第169話 適当に運命とか書き換えて遊ぼう

 じゃんけん勝負は俺の三連勝。まあ当然だ。

 こいつの運の総量は見切った。あとはそれを上回ればいい。

 運命とは、運の総量により命がどう燃え上がり、消え往くかだとちょっと思った。

 多分俺の勘違いだけどな。


「むぐぐ……やりますね。これでも悪運は強い方ですが」


「偶然でしょう。さ、あと二回ですね」


「いいでしょう。ならば次はチョキを出します」


「お好きにどうぞ」


 心理戦など無駄だ。運で圧倒的に上回っていれば、五回連続グーでも勝てる。

 心理戦など所詮は思い込み。しかもイカサマが通用しないから俺の勝ち。

 初手でロイヤルストレートフラッシュを引き続けるようなものだ。


「隊長余裕ですねー」


「違うな。腹が減って思考が鈍っているんだよ。さっき何を出したのか思い出せないくらいにな」


「むぐぐぐぐぐ……」


 こういうことを言うと、アスモさんは嘘か本当か考えるだろう。

 どっちにしろ運ゲーで俺には勝てないのにさ。

 ちなみにイカサマしても無駄。イカサマは勝ちを確定させる行為じゃない。

 相手を圧倒的に上回る運になるだけ。それより運が良ければ世界が俺を勝たせる。


「はいじゃーんけーん」


「ほい!!」


 で、チョキで俺の勝ち。この結果について考察しているんだろうけれど無駄だ。

 俺はなーんにも考えていない。適当に出しているだけ。


「この私が……色欲の魔王アスモデウスが……こうもあっさり負けるなんて……最悪お嫁にもらっていただくしか……」


「それは俺にとって最悪なので却下で」


「くうぅ……なんだか今……一瞬だけ電気が走るような……ぞくぞくしますわね」


 もう帰りたい。なんだよこいつ気持ち悪いよ。


「隊長はアスモさんのなにが嫌なのですかー? 美人さんですよー?」


「単純に女とかうざい」


「えぇ……一応ボクは今のところノーマルなので……」


「別に男も好きじゃない。俺以外の人間は基本無害か殺してもいいかの二択だ」


 完全に雑談タイム。なんだか観客がいる気がするけどスルー。

 腹が減っていることだけがこの状況での真実だ。

 これでまだ文句言ってくるようなら適当に殴って黙らせよう。


「マコさんより魔王やってますねー」


「一切否定できんな。ちなみにサカガミは勇者科だ」


「ええええぇぇぇ!?」


 パイモンとアスモさんが驚いている。そこまで驚くことかね。


「その残虐性がその余裕を生んでいるのですわね」


「誰が残虐だ。一般人だよ。普通の人間です」


「普通の人はアスモさんの圧力の前で余裕かましていられませんよー」


「圧力?」


「感じてすらいない!?」


 ああ、なんか魔力出したりひっこめたりしているなアスモさん。

 威圧感ってこういうやつなのかね。九尾やヘルの方が断然上だったぞ。


「あと一回。飯が冷めるので手早くいきましょう。じゃーんけー」


「ちょっと待って!」


「なんですかもう。十回勝負とか言い出したら二十回殴りますよ」


「ちょっとは躊躇してくれサカガミ」


「考える時間をください! あの……胸とか……触っていいので! 触っている間だけ考えさせてください!」


「死ね」


「死ね!?」


 めんどい。死ぬほどめんどい。俺が勝ってもメリットないんだよなあ。


「いりません。ただし、ここまで譲歩してノーリスクとか、流石に魔王様でも通りませんよね?」


「ええ、だから胸を……まさか……股間を触らせろと!?」


「とりあえず殴りますね」


「サカガミ様、暴力は……」


 俺の前に突然現れるバティンさん。こいつ……本当に突然現れたな。瞬間移動でもしたか。


「わかりましたよ。じゃあマコの四天王になって、俺の召喚獣になってください。まだ召喚板に空きがあるので」


「凄いこと言いだしましたね隊長」


「一方的に飯おあずけなんだぜ。これくらい当然だ」


「いいでしょう。次は私の全身全霊をかけます……はあぁぁぁ!!」


 アスモさんの魔力が爆発的に上がる。

 その全てを右手に集中させて凝縮しているのか。


「本気になりすぎだろ」


 仮に俺がずーっとチョキのポーズでいても、アスモさんの手は偶然パーになる。

 なんかトラブルとか起きて、運命が手を開かせるのさ。つまり無駄。


「乾坤一擲……せいやあああ!!」


「ほいっと」


 そしてパーで俺の勝ち。


「ううわ! ううわ! ううわ! ううわ……」


 格ゲーのやられボイスみたいな声を出して倒れるアスモさん。


「ああ……肉奴隷確定ですわ」


「するかボケ」


 ギャラリーがざわめく。一戦目より増えていますね。


「お見事でしたわ。じゃんけんとはいえ負けは負け」


「いえその、魔王アスモデウス様が私の四天王など恐れ多くてとても……」


「いいえ、約束は約束。これは魔王としての矜持。勝負に負けるということは、私の勝ちたいという欲が負けたのです。色欲の魔王として、欲望で負けた以上、従います」


 魔族は人間より力というものに真摯であり、重要視しているのだ。

 治めている魔王の土地によるが、法律や倫理と同じかそれより上に力がある場所だって存在する。

 なので全力で満足いく殺し合いをして勝ったら、魔王でも従わせることができるわけだ。


「ん、まあ実力でというか殺し合いで勝ったわけでもないし、力を見せ付けたわけでもないしなあ」


「十分よ。敗北感とはこういうものですか」


「アスモさんはかーなり本気でしたよー。隊長が普通に勝っちゃったのがまずいのです」


 とりあえず飯を食う。鶏肉が美味い。皮がぱりぱり。美味いもので腹が満たされると気分がいい。


「美味い。いいシェフだな」


「もう私など眼中にないのですね。なんて奔放で強大なお方」


「急いで食わんでも飯は逃げんのじゃ」


「逃げかけただろうが」


「はいお水。足りなくなったら言ってね」


「悪いな」


 やっぱ豪勢な食事って味が違うな。肉ひとつとっても、普段食べているものと一緒とは思えない。


「ボク達ほったらかしですよー」


「自由度が高すぎますね」


「四天王は枠も埋まっておりますし……」


「ここで引いたら魔王が廃りますわ」


「では、私が魔王になった暁には、互いに協力してよりよく魔界を治めていくという……」


 折衷案を出しているマコ。このへんの交渉はできないので任せよう。


「隊長、隊長」


「なんだパイモン。飯はやらんぞ」


「もうお腹一杯です。それより隊長。隊長は……なんなのですか?」


「意味がわからん」


「全力アスモさんに勝った運命力……普通の人間ではないですね? ひょっとして……悪い人ですか?」


 なんか疑われている。パイモンの視線が気持ち鋭くなっているような。


「隊長を疑うとは……別に良くも悪くもねえよ。ただの四天王だ。付き添いだよ」


「ボクの勘違いで終わればいいのですよ。このパーティーちょっと怪しい香りがしますから。ほら、そろそろメインイベントです。マコさんやボクと離れないでくださいよ」


 いつの間にか会場を埋め尽くす魔力がひしめき合っている。

 どこかに隠れているものも、アモンさんやバエルさんのように堂々と姿を見せているものもいるな。

 魔王が集っているからか、異常な密度である。最早別世界と言われれば納得するだろう。


「お、出てきましたよー」


 会場の中心に大掛かりな装置が現れた。それは装置というよりは一つの美術品だろう。

 金と宝石で彩られた細工の中に丸くて黒い宝石がある。

 ダイヤモンドに近いだろうか。バスケットボールよりでかい。


「あれが魔界の至宝、魔星玉ですよー」


「ませいぎょく?」


「魔星から力を吸収し続けている特別な……まあ宝石、か?」


 値段なんかつけられないほど貴重なお宝なんだと。


「魔星は知っているだろう。今日は一番魔星が近づき、月と魔星が、そして太陽と魔星が重なる時だ」


「重なると膨大な魔力を魔族に与えます。その力を魔星玉が取り込んで魔界に充満させて、より住みやすい環境にしているのですよー」


「そのイベントのあとはしばし魔族が弱くなる。ここで魔星玉が力を蓄えるのを見ながら、パーティーでもやっていた方がいいというわけだ」


 いいのかそれで。魔族というか魔王ってのは自由に生きてやがる。


「あの中にはずーっと昔から魔力が蓄積され続け、決して壊れることもない。魔王の力でも傷すらつかない魔界のお宝です」


「そいつを狙って敵が攻めてくるとか考えないのか?」


「魔王がほぼ集合していますし、仮に誰かの領地に攻め入ろうとも、魔界は力で取り返せばいい。大義名分なんて与えたら、いろんな国が次々に参戦してゲットした領地の分配が面倒なだけですよー」


 なるほど、そこらへんの感覚が人間とは違うんだな。

 祝日にケチつけられて嫌なのは同じだろうけど。


「堕天使とやらはいいのか?」


「堕天使警戒のため、サタン様はご出席されておられない。一目だけでもお会いしたかったがな」


 魔界のトップだったか。相当強いんだろうな。

 こいつらの反応からも人望があるみたいだし。俺と真逆じゃないの。


「始まるぞ。目に焼き付けておけ」


 天井がドーム球場みたいに開き、そこから月と魔星の光が差し込んでいる。


「おぉ……こいつは……」


 美しい。会場で唯一自然のスポットライトを浴びている魔星玉は、内側に取り込んだ光を何種類もの光として放射している。

 それは会場だけでなく、魔界に向けて送られる光のような気さえした。


「きれーい」


「うむ、言葉にはできぬ美しさじゃ」


「ここまで来たかいがあったわね」


「オレ様も初めて見たが……美麗だ……」


「さて、では行ってきますよー」


「召喚契約はちょっと待っててね」


「ん? どこ行くんだ?」


「魔族が集っているのはここからが大事なのさ。サカガミにも見せてやる」


 俺とギルメンを残して会場の魔族が全員魔星玉を取り囲む。


「では、不在のサタン様に代わり、不肖アスタロトが音頭をとらせて……」


「さっさとやっちまおうぜ。分け与えるなら長え方がいいだろ?」


「うるさいわよバエル。儀式の時くらい落ち着きなさい」


「いいから、はやく、いそぐ」


「やっぱりまとまらないですねー」


「クハハハハハ!! それもまたよし! カーッカッカッカッカ!!」


「父上、高笑いはほどほどになさってください」


 中央でわいわい話し込んでいる魔王の皆様。中高生の昼休みかあんたらは。

 アモンさんとバエルさん発見。仲よさそうだな。


「ええい……己が領地の発展のため、魔界の未来のため、各自照射開始!」


 魔王達が一斉に魔星玉に力を流し込む。しょっぱなからフルパワーだ。

 そこに魔族が続き、放射される力はさらに強くなり続ける。


「あれはなにをしているの?」


「ふうむ……自分達の力を上乗せして、所有地に恵みというか加護を与えておるのじゃな」


「それは魔星玉がやっていることでしょう?」


「それプラス各領地へ特殊効果を入れておるというか……説明が難しいのじゃよ」


「植物の魔王がいたら、緑あふれる豊かな地になるとか、そういう解釈でいいのか?」


「珍しく冴えておるではないか。それじゃそれじゃ」


 それからずっと、俺達はその奇妙で美麗な光景に見とれていた。

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