ダイナノイエ皇国編

旅行前の準備って大切だよね

 優勝トロフィーと王冠をひっさげて帰ってきたヴァンを、控室で出迎える。


「おめでとうヴァン! やったわね!」


「おめでとう~!」


「おう! 見たかオレの強さを!!」


 既に治療班によって回復魔法をかけられている。外傷は見当たらない。


「やったな」


 俺たちも拍手で出迎える。健闘を讃えようじゃないか。

 しばいお祝いムードが続く。


「さて本題だが」


「俺のことを知っていたな」


「本当に見覚えはないのね?」


「ない。マジで一切ない。勇者科にいるのは知っていたが、ただそれだけだ」


 会話した覚えがない。まず知り合いが少ないので、どこかで会っていたら覚えているはずだ。だがどうしても思い出せないわけで。


「知らねえってことにしておくか?」


「それで頼む。少し警戒してみるよ」


 フウマに調べさせるべきか悩む。俺たちの存在を知らないのならば、関連付けさせるべきじゃない。徹底して無関係であればいいのだから。


「それじゃあ、俺たちは早めに出て、なんか食って帰るか」


「おう、またな。オレらは他の学年の部も見ていくわ」


 ヴァンたちと早々に別れ、なるべく選手控室には近づかないように外へ出る。

 屋台も多いし、適当に食事しながら帰ろう。

 今は休憩時間だからか、この間に腹を満たそうとする人も多いようだ。


「あの鞘、妙じゃったな。フウマにも関わらんように伝えるべきかもしれぬ」


「そうね。余計なトラブルは避けましょうか」


「あっ、ととと……そっちラティクスさんいるよ。こっち行こう」


 離れた場所にルシードがいる。そーっと見てみると、知った顔と一緒だ。


「カグラちゃんじゃな」


「あいつも勇者科だったなそういや」


「知り合い?」


「ラグナロクでチームが一緒だった」


 鞭とかクロスボウ主体のやつだったはず。

 仲良さそうに話している。なるほど、あの二人には関わるべきじゃないな。


「はい撤収。焼きそば食って帰るぞ」


「もうめぼしいものは買ってあるわ」


「ナイスだ」


「あらサカガミくん」


 シャルロット先生がいる。なんかルシードたちを影から見守っているような挙動だ。


「先生?」


「君たちも観戦?」


「ええまあそんなものです」


「ふーん……ねえ、ルシードくんとカグラちゃんだけど」


 急に真面目なトーンになるのはやめてください。

 事情を知っているのだろうか。勇者科教師なんだから当然といえば当然だが。


「あの子たちは敵じゃないわ。少しだけ事情が複雑なの」


「先生は知っているのですね?」


「知ってるわよー。だからね、あの子たちの力を見ても、それだけで判断しないで欲しいの」


「力?」


「そう、力は使う人間次第だし、その力がどこから、誰から、どんな場所からもたらされたのか、それを全部知っている人って案外少ないのよ」


 つまり俺たちと敵対するような奴らの力に似ている、そんな可能性があるのだろう。だからここで釘を差しておく、といったところか。


「それほど綱渡りということですか?」


「うーん、そうでもないわ。あの子のいるギルドは教師が顧問だから、無茶させすぎることもないし。どこかで会っても、敵認定はちょっと待ってねってだけよ」


「わかりました」


 ここで警戒しても、逆に俺たちへの警戒が強まる気がする。

 よって適当に返事をして、その場の状況で臨機応変にやっていく。


「お願いね。それじゃあ楽しんで」


 素早く去っていく先生。あまり長話して気づかれても面倒だから、これはありがたい。


「どういうことなんだろうな?」


「先生が保証してるってことは、安心していいんじゃない?」


「前もっての注意が入るほどで、武士道どうのこうので、勇者科に入れるわけで」


「謎は多いけれど、鎧の男だと知られるメリットはないわ」


 そこだな。俺が強いと知られても、目立つだけで得などないのだ。

 フードコート的な場所で、屋台で買ったものを食いながら、今後の予定を考える。


「おやあ、珍しいところにいるっすねえ」


 なんかやた子がいる。フランクフルト食いながらこっち来たぞ。


「ちょっとヴァンに誘われてな。大会見に来ていた」


「あー、見てたんすか。すごかったっすねえ」


「やた子ちゃんもいたの?」


「うちも勇者科が、どれくらいできるのか調査っすね。二年と三年も調べないといけないっす」


「真面目に仕事とかするんだな」


「するっすよー。こういうのもお仕事っす」


 こいつも色々大変なんだろうなあ。なんといってもヒメノの部下だし。


「うちを労うっすよ」


「はいはい凄い凄い。たまに世話になっているよ」


「やた子は忙しくしているところもよく見るわ」


「そうっすよ。だからちょっと焼きそばもらうっす」


 俺の焼きそばを勝手に食いやがって。しかも肉の部分を多めに取るという意地汚さを見せつけてきやがった。


「昼飯なんだぞそれ」


「じゃあうちのもちょっとあげるっす」


 食いかけのフランクフルトを口にねじ込まれる。

 うまいけど、こういうのは三人の視線が俺に来るからやめろ。


「やた子ちゃんがいちゃいちゃしてる……」


「そういうのは軽々しくやってはいかんのじゃ。加減を間違えると好感度が落ちるじゃろ」


「でもあんまり拒否らないっすね」


「不意打ちだからだろ」


「私たちだって屋外では避けているのに」


 結構分別ある連中である。人前でくっつきすぎないし、あーんとか強要もほぼしない。居心地の悪い真似はしないと理解しているので、気が緩んでいたのかもしれないな。


「じゃあ帰ってやってもらうといいっすよ。うちは応援してるっす」


「余計なことせんでいい」


「完食しといて言う事っすか」


「普通に腹が減っていたし」


 しょうがないので肉まんに手を付ける。こっちもうまい。

 腹を満たすにはもう少し何か必要だ。


「照れもせず普通に食事再開されるとこう、悲しいんだかよくわかんないっすね」


「いいから仕事に戻れ」


 ろくでもない展開が待っていそうなので、誰にも会わないように家に帰った。

 そして数日後に迫った旅行の準備をするわけだ。


「表向きは、あっちで一週間くらい過ごすだけらしいな」


 神に会って修行つけるとか書けないので、他国に行って見聞を広めるという修学旅行みたいな建前である。

 当然だが軍隊に体験入学とかはしない。事前に打ち合わせ済みだ。


「アジュはトールさんに教えてもらうんでしょ?」


 シルフィがクッキーを俺に食わせようとしている。


「まあな。スパルタじゃなきゃいいが」


 仕方ないので食ってやる。やた子がやったことを真似ているのだろう。


「どちらかと言えば理論派の神じゃ、安心せい。雷属性の技術は早々学べるものでもないのじゃ、少しは頑張るんじゃな」


「了解」


 魔法は好きだし、技術の進歩があるならまあ、少しくらいはやってみせるさ。


「わたしたちも一緒なのかな?」


「別の神がいる可能性もあるのう」


「優しい神様だといいね」


「まったくだ」


 頼むから余計なトラブルは起きないでくれ。

 せっかくの機会なんだ。貴重な雷属性について知るチャンスを台無しにしたくない。


「よし、じゃあザトーさんのいる国についてもおさらいしよう」


「ダイナノイエ皇国じゃな。皇帝の絶大なカリスマで成り立つ大国じゃ」


 リリアが膝に座ってくる。いやソファーにいただろお前。そこ座っとけよ。


「国土が広くて、圧倒的な軍事力と、資源の豊富さが売りじゃな」


「あと専門機関が多いよ。フルムーンは貴族文化が根強いけど、あっちは国全体が実力主義」


 イロハがじゃれついてくるが、まあ我慢しよう。差し出されたお茶は受け取っておく。やた子め……余計なことしおって。


「フルムーンも実力主義じゃね?」


「騎士団長と軍師は完全実力主義よ。あとは結果的に優秀な貴族の血が受け継がれて、上層部はずっと優秀な人材なのよ」


「歴史の重みがいい方向に働いておるわけじゃ」


 なるほどねえ。国によって特色はあって当然だが、長く受け継がれた優秀な遺伝子が貴族の土台を作るのがフルムーンということか。


「話がそれたのう。あとは治安のよさから観光地としても有名じゃな」


「一緒に遊ぼうね!」


「余裕があればな」


 そして舞台はザトーさんの治める、ダイナノイエ皇国へと移っていく。

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