女との会話は慣れない
リリアと食事を済ませ、目の前にあった湖へ。今度はフランと手漕ぎボートに乗っている。漕ぐのは俺。ちょっと楽しい。
「こういう自然に囲まれた場所はいいわね」
風もなく、透き通った水面に光が反射して煌めいている。カップル客も見かけるが、湖が広いためぶつかるようなことはない。ゆったりとしたいい空間である。
「久々にのんびりできるな」
雑念は捨て、ボートを漕ぐのだ。
「無心でただボートを進めるマシーンと化すぜ」
「それもうデートじゃないわよ」
「そもそもデートじゃないだろ」
「……アジュくんはアジュくんねえ」
お姫様のデート相手が俺は、もう国辱に近いものがある。思い上がるなよアジュ・サカガミ。そういうところからキモい男はキモくなるのだ。
「いい機会だ、デートってどうするのか教えてくれ」
あいつらにばかり任せていると、いずれお城のようなホテルにぶち込まれそうで怖い。ある程度俺が把握できて行動できるなら、こちらの感謝も示せるだろう。他人やそのへんの女を接待しなきゃいけないわけではない。なら多少は俺から動いてみようじゃないか。
「いくらでも経験あるでしょ?」
「俺はインドア派だし、女にモテないんだよ。だから経験が少ない」
「それは無理あるわよ?」
「なんでだよ。あいつら以外とこんな経験ないぞ」
ないはずだ。まず友人が少ない。そして必ずと言っていいほどギルメンが一人は一緒だったはず。俺自身が女と二人になるのを拒否ったりするから、記憶にないのだ。
「じゃあリリアちゃん達とお出かけしないの?」
「したことはある。だが毎日じゃないし、クエとか魔法の研究とかに同行する形が多いかな」
「ちゃんと遊んであげなさい。あれだけ好きでいてくれるんだから」
年下を諭すお姉さんみたいな口調と雰囲気を漂わせている。妹がいると言っていたし、慣れているんだろうなあ。
「恩に報いる感じ?」
「そんな難しく考えなくても……好意を向けられて悪い気はしないでしょ?」
「他人から好意を向けられるという経験がない。ここ一年で起きた現象なんだよ」
単純な経験の無さが出ている。そしてデートという言葉への嫌悪感もある。
「デートとか接待まみれの胸糞悪いもんのはずなんだよ。こっちじゃかなり事情が違うようだが……」
「どんなイメージよ……根が深そうね」
「めっちゃ深いぞ。男女別の特別科目だったが、学校の授業で女の多い場所は親同伴以外で行くなとか、女に逆らわずにどう逃げるか習うからな」
これはれっきとした授業で、ペーパーテストも存在したのだ。
「えぇ……むしろよく一緒にいられるわね」
「事情をすべて知っているリリアがいてくれた。あとシルフィとイロハが世界有数の優しくてスペック高いやつだったからセーフ」
「奇跡のようなバランスね。だったら余計ちゃんとしてあげなさい。自分からありがとうとか、好きとか言わなきゃだめよ?」
ものっすごい優しく言われる。なんというお姉ちゃんオーラだ。こういうタイプいなかったなあ。新鮮だぞ。不快にならないような言い回しなのは感心する。
「姉っぽい。やはり相談に乗ってくれる姉ポジは必要なのかもな」
「都合のいい女になるつもりはないわよ?」
「知っている。フランはそんな人生を歩むべきじゃない」
ふと思う。これ二人乗りのボートでする話題なんだろうか。俺は楽しいけれど、これをデートと言うには違う気がする。
「軌道修正だ。カップルはどういう会話するんだ?」
「景色とか、服を褒めるとか……ごめん、わたしもデート経験ないのよ」
「マジで? いや姫なんだからそうか。姫多いな学園」
「勇者科は特別な人が集まりがちだからね」
フランは姫で姉属性ではあるが、デート経験はない。貞操観念と言うか、身持ちが固いのはいいことだ。だがここでは経験なしが二人になったけで。
「褒めてみるか。えー……そのバレッタつけているんだな。似合うぞ」
俺が送ったやつだ。フランは元がいいので、大抵のものは似合う。本人がアクセサリーに負けないのだ。
「凄い取ってつけた褒め方が来たわね」
「あまり言うと、じろじろ見ていると思われるからな」
「すぐ褒めてもいいのよ。悪い気はしないわ」
「美形に生まれたやつにはわかるまい。女を褒めるという資格は、仲がいいかイケメン限定の行いだと」
「あら、じゃあ今はどっちかしら?」
フランが少しいたずらっぽい表情になっている。俺で遊ぶ気か。まあいい、どうせだから乗ってやる。
「今は特例。練習の場だから、リハーサルだな」
「お姫様でリハーサルなんて贅沢ねえ」
「なんと本番もお姫様だぜ」
「ぷふっふふふ……もう、なによそれ」
お互いに自然と笑みがこぼれる。稀に見る平和な光景である。
こうやってボートに乗っているのも、俺と普通に話せる女に慣れさせる目的もあるはずだ。チャンスはものにしていこうね。
「すまないな。本当に助かっている」
「いいわよ。わたしの試験でもあるんだから。それにアジュくんといるの、嫌いじゃないわよ」
「そりゃ珍しいやつだ」
そこから少し湖を移動して、あいつらが待っている場所へと戻る。途中の会話もできていたと思う。フランが話題を振ってくれるのはありがたい。そこは理解できた。
「どうだ、これ会話できていたのか?」
「いいんじゃない? そこまで神経質になる必要ないわよ。チームメイトとはできるんでしょ?」
「あいつらは120%俺に合わせられる。参考にするべきじゃない」
「そう、まあ悪くなかったわ。褒めてあげる」
「そうかい」
そしてボートを返してみんなのもとへ。次は何が待っているのかと楽しみにしていたら。
「お待ちしておりました」
なんかジョナサンさんがいる。俺を待っていたということは、何か捜査報告でもあるのだろう。
「ここでは人が多すぎる。場所を変えても?」
「ええ、では城に戻りましょうか」
どうやら秘密の話らしい。これ絶対戦うやつやん。また休暇潰れるやん。城に戻った俺達は、会議室を借りた。これで誰かに聞かれることもない。
「ではこちらをどうぞ」
渡されたのは、ジョーカーのカード。つまり学園長からの裏の依頼だ。
「フランはいていいのか?」
「わたし? しばらく出ていた方がいいかしら?」
「いや、わしらは全員ブロックが違う。一人くらい8ブロックのメンバーは入れておくべきじゃ」
なるほど、8ブロックの連中にフォローできて、指示を出す権限を持っているやつが必要なのか。
「了解。ジョナサンさん、詳しい話をお願いします」
「かしこまりました。例のプリズムナイトを作っていた組織ですが、あらかた捜査は終わりました」
「おおー、やっぱ学園は凄いな」
ボードに『捜査進展やったね!』と書かれている。意外とおちゃめさんだな。
「各ブロックで素材を作り、5ブロックを経由して組み合わせる。それを全ブロックに持っていく。各ブロックにもアジトを作る。これを繰り返していたようです」
「まんべんなくルートを作って、どこかが潰れてもリカバリー効くようにか。小賢しい」
「ですが当然人数が増えれば質は落ちる。間抜けな敵を捕獲して、さらに追い込んでいけばいい。その結果、すべてのアジトを絞り込めました」
ここまではいい。素直に称賛できる。だが俺を呼ぶということは。
「敵に超人が混ざったか」
「そのとおりです。撃退しましたが、弱いとは言え達人超人が混ざった。国に登録されていない存在です」
超人の力は強すぎる。個人で国と戦える戦力を有するため、他国への牽制と国防に使おうとする国も出るのだ。中には贅沢な暮らしをさせるから、有事の際は命が擦り切れるまで戦えという契約で一国に定住する登録超人もいる。
「学園の教師で倒せるはずじゃ」
「それはもちろん。ですが、教師も仕事がある。学園の雇った強者は、勇者科の試験ブロックだけに密集させる訳にはいかない。なまじ国のように動かせない、学園という環境が災いした」
「なるほど、それで学園長に私達のことを聞いた、ということですね?」
「ええ、敵も教師や超人の情報は得ているはずです。当然警戒されるし対策も取られる。だから完全に想定の範囲外からの刺客が必要なのですよ」
広域に学園の兵隊と生徒を動員して、一気に全拠点を潰す算段らしい。あくまで学生は後方支援という形にする。これは俺達が戦場にいても不審に思われないためだ。
「つまり、生徒全員を出撃させるふりをして、実際に動くのはわしらということじゃな」
「話はわかるけれど、アジュくん達はそんなに強いの?」
「そこは秘密にしておいてくれ。とりあえず負けはしない」
「超人相手と知って負けはしない。なるほどやはり学園長は正しかった!」
「話はわかりました。裏の仕事では試験に加算はできないでしょうけれど、報酬は豪華よ受けて損はないわ」
「もとから受けるつもりさ。これ以上試験で余計な手間かけさせられてたまるか」
ここで薬の売人とはきっちり決着をつけてやる。俺達に無駄な仕事をさせやがって。こんなことで学園の連中が倒せると思っているのかね。
「そういや、薬の目的ってなんなんです? 金儲け?」
「金儲けも含めて、国崩しの手段でしょう。一般人を狂わせて国を成り立たなくする。あとは攻め込んで植民地化するか、滅ぼせる」
「少し動機が弱い気がするのじゃ。麻薬など種類は豊富なはず。わざわざ新種を作って試すメリットがない。何かの実験過程で生み出されたかもしれぬ」
リリアの意見はなんとなくだが同意できる。川で見つけたでかい球根といい、どうもまだ主目的にたどり着いていない気がしていた。
「もうじき発覚するでしょう。今はアジトの殲滅が最優先ですな。一番の激戦区に行ってもらうことになりますぞ! おともいたしますのでご安心を!」
「了解です。それじゃあ準備開始だ」
くだらん騒動は終わりにしよう。
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