なんか同居することになった

「はい、これ飲んで」


 シルフィがなんかビンに入った液体を渡してくる。

 いや緑色って……青汁か? 学園からの支給品にあったなこれ。

 確か俺の持ってきたカバンにも入ってるはず。


「なんだこれ?」


「なにって普通のポーションだよ」


「ポーション? マジで? これがあのポーション?」


「どのポーションかわからないけど。回復するやつだよ」


 あのファンタジーで薬草と並ぶ回復アイテムさんであらせられるポーションさんだよ。

 まさか飲む機会がやってくるとは。

 飲んでみるとハーブっぽい匂いで後味すっきり、ちょっと苦い。苦いのは薬だからか?


「これが……ポーションの味か……普通に売ってるのか?」


「売ってるやつだよ。もしかして自分に合ったポーション屋さん見つけてない?」


「自分の? ポーションはポーションじゃないのか?」


「ん~説明が難しいよ。教えて! イロハ先生!!」


「イロハ先生は眠くなってきたので拒否するわ」


 教育現場がこれほど腐っていたとは知らなんだよ。

 パーカーをすっぽり被って体育座り。本気で寝ようとしてないか?

 ちゃっかり日の当たる場所を確保しているし。

 ポーション屋さんね。探してみるか。学園からの支給品にあるくらいだし、高い値段でもないだろう。


「学園生でポーション作りの実習してる人もいるから、材料持っていけば作ってくれるかもよ」


「そんなんあるのか」


「あるよー。学園からのクエストだったりかな。先生の目の前で三十個作れとかあるし」


 作った分は材料さえ持っていけば、格安で売ってくれるらしい。

 ポーションは必需品だろう。安く手に入るならありがたい。


「必要になるだろうし、色々買い足さなくっちゃあな」


「じゃな。生活雑貨と回復アイテムはちゃんと揃えるのじゃ。一緒にコップとか歯ブラシとか選ぶのじゃ」


「コップ……? ねえ、そういえば今日アジュの部屋に行った時にリリアがいたよね?」


「いたな。それがどうした?」


 シルフィの空気が変わっている。急にどうした?


「もしかしてさ…………一緒に住んでるの?」


「うむ、あの家はわしとアジュの家じゃ」


「ふたりだけ? ふたりだけですんでるの? いつもいっしょなの?」


 え、なにこれシルフィさんめっちゃ怖い。

 なんでこんなぐいぐいくるんだ。俺じゃなければ好意があると勘違いするぞ。

 俺だからそんなわけがないと言い切れる。

 勘違いして恥をかくのは俺だ。警戒しておこう。


「いやまあ、二人だけだ……よな?」


「うむ、新居に二人きりじゃな」


 あれ新居だったんかい。道理で綺麗な筈だよ。

 学園長どんだけ金かけてるんだろう?


「そっか、そうなんだぁ……アジュと二人かぁ……どうして家があるの?」


「どうしてって言われても……俺にもよくわからないんだよ」


「学園長が建て替えたり、新しく造ったりしておるじゃろ?」


「新入生が増えると寮が足りなくなったり。新しいギルドが増えるから貸し出したりするよね」


 お、ちょっと雰囲気が明るくなったな。このまま畳み掛けよう。


「そうそう、それだよ。それの一つを借りてるんだよ。家賃とかあったよな?」


「うむ、まあそれほど高くはないのじゃ」


「なーんだ。それで一緒の家に住んでるんだね。他に入ってくる予定の人とかいるの? 新入生用?」


 よしよし、普通の会話になったな。なんだ共同生活って普通にあるんじゃないか。


「いや、あれは俺のギルド用だからな。もう誰も住む予定はないよ。人が増えすぎても怖いしさ」


「………………そっか。だれもいないんだ。ずっとふたりなんだね」


 またこの空気だよ。誰かどうすればよかったのか教えてくれ。


「ずるい。ねえ、そこってギルドメンバーなら入れるの?」


「部屋は空いてるはずだけど……簡単に入れるのか?」


「ギルメンならば、引っ越し手続きさえ済ませれば入居はできるのじゃ」


「わたしも一緒に住む」


「はあぁ!? 正気か!?」


 なんでそうなった。一緒に住む理由が見えてこないぞ。


「ギルドメンバーだもん! 仲間だって、もう友達だって言ったじゃん!」


「友達だからってホイホイ男と一緒に住もうとするなよ!」


 座りながら両手で床をバンバン叩いているシルフィ。駄々っ子か。

 ここの床は木造だから多分怪我しないけどやめなさい。

 貞操観念とか無いのか。若者の性の乱れだよこれ。


「誰でもいいわけじゃないもん! 別に男の人でもアジュなら変なことしな……ああぁ!?」


「騒ぎすぎじゃ。ちょっと一回落ち着くのじゃシルフィ」


「うああぁぁ……アジュ……そっか……うわ……どうしようアジュが」


 アジュがキモい? アジュがいたら住めない?

 何が言いたいのかよくわからん。怒ったり、赤くなったり、しかめっ面になったり忙しい子だな。


「アジュが、男の人だ!!」


 返ってきたのは全く予想外の言葉だった。真意を図りかねる。


「え、俺女だと思われてたの?」


「そうじゃなくて、仲間だし、友達なんだけど、男の人で。男の人だって考えると……うわあよくわかんない! 助けてイロハ! なんかモヤっとしてこうギュッとなる!? アジュの顔見られない!!」


 もう何言ってるのか1%も理解できない。

 シルフィに揺さぶられて、ずっと眠そうにしていたイロハが顔を上げる。


「私に助けを求められても困るわよ……貴女はどうしたいの?」


「住みたいけど、住んでる場面を考えるとうわーってなる!!」


 うわーってことはイヤってことか?


「イロハ、翻訳頼む」


「無理よ……どうにもならないわ」


「そうだ、イロハも一緒に住もうよ!」


 そうきたか。そんなことイロハが了承するはずがないだろ。


「そうね、それも良いかもしれないわ」


「えぇ……」


「シルフィだけを男と同居させるよりはね。寮より快適そうだし」


 なるほど、確かに友達としちゃ不安だろうな。


「だからっていいのか? 俺のいる家で」


「わたし他に行けるとこなんて無い。行きたくない。イロハとアジュがいる場所以外はヤダ」


 何でそんな泣きそうな顔なんだよ。俺のところに来るか来ないかの話だぞ。

 学園長が言ってたな。居場所を作ってやれって。

 どんな事情があるか知らないけど、ぼっちには寂しいタイプと、俺のようにエンジョイできるタイプが居る。結局のところ、こいつは寂しいんだろう。


「わかったよ。来たければ来ればいいさ。別に楽しくないと思うけどな」


「なら楽しくするよ! ありがとう!」


「うむ、歓迎するのじゃ!」


 流れで決まったけど、女の子と同居とかヤバイ。

 別にエロいことを抜きにして、ちゃんと同居生活が送れるか不安すぎる。

 肉親以外と共同生活ってちょっと怖くね? コミュ症にはハードル高いよ。


「なにはともあれ。二人が来れば家賃も効率よく稼げるのじゃ」


「…………金ってどうやって稼ぐんだ?」


 あるぇ……そういやどうやって生計立てればいいんだ? 手持ちゼロだよな?

 シルフィ達はいいところのお嬢さんみたいだから別として。

 俺とリリアはどうやって金稼げばいいんだ?


「クエスト受けて、終わるまで手持ちでやりくりとか」


「手持ち学園長に貰った分以外ゼロっす」


「ええぇぇ!? どうやって生活してるのさ!?」


 異世界に来て、気がついたらあの家にいたからなあ。

 本格的にまずいな……学食はあるみたいだけど有料っぽいし。

 えぇ……俺どうしよう……ポーションでお腹膨れないかな。


「金稼ぐ手段ってどんくらいある?」


「学園からのクエスト受けるとか。生徒からの依頼とか」


「もしくは魔物を倒すとかじゃな」


「それでいこう。切実だわ。魔物倒すとどうして金もらえんの?」


 まさか金がちゃりーんと出てくるわけでもないだろう。

 手間がかかるようなら別手段も考えよう。


「えぇ……アジュって今までどんな生活してたの?」


「学校行って、帰ってきてPCつけて漫画読んでゴロゴロしたりだな」


「ゴメンね。アジュが何言ってるかよくわかんない」


 でしょうね。異世界の用語ガッツリ使っちゃたよ。

 余程パニックなんだな俺。


「よし、とにかく魔物倒すんだな。できれば協力して欲しい」


「いいよ! でもクエスト受けた方が安全かな。魔物って強いのもいるよ」


「即金貰えるクエストでお願いします。できれば探し方から」


「オッケー! じゃあまずイロハ、起きて。場所変えるよー」


 絶賛体育座り中のイロハを軽く揺すっている。


「んもう……なによ……別に寝てないわ」


「ほーら、おはようイロハ。朝だよー」


 シルフィが茶化しているけど怒っているわけじゃないな。仲の良さが伺える。

 今も半分寝てるんじゃないか?


「わふぅ……だいじょうぶ……寝るようなヘマはしないわ……寝ても気配でわかるし……」


 おおぅ、あくびしながら涙目でこっち見てきやがって。

 『わふぅ』とか言いやがって、無駄に可愛いじゃねえか。

 獣耳が真っ白で犬っぽいし、パーカーに隠れているけど少し見えたしっぽはふさふさだったな。

 マジで犬かもしれん。


「ふわぁ……っ!? 話は終わったの?」


 今凄い全身がビクッてなったな。自分がどんな状況か思い出したんだろう。


「お願い……忘れて……お願いだから……違うのよ」


 顔真っ赤ですよイロハさん。フードを頭まで被ってもチラチラ赤い顔見えてますよ。


「イロハちゃん、かわゆいのじゃ」


「ふふーん、イロハは可愛いんだよー」


 自分のことのように大きな胸を張っているシルフィに同意するけど口には出さない。

 俺が可愛いとか言ったら終わりだ。キモって言われてドン引きされる。

 女を褒めるという行為は、ある程度の顔面偏差値を必要とします。


「ほら、行くわよ! 場所を変えるのでしょう?」


「そうだな。クエスト探すんだよな?」


「そうだよー。できれば簡単なやつだね」


 俺達は出口に向かって歩き出す。

 そこでちょっと気になったことがあるので聞いてみる。


「なあ、この扉の横についてるスイッチ何だ?」


 入口横の壁に赤と青のボタンがある。

 ボタンがあったら押したくなるだろう。

 修練場にあるって時点で危ないものかもしれないけどな。


「それはね、こうポチっと押すと奥に魔法陣が出るでしょ……あれ? 出ない?」


 シルフィが赤いボタンを数回ポチポチ押すと修練場の奥に魔法陣が現れる。

 その中からゆっくり歩いて来るデカいやつ。

 赤くてデカい。三メートルくらいある岩か土でできていそうな何か。


「こんな感じでゴーレムが出るよ。ちょっと実戦したい時に使うんだー」


「おーホントだ。でっかいなー」


 シルフィの言うとおりだ。

 ゲームとかでよく見るゴーレムだな。

 ゴツゴツしてるし、でっかいし。


「おおおぉぉい!? どうするんだよ!?」


「とりあえずやるしかないよ!!」


「なんでだよ!! 止める方法とか無いのかよ!!」


「青いボタンで消えるけど……せっかくだしやろうよー。魔法で作った偽物ビジョンだからさ」


 玩具買って欲しい時のガキみたいに駄々こねるシルフィ。

 せっかくだからで戦うもんじゃないだろゴーレムって。


「なんじゃそら」


「本物より弱くて、死の危険も格段に下がるということじゃ。こちらの体力が少なくなると自動で止まる」


「つっても危ねえだろ」


 ようやく掴んだ第二の人生だぞ。自力で掴んだわけじゃないけどさ。

 あとまあぶっちゃけ怖い。ケルベロスで耐性ついたかというと真逆だ。

 あんな化物と戦わなきゃいけないと思うとお腹痛い。超怖いわ。


「まあ実戦は大事じゃな。やってみるがよい」


「ほーらリリアもこう言ってるよー!」


「ごめんなさい、シルフィが迷惑かけて」


「ああもう……責任持って倒してくれ。シルフィ! 君に決めた!!」


「よくわかんないけど決められた!! いくよ!!」


 俺は生きて帰れるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る