サクラさんの正体

 シルフィとあてもなくおでかけする、お昼前のひととき。

 まあカジノの一件でゴタゴタしたし、ここらでゆっくりするのも悪くはない。

 綺麗に整備された商店街への道を歩く。適当に買い物でもしてみようかね。


「わかっていると思うけどノープランだ。行き先が決まってないぞ」


「ノリで出てきちゃったもんね」


「たまーに勢いで動くよな」


「だってイロハだけずるい……わたしとリリアだけなんにも無しじゃやだ!」


「俺からイロハに迫ったわけじゃないって」


 その辺シルフィなら理解してくれているだろう。

 朝起きたら横にいるんだからどうしようもないし。


「そんなのわかってるよ。で、むりやり引き剥がすのはかわいそうとか思ったんでしょ?」


「まあな。拗ねると俺のベッドから出てこなくなるし」


 イロハを邪険に扱うと、俺のベッドで丸まりながら遊んでやるまでチラチラ見てくる。


「じゃあわたしもベッドに入れば遊んでくれるの?」


「まず俺のベッドに入るのをやめろ。疲れてなくて、予定がなくて、晴れてたら多分遊ぶから」


「晴れてなければ家で遊べるよ」


「あー楽そうでいいな。家でできることをするってのはいいぞ。外に出なくていいから寝間着のままでいられる」


「その答えは想定済みさ。本とか買って家でだらだらするのも週一回くらいならいいよ」


 学園とこの世界に興味はある。けど授業に出てクエストやると意外と時間がない。疲れるから寝たくなるし。疲れて寝てるとベッドに誰かいるわけだ。


「週休一日か」


「いつも休んでるでしょ」


「これでも授業は出てるぞ」


「それ以外で……遊ぶ暇があんまりないのはわかるよ。わたしもだし。ギルドのランクあげるのはどう? 高ランクなら一回で結構なお金が入るよ」


 高ランクということは危険度も上がるし知名度も上がる。正直目立ちすぎてもめんどい。シルフィ達に危険が少ないというのは、低ランクでいることの魅力でもある。学園長からの依頼で報酬はもらえるしな。


「んー四人、ミナさん入れて五人だろ。これ以上のメンバー増員はいりません。四人でやる前提だと一つか二つランク上げればいい気がする。面倒なら一つ上げて様子見かね」


「わたしも知らない人が来るのはいやだなー。今の生活が好きだし」


「新メンバーは入れない方向で地道に行こう。お前ら以外と生活なんてしたくない」


「つまりわたし達は一緒にいていい。一緒にいたいんだね?」


「……悪くない」


 むしろいい。とてもいい。ベリーグッド。でもここでシルフィと一緒にいたいよ、いつまでも。とか俺が言うのキモいじゃん。


「悪くないじゃわかりませーん。もっと素直になっていいんだよ」


「予防線を張らない俺は俺じゃない気がする」


「そこは変わっていけばいいよ。今のアジュも、素直になったアジュも、わたし達はどっちも好きだよ。絶対に。変わろうとするなら協力したいよ」


「覚えておくよ。俺は助けられてばっかだな」


 シルフィ達に精神的にも救われている。俺を理解してくれて、一緒にいてくれるんだからな。一番助けられているのは俺なんだろう。


「わたしだってそうだよ。そうやって助け合えるのって素敵だと思うよ。自然に助けあって、一緒に乗り越えていけば、もっとずっと強くなれるよ」


「強くなればずっと一緒にいられるかね」


「強くなくても一緒にいるけどね。やっぱ一緒にいたいんじゃん! 素直になりなって!」


「男はな、そんなに素直になっちゃいけないのさ」


「素直じゃなさすぎ。もっと好意を示す訓練をしよう!」


「なんじゃそら。そんなん訓練するほど…………歩くの早いぞシルフィ」


 いつのまにかシルフィが先へ行っている。少し早足で追いつく。


「あれ? そんなに早く歩いてないよ?」


「そうか、んじゃ俺がぼーっとしてたかなんかだろ」


「そうだね、アジュはいっつも――――――るしさ」


「悪い、聞き取れなかった」


「ここでとぼける必要はないと思うよ?」


「いやマジで聞き取れなかった」


「――――――だってこと。で、どこいく?」


 なんかおかしい。シルフィの声がマジで聞き取れていない。

 あの変な訓練のせいで悪影響出てるじゃないか。


「そう急ぐなよ。また早足になってるぞ」


「あれ? なんで? 今アジュが止まったような……?」


「止まった? 俺はずっと歩いてるぞ」


 シルフィが嘘をついていないことはわかる。メリットがない。

 むしろ並んで歩くことを重視するタイプのはず。なにかがおかしい。


「――――からだよも……え、あれ? また止まった?」


「立ち止まってるぞずっと。話が聞き取れなくてな」


「そうじゃなくて、アジュが止まったっていうか……よし、手を繋ごう!」


「結局手を繋ぎたかっただけか? よくわからんが味な真似を……」


「違うって――――今止まったよね?」


 シルフィが道に落ちていた小石を拾い、軽く上に放る。意味がわからん。


「アジュ、鎧着て! はやく!!」


 シルフィがマジトーンで急かす。顔が真剣そのものだ。反射的に鍵をさす。


『ヒーロー!』


「急にどうした? ちゃんと説明してくれ」


「アジュ、この石を見て」


「……止まってる? なんだ時間止めたのか?」


 鎧着させたのは止まった時間の中で動けるようにするためか。

 だったら俺だけ動けるようにしてくれりゃいいのに。

 それくらいできるはずだ。ってか前にやってもらった。


「わたしじゃない。気をつけて。何か別のものが止めてる」


「なんだと? シルフィの能力が暴走してるとかは?」


「ない……と思う。力が発動してわたしがわからないわけがないし」


「とりあえず犯人か原因を探るぞ。俺から離れるな。絶対にだ」


 シルフィに左手を差し出す。右手は利き腕なので戦えるように残す。何があろうがシルフィだけは傷つけたくない。


「……動き出したね」


「三十秒に満たないくらいか。こういう魔法ってあるか?」


「聞いたこと無い。そもそも時を操るっていうのが漠然としてて検証もできないし。不可能だとされてるもので……」


「しょうがねえか……とりあえず犯人探しだ」


 鎧は着たままでいい。ちょっと目立つけど、今は人がいない。

 戦士科や騎士科は鎧着っぱなしのやつもいるし、そこまで疑われるような行為じゃない…………はず。


「私が止めたのよサカガミくん。こんな風にね」


 声がした方からゆっくり、優雅に、周囲の時間を止めて現れたのは……サクラさんだ。真紅の瞳と髪が今日も揺れている。止まった時間の中で。

 この異常な状況でもサクラさんの圧倒的な優雅さは変わらない。


「サクラさん?」


「覚えていてくれたのね。嬉しいわ。この状況に驚いていてくれたらもっと嬉しいわ」


「そんな……これって……」


 戸惑っているシルフィを俺の背後に隠す。これは面倒な相手だな。


「ええ、驚いていますよ。そして、俺に声をかけてくる美女という時点で怪しさしかなかった。その答えがこれか。サクラさん……貴女もヴァルキリーだったとはね」


「ヴァルキリー? なんの話をしているの?」


「別にしらばっくれる必要なんてないですよ。ここまでやっといて違いますなんて理屈は……」


「ほん……もの……?」


「はあーいシルフィ。元気だったかしら?」


「えっ……なんで……なんでここに……制服?」


 シルフィがサクラさんを見たまま動かない。

 知り合いなのか。それにしても驚き方が異常だ。


「もしかして、知り合いなのか?」


「えっ……あ……えと……」


「シルフィの王子様だっていうサカガミくんが気になっちゃってね。調べに来ちゃった。制服だってまだまだ似合うでしょう?」


「そんな……本当に……ほんとに……サクラ……姉様……?」


「ねえさま?」


「改めまして、サクラ・フルムーンよ。フルムーン家長女。よろしくね。サカガミくん」


 今度は俺がサクラさんを見て固まる番だった。


「サプライズ大成功かしら。それじゃあ、どこかでお茶しましょうか。積もる話、あるわよね?」


 サクラさんの瞳がキラリと光った気がした。

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