地獄大決戦

 生物の生きていられる寒さを超えた極寒地獄。

 なぜか色とりどりの花が咲く、赤い空の地獄で高らかに笑い声をあげるヘル。


「クキャキャキャキャキャ!! 愉快! 実に愉快じゃ!」


 右手から黒い筆が伸びている。真っ白な毛の先端には、青い光を放つ墨のような何かがついている。


「あれは……影筆の術……」


「その術ってのはなんだ?」


 どう全知全能なのか聞いておこう。どの道ぶちのめすことに変わりはないけどな。


「フェンリルの力は影。影とは世界に寄り添い、常に存在するもの。いうなれば世界を染めるもの。フウマ忍術と妻の、影の力を掛け合わせ、まったく新しい術を作ろうと試行錯誤を繰り返した末に生み出してしまった禁術でござる」


「ク、キ、キ、キ、その通り。フェンリルとフウマ、そしてヨルムンガルドが知恵を絞って考えてくれた、妾を全能神へと誘う術よ」


「あの筆は影の筆。世界を影で染める筆。あの筆で書かれた言葉は世界に染み込み、現実となる」


 筆で書くと現実になる。だから力を奪う能力とか書いてあったのか。


「その通りよ。封印はフェンリルの力とフウマの力で行われた。妾の姉妹であるフェンリルの、じゃ。何百年もかけて力を混ぜ合わせ、こっそり文字を書くまで苦労したわい」


 混ざった力で文字を書き、封印を解く時に流れてくる力によって発動させた?

 完全に専門外だ。理屈がわからん。そもそも世界を染める文字の段階でわけわからんし。


「だがやることは一緒だ。お前を殺す」


「無駄じゃ無駄じゃ! すでにこの世界には文字が溢れておる。小童に勝ち目などないわ!」


『フェンリルを生み出し使役する』


 目の前に現れた文字が巨大な狼へと変貌する。

 こいつは前に戦ったフェンリルそのもの?


「ゆけ! 食らい尽くすのじゃ!!」


 高速で突っ込んで来るにせフェンリルを受け止める。

 派手な衝突音がするが問題ない。支えきれない力じゃない……が。


「こいつ……前よりパワーが上がってやがる!!」


「当然じゃ! 二つに分かれた力が今再び一つとなった。人の子に勝ち目などあるものか!!」


「お館様! お逃げください!」


「断る。言ったはずだ。ヘルに地獄を見せてやるってな!!」


 アッパー気味に拳を数億発ぶっこんで、前足が浮かび上がったところに剣を突き立てる。


「うおらあああああ!!」


 そのまま胴体を両断してヘルへ突っ込む。

 音速を遥かに超えた俺を見切れるはずがない。


「終わりだ!」


『光速移動』


 ヘルの姿が消える。今見えた文字は光速……まさか。


「どこを見ているんだい坊や?」


 背後から無数の氷柱が迫る。氷なんぞで俺は殺せない。蹴り砕いて粉雪に変える。


「全能ってのは氷が出せるだけかい?」


「しぶといねえ」


 またヘルが移動を始めるが、今度は俺も本気だ。

 光速で移動し、ヘルの出現地点へ右ストレートを繰り出す。


「げばあ!?」


 ヒット。醜い悲鳴を上げてよろめくヘルの体を、砂粒サイズまでバラバラに分解してやる。


「どうした? 坊やにかけっこで負けるなんざ、トシなんじゃねえかクソババア」


『分身を戦わせる』


 出てきた文字も斬る。また分身か。ってことは本体はどこだ?


「キヒッヒッヒッヒ。やるようだねえ坊や。なら……手加減はしないよ?」


 ヘルの声が空から響く。この世界全体にヘルの気が充満していて、本体の場所がわからない。

 俺の周囲が影で染まる。影はさっき見た形へと、変わってほしくもないのに変わっていく。


「お前は死ぬまで狼とじゃれあいな! キヒヒヒヒヒ!!」


 四方から一斉ににせフェンリルの大群が迫ってきた。

 そのどれもが光速で俺に爪や牙を向けている。


「オラアアアアアアア!!」


 無数の爪を打ち砕き、無限に続く狼の突撃を切り伏せ、ヘルの居場所を探る。

 こいつらはただ俺に向かってくるだけだ。前に戦ったフェンリル本体のような知能はない。倒すだけなら容易だ。


「ちっ、そうかいそうかい。反抗的な坊やだね。それじゃあ……フウマからいたぶってやろうかね」


「なにっ!?」


 コタロウさんの周囲にも影が渦巻く。まずい。まだイロハは目を覚まさない。


「逃げてくれコタロウさん!!」


 コタロウさんが走り出す。だが走る先からも狼の群れは現れる。

 ヘルの笑い声が大きくなった。そうかい。本気で殺して欲しいんだな。


「調子に乗るなよクソババアが!!」


『ソニック』


 時間の流れを遅くする。その中で誰よりも速くイロハの元へ走り、影を切り倒す。

 大丈夫だ。イロハもコタロウさんも怪我はない。


『エリアル』


 抱えて真っ赤な空へ飛ぶ。地上に居てはダメだ。どうにかしてやつの本体を叩く。


「とりあえず胸糞悪い祭壇は壊す」


『シャイニングブラスター!』


 二人を上に飛ばし、地上に向けて一発ぶち込んでおこう。

 大量に沸いたにせフェンリルもついでに消す。


『ファイナル! ゴウ! トゥ! ヘエェェル!!』


 光の渦は辺り一面を白で染める。爆音と土煙に砕けた氷柱の氷が混ざる。

 そこでソニックキーを解除。イロハの元へ飛ぶ。


「ギイィ!? つうぅ……よくもやってくれたね!!」


 馬鹿でかいクレーターだけを残して全てが消えた。だがヘルの声は響いている。


「コタロウさん! こいつに弱点は!」


「わかりませぬ! 影筆は究極奥義。しかもここはやつの地獄。隠れる場所など無数にありましょう」


『世界が炎に包まれる』


 空に浮かぶ文字を見て、反射的に二人を庇う。


『ガード』


 間に合った。球体の結界外では世界が炎の海に沈んでいる。


「マジで何でもありかよ……」


 二人を守りながら戦うのは相当にきつい。

 俺一人なら地獄を飛び回って戦えるが、二人を神話レベルの戦いに参加させることはできない。


「コタロウさん。影筆の術の弱点は? 発動条件とか」


「術者はフェンリルの影の力と相性がよくなければなりませぬ。膨大な気を制御できず、文字が世界に染み込まないうえ、体が耐えられぬのです」


「不死で姉妹のあいつにゃ問題なしか」


 ずっとイロハにヒーリングをかけているが目を覚まさない。

 フェンリルの力がなくてもイロハはここにいる。

 死んでもいない。なのになぜ起きないんだ。


『世界が凍る』


 凍らせる作戦できたか。だが問題ない。ガードキーで対処できる。


「イロハはなんで目覚めない? イロハはイロハだろ。力がなくなってもここにいるじゃないか」


「体内を循環していた力が消えた。それは全身の気の流れを狂わされたと言っても過言ではありませぬ」


「ならどうすればいい? ヒーリングじゃ治らないのか?」


 この地獄より、イロハが目を開けてくれないことが怖い。

 今何とかしなければ、呼吸すらも消えてしまいそうで、漠然とした不安だけが募る。


「同じフウマの血を引くもの。拙者がなんとか致します。ですから、ここは撤退を」


「撤退……そういや逆さフウマ城は?」


 来た場所に目をやると、下から徐々にバラバラに崩れている城。


「もういい。先にフウマの里を滅ぼしてくれる!」


 ヘルの声と同時に城が砕けていく。


「まずいでござる。ヘルが結界の外へ出てしまう!」


『シルフィ!』


 シルフィキーで赤いパワードスーツに変身。

 時間を止め、結界の外へ行こうとする全てのものの時間を戻す。


「ここでいいか」


 フウマ結界の穴に栓をするかたちで、俺達を包む障壁を入れる。


『ガード ハイパー ダイナミック アルティメット』


 ガードキーの効果を更に頑丈にする。これでなにがあっても問題ない。

 治療がしやすいように四角い結界へと変えておこう。穴にぴっちり隙間なく効果をつめた。


「応急処置はこれでよし」


 スタンダードな鎧にチェンジ。時間の流れが正常になる。


「キキ!? なんだこれは!? 穴がふさがっているじゃあないか!」


「悪いな。お前は通さない。コタロウさん。イロハをお願いします」


「もうやっております。しかしここは?」


 イロハに気を流し込み回復を試みるコタロウさん。ここは任せるか。

 結界の下から攻撃の雨が続いている。ここを通らない限り地獄から出ることはできないからだ。


「俺が壁を作りました。俺は……あいつを倒します。絶対に。だから……」


「イロハはお任せください。お館様。どうかフウマの因縁に決着を」


 イロハの頭をできる限り優しく、数回撫でてやる。

 いつもは恥ずかしくてできないが、なぜか自然にできた。まるでそれが当然であるかのように。


「イロハ……」


 いつも一緒に戦っている時は頼もしく見えていた。普段の俺よりずっと強くて、絶対に死なないと、どこかでそう思っていたんだろう。

 なのに、今のイロハは目を離すと消えてしまいそうな儚さがあって、触れないと不安になる。


「行ってくるよ、イロハ。ちゃっちゃと終わらせるから。帰ってくるまでには起きてくれよな」


 不安と未練を振り払い、壁をすり抜け地獄へ舞い戻る。

 そこは炎と暴風と冷機の渦巻くまさに地獄だった。


「さて、第二ラウンドだ。通りたきゃ俺を殺してみせな」


「小童風情が!!」


「教えてやるよ。お前が思っているより、その能力は万能じゃないってな!」


 疑問はいくつかある。あとは検証して、この憎たらしいババアをぶっ潰す。

 イロハが起きる前にな。

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