筋トレですよご主人様!

 運動しやすい格好に着替えて来てみれば、目の前にはよくわからん光景が広がっていた。


「さあ準備はいいかなご主人様!!」


 親指立てて元気いっぱいなシルフィ。それだけならいつものことだが。


「覚悟は良いわねご主人様」


 どうしたことか全員メイド服だ。

 赤・青・黒と色分けされているのはキャラに合わせたのか。

 ミニスカートでトレーニングシューズという、よくわからんメイドがそこにいる。


「その服どうしたんだよ?」


「急遽私が作りました。運動に最適な通気性抜群のメイド服です。なんと伸縮自在の素材でございます」


 ミナさんがいつもより笑顔で説明してくれる。

 裁縫は得意分野らしい。苦手分野ってなんだよ。


「わしが可愛さ重視のメイドさんじゃ。フリフリがきゃわゆいじゃろ?」


「似合ってはいるな」


「もうちょい褒め方というものがあるじゃろ」


「俺に期待することじゃないな」


 スカートにフリルがちょっとある。全体的に可愛さ重視だけど運動の邪魔にはならない程度。いい仕事をするなミナさん。


「そして私がネコミミメイドよ」


 イロハのメイド服はフリルなし。本物の犬……じゃない狼耳の前に偽物の猫耳が付いている。


「お前は自前の耳があるだろ!?」


「そうね、はっきり言って猫耳カチューシャが邪魔で仕方がないわ」


「なら外せや!」


「邪魔だから外すわね。ちなみにネコしっぽはスカートに付いているわ」


「それもいらんだろ。偽物は偽物だ。本物の魅力には勝てん」


「それは私が魅力的だということかしら?」


「その質問には絶対に答えないからな」


 恥ずかしいこと言ったな。気をつけよう。俺にキザったらしいセリフとか似合わない。


「わたしは正統派メイドとして作り出された急造メイド……ミナ二号だ!!」


「改造人間かなんかかお前は」


 メイドさんはそんな戦闘準備万端だぜ! みたいなポーズ取らないだろ。


「急造ゆえに正統派とはなんたるかを教えきる前に実戦投入された悲運のメイド!」


「めんどくせえ設定入れてきた!?」


「今日もわたしはご主人様に尽くすのであった!」


「やる気だけはあるんだな」


 スカートが短くなっているくらいでミナと一緒のメイド服だ。髪がポニーじゃなく、首の後ろで纏めただけという変化球だ。そこもミナ意識なのかもしれない。


「さあ筋トレという名のご奉仕を受けるのじゃ!」


「奉仕されるイメージがねえな。これが秘策なのか?」


「そうよ。メイドが好きなら私達がメイドになってしまえばいいのよ」


「そんな思いつきでメイド魂が手に入ると思ってんのか?」


「アジュが……いつになく真顔だ……」


 そんな浮ついた気持ちでミナさんみたいな立派なメイドにはなれない。職業メイドは甘くない。


「今回は格好のみのメイドですが、奉仕の心は本物ですよ。少々邪念の混ざった心ですが」


「その邪念が超怖いんですよこれが」


「トレーニングメニューはお伝えした通りです。それでは皆様、ごゆっくり」


 ミナさんが家事のため去ってしまった。もう本物のメイドいなくなったぞ。


「じゃあ体を温める軽い運動から始めるわよご主人様。その後筋トレに入るわ」


 鏡の貼り付けてある壁の前に立つイロハ。ダンス教室とかジムとかである壁一面が鏡になっている場所だ。自分の動きを見るのに必要なのかな。

 メイドがインストラクターやるトレーニングジムとか斬新だけど流行りそうにないな。


「まずその場で軽く足踏み……はい、そこから目の前の箱に乗る。乗ったら降りる。乗り降りを繰り返すわよ」


 階段一つ分くらいの箱に乗ったり降りたりする。階段を使ったトレーニングってどこでもあるんだな。それだけ有効な運動なんだろう。


「足腰は基本よ。はい両腕をゆっくり回して……はい次は軽く屈伸」


「ここはボケないんだな」


「運動でふざけるとケガをするわ。アジュに傷ついて欲しいわけじゃないもの」


「なるほど、ありがたい」


 アキレス腱伸ばしたり、あくまで体を温める程度の運動を十分くらいやる。

 ちゃんと水分とったら本格的に筋トレだ。


「それでは筋トレ行くのじゃ。ほーれがんばれ、がんばれご主人様ーっと」


 座って扇子ぱたぱたやりながらの応援はなんとも適当だ。


「目標回数に達したらメイドが一枚脱ぐというシステムを導入……」


「するなするな。メイド服は脱ぐものじゃない」


「かつてない理由で止めてきたよ……」


「メイドに関して本気ね……」


 俺がメイド好きの変態みたいに思われるので真面目にトレーニングだ。


「息を止めるでない。呼吸して、どの筋肉を鍛えたくて動かしているかをしっかり意識するのじゃ。運動はイメージじゃ。思い通りの自分を描くのじゃ」


「あと二セットだよー頑張ってご主人様!」


「いい具合に汗臭くなってきて最高よご主人様」


「がんばれがんばれ、応援してやるのじゃー」


 程々にきつい筋トレは続く。俺のギリギリを見極めて的確な運動量を計算しているのか、ちょっと頑張ればできるレベルだ。やるなミナさん。


「はい、じゃあわたしと柔軟するよー。よろしくお願いいたします、ご主人様」


 優雅に一礼して俺の手を取るシルフィ。なんかサマになってるのはなんでだろう。


「わたしはミナに礼儀作法を叩きこまれているのさ」


「普通にしろ。そこまでしなくていい」


「そう? はいじゃあ座ってくださーい。足開いてくださいね。後ろから押しますから」


 両足を開き、体を前に倒す。俺に覆い被さっているシルフィさんのお胸がおもいっきり押し付けられている。なるほどこれを狙ってやがったな。なんという柔らかさだ。


「……これリリアかミナにやれって言われたな?」


「ミナだよー。なんで?」


「気にするな。されると困る」


 一通り柔軟をこなす。なんだろう準備運動だと思うと体が触れてもそんなに意識しなくて助かる。


「はいちゃんと伸ばしてー」


「柔らかくなってきたのう。柔軟だけ日課にしておいてよかったのじゃ」


 風呂あがりに軽く体を伸ばせと言われていた。一応続けていたけど効果あったんだな。


「毎日これやんのはきついなあ」


「貴方は足腰と腕を鍛える必要があるのよ? 私達三人の上で腰を振らなければならないのだから」


「唐突に下品なネタぶっこんでくるなよ!?」


「運動はイメージじゃ。自分が腰を振っているところをリアルに思い描くのじゃ」


「このタイミングでか!?」


 運動中のシモネタは注意力が途切れるのでやめましょう。やめなさいマジで。


「その時に備えての想定は大切よ。なんなら昨日私の頭の中でアジュがどうなっていたかここで言うわよ」


「言うなや!! そういうことは本人に言うな!!」


「私の中のアジュは一体どれだけ淫らな姿なのか気にならないと?」


「なるかあぁ!! 勝手に人を淫らにしてんじゃねえ!!」


 そういうこと言われたのは初めてで戸惑ってしまう。言われる機会がある人ってなっかなかいないんじゃないかな。真顔で言われるとむしろ怖い。


「ド淫乱ギルマスのご乱心。夜の個別指導じゃな」


「なんだそのタイトル!?」


「アジュ、どいんらんってなに?」


「気にするな。お前らシルフィに悪影響だからやめろ」


「むう……シルフィだってせっかくメイド服なんじゃから、アジュがどう思っておるか聞きたいじゃろ?」


「え、そういう話なの? 聞きたい!!」


「違うからやめろ!」


 シルフィを味方につけられると完全に俺が孤立する。目的のわからんシモネタが俺を襲うわけだ。


「違わないわ。メイド服についてだって簡単に似合っていると言われただけ」


「もっとちゃんと褒めて欲しいのじゃ」


「あー、それはあるかも。せっかく着たんだからもっと可愛いとか感想欲しいな」


「無茶な要求しやがって。あーもう……似合ってるよ。それ以外の褒め方なんて知らん」


 本当にわからん。可愛いと似合う以外の女を褒める言葉がわからん。

 美人だとかは服に関係ない気がする。

 マジでどう褒めると正解なのか見当もつかない。


「そもそも急に下ネタぶっこんでくる理由は何だよ。さっきまで真面目だったろ」


「だからよ。真面目に頑張って汗をかいている貴方を見ているだけでムラムラするわ」


「頑張ってる時のアジュはかっこいいよー」


「しかも怪我させるわけにもいかんから、ボケも禁止という過酷な試練だったわけじゃ」


「それが過酷なのはお前らだけだ」


 メイド服でトレーニングの時点でボケてるよ。

 感覚麻痺もいいところじゃねえか。


「もう疲れたし休ませてくれ。あとシルフィ、柔軟のフリして単に抱きついてるだけなのバレてるからな」


「うえぇ!? なんでばれたの!?」


「そら後ろから抱きついて微動だにしなかったらバレるじゃろ」


 途中から全く動かずに話に参加してたからな。

 いくら俺でも気づきますよそりゃ。

 慌てて俺から離れても遅い。とりあえずこれで運動は終わりだ。


「違うよ! 違うから! あのその、アジュが真面目でかっこいいなーって思ったらこうなっちゃっただけだから! よくわかんないけど自然とこうなっちゃったの!」


「なんのフォローにもなってないぞ」


「わかるわ。性的過ぎて完全に誘っているわね」


「性的な要素ない!!」


「頑張ったご主人様にはご褒美が必要じゃな」


「……私の下着で良ければ使えばいいわ」


「いらんわ! 脱ごうとするな!!」


「下着を何に使うの?」


「知らんでいい!」


 運動後のツッコミは少ない体力を消費してしまう。

 疲れて起き上がれない。一気に眠くなってきた。


「疲れて動けない……もう風呂入って寝る体力もないかも……」


「ダメだよ。ここで寝たら風邪引くよ」


「これはメイドであるわしらが風呂に入れて寝かしつけるべきじゃな」


「………………何もしないと誓えるか?」


「え? やっていいの?」


「いかん。これマジなやつじゃ。本気で寝ようとしておる」


 今目を閉じたら完全に寝る。確信がある。全身だるい。

 でも寝たらこいつらに何されるかわからない。軽い貞操の危機である。

 全員ちょっとずつ距離を詰めてきているのがわかってしまった。


「メイド……メイドか……そうだ、助けてミナさん!」


 ちょっと何か起きるのを期待して呼んでみる。


「かしこまりました」


 突如背後に現れたミナさんは数秒で俺の服を剥ぎ取り、体をお湯につけたタオルで拭き着替えさせてくれる。軽く回復魔法もかけてもらったから多少なら動けそうだ。


「では、失礼致します」


 声だけを残して消えるミナさん。部屋の扉すら開いていないけどどうやっていなくなってるんだろう。


「本場のメイドってすげえなあ」


「私達には辿り着けない境地ね。もうボケる気もないわ」


「セクハラしたい気持ちが消えたのじゃ。夜まで寝てよいぞ」


「そうか、じゃあ寝たいんだけどさ」


「うん、おやすみアジュ」


「いや、いいんだけどさ……なんで俺もメイド服だ!?」


 ミナさんとお揃いのメイド服を着ている俺が、部屋の鏡に映っている。

 うわキモイ。着替えるのが面倒なのでそのまま自室で寝た。

 どうせ自宅なんだしもういいや。

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