第136話 部屋の空気がおかしい
ヒメノせいでリビングの空気がおかしい。
張り詰めているというか、凍り付いているな。俺の家でなにやってんだ。
「みなさま正式にお付き合いされているわけではございませんわ!」
このヒメノのひとことで、部屋の空気がおかしくなった。
「つまり! わたくしにもチャンスはあるのですわ!」
「チャンスなどありはしないわ。同居も許されず、たまに会うことしかできない貴女に勝ち目はないのよ」
ソファーに逃げた俺の隣で、イロハのしっぽがびしっと立っている。
警戒しているのか敵意か、今のヒメノは敵とみなされているのだろう。
「わしらがせっかく積み重ねてきたものを横からかっさらおうなど、ムシがよいにも程というものがあるのじゃ。そもそもアジュはそれができる相手ではない」
リリアが俺の膝の上に移動する。シルフィは俺の隣。つまりいつものポジションだ。
「そうだそうだー! アジュはね、どうしようもなく女の子が嫌いだし、ヘタレるから、そうやって積極的にしてばっかりだと嫌われるのさ!」
そうだけどさ。いいじゃないか、女とは不幸の象徴であり俺に害をなすやっかいな生き物だ。ハイリスク・ノーリターンなノータリンに構ってやる趣味などない。
「わたくしがアジュ様の好みずばりであるということをお忘れですの? わたくしは絶対的優位なのですわ!」
「ぐぬぬ……だからこそ中身とのギャップでより可能性が消えるんだよ!」
「容姿に慢心すれば、あとは落ちていくだけね」
必死だなシルフィ。そんなにムキになるほどのことかね。
そもそも好みのタイプの意味が違うんだよなあ。
「そうやって躊躇している隙に、わたくしが入り込んでいただくだけですわ」
「ただ突っ込むだけでは大詰めでミスをするわよ」
「その一度が命取りじゃ」
「アジュは恋する乙女より繊細なんだよ!」
俺のことそう思っているのかシルフィよ。
確かにガラスのチキンハートである俺はもう積極的な女が凄くうざい。
シルフィ達だから平気なのである。例外は三人だけだ。
「見た目という最初の難関を突破できている点で、わたくしの優位は動きませんわ」
「アホじゃな。アジュの好みとは、自分の邪魔にならない、観賞用で遠くから眺める美術品的な意味じゃ。男女の付き合いに発展する意味で好みのタイプではないのじゃよ」
このへんリリアはよーくわかっている。やはり俺の理解度ではリリアが上だ。
あくまで二次元の、俺に直接関係ない、会話もしない存在として好みというだけ。
しかも見た目のみ。色ボケは疲れるのです。
「好みなんて付き合っていく過程で変わるわ。それに私はもう……一緒に里帰りして、両親に紹介しているのよ!」
「なっなんですって!?」
「親公認よ。しかも同じ布団で寝たわ!!」
イロハさんが超勝ち誇っていらっしゃるよ。
すみっこで黙っているやた子に『なんとかしろ』という視線を送るも、ゆっくり小さく首を横に振られた。
泣きそうな顔なのでそっとしておいてあげよう。
「わしらは全員同じ布団で寝たことがあるのじゃ」
「ぬふう!? し、しかし……一緒にお風呂に入ったりしましたわ!」
「それも全員やっているわよ」
「うぐっ!? そ、そこまで……そこまで進んでいるなんて」
「そもそもヒメノは指輪持ちじゃないよね」
「ぐはああぁぁ!?」
ヒメノが床に突っ伏している。なんだこのアホ丸出しのやりとりは。
さっきから三人の密着度が上がり続けている。暑いよ。
「なんですのこの敗北感は……アジュ様がいつもより遠くに感じますわ」
遠いよ。お前の手の届かない場所にいるよ。これからもずっとな。
「わしらの絆はもう他人には断ち切れん領域なのじゃよ」
「ここまで苦労したけど、しっかり積み重ねてきたからね」
「あとは時間の問題よ。それがいつまでかかるか多少不安ではあるけれども」
まあ積み重ねがあったことは認めよう。新しい力も手に入ったし。
同居していてもうざったくない人間という奇跡の産物を手に入れたわけだ。
「そうね、まずはしっかりデートして、自然に腕を組んだりできるようにして」
「一緒にお風呂に入って」
「横で寝る訓練から始めるのじゃ」
俺のプライベートが危ない。デートとかなにすればいいかわからん。
ぶっちゃけ一緒に風呂入ったり寝るほうが楽でいいや。外出もめんどい。
「ハーレムにわたくし一人くらい増えてもいいではありませんか!」
「この惨状を見ろ。両腕も膝も埋まっているだろ。これ以上どこにスペースがある」
「まだ……背中が空いておりますわ!!」
俺の背中にのしかかるヒメノ。時間を止めてもいないのに超速い。
「こうして胸を押し付けたりできますわよ!」
「胸関係はわたしの担当だからダメ!」
ねえよそんな担当。ああもう暑い。人間が五人固まっていると暑くてうざい。
しかものしかかられると凄く邪魔。柔らかくても、いいにおいがしても邪魔くさい。
「わかっておらんのう……そんなことはわしらも最初に考えるのじゃ」
「そうね、でも実行しない。なぜだかわかるかしら?」
「両腕と膝を確保しているからではございませんの?」
「それもあるよ。けど背中はアジュに体重がかかる。胸での誘惑が無意味なアジュ相手じゃあ……邪魔にしかならないのさ!」
俺への理解度が上がっているのをひしひしと感じるな。背中に体重かかるのが嫌い。
リリアは軽いし、足が痺れないように位置を調整してくれるから許可している。
「わしのつけているリボンはアジュに買ってもらったものじゃ」
「二人でカップルジュースを一緒に飲んだりしています!」
「たまになら一緒に寝たり撫でてもらえるようになったわ」
今が好機とばかりに追い討ちをかけていく三人。
思い出すと恥ずかしさしか残らないし、俺にダメージが来るのでやめて欲しい。
「うわあああん! おとといきやがれですわー!!」
ヒメノはよくわからん捨て台詞を残して去っていった。
ようやく終わったか……疲れるやつだ。
「じゃあ、うちも失礼するっす。みなさん、なんだかんだでやることやってるんすね」
やた子も帰っていった。しばらく来なくていいぞ。
お前らのノリは週一回くらいでちょうどいいんだよ。
「意外と思い出が多いな。まあ悪い事じゃないんだけどさ」
そこで全員の動きがぴたっと止まる。ついでに離れてくれんかね。
「ん……ちょっと待って。リリアのリボンってそういうことなの?」
「イロハがベッドにいるのはそういうことだったんだね」
「カップル系のものに誘えるのじゃなシルフィ」
流れがおかしくなってきたな。別に隠していたつもりはない。
言う必要がなかったから言わないだけだ。
「みんな知らないところで色々やってたんだね……」
「お互い様とはいえ……なかなかやるじゃない」
「これは全員公平にやってもらう必要があるのう」
腕をより強く掴まれる。逃げられない……絶体絶命とはこういうことらしいな。
逃げるというか自宅だし……同居してるし……逃げ場がない。
「できるか。流れでそうなったから偶然できたんだ。奇跡的にな」
「それを日常に落とし込む訓練じゃ」
「今までも不可能を可能にしてきたじゃない」
「みんなで力をあわせればきっとできるよ!」
できても困るんだよ。俺への負担を考えてくれ。
そもそも全員にやることじゃないだろう。違和感が凄いわ。
「アジュがいやなら諦めるよ。三人とも別の形だけど、なにかしてもらってるんだし」
「諦めるってかこう……全員に同じことするのは違う気がするんだよ」
「ほうほう、おぬしなりに考えあってのことか」
「そこまで真面目な話じゃない。なんつーかね、リリアのリボンは似合うのさ。でもそれを全員に買い与えても変な集団だろ? 多分似合わない。一緒に寝るのもまた違う。頻繁にあると困るし、もうちょっと順序というか段階を踏んでくれ」
「もうかなり踏んだわよ?」
「すっ飛ばし過ぎ。踏んでいない階段に大事なものを落としたような……逆に混乱する」
まだデートも手を繋ぐのも難しいのに、いきなり風呂とか寝るのは受け止められない部分がある。
「実感がわかないから、曖昧なまま受け止められずに流していくしかないってところだな」
「地に足がついておらぬと、こういう弊害が出るのじゃな」
「なるほど……じゃあ個別にデートを積み重ねる方向でいく?」
「俺にも予定というものがあってな」
「それを計算したうえで遊びに行くのよ」
俺にできるのかね。体力ないんだぞ。筋トレにはそこまで劇的な効果がないし。
「ちょっとくらい歩み寄るのじゃ。デートとかめんどいじゃろ? しかし遊びにいくだけならいけそうな雰囲気出るのじゃ」
「違いがわからん」
「女の子に気を使うコースにするかどうかよ。アジュが行きたいところから候補を選ぶの」
「なるほど、いけそうな気がしてきたぜ」
「よし、いけそうな気分のまま候補考えてみよう!」
「……魔法科と……召喚科かね? 面白そうな魔法とかアイテムがあるといい」
なんといっても魔法は俺の世界に存在しなかったものだ。
召喚獣とか俺が戦わなくていいから楽そうだし。
「色気もそっけもないのう。まあ最初はそのくらいがよいじゃろ」
「あとは……学園にも遊び場ってあるのか?」
「あるよー。遊園地とかボート乗れる湖とか、かるーい登山用の山とか、プールとかいっぱいあるよ」
多いなあ……どうやらかなりの数があるらしい。
中には試験で使われた水の迷宮的なものもあるらしく、それはちょっと行きたい。
「学園ならではの場所がいいな。俺の知らないものは多いだろう」
「よーし今週のアジュの目標は『女の子と行動しよう』に決定!」
「いつもと変わらん気もするのじゃ」
「意識するかしないかの差は大きいわよ」
「だろうな。まあよろしく頼む」
授業を受けつつ、俺の休みも入れて、行ってみたい場所にいくという結論になった。
こいつらには世話になっているし、今回はちょっと自分から動いてみるかな。
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