虚無のその先
ハリーとの研究二日目。今日もラボで魔法の性質と応用方法をチェック中だ。
「こんなとこか」
「お疲れ様。どうかな、ちょっとは楽になった?」
「ああ、参考になるよ」
ハリーの風魔法も見せてもらい、魔力の消費を減らしながら、純度を上げる方向で進めた。
「よし休憩しよう」
機能よりも消耗は少ない。僅かな差だが、こういうのが後々になって影響するといいなあ。
「はいお水。調子いいね」
「すまんな」
「着実に上達しているわ。その調子よ」
シルフィに水をもらい、イロハに肩をもんでもらいながら調子を整える。
素直に協力してくれるのはありがたい。
「君王族だったりする?」
「しない」
この質問も何人目だろうな。お姫様二人と行動していると、それなりに聞かれる。
やはりこの状況はレアケースなのだろう。
「別に王族だからこんなことされているわけじゃないぞ」
「ギルドメンバーを連れてきていいとは言ったけれど、王族が来るとは思わなかったよ」
「俺について調べたんじゃなかったのか?」
「お姫様と接する人って、もうちょっと畏怖とかあると思った」
「別に気にしないわ」
ハリーは俺の知り合い。しかも自分たちを通さずできた知り合いということで、あまり警戒されていない。
「ハリーのぶんもあるのじゃ」
「ありがとう」
ちゃんと人数分の飲み物がある。休憩を適度に入れてくれるので、俺でもテストについていけるのだ。
「今までで遠距離攻撃と、強化魔法についてはデータが取れた」
「どうだった?」
「ボードにまとめてみた」
広いボードに様々な紙が貼られている。難しい計算式が書き込まれていたりするが、よくわからん。
「魔力の伝達についてはよくわかった」
「僕の強化はライジングギアみたいにはできない。超人なら別なんだろうけど、風だけになる。風人間になるっていうのは、現時点じゃ現実的じゃない」
「風は流れるもの。固めておくには不向きじゃ」
「細胞の情報を残したまま、人体と自由に入れ替えるってのが異常なんだ。どんなセンスしてるのさ」
称賛と呆れが半分ずつ混ざっている顔だな。ハリーはあまり嫌味を言うタイプではないっぽいし、そういう褒め方なんだろう。
「けどライジングギアはひとまずおしまい。レポートにも書かないでおく」
「いいのか?」
「ああ、魔力を効率よく流す方法と、強化魔法の色々で満足だよ」
欲がない……とは違うな。温存しておくという口ぶりだ。
「それに今発表せずにいれば、次の試験で使える。試験勉強の時間を研究に使えるだろ?」
「その発想は嫌いじゃないぜ」
「そう言ってくれると思ったよ」
にやりとした笑みを交わす。なんとなくだが理解してきた。こいつも趣味と興味に全振りしている。障害はほどほどに済ませて、やりたいことに打ち込むタイプだ。
「あれはいいの?」
「まず友人を作らせることが大切じゃ。思考が似ておるのは、それはそれで貴重じゃよ」
「そうね。アジュの情操教育にいいと思うわ」
「よくわからん会議をするな。で、俺は後何をすればいい?」
「それなんだけど、ちょっとこれを見て」
ボードに大きく俺の写真が映る。写真っていうかなんだこれ。こんなくっきりはっきり写る技術あったか? 技術レベルが国と個人でバラバラだなこの世界は。
「ルーンさんに協力してもらった。超高性能映写機で見る、アジュの電撃について」
「興味深いな」
「まずこれ。リベリオントリガーの時の青白い光」
なるほど、こんな風に発光してんだな。改めて自分を見ると、派手だな。
「これは体内循環と体に纏うことを両立させている。というか両方同時に行っている」
「綺麗だよねー」
「この時のアジュはかっこよくて素敵よ」
「神秘的だね。でもってこれがインフィニティヴォイド。外部に放出される雷が青白くて、中心部分が白い」
なるほど。虚無の光って普通の攻撃魔法とは違うな。
完全に真っ白かと思えば、外に流れていけばいくほど力が弱まって、そこが青くなるのか。
「そして、弾丸になったやつ。真っ白なんだけど、拡大していくと何かある」
拡大写真とかどうやってんのマジで。お前こんなん始めてみたぞ。
「フルムーンと学園の技術ミックスさせて、わしが特別に魔法で組み立てた、一点物じゃ」
「ルーンさん科学者より凄いことするよね」
「秘密じゃぞ」
「わかってる。話を戻すけど、中心に黒い点がある。これをよーく見ると」
「紫の……何だこれ?」
本当に小さくだが、紫色の何かがある。淡く光る紫色の丸い何か。
雷なんだろうけれど、こんなもん作った覚えはない。
「これが弾け飛んで、虚無を増幅・拡散させた。ちなみに垂れ流す方のインフィニティヴォイドからは検出されなかったよ」
「限定的な何かってことか?」
「条件は不明だよ。けど計器が壊れるくらいの魔力が出た。一瞬だけね」
「ざっくりでプラズマイレイザーの五倍から十八倍じゃ」
「クソ強いな!?」
おいおいちょっと怖くなってきたぞ。どうやってそんなもんができたんだよ。
「おおー! アジュが凄くなった!!」
「危険性はないのかしら?」
「わからない。威力はまだ上がると思う。おそらくだけど、これが雷光の限界を突破させている。虚無とも違う」
「雷を超高密度の空間で爆縮させ続けた結果かもしれんのう」
「急に意味わからんこと言うなよ」
リリアの知識ってどんだけあるんだろう。たまにマジで理解できんこと言い出すな。
「これは使えるのか? 紫の部分だけで強いとか?」
「無理じゃな。あくまで雷と虚無の威力を増すだけじゃ。そもそも砂粒よりも圧倒的に小さい。しかも弾丸の中だから形成できるのじゃ。出せても長持ちしないし、威力もゼロじゃ」
「用途が限られているか、使いこなせていないかね」
「じゃあ使えるようになれば、アジュはもっと強くなるってことでしょ?」
「うむ、プラス思考でいくのじゃ」
よくわからんが、使いこなせれば強いらしい。それは少しやる気が出るな。
現状ちょい強い敵が出るともう危険だから、対抗策はあるに越したことはない。
「戦闘で常に出せりゃいいんだろうけども」
「難しいだろうね。意識して構築できるのは虚無までかな」
「悲観するほどでもないじゃろ」
「訓練あるのみだねー」
それが一番きついんだけどな。もっと簡単に効率よくできればいいが、手探りの部分が多すぎる。ハリーのように理詰めで分析できないと無理だな。
「じゃあ休憩終わり。運動するよ」
「しょうがない。やるか」
強化魔法をかけて並んで走る。ゆっくりと風景がスローになる気がするが、これを維持できん。そもそもスピードが足りていない。
「足りんな」
「十分速いじゃない。雷速移動はできるんだし」
「光速の相手に追いつけない」
「超人と戦うことを想定してるの? 光速突破できるの、上級生でもめったに見ないけど」
「もうちょい厄介だ」
光速突破勢って、学生では特殊な連中じゃなきゃ超レアケースだ。
俺やヴァンのような外付け超強化か、シルフィやイロハのように神の血が入るか、まあ魔力も経験も足りないのだよ。
「色々と苦労してるんだね。お姫様がいるから?」
「それもある。達人超人って助け呼ぶにも高いだろ?」
「そりゃ質のいいものは高いよ」
「そこに異論はない。だがなあ」
会話しながらも速さに身を任せる。集中力がついてきたということだろうか。
「学園の卒業生で、比較的お値段控えめな人もいるよ?」
「フルムーン騎士団とどっちが強い?」
「そりゃ騎士団でしょ」
何の迷いもなく答えられた。その強さに絶対の保証が感じられる。
実感したんで理解もしているさ。つまり鎧で対処する機会は、まだまだ減らないということだ。
「会ったことあるの?」
「半分くらいは」
「うわいいなあ……」
芸能人のトップみたいな扱いなんだろうか。カリスマ性が溢れていたからなあ……敵だったやつも含めて。
「少し先の世界を見てみない?」
「つまり?」
「僕の後ろを走るんだ。空気抵抗をなくして、風魔法で君の負担を軽くする」
「面白い」
こういう合体魔法的なやつは、意外と経験が少ない。
背後に回ると、確かに抵抗が少ない。しかも風のドームに入ったようだ。
「いくよ!」
「いつでもいいぜ」
さらに魔力を消費しながら全力で走る。やがてこの走り方にも慣れ、景色がスローになっていく。
「聞こえるかい?」
「ああ」
声が届く。俺への負担が軽減されているのだろう。思考に余裕ができた。
「それはただ速いだけじゃない。魔力で高速状態に慣れているんだ」
「貴重な経験だ」
神との戦いの際、こういう状態に入ることもある。
素でできるようになるか不明だが、この感覚を忘れないようにしよう。
「よし終わり」
「……やっぱきつい」
「二人ともお疲れ様」
タオルと水を貰って座り込む。疲労回復の魔法もかけてもらうが、気づかぬうちに体を酷使していたようだ。少し息が荒くなる。
「いいメンバーだね。仲が深まることを応援してる」
「せんでいい」
「ありがとう。頑張るよ!」
「うむ、またアジュをよろしく頼むのじゃ」
ハリーは余計なことにまで気を回すやつだ。三人が妙に嬉しそうなのは怖いからやめろ。まだそういう関係じゃないからな。
「参考になったわ。アジュはまだまだ伸びしろがあるのよ」
「僕も限界がどこにあるのか興味がある。また来てよ」
「ああ、あてにしている。助かった」
あとはレポートまとめて終わりだ。ささっと書いて、今回のお誘いは完了した。
収穫の多い時間だった。たまには誘いにも乗ってみるもんだな。
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