御大層な鎧なんだな。確かに強い。

 ソファーに座り直してリリアに聞いてみる。


「なあ、この鎧ってそんなに強いのか?」


「そら強いに決まっとるじゃろ」


「そうじゃなくて、そんな絶対的か? 前にロックかかってるとか言ったよな? なんでだ?」


「強すぎるからじゃ。全力を出して『拳を軽く前に突き出すだけ』で銀河も星々も砕け散り、空を『ただ蹴るだけ』で世界そのものを引き裂く一条の光となる。ただ本気を出して動くだけで世界にヒビが入り粉々になる。人の住む世界で本気など出せぬ」


「想像もできないわね」


「とにかく凄く強いってことはわかるね」


 あまりに規模がでかくてピンと来ない。動くだけで世界がぶっ壊れて消滅するとは。


「ちなみに剣も人類の究極の一振りじゃ。その二つがあれば神や概念的存在に対して9:1でガン有利つけられるのじゃ。捨てゲー頻発じゃな」


「よくわかんねえ」


「便利な装備ということでよい。それより今後どうするかじゃ」


「そうだね。狙いがわかんないからどうしようもないんだよねえ」


「学園側がなんとかするだろ」


「どうかしら。生徒に解決させて経験を積ませようとするかもしれないわ」


 起きた問題の程度によるだろう。そして程度というのは人による。


「なにかしらの形でクエストが出ればそれでよし。でなけりゃ上級生とかが倒すだろ。お前らが無事なら何百人死んでもいい。知った事か」


「後半同意できないけれど、まずは先輩に任せてみようってこと?」


「全部一年がやる必要なんか無いのじゃ」


「そうね。それじゃあしばらくクエストを見ながら付喪神に気をつけるってことでいきましょう」


 嫌な感じがする。ヴァルキリーって神の僕とかじゃなかったか?

 神話とか詳しくないけど、みんなが危険な目に合わないように、それとなく見ているか。


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