タコ怪獣を討伐せよ
地下深くの祭壇で、緑色の鱗にまみれた巨大怪獣を倒すことになった。
千メートル超えの怪獣が立ち上がるだけで周囲が揺れている。首から下は人型で、大きな鉤爪が伸びていた。少し動くだけでもおぞましい魔力が空間に満ちていく。こいつはかなり面倒だな。
「うわわっわわ!? なんですかあれキモい!?」
「独創的なデザイン」
精神を汚染するかのような何かが満ちていく。急いで倒れている女どもにガードキーの結界を貼り付けると、リリアが出口へと飛行魔法で誘導していく。
「そっちは任せたのじゃ」
「ああ、あれは俺がやらなきゃいけないだろう」
普通の人間が見ると狂う何かがある。見た目だけじゃない。狂気を誘発する特性でもあるのだろう。クソ迷惑なんで死んでくれ。
敵が立ち上がるとさらにでかく見えるな。これを殺し切るにはどうすべきか、思考を邪魔するようにリリア達へ鉤爪を振り下ろす怪獣。
「やめろボケ!!」
右腕を蹴って軌道をそらし、タコみたいな頭に魔力波を撃つ。だがまた女へと迫る。こいつこの図体で光速移動できるのかよ。異常に速い。だがそれでも鎧の力には及ばない。
「俺が対応できないと思うなよ?」
先回りして殴りかかると、ヒゲみたいな触手が大量に襲ってくる。一本一本が光速の数億倍で乱れる姿は純粋にキモい。
「アジュさんこっち来てます! 来てますって!!」
「いいからさっさと逃げろ!」
弾いた触手が出口に伸びていく。そして出口をめちゃくちゃに破壊した。
「お前マジか!」
結構知能があるタイプなのだろうか。喋らないし、理性のある存在とは思えないが、ここから女どもを逃がしたくないらしい。
「こっちはわしがなんとかするのじゃ」
リリアの魔法で瓦礫を撤去しても、立ちはだかるのはキモい怪獣。だが出口の前から動けないなら攻撃すりゃ殺せる。
「合わせろ。プラズマイレイザー!!」
「なるほどのう。これでどうじゃ!!」
狐の耳としっぽが生えたリリアとの合体魔法だ。下級神くらいなら消せるはずだが、巨大な翼を盾にして耐えきりやがった。
「しっぽ一本では無理か。無駄に硬いのう」
「触手がこっちに来ています。なんとかしてください」
「その結界は簡単には破れない。その四角い結界の中から出ないようにしろ。全員入れておけば蹴っ飛ばして遠くにやれる」
「ボールみたいに扱わないでくださいよ!?」
できるだけ俺に注意を引くことができればいいのだが、こいつから感情のようなものが読み取れない。タコの部分に表情がなくてわからん。おぞましくどす黒い狂気だけが濃縮されている。
「あんまり手間かけさせてくれるなよ怪獣!」
魔法の乱射で追い込んでいく。徐々に威力を上げていくことで、こいつの力を炙り出してやる。
「わしのしっぽ三本の魔力でも死なぬとは……しかしこんな神など見たことがないのじゃ。どこからこんな化け物が出たんじゃい」
「二度と見なくていいように消せばいいんだよ。それで終わりだ」
少し本気で殴りかかる。当然翼で防御してくるが、そいつを突き抜けてタコの顔を殴りつけた。
「オオオォォォ……」
「うめき声は出せるんだな」
どこから声が出ているのかいまいちわからんが、攻撃が通っていることは確かだ。ならとことんやってやろうじゃないか。
「ちゃありゃあああああ!!」
怪獣の腹から頭にかけて、拳のラッシュを叩き込みながら登っていく。反撃とばかりに鉤爪が来るが、既に俺は後頭部に回り込んでいる。
「遅い!!」
渾身の回し蹴りで怪獣の体が大きく横に傾く。触手を伸ばして対抗してきたので、両脇に一本ずつ抱えて振り回す。
「おおっしゃあ!!」
大回転させて遠くに投げ飛ばし、瞬時に追いついて背中に強烈なアッパーを入れて跳ね上げる。天井付近まで飛んだ怪物の上に行き、かかと落としを決めた。
「落ちろ!!」
地面に叩きつけられた怪獣は、轟音と振動を響かせ動きを止めた。
「おおー……アジュさんすごい」
「これほど強いとは予想外です」
「知られても困るので、鎧と力については他言無用じゃ」
「今のうちに行け」
まだ死んじゃいないことは気づいている。右手に魔力を溜めてとどめの準備をすると、怪獣が消えた。この感覚は覚えがあった。行動時間をカットできるタイプ。時間の概念にいない敵だ。こちらも思考時間をカットして、概念を切り替える。
「甘いんだよ!」
この期に及んでリリア達へ向かっていた。タコ怪獣の顔に膝蹴りを三発同時にぶっこんで距離を取らせる。そこにリリアの全属性魔法が同時着弾した。
「うむ、そのレベルまで鎧を使いこなせるのはたいしたもんじゃ」
「まあお前もできるよな」
「必要になれば教えるつもりじゃったが、そのまま独学でやるがよい。こういうのは自分の好きなように世界の法則を改変する方が強固になるんじゃよ」
なら今のうちに試すべきか。拳も魔法も通用するわけだし、手刀や拳圧とか雑なビームなども各種試す。雷魔法も通るっぽい。こいつ硬いだけか。
ちょうどいいから超光速で移動しつつ時間をカットして動く練習をする。そろそろ慣れてきたし、鎧でできることが増えそうだ。
「攻撃がしょぼい。もうちょい反撃してくるかと思ったが」
「翼と触手で弾いておるじゃろ。防御を中心に時間をカットしてきておる」
「攻撃手段が乏しいのか?」
「この空間で動くだけで、尋常ではない狂気と瘴気がばらまかれておる。人間は数秒で発狂するレベルじゃな」
「なるほど、精神汚染して勝つタイプなのか。相性が悪いんだな」
攻撃手段が乏しいと言われたのが気に障ったのか、口からド派手なビームを吐いてきた。威力だけはたいしたもんだが、キックで流れを変えて反撃に出る。
「あっ、出口消えたのじゃ」
リリアの言葉に出口を見ると、まるではじめから無かったかのように消えていた。崩れたわけでもなさそうだ。
「元々別次元を重ねて作られた空間じゃ。可能性の中から出口がないものを選んだのじゃろ。これはめんどいぞ」
「私達はどうなるんですか?」
「俺とリリアは平気だとだけ言っておく」
「不安になるからやめてください。信じますよ? 本当に信じてますよ?」
怪獣は自分の全身に触手をまとわりつかせている。防御という雰囲気でもない。ぎちぎちと締め付けるような音がしている。やがてどんどん丸く小さくなっていった。もう人間一人が入るくらいのサイズだ。
「魔力と狂気が次元の壁と一緒に圧縮されておる。必死に勝つ方法を模索したんじゃな。妙な知能がある生物じゃ」
「フウウウウウアアアァァ!!」
やがて出てきたのは、タコの頭と緑色の人間のような形の肉体を持つ怪獣だった。全身に筋繊維のように触手を張り巡らせ、緑の鱗も健在だ。身長は2メートルくらいだろうか。凝縮された狂気がアホみたいに上がり続けている。
「甘いのじゃ!」
衝撃が空間を暴れ回り、怪獣がリリアと真正面からぶつかり合っている。さっきまでとは明らかにパワーもスピードも段違いだ。マジで圧縮されているらしい。
「俺の相手もしてもらおうか!」
「フウウウゥゥ!!」
敵と拳を合わせると、妙な感覚が伝わってくる。まるで敵が物凄く遠くにいるようだ。打点をずらされているというか、複数の場所に混在している気がした。
「こやつは自分で作った全次元に同時に存在しておる。それぞれの世界から同時に一匹の化け物として行動して、可能な限りの並行世界を重ねて壁にするわけじゃ」
「つまり?」
「こっちも敵の世界そのものをまとめて突き破って本体を攻撃!!」
リリアの妖気と魔力が渦巻き、細い一本の線となって怪獣の胸に突き刺さる。
「フウウアアアァァ!?」
なるほど、ダメージが通っている。貫通するほど強力で次元超えの特殊攻撃ということか。今後必要になりそうだし、ちゃんと覚えておくかな。
「おっと、俺なら倒せると思ったか?」
怪物の拳を受け止め、掴んだまま逆の拳で連打を開始する。
「フアアァ!? アアアアアア!!」
振りほどこうとしているが、パワーは俺が上だ。敵の攻撃もダメージはない。存在が特殊というだけで、最上位の存在じゃないなこいつ。
「悪いが慣れるまで付き合ってもらうぞ」
敵のいる次元全部に向けて貫通攻撃を放ち続ける。勘は完全に掴んだ。だがそれだけでは面白くない。鎧の力をコントロールして、あらゆる世界のこいつを察知。盾にしている無人の次元を殴り壊す。
こうして壊れて過去も未来も可能性すらも失われた世界から弾き出されるように、この世界の怪獣に別世界の怪獣が重なっていく。
「なるほど、強引じゃな」
「ぶっちゃけ能力バトルになりすぎてもつまらんのよ。爽快感がない。ってことで詰みだキモ怪獣!!」
壊し方は学習したので、紐づけ斬りの容量で一気に破壊してまとめる。怪獣はもうこの世界にしかいない。別世界に逃げることもできない。あとは仕留めるだけ。
リリアと一緒にキックを入れて遠くへ飛ばし、必殺技の準備に入る。
『シャイニングブラスター!!』
「フウウウウアアアアア!!」
怪獣の体が分裂して上空へ昇る。すべての魔力を集約させてビームにするつもりか。なら世界ごと消して終わりにしよう。
「九尾四重展開、日輪よここに」
「砕け散りやがれ!!」
シャイニングブラスターが四連リングをくぐり、数兆倍に強化されて撃ち出された。それはあまりにも強大で、ビームのぶつかり合いにすらならなかった。ただ敵のいる所まで何の引っ掛かりもなく通過して消えた。
「断末魔すらなしか。本当に何だったんだか……」
「いかん、この場所が消えるのじゃ」
威力が強すぎたらしい。この空間も消えていく。急いでリリアが作ったゲートに女を押し込み、俺達も通り抜ける。出た場所は女子寮の前だった。
「はあ……まあなんとか無事だったな」
鎧とガードキーの結界を解除して一息つく。ただの楽な護衛任務だったはずなのになあ。どうしてこうなった。
「ありがとうございました。おかげさまで無傷で帰ることができました」
「本当にありがとうございます! 後半何やってるのか見えませんでしたけど、守ってくれたのはわかりましたよ!」
「そうかい。もう危ないことはするな……って、完全に巻き込まれただけだったな」
「気をつけようがないのう」
そこで寮から誰か出てきた。倒れている女子生徒達が気になったんだろう。面倒な説明はリリアに任せ、こういう事件が得意そうなやた子とヒメノが来るまで待つことにした。無駄に疲れる一日だったぜ。
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