イロハと実験と今後の予定
ラボで目覚めてみんなで朝飯を食った。一応四人でだらだらできるスペースは注文しておいてよかったと思う。リリアとシルフィが用事で去ったので、俺はベッドで魔法の本を読む。こういったリラックスできる時間は確保しよう。
「まず安全で実験に最適な材料の確保だな」
「初級は魔石でなんとかなるわ。お昼になったら買いに行きましょう」
イロハが首筋の匂いを嗅いでくるのでひっぺがす。
「魔石なあ……一年のはじめは魔力込めるクエとかしたなあ」
「あれは大切なのよ。消耗品だからすぐなくなるもの」
顔を押し付けて、胸の臭いを嗅いでくるイロハをソファーに転がす。
「質は低くていいな。まず魔石で簡単な装置にエネルギーを送ってみよう」
「じゃあ買い物ついでにお散歩に行けるわね」
背中にのしかかって髪の匂いを嗅ぐイロハを部屋から出して扉を閉める。
「犬みたいに扱わないで欲しいわ」
人のベッドで丸くなってこちらを見ている。いつ移動したんだよお前。
「犬はもっと丁寧に扱うぞ。なんで俺のベッドにいるんだよ」
「新居の匂いがするのよ」
「新居だからな」
「なら転がっておくべきでしょう?」
「わからん。全然わからん」
俺の家なんだよここは。俺の枕を抱きしめるな帰れ。普通に寝室に来やがって。
「知らない匂いがする場所は不安になるわね?」
「まあ強く否定はしない」
「だから自分の匂いをつけるのよ」
「犬猫の習性だろそれ。っていうか自分の部屋にやれや。俺の部屋は俺の匂いがするものなんだよ」
イロハがなにかに気がついたっていうか目覚めたみたいな顔だ。絶対ろくでもないこと考えている。
「そうね、私の匂いが強いと、アジュの香りが消えてしまうわね。まず主人の部屋ということを忘れていた私の落ち度よ」
「意味わからん寝るな転がるな座れ」
「仕方ないわね」
「枕を離せ。あんまりお前らの匂いがつくのも好きじゃないんだよ」
俺の買ったばかりの枕を胸に抱くな。最近ちょっと距離感バグってんぞ。
「たまに一緒に寝るじゃない」
「たまにだからな。基本的に俺の部屋から他人の匂いするの好きじゃない。俺の部屋は俺のものというのが大前提だ。俺ありきで考えろ」
「わかったわ。アジュが嫌なら控えるわね」
ちゃんと話せば聞き分けはいいのだ。枕を置いて俺に近寄ってくる。耳としっぽが元気ないので、ちゃんと反省しているのだろう。
「はいはい約束は守ろうな。いい子にしないと出禁にするぞ」
頭を撫でておく。撫でたんだから守れよということだ。
「頑張るわ」
しっぽが揺れ始めた。大人しくしていてくれれば追い出さないから、そのまま機嫌よく座っていろ。
「そういえば、どうしてマジックアイテムに興味が湧いたの? 今までは自分の魔法を強くする方針だったわね」
「そっちが行き詰まったってのもあるが、将来のためだな。四人だけになったら、仕組みを知っていて作れるか直せるやつが必要だろ」
「ちゃんと将来を考えているのね」
「卒業したら完全にやることなくなりそうだからな。大学部に行けるとは限らんし、こういうのもありだろ」
そこからのイロハはなぜか機嫌がよかった。横にくっついて丸くなっているので、適当に撫でつつ本を読む。買うもののリストアップが終わったら、ついでに散歩して買い物に行く。気づかれないようにアクセサリーとか見てみるも、俺には理解できん。良し悪しのわからんものはしんどい。
「そういうのは誰に送るかで変わるわよ」
「リリアの誕生日が四月なわけだよ」
「誕生日会の予定は開けておくわ」
「そりゃそうだ。だがプレゼント問題があってな」
「私も悩んでいるわ。欲しいものはアジュ以外手に入れられそうだもの」
そこなのだ。リリアは欲しけりゃ自分と調達できる。知識と戦闘力がめっさ高いからね。そういう相手に贈り物って経験なくて難しい。
「しかも指輪はもうあるんだぜ。アクセサリーはだめだろ。服とかの知識もない」
「贈り物をしたいのよね? アジュそのものとかではなく」
「そうだな。ちゃんと物を……食い物とか料理してもいいが、何か目に見えるものをちゃんと渡す。これはこだわりだ。世話になっている恩を返すぞ」
「私とシルフィも考え中だから、今回は協力できるかもしれないわ」
自分達の誕生日がちゃんと祝われたので、リリアを満足させたいらしい。それは俺も同じなので、ここらでしっかりプレゼントしたいところだ。
その後は本リアの買い物を終わらせ、ある程度プレゼント候補を見て回って帰宅したわけだが。
「やべえ疲れて眠い」
「疲れたまま実験は危険よ」
「少しだけ休む」
「ほらいらっしゃい」
一階のソファーで自分の膝をぽんぽんしている。来いということだろう。仕方ない。完全に疲れているので従う。疲れているからね。
「はあ……とりあえず説明書見るか」
寝心地のいい膝枕されながら、買ってきた簡単な卓上ライトキットを広げる。明らかにパーツが少なくてシンプルだ。
「こんなんで動くのか?」
もとの世界でもシンプルなのは存在したが、あれは文明が進んでいたからじゃないのか。いや古いものは複雑に作れないから? まあ初心者にはいいか。
「中身はちゃんとしているわね」
「わかるのか」
「忍者だもの。大抵のものは武器にできるわ」
「なるほど……魔力を流す導線と魔石の量に……強すぎる魔力でショートしないためのストッパー……これ普通のライトじゃなくて実験器具として売られていた理由がわかったぜ」
頑丈に設計されているのも手触りでわかる。説明書を読んだらやってみよう。膝枕から離れようとすると、イロハが頭を撫でてくる。
「もう少しこうしていましょう」
「ラボの意味ないだろ。これじゃただの仮眠室だぞ」
「なら仮眠すればいいのよ。まだお昼すぎよ。ちょうどお昼寝にはいい気温だわ。はい寝ましょう。一緒に寝ましょう」
「それが目的か……ふわあぁ……だめだ眠い」
「はいベッドに運ぶわね」
こうして運ばれて寝かされて布団をかけられる。あかん寝る。ベッドの質を要求しておいたのが仇になった。イロハが横で寝ているのも気にならない。もういいか、少し仮眠取ろう。
「おやすみなさい」
そして二時間ほど寝て起きて、ようやく買ってきたものを組み立て始める。真面目な場面では邪魔してこないので、イロハはずっと横で見ているだけ。かまって欲しそうだけど後回しだ。
「で、ここがこうなってっと……魔力をどう一方向に流すのかと思ったが、そういうことか。研磨された魔石が電池みたいなもんだな。この金属が規格みたいなもんで……組み込んでスイッチと」
なんだかんだ未知の技術とは楽しいもので。新しいおもちゃを手に入れた少年そのものになっている。
「一定量以上が流れると危険と……設置手伝ってくれ」
「ようやく出番ね」
がばっと起き上がって素早く設置していくイロハさん。暇だったんだな。飲み物持ってきてくれたり助かっていたんだが、やはり一人の時にやるべきだろうか。
「余計なことを考えていそうね。実験を続けましょう」
見抜かれている。おとなしく実験を続けよう。透明で頑丈なケースに入れて危険な作業に入る。まず魔石じゃなくて自分の魔力を流す。当然だが処理しきれずに熱くなり、強制的にオフになる。
「軽くでも危険判定なんだな」
「一律に禁止すると、そのレベルの事故は防げるものよ」
「安全第一ってことか。さて壊れた箇所をチェックして、予備パーツで直してみよう。解体手順はしっかり守って……」
こうして時間は過ぎていく。後片付けまで終わったら、なんかもう動く気がしない。俺の体力はなかなか伸びないねえ。もう二年生だっていうのにな。
「毎日こういうのやる研究員ってすごいな。集中力と精神削られそう」
「疲れるのはそうだけれど、そういうのが好きで就職しているんじゃない?」
「うーむ……すごい世界だ。俺はほどほどにやって、プレゼントどうするかこっそり考えるぞ。シルフィも都合がいい日に呼ぼう」
「了解よ。喜んでもらえるといいわね」
「まったくだ」
さて何を贈ったものか。数少ない知り合いに聞いてみますかね。
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