メイドは男のロマン

 クエストもなく座学も終わった放課後。

 この時間からわざわざ四人でジャージ着てランニングだ。

 当然だが一番最初に俺がバテる。長いこと訓練しているやつに追いつくのはキツイ。シルフィとイロハはともかくリリアが体力あるのが謎である。


「はい、ちょっと休憩するよー」


 家まで後ちょっとの場所で休憩する。

 売店があるので適当になんか買う時もある。


「はいお水。アジュも慣れてきたね」


「ありがと。ふう……どうも体力が付いている実感が無い。いまだにお前らに追いつけないし」


「はいタオルよ。実感が無いのは仕方がないわ。でも確実に強くなっているはずよ」


「目標が無いとモチベが維持できんわけじゃな」


 鎧無しではこいつらに勝てない。かといって鎧ありなら目をつぶっても、片手封印しても、一歩も動くなという特殊ルールでも勝てる。両極端過ぎてわっけわからん。そのせいで自分がどの程度できるか判断できんわけだよ。


「ほら適当に顔だけ拭いても風邪をひくわ。貸しなさい」


「自分でできるって」


 イロハにタオルを奪われる。

 首から胸や腰やワキの辺りをごしごし手を突っ込んで拭かれた。

 俺は拭き残しのあるタイプだから風邪ひかないためにはいいんだろうけど、照れるなというのは無理な相談だ。


「いやくすぐったいから。っていうかガッツリ服の中に手を入れるな目が怖い!」


「ふふふふふ……はぁ……素晴らしいわ。本当に素晴らしい。ありがとうございます」


「何に対してのお礼だ!?」


「さ、タオルは使ったら返しなさい。それは私のものよ」


「使ってたのはほぼイロハじゃな」


 息を荒くしながら俺を拭いているイロハは正直ちょっと怖かった。

 目がマジなんですもの。自室だったら脱がされてたなこれ。

 上半身裸で密着されている気がする。


「たまにはわたしが洗っておくよ。だからこっちに貸してアジュ」


「いいえ、シルフィにそんなことさせられないわ。私がアジュに渡したものだもの」


「そうやってまた独り占めする気だね。でも今日の洗濯当番はわたしなのさ!」


「当番はミナさんが来て微妙に変更したじゃない」


「そうだったね。じゃあちゃんとミナに渡しておかないとダメじゃない?」


「…………そう……ミナさんもグルなのね」


「なんのことかわかんないよー」


 よくわからん戦いが始まっている。

 二人の間にこの前の模擬戦クラスのオーラが見えるけど、なにがあった。

 なぜ笑いながらそんなオーラを出している。


「なにやってんだ……?」


「にゅっふっふ、これは面白いことになってきたのう」


 すっとリリアが俺の膝に座る。なんか定位置と化してきたな。

 疲れているし動くのもダルいので受け入れる。

 ちょっと汗の臭いがするけど、リリア自身の匂いが混ざってなんか妙な気持ちになるな。

 こんな時でも髪の毛サラサラだしいい匂いもする。

 普段アホなことやってても女の子なんだなあ。


「シルフィ、貴女さっきアジュに渡した水筒、自前よね?」


「……バレた…………か……そうさわたしのさ!」


 あれシルフィのか。飲みきったらすぐ返したけど、見覚えあったんだよ。


「水筒とタオルを独占しようだなんて、やるわねシルフィ。ならこうしましょう。私のこのタオルとその水筒を交換しましょう」


「イロハこそやるね。でもわたしは成長しているんだよ? 体を拭いている時に、タオルの中に小さいタオル、もしくはハンカチを忍ばせていたね? わたしがタオルを手に入れてもそれはフェイク。本命はポケットに隠したハンカチだ!」


「見事よシルフィ……そう、しっかりと汗の染みこんでいるのはこっちよ」


「わたしの目はごまかせないのさ!」


「マジでなにやってんだ……」


 推理ものだったら崖の上でするやり取りだな。

 ラストシーンだ。犯人を追い詰めるシーン。


「これでは身も心も休まるヒマもないのう」


「しんどい。ああしんどい。もっと体力ついてくれ。朝起きたら急についてくれ」


「まずその怠け癖をどうにかせんとのう」


「それは絶対に無理だから諦めろ。俺が俺じゃなくなるぞ。そんな俺は果たして俺なのかな?」


「哲学的じゃな。でも練習は減らさんのじゃ」


「俺が消える……俺ではない誰かになる……」


「アホじゃな」


「どれだけ嫌なのよ」


「ちゃんとトレーニングしなきゃダメだよ」


 呆れ顔の三人をなんとか無視して考える。

 いつの間にか仲良くなっているけど、さっきまでの喧嘩はどうしたんだ。


「アジュは体力もそうだけど、まずは戦闘の基礎を習って自分に合った戦い方を見つけるといいんじゃないかな」


「鎧の力は強すぎる。そしておぬしの戦闘スタイルというわけでもないのじゃ」


「だろうな。前に真似しようとして一切できなかったし」


 しかし基本を学んでおくと後々楽だろう。教わる過程で挫折しなければな。


「ふっふふーん。なんと今ならわたしとミナがいる! ミナに教えてもらったらどう?」


 腰に両手を当ててふんぞり返るシルフィ。

 胸が強調されている。しかも揺れてやがるぜ。


「なぜ偉そうなのかわからんけど悪くないな。超きついトレーニングじゃないよな?」


「しっかりとした経験と医学からくる修行だからへーきへーき」


「無意味に筋トレさせる人じゃないわ」


「メイドさんと一緒にトレーニングじゃな」


「なんだそのやる気でまくるワードは。夢があるじゃないか」


「貴方はどうしてメイドに反応するのかしらね」


 メイドはそこにいるだけで華やかになるしテンション上がるからな。


「つまりメイドさんが好きなんだね」


「メイドならなんでもいいわけじゃない。そもそもミナさんのように完璧で真の意味のメイドなんてそこらにいるもんじゃない。あれほど完璧な存在を俺は見たことがない」


「なんでミナだけそんな好感触なのさー!」


「別にミナさんだけじゃないさ。だがミナさんは職業メイドとしてパーフェクトだ。なんとなくメイド服着ているだけではない。そこにメイド魂がある。あれこそがメイドであり男のロマンだ」


「それじゃあ早く帰って特訓しましょう」


「いいのイロハ? このままだとアジュがメイド好きになるよ?」


 残念だけどメイドはもう好きなんだ。ついでに学園制服も割と好きさ。

 パジャマとかみんなの普段着も好きだけど言わない。恥ずかしいし。


「大丈夫、私に秘策があるわ。それよりも」


「そうだね。なんでリリアは膝の上に座ってるのさ!」


「物欲に溺れ、本物との触れ合いを忘れてはならんということじゃな」


「ズルイ! わたしも触れ合う!」


「そうね、平等にくっつく必要があるわね」


 ランニング後に体温が上がっている状態でくっつくのはやめて欲しい。

 全員柔らかいしいい匂いがするし。

 もうちょっと慎みというものを持って欲しい。俺が耐えられん。

 しかもちょっと遠くに人がいる。みんな男女で一緒にいるような気がするけどなんでだ。


「なんかここ男女ペアが多いような……?」


「ここはカップルでよく使われる場所よ。日当たりもいいし売店もあって、緑もあって穏やかでカップルでランニングコースにするには最適よきっと」


「つまり見られてもあまり問題はないわけじゃ」


 それはどうかね。少なくとも俺の恥ずかしさは微塵も変わらない。


「周りを見るくらいならわたし達にもっと構うべき!」


「そうじゃな。存分にくっつくがよい。わしだけというわけにはいかんじゃろ?」


「そうだそうだー!」


「アジュは大人しく私達を堪能すればいいのよ」


 結局家に帰るのが遅れた。屋外だったけど人が少なかったのが救いだ。

 そして家にあるトレーニングルームにて。


「さあ筋トレするよご主人様!!」


「準備はいいかしらご主人様」


「ほれほれ、どうじゃ似合うじゃろご主人様」


「よろしくお願いいたします、ご主人様?」


 なぜか全員メイド服だった。

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