地下施設と雪の六騎士

 知らん男の右手が見つかった。大きさと指毛が濃いことからまず男だろう。

 念の為女湯も調べたが何もなし。これが犯人が女で心理トリックなら大したものだが、それもあまり効果がないだろう。偶然誰かが風呂に入りに来ないと気づかれないんだから。


「誰のものかわかるか?」


「男性であるくらいしか……成人男性だと思います。しわが多いので、もしかしたらご老人かも」


「男の手なんざじろじろ見ねえしな」


 そらそうだ。これで指輪でもしていればまだいいのだが、その痕跡もない。

 誰だかわからないが、手を回収して布でくるんでから、証拠として持ち帰らないといけない。きっついわ。カールが持っていくと言うので渡す。


「あとはなんだっけ? 研究室?」


 一番怪しい単語出たぜ。そこに何かあるのだろうか。地図を見た限りだと、かなりスペースを取っている場所だ。


「手がかりでもありゃいいな」


 行ってみると大きな扉がある。大げさな装飾で、これ鉄製か。カールに開けてもらうと、明らかに他の部屋よりも広い。食堂の倍以上の広さだ。何部屋かぶち抜きで作らないと無理だな。


「……なんもないねえ」


 天井は二階までぶち抜かれ、大きなシャンデリアが複数見える。だがそれだけ。何もない。部屋全体にでかい絨毯は広がっている。窓はない。いやあった。かなり高い位置に一個だけある。つまりここは正面扉からしかほぼ出られない。


「研究が続いているにしろ、完全に無くなったにしろ、そのまま放置して帰るわけがありませんからね」


「ごもっともで。六騎士はいつまでいたんだい?」


「十年くらい前でしょうか」


「近いな。最近じゃないか」


 もっと昔の伝承だと思っていた。つまり十年前の恨みが今晴らされようとしている。当時の怨恨だとして、なぜメイドが狙われたんだ。


「スティーブとかはまあ、おっさんだし、十年前も生きているだろうけど、メイドとか当時五歳くらいじゃないのか? 殺すほど恨むか?」


「あの人は学生さんじゃないですよ? あまり歳を言うのはあれですが、三十はいっているはずです。外部から雇われた人ですよ。ボクとタイガは偶然聞いたことがあります」


 顔で年齢がわからんタイプか。つまり十年前も十代後半か二十代……それでも不思議だ。二人の繋がりがわからない。


「動機がまったくわからんのがなあ……」


 六騎士と今回の犯人がどうつながるのか。すべては過去にあるのだろう。だが資料がない。これどうしようもないんじゃないか。


「窓くらいしかないよな……」


 戦闘できる科なら、垂直跳びで3メートルくらいは飛ぶだろう。だがあの窓小さいな。小柄なイズミなら通れるだろうが、成人が通れるものかね。


「中庭がある。けれど吹雪で殆ど見えない」


「わかった。降りてきてくれ」


 窓の下に水がない。つまり開けていないということだろう。意味ありげに高い場所に設置された窓だぞ。関係ありそうなんだが。壁を丹念に調べてみる。


「んー……こいつは……」


 壁にくぼみがある。そう大きくはないし、経年劣化と言ってしまえるほどだが、なんとなく気になる。少し離れた位置にも似たようなものがあるな。


「どうしました?」


「いや、これなんだが言葉にできん」


「研がれている」


 イズミが妙なことを言い出した。


「これは自然についた傷じゃない。こうなるように形が整えられている」


「なんでぇ仕掛けでもあんのかい」


「だとしてもどういう仕掛けだ? 何かはめるのか?」


「調べるぞ。この部屋何かおかしい」


 本格的に壁や床を調べ始める。面倒だが絨毯も引っ剥がすしか無いのかも。


「くぼみはいくつかあるみたいですね」


「それ以外なーんもねえぞ。オレもう疲れてきたぜ」


 あまりにも面倒な作業になりそうで天を仰ぐ。もしアイテムをはめ込むとして、この部屋になければ徒労に終わる。しんど……キラリと光るシャンデリアが、なんとも豪華で俺達をあざ笑うかのように輝いていた。


「……まさか」


 面倒だが魔力強化して、高い高い天井へ飛ぶ。途中で壁を蹴れば俺でも届くし、雷なら空中に留まることも多少はできる。移動さえしちまえばいい。ゆっくりとシャンデリアに乗った。


「おーい遊んでんなよ!」


「違う。いいからそっちはそっちで調べろ」


 さて狙い通りであってくれ。ここまでやって無駄は心が折れるぞ。熱いなここ……いかん我慢だ。お目当てのものも一個見つけたぜ。


「あった。イズミ、こっちに上がってこれるか!」


「すぐに行く」


 なんとも身軽にここまで来やがった。基本スペックが違うな。


「よし、手伝ってくれ」


「エロいこと?」


「違うわボケ」


「問題ない。アジュのサイズなら、出しても下からは見えない」


「うっせえ。これを見ろ。これを入れるんだと思う」


 シャンデリアの飾りを見せる。おそらくこれでいけるはず。


「はじめてを物で奪われるのは拒否。小さかろうとアジュ本人のものでやるべき」


「下ネタから離れろ。この飾り、他と色が違う。シャンデリアの飾りで色が違うやつだけ探せ」


「了解」


 透明なガラスのような飾りが大量についているが、数個だけ赤だの青だのがある。四角と三角と丸の組み合わせっぽいので、はめる場所に困らないだろう。


「回収完了。下に降りる」


「……降りることを考慮していなかったな」


「掴まって」


「は? うおっ」


 俺を抱きかかえて下へと飛ぶ。ふわりと着地し、こちらに衝撃が来ないようにしたみたいだ。これがアサシンの技術か。見事だ。


「鍵は見つけたぞ」


「それは……シャンデリアの部品ですか?」


「ああ、一応これをはめてみる。手伝ってくれ」


 全員で飾りを部屋の各所にはめ込むと、飾りが光りだした。ガゴンと音がして地面が揺れる。屋敷そのものが揺れているように感じた。やがて右端の床がずれていき、地下への階段が現れた。


「大げさな仕掛けだな」


「行くしかありませんね」


 慎重に歩を進める。下には扉と、五人くらいなら立てる場所がある。

 全員でそこへ行くと、足元に魔法陣が現れ、一瞬だけ光って消えた。


「今のは……危ないものじゃ、ないですよね?」


「識別と解錠の魔法陣と判断」


「おい、扉開くぜ」


 そーっと開けて中へ入ると、妙な薬品の匂いが鼻につく。

 上の階と同じくらい広く、巨大なからっぽの培養槽がいくつもあり、何かを送るためのチューブがつながっている。机や書類棚もあるが、中身はほぼ消えているな。


「なんですここ?」


「研究ってのがろくなもんじゃねえ気がしてきたぜ」


「全部からっぽだ。化け物でも作ってやがったんじゃね?」


 培養槽はもうひとつの台座のようなものがセットでくっついている。

 そしてセットが二個チューブでつながっているものがある。何かを転送か合成する装置だろうか。なんだっけな……これと似たものをどっかで見た気がする。


「どういう技術か検討もつかない。私では解析不能」


 イズミは知らないらしい。俺もリュウもアオイもわからん。


「カール」


「僕にもさっぱりですよ。ですが、ここを放棄した人間は、余程急いでいたのでしょう。乱雑に捨てられている資料もあります。少しでも手がかりを探しましょう。僕は装置を見ますので」


 不要だと判断されたのか、荷物がいっぱいだったのかは知らん。だが読めるものが残されているなら、読むべきだろう。リュウとアオイは離れた場所を調べているし、俺は一人離れて埃を被っていない資料を手に取り読んでみる。


「マイナスエネルギーの蓄積と移植?」


 何やら物騒なワードが出てきたぜ。思わず小さく呟いてしまう。


「読めるの?」


 イズミが隣から覗き込んできた。不思議そうに首を傾げている。


「文字はかすれていないだろ」


「学園で使われている言語じゃない」


 そういや違うな。なんだこれ。この部屋といい、前に見た気がする。思い出せ。こんな設備はこっちの世界に来てからじゃなきゃ見ていないはず。まだ一年経っちゃいないぞ。ぱらぱらめくりながら、同時に過去を探る。書類の中に『この研究が優しい誰かのためになりますように』と書かれている。現状と剥離が激しいな。


「この絵は……ちょっと来てください!」


 アオイの声で思考が中断された。行ってみると部屋の奥に絵が飾ってある。中心には初老の男が、その男を囲むように白衣の連中が書かれている。五人いるが、こいつらがここを使っていたのだろうか。


「この人、スティーブさんじゃないですか?」


 アオイの発言で全員が絵に注目する。絵の左側にいるのは、なんとなくスティーブな気もする。


「こちらはジョージさんとキャシーさんに見えますね」


 似ている。あいつらここの研究員だったのか? そんな素振りはなかったが。


「他の連中もここの従業員かも知れないと?」


「かもしれません。名前さえわかればいいのですが」


 絵に名前が書き込まれていたりはしない。だが誰かに似ている絵だ。


「本人に確かめようにも、全員死んだか行方不明と」


「カール、六騎士を最初に話したのはお前だ。知っていることをすべて聞かせろ。情報が足りなすぎる」


「わかりました。雪の六騎士。それはこの屋敷が研究所だったころの守護者。研究は未知の物質とも新しい力の研究とも言われていますが、詳細は不明です。そして研究が危険なものであると判断され、調査隊が派遣されることになりました」


「排除じゃなくて調査か。真偽不明ってところかね」


「それを聞いた研究者は、六人の騎士を捨て駒にして逃げる計画を思いつきます」


 おい最悪だろ。だがそれなら六人全員の恨みではないのか。


「ですが、計画が露呈し、研究者では騎士に勝てないと悟ったのか、代替案を出します。傷ついて治療のため、その場にいなかった指揮官役の六人目を睡眠薬で眠らせ、実験台として暴走させて調査隊にぶつける。そして自分達はその間に逃げる」


「ちっ、ゲスなことやってやがるぜ」


「ひどい……仲間を売るなんて……」


「結局六人目の騎士は調査隊に敗北。全員逃走した後で、最後まで反対した研究者の死体が一人。館で見つかったそうです。研究を悪用され、脱出に使われたとだけ。そして研究は闇に葬られました」


 だから六人目の無念を晴らす、か。これが真実なら、間違いなく今回の動機になるだろう。問題は死んだやつに事情聴取ができないことだ。


「どうする?」


「めぼしいものが無ければ、一度帰りませんか? そろそろ食堂の人が心配してるかも」


「わかった。資料は持ち帰るぞ」


 資料をまとめて、全員で食堂に戻ってきた。ひとまず地下室のことは隠す。誘導尋問というやつだ。


「人数足りないよな?」


 ルナとジェシカと眠っているキャシー以外がいない。団体行動を乱すな。これを俺に言われるのはやばいぞ。


「大きな揺れがあったので、異常がないか確かめに行くと言って出ていきました」


「そっちは何か収穫はあったの?」


「カールの部屋が荒らされていた。そこに六人目の騎士の無念を晴らす、と書かれていたのさ」


 簡単な状況説明が終わり、まず口を開いたのはジェシカだった。


「無念?」


「なにそれ?」


 二人は知らんようだ。ルナは知らなくて当然として、ジェシカも知らなそう。確実に学生だし、ほぼ無関係じゃないかな。


「とりあえず呼び戻すしかないか……いやそろそろ寝る時間だし、全員部屋に戻す? だが犯人がわからんし……」


 まだまだ問題は残っている。さっさと解決してください。俺は迷惑しています。

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