曖昧魔法奥義 『えっ、僕ですか? ゴリラでも一輪の花でもなく?』

 涼しさが寒さに変わる季節。

 制服も冬服しか着なくなり、この世界で半年過ごしてきたのだと実感する。


「さっさと帰るか」


 今は魔法の本を買って家に帰る途中。

 今回は『小手先の技術で小賢しく立ち回ろう。ルール内編』だ。


「そういうの好きじゃのう」


「面白いぜ。魔法の応用パターンは増やしたいからな」


 暇だったリリアが一緒である。


「いたいた、アジュくーん! リリアちゃーん!」


 アンジェラ先輩だ。

 数日俺たちに接触しないように言ってあったが、何かトラブルかね。


「どうしました? 店は続けられるんでしょう?」


「聞きたいことがあってさ。今ちょっといい?」


「ちょっと今日寒いので」


 外で話し込むのしんどい。おうちに帰ろうね。


「もうすぐお昼っしょ。どうせ今日から店で食べるんだし、歩きながらでいいじゃん」


「もうそんな時間か。シルフィたちは……」


「今日はちょっと遅くなるから、いるなら二時前くらいじゃな」


「入れ違いになりそうだな」


 数日後に改めて行くから、そっから二ヶ月食わせてくれという約束だった。

 今日で五日目か。よし行ってみるかな。


「さて今日はどんな料理かのう」


「それはついてからのお楽しみっしょ。でさアジュくん」


「クッキングマスクのことですね」


「そうそう、アジュくんの予想でいいんだけどさ」


 ここで正体が俺じゃない雰囲気出して喋ってくれるあたり、この人も頭の回転が速いね。そして善人よりだ。

 まあ俺があんな料理作れるわけがないから、本当に別人だと思っている可能性も濃い。


「どんな毒入れたか気になるっしょ!」


「人聞き悪いわ。ちゃんと美味い料理だったでしょうが」


「今でも思い出すとにやけるくらいね。やべーよあれ」


「それだけだと思いますよ」


「それだけじゃわかんねーっしょ。なんか味王妃がクッキングマスクを探してるんだよね。痩せ細ってさ。毒使ってないの?」


 ちらっとリリアを見ると、自分で説明しなさいと目で訴えてくる。

 ええい面倒な……長くなるんだよなあ。


「簡単ですよ。あのチャーハンは絶対に作れない。少なくとも、あのお抱え料理人連中にはね」


「それがなんだっつーの?」


 しかたないので歩きながら説明開始。


「まず味王妃は舌に絶対の自信がある。おそらく本当に天賦の才なんでしょう。それを利用しました」


「おぬしも悪いやっちゃのう」


 とっさの思いつきだが、やってみると案外簡単でうまくいった。

 さてどう説明したもんかな。


「あのチャーハンは材料も手順もシンプルなんじゃよ」


「そう、シンプルだ。誰でも作れる料理なんですよ。それでいて誰も到達できない領域にまで高めてある。断言しましょう。あれと同じレベルのチャーハンが作れるやつは、少なくとも全世界に三人いるかどうかだ」


 完全にゼロとは言わない。

 だが戦闘でたとえれば神話に残るレベルの上級神とか、そういう領域の存在が本気出してギリギリだろう。


「そんな料理の頂点を極めしものが、本気で作ったチャーハンを口にした。味を覚えてしまったんじゃよ」


「だから舌がもう、あのチャーハン以外じゃ満足できない。どんな料理も遥か下のクオリティに感じてしまう。なまじ同じ料理なんぞ口にすれば、それは残飯と同じ。飲み込むことすらできずに吐き出すだろう」


「最後のタルト、無理やり水で流し込んでおったじゃろ。あれがどんどんひどくなるのじゃ」


 料理で餓死させるというのはこういうこと。

 決して毒を盛ったり、魔法で催眠かけたりしていない。

 完全なる正攻法。しかも圧倒的な技工の極地さ。


「えーそんなんできんの? 普通のご飯食っちまえばいいっしょ?」


「普通のやつならそれで解決です。大抵は妥協して終わる。普通に食事も取れる。だがあいつはどうかな? お抱え料理人にレシピを渡しましたね?」


「あやつらも一応は一級の料理人じゃ。どこの誰ともわからんやつの料理に負けを認め、別の料理など出せん。出してもあの女は拒否するじゃろ」


「結局泣きながら死ぬまで勝てないチャーハン製造機になって終わりさ。何百回作ろうが届かん。それを理解しても、味王妃に無理やりチャーハンだけを作らされる」


 それは料理人にとって地獄かもしれない。

 永遠に届かない料理を試行錯誤し、ひとくち食べたら吐き出されるのだ。


「やがて水しか口にできないあいつは死ぬ。最後まで美味しい料理を腹いっぱい食うことができずにな」


「えっぐ……あっ、でもでもあたしらも食べたじゃん」


「鍋を二個使っていたでしょう? 味王妃とゴーラとお抱え連中だけ、本気の中の本気で作ったんですよきっと」


 味を落とすのではない。さらにランクアップさせたと言って欲しいね。


「なにそれ。あたしらに出したのは手抜きってこと?」


「ちゃんと真面目に作ったものですよ。実際美味しくて勝ったでしょう」


「それとも味王妃と同じ末路がお好みかの?」


「やめとく。なんかガイコツみたいになってるらしいし」


 味王妃は相当効いているようだな。

 普通に戦っておけば、そんな目に合わずに済んだものを。


「見つけたぞアンジェラ」


 ゴーラだ。少しやつれている気がした。


「クッキングマスクはどこだ?」


「知らないって。偶然助っ人してくれた人なの」


「嘘だな。あの状況で他人が助っ人に入ると思うか?」


 どうやらこいつも探しているようだ。

 一瞬で殺せないとこういう弊害が出るのね。


「ならそちらの男から聞き出すのみ」


「俺戦闘とかできないし無関係なんで」


 どうして俺かな。いやあ意味わからんわ。


「ただでさえ喋って疲れているというのに……俺たち関係ないよな?」


「ないのう」


「ゴーラ……クッキングマスクは……クッキングマスクはどこ……?」


「姉さん!」


 そこには点滴を吊るすスタンドみたいなやつにすがりつき、なんとか立っている味王妃がいた。


「いやそんな急激にやつれるか?」


 ガリガリでミイラに近いぞ。もっとじっくり死ぬもんじゃないかね。


「お前たち、さっさとクッキングマスクを呼べ」


「だから俺たち無関係だって」


「構わん。アンジェラと知り合いなんだろう? 人質だ。自分のせいで人質が増え過ぎれば、クッキングマスクも出てこざるをえない」


 味王妃の後ろから、ぞろぞろとザコが沸いてきた。割と少ない。


「案外人望ないのな」


「本来はもっといたんだよ。会場でアンジェラに接触したやつを調べていたら、いつの間にかどんどんやめていくんだ」


 そうか、こいつら俺たちについて報告受けていないんだっけ。

 助っ人を妨害した連中だが、あいつらはたまたま聞き耳立てていた運の悪い連中らしい。

 しっかりとフウマが処理報告をしてくれた。


「どうすんの? あいつら味王妃の親衛隊だよ。ガチ強い奴らだし」


「そうですね。もうじき飯の時間なのに……邪魔くさいな」


「姉さん。もうすぐあの男に会わせてあげるよ」


「逃さないで。必ず、必ず捕まえて居場所を聞き出すのよ」


「流浪の料理人だって言っただろあの人」


 こいつら話聞かないタイプかよ。

 そろそろ腹も減ってきたし、敵は味王妃とゴーラ合わせて十八人。

 処理できない数じゃないな。


「昼飯前に運動じゃ。健康的じゃろ」


「インドア派に運動とは、罪は重いぞゴーラ」


「私のせいかよ!?」


 武器向けてきているし、襲ってくるようなら消したほうが早い。


「アジュくん実は強かったり?」


「リリア、任せた」


「任せるのじゃ!」


「女の子に任せた!?」


「かかれ!!」


 ザコが一斉にかかってくる。

 面倒なのでリリアに乗ろう。あとで多少の運動はしてやるか。


「はいおしまいじゃ」


 光速を超えてあらゆる魔法の乱舞が巻き起こる。

 地中からも上空からも、次元を超えてまで襲い来る魔法でザコは倒された。


「つっよ!? リリアちゃんつっよ!?」


「バカな!? くっそこうなったら砲撃用意!」


「砲撃?」


 でっかい魔法を撃ち出す大砲がセットされている。

 どっから持ってきたんだ。

 なんか砲塔が光り輝き出したよ。


「ではお主の番じゃ」


「はいはい」


「曖昧魔法奥義! 『えっ、僕ですか? ゴリラでも一輪の花でもなくて?』発動じゃ!」


 周囲に曖昧魔法がかかる。なるほど、今回はそういう効果か。


「くらえい!!」


「えっ、僕ですか?」


 大砲を発射しようとするゴーラに聞く。


「そうだよ! 他に何がある!!」


「いやちょっとこう、ちゃんと言って欲しいっていうかさあ」


 突然の質問で動きが止まっている。

 数秒ののち、再度攻撃しようとしてきた。


「うるさい! いいから死ね!」


「えっ、僕ですか?」


「だからそうだよ!! わかれよ!!」


「そこはさあ、はっきりさせときたいじゃん。その光っているやつとか一回消してくれる? ちゃんとやって」


「……わかったよ。ならば最初からだ!」


 大砲の魔力を消し、ゼロから名乗りを始めようとするゴーラ。


「いいかまずアンジェラとその仲間の……」


「ちんたらやってんじゃねええぇぇぇ!!」


 渾身のライジングナックルでド派手にぶっ飛ばす。


「げばっひゃあああぁぁぁ!?」


 感電しながらごろごろと転がるアホ。勝負とは一瞬の隙が命取りである。


「きったねー!? アジュくんガチきったねえー!?」


「ゴーラ!? よくもゴーラを!?」


 狼狽全開でこちらを睨みつける味王妃。

 なんか活力が戻っている気がするのが腹立たしい。


「お前にも罰を受けてもらうぞ味王妃。ドッペルゲンガーという言葉を知っているか」


「なんですって……?」


「この世にまったく同じ存在がいるとしたら、出会った瞬間に消えてしまうのではないか。出会ったものは死ぬ。それがドッペルゲンガーじゃよ」


「ほら……お前の横にも現れたぜ」


 味王妃の横にまったく同じ服を着て、点滴スタンドまで完備したゴリラが立っていた。


「ゴリラだー!? なんでゴリラなのかわかんねーっしょ!?」


「ワタシはゴリラと一緒ってことかー!!」


「アジオーヒ、アジオーヒ」


「鳴き声が味王妃だー!?」


「うむ、味王妃じゃな!」


「終わりだ。この……」


 空中へと飛び、味王妃に必殺のドロップキックを叩き込んだ。


「ゴリラの偽物がああぁぁ!!」


「きゃああぁぁぁぁぁ!?」


「本物を偽物扱いしたー!?」


「ゴリラさんに謝るのじゃ」


「ガチ失礼だよ!? ゴリラが偽物じゃん!?」


 無事に砲塔の中へと蹴り込むことに成功した。

 これでしばらくは動けないだろう。

 あとはゴーラのみだ。


「わ、悪かった! 私の負けだ! もう君たちにはかかわらない! 心を入れ替えて、真面目に料理人として生きるよ!」


 全身に焦げを作り、鼻血を垂らしているが、どうも胡散臭い。


「ならば試してやろう。これを見ろ」


 俺たちとゴーラの間に、大きな植木鉢が出現。

 綺麗な一輪の花が咲き誇っていた。


「植木鉢?」


「そうだ。お前の心が本当に綺麗になったのなら、その花の横で立派に咲き誇れるはずだ」


「いや意味わかんねーし!?」


「ありがとう。私、やってやるよ!」


「やるの!? こいつもガチやべー!?」


 いそいそと植木鉢に登り、土を掘って方までしっかり埋まるゴーラ。


「ああ、土の中って少しひんやりしつつも温かいんだね」


「それが光合成だ」


 そしてゴーラの首あたりから、何枚もの花びらが咲き乱れていく。


「やった! 咲き誇れたよ!」


「きっしょ」


「えぇ!?」


「おい、お前のせいで横の花が枯れているじゃないか」


 元からあった花が枯れ始めていた。


「ああ!? そんなどうして!?」


「おぬしが栄養を吸い上げ過ぎたのじゃ。そのせいで花は咲き誇るほどの栄養を取れなかったわけじゃな」


「自分だけが咲き誇ることに夢中で、他者を顧みない。やはり汚れた心のままだったな」


「そんな……そんなバカなああぁぁ!!」


 やはり自分のことしか考えていなかったようだ。

 浅はかな男だ。とどめを刺してやろう。


「ゴリラ、発射スタンバイ」


「ウホ」


「ウホって言った! 今ウホって言ったじゃん!?」


「当たり前じゃろ」


「何言ってんですか先輩」


「あたしが悪いみたいに言われた!?」


 ゴリラが味王妃の入った大砲を植木鉢に向けてセットする。


「待ってくれ! 頼むもう一度チャンスを!!」


「お前の命など、野に咲く一輪の花ほどの価値もない」


「おとなしく消えるのじゃ」


 魔力の塊が先頭に味王妃を付けて発射され、見事着弾した。


「ぎゃあああああぁぁぁ!?」


「みぎゃああぁぁぁ!?」


 姉弟仲良く大爆発。これでまたひとつ、この世から悪が消えた。


「最後に一花咲かせたな」


「ではお昼ご飯にするのじゃ!」


「いやもうわけわかんねーし。もう理解ガチ無理っしょ」


 なぜか消耗している先輩を連れて、俺とリリアは昼飯を食いに行った。

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