第170話 動き出す悪意

 魔星玉の輝きを目に焼きつけた俺達の目の前では、魔族による酒盛りが開始されていた。


「さっきまでの品のいいパーティーはどこいったのかねえ」


 完全にあぐらかいて酒かっくらっているバエルさん。

 その横で酒瓶をラッパ飲みかましているアモンさん。

 その二人よりもハイペースで黙々と酒を消費していくアスタロトさん。


「こっちはこっちで楽しめばいいのです。さて、これから私は召喚獣。四六時中一緒にいるには、やはり同居をおすすめしますわよ」


「やめてください。他人が家にいるの嫌いなんで」


 アスモさん家に来る気だったのか。ここでなんとしても阻止しよう。


「はい、召喚獣の契約完了ですわ。なんてお呼びしましょうか? マスター? ご主人様? サカガミ様? 愛情を込めてお呼びしなければ」


「さてはふざけていますね?」


「年甲斐もなくはしゃいでしまいます。魔族生活に新たな潤いが……たまりませんわ」


 このタイプ苦手。この積極性がうざい。なにが楽しいのかわからん。


「その……恥ずかしい話ですが、あっちはどうしますの?」


「あっち?」


「夜のお世話ですわ」


「八つ裂きにしますよ」


 もじもじしながらなに言い出してんだこいつ。


「せつないですわねえ」


「八つ裂きにすると言っているうちにやめておくのじゃ」


「もっとひどいことされちゃうのですか?」


「面倒になったら無言で八つ裂きにして燃やされるだけじゃ」


「気をつけますわ」


 流石リリア。完璧に俺を把握している。


「はいはい、そこまでよ。私達の許可なく、アジュとの過度なスキンシップは認められないわ」


「アジュはわたしたちが攻略中です!」


「むしろわしらがアジュのものであるという考え方が主流じゃ。気をつけるのじゃぞ」


「はーい。気をつけまーす」


「相変わらず意味のわからんギルドだなお前ら」


「まあな。俺には住みやすくていいさ」


 これ以上の居場所はないと断言できる。環境に恵まれたな。


「たいちょー、隊長も飲みましょう」


「酒はマズイから嫌い」


 正直お茶のほうが美味い。味が嫌い。

 わざわざ酔っ払うという状態異常つくのに飲む意味もわからん。


「では私と踊りましょうマスター。ダンスはできるのでしょう?」


「一切できないです」


「さっきお連れ様に練習してきたと聞きましたわ」


 余計なこと言いやがって。みんな止めるつもりがないな。


「はあ……しょうがねえな」


「パイモン様、ちょっと」


「アスモデウス様、こちらでしたか」


「バティン様、全て滞りなく」


 人がかなり増えている。どうやら四天王が続々と集結しているみたいだ。


「なんだ? まだ余興でもあんのか?」


「さあ、オレ様は聞いていないが……」


 なんにせよダンスとかしなくていいなら助かる。


「ええ、ここからメインイベントです」


 バティンさんが魔星玉まで瞬間移動し、なにかの装置を取り付ける。


「機は熟した。これより新たなる魔界が始まる」


「おいバティン。てめえいったいなにやらかそうってんだ?」


 バエルさんが詰め寄ろうとするも、謎の男達がそれを阻む。


「なんだ? おめえら誰だ?」


「私の四天王ですよバエル様。さあ、宴の始まりだ!!」


 魔星玉から光が溢れ、室内を包む。その光は魔界には似つかわしくないほどの神聖さだった。


「我らの魔力を吸出し、神聖な光に変換しているのか」


「そう、耐性があるのか会話くらいはできるようだけれど……魔王の力を抑える光、あの女の言うとおりとはねえ」


「貴様を手引きした者がいるということか」


「正解。これより再び魔族浄化計画は始まる!」


 俺達の周囲にいた四天王が一斉に黒や白の羽を生やす。

 会場にいたウェイターやメイドまでもが羽つきだ。全員が武器を構えている。


「そんな……これはどういうことだ!?」


「堕天使……ボクの四天王はどこですか?」


「皆様の四天王はもうおりませんよ。全て堕天使と相成りました」


 バティンの横にいつの間にか女が立っている。

 あいつは俺達を案内していた女だ。


「魔王として名も刻まれていない四天王など、操作は容易いのです」


「よくやった、スクルド。ルシファー様は……」


「ええ、今頃無事に救出されているでしょう。わらわの主はルシファーを迎え入れました」


 スクルド……あいつがスクルドか。まーたヴァルキリー出たよ。


「ではバティン、ルシファーのもとへ魔星玉を」


「させん!!」


 アモンさんの拳がスクルドの胴体を貫く。速いな。光速に近い。


「なるほど。強さのカリスマ、アモン様だけのことはありますね」


「バカな!?」


 スクルドは拳を避けることもせず、ただ腹に突き刺さったまま淡々と会話していた。


「なにをしているのです。魔族を狩りなさい」


 スクルドの合図で堕天使達が動き出す。突然会場は乱戦へと突入した。


『チェイス』


 こっそりチェイスキー発動。

 俺の魔力をくっつけるか、対象の魔力を覚えたら、どんな場所だろうとも追跡できる。

 米粒より小さい魔力を練り上げ、魔星玉に向かって飛ばす。


「これでよし」


 敵全員の死角を狙った。くっつくシーンを見たものはいない。


「とりあえずマコを守れ」


 突っ込んできた黒い羽の男を殴り飛ばす。弱いな。白マネキンの天使より強いくらいか。


「マコはわしらに任せるのじゃ」


「アジュはあのスクルドとかいう人をお願い」


 当然だがリリア達の相手ではない。楽勝である。マコを庇いながらでも負けていない。


「いいのか?」


「任せなさい。今あの女に近づけるのはあなただけよ」


「うし、アスモさん。マコをお願いします」


「任されたわ」


 パイモンをがしっと掴んで飛ぶ。


「いくぞパイモン隊員」


「え? えええ? なんですかあぁぁ!?」


「パイモンミサイル!!」


「うわああぁぁ!?」


 スクルドとバティンの目の前にパイモンをぶん投げる。

 あいつに気をとられているうちに、光速を越えて一気にスクルドまで肉薄する。


「パイモン!? なぜここに!?」


 無言でスクルドの後頭部に回し蹴りを叩き込む。

 ヴァルキリーごときが反応できる速度ではない。


「しまっ!?」


 こちらをなぜか振り返るスクルド。だが遅い。

 横っ面に俺の脚ががっつりめり込み、壁まで吹っ飛び叩きつけられる。


「スクルド!?」


「動くな」


 バティンの首を絞めて持ち上げる。

 右腕の力加減で、いつでも殺せるように準備完了。


「バティン様! おのれ人間!」


 部下の堕天使っぽいのが武器を向けてきたので、脅しを入れておこう。


「動くなよ? こいつがどうなってもいいのか?」


「ナーイスタイミングだ。やるじゃねえか」


「これでも四天王なもんで」


「すまないサカガミくん。この程度の相手に手間取るなんて……最近政務にかかりっきりだったからかな」


 周囲の敵はバエルさんとアモンさんが掃討した。

 俺がパイモンを投げ、周囲が動揺した瞬間に、速攻で片付けたのである。


「いえいえ、十分お強いじゃありませんか」


「なにするんですか隊長! 急にボクを投げるなんて!」


「すまんな。敵を欺くにはまず味方からだ」


「多分使い方が違います!」


 パイモンが復活して猛抗議である。許せ、隊員の犠牲もあって魔星玉は無事だ。


「まさかわらわの未来より速く動くとは……人間風情がやりますね」


 復帰したスクルドがこちらへ歩いてくる。ダメージがないみたいだな。


「そうかい? ヴァルキリーごときが死なないように手加減してやったからな」


「おや、ヴァルキリーだとご存知で? これは不思議ですね」


「ヴァルキリーっちゅうのは神の使いっぱしりだったな。そんなお譲ちゃんが魔界に何の用事だい?」


「ルシファーの回収と、魔界制圧のお手伝いを」


 簡単に目的を吐いたな。随分とご大層な目的じゃないか。


「魔星玉に力を注いだ我らなら倒せると? 甘く見られたものだな」


「この会場でアスモデウス様、パイモン様、アモン様、バエル様、アスタロト様、マーラ様を除けばほぼこちら側です。バティンもその一人」


「癪だが、ルシファー様が望んだこと。配下としては付き従うのみ」


「本当の目的はなんだ?」


「変な勘ぐりはよしてください。本当にその二つが目的ですよ」


「違う。お前の親玉の目的はなんだ? 世界なんちゃら統制機関とかいうアホの仲間か?」


 ここははっきりさせておきたい。ヴァルキリーを使って学園にちょっかいかけている連中が、あのクズ丸出しの機関と仲間なら、かなりうざいぞ。


「不思議な人ですね。ヴァルキリーのことも、機関のことも知っている。答えはノーです。あのような偽善と欺瞞に満ち溢れた汚物のようなものと、わらわの主を同列に扱われるのは不愉快です」


 めっちゃ嫌われているな。はったりの可能性もあるけれど、ひとまず別組織と考えるか。


「そして時間稼ぎをありがとうございます。これでそちらの魔族は動けない」


 アモンさんとバエルさんがふらついている。怪我はないようだが。


「魔星玉が魔族の力を吸っているのです」


「そうか、俺は人間だから関係ないね」


「ええ、ですがここで死ぬのですよ。はっ!」


 スクルドが出した金色の杖から、紫のぶっといビームが飛んでくる。


「ふん」


 バティンをビームに向けてぶん投げる。


「がはあああぁぁぁ!?」


 見事にクリーンヒットし、こんがり焼けていた。


「おやおや、なんてかわいそうなバティン。ふふふっ」


 楽しそうだなスクルドさんよ。味方じゃないんかい。


「数に任せて、余興を楽しむといたしましょうか」


 上から黒い天使が降りてくる。まだ増えるのかよ。


「魔王炎激乱舞!!」


 天使どもを飲み込む真っ赤な炎と聞きなれた声。


「父上! ご無事ですか!」


「マコ!!」


 駆け寄ってきたのはマコ、リリア、シルフィ、イロハ。よし、全員いるな。


「あっちはアスモさんとアスタロトさんに任せてきたよ!」


 遠くで天使を蹂躙している二人が見える。強いな。今更だが召喚獣にできてラッキーかも。


「カーッカッカッカ!! 魔王を舐めてもらっては困るな! この程度、ハンデにもならんよ!!」


「少々見くびっていましたか。わらわとしたことが……こちらも手駒を使いましょうか」


 とりあえずスクルドをなんとかしよう。

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